化粧師佐助×花魁


くゆらせる煙管のほの白い煙がふわり、その器用な指が弄ぶたび揺れた。どこかの座敷からの三味線と芸者の歌が聞こえてくる。部屋の中の灯かりはほそぼそと、時折全く消え途絶えたりする。じじ、と行灯の火が紫煙に身悶えた。煙管片手の化粧師は、空いているほうの手で漆箱の化粧道具を数える。その間も煙管はくるくる、左手の指先で揺らしている。


「主様は学もあるそうじゃありんせんか。あたくしとは違ってもっとまっとうなことも出来るだろうに、なんだってこんな色街に出入りなさるんで?」

「さてね、俺様にももうわからないよ」


自分はそのとき、どう答えたかはあまり覚えていない。確固たる答えなどどこにも無いのだ。主に仕え戦場を駆け回っていたころなど、当に忘れた。いや、忘れなければいられまい。


「それ、刀傷でありんすね」


喉元のその古傷に、花魁の興味深い視線がいつも絡んでくるのは、よくわかっていた。紅をさす際も白粉をほどこす折にも、彼女は遠慮なく視線を這わせてきた。

「痛みまするか?」


痛みはしない、もうただ在るだけの傷だ。そう言ったのに、花魁は聞かずゆっくりとなぞるように古傷へと指を這わせた。見世に出るときのような豪華絢爛な着物を纏っているわけでも、髪を綺麗に結い上げているわけでもなく、化粧すらほどこされていない着流し一枚の目の前のこの女は、どうにも瞳に吸い込まれるような力を持ち合わせているようだ。その瞳に一方ならず見覚えがあるように感じるのもまた、彼女の瞳力なのだろうか。傷跡をするすると撫でる、ただそれだけの行為に艶めかしい行為を想像させ、ぞくりと快感が沸き起こる。


「これは、最後の戦場でくのいちにつけられた忌々しい古傷…でありんすねぇ」


ぼとり、煙管がにぶい音をたてて畳に落ちた。突拍子も無く花魁は話題を振ってきた。


「なんであんた、それを…」


まさか、と一瞬こめかみが苦しく疼き喉が渇いた。


「なんで…って主様それは、あたくしのつけた傷でありんしょう?真田隊忍頭、猿飛佐助殿」


見覚えのあった瞳は、かつて徳川に仕えし忍のそれだったのだ。佐助自身、主を失い忍としての立場に見切りをつけて早数年。化粧師として仕事に呼ばれた遊廓で、よもや逢おうなどとは思いもしない。


「徳川率いる東軍は勝ち戦だったはずだ。なんだってあんたはこんな場所へ…」

「泰平の世には、忍など不要でありんしょう?」


この色街一番の花魁は、噂に違わぬ美しさで微笑んでみせる。どうにも合点がいかないと眉根を寄せる化粧師―佐助の懐刀を、間髪入れずするりと抜くと、己の喉元にかちゃりと据えた。

「なれど…このような姿、惚れた男には見られとうござんせんわいな」


花魁は穏やかに微笑むと、懐刀を掴む己の手に佐助のそれを重ねる。刀に手が触れた弾みに、ほんの少し刃先が喉元に食い込む。白粉など塗らずとも充分に白い肌に、つつ、と伝った一筋の紅がよくはえた。その鮮やかな紅に、戦場にいた日々が思い出されて、くらり眩暈。


「どうか主様の手で、ひと思いに」


凛とまっすぐ見据えるその瞳に、互いに忍としてまみえたあの日が見えるのは、きっと偶然ではないのだろう。


「それならいっそのこと、俺様と駆け落ちでもしようじゃあないの」


花魁の喉元に突きつけられたままの懐刀を、重ねたままの彼女の掌ごと力強く引き寄せ、紅のつたう喉元へ噛みつくように口づけた。



嘘か誠か
(泰平に消えた忍の、密やかなる恋情)







情火さまに提出
素敵な企画に参加させていただきまして、ありがとうございました!




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