「ちょっ、待って政宗」
「Ah?なんでだよ」

すぐ目の前で揺れて私の頬を擦る政宗の髪をくすぐったく思いながら、制止の言葉を口に肩を押し返すと彼は不機嫌そうに眉間に皺をよせてみせた。


「なんでって…場所と時間と、その他もろもろ考えればわかるでしょ!?」
「さあな?あいにく俺にはわからねぇ」
「ならわからなくてもいいから待って」
「そりゃあ出来ない相談だ」


自分たち以外には誰一人いない教室。いっぽいっぽ後退りしていたものの遂に窓際の壁に押さえつけられる。背中が少し痛かった。


「じゃあちょっと落ち着つこうよ、ね?」
「落ち着いてんだろ」
「こんな行動取る人のどこが落ち着いて」
「なまえ」


抵抗の言葉を遮るように名前を呼ばれ、鼻がくっつきそうなくらいの至近距離でまっすぐに見据えられる。有無を言わせない視線。絶対に逃がしてはくれない、獣の目。


「…誰か来るよ」
「関係ねえ」
「離して」
「いやだ」
「痛いよ」
「うるせえ」
「好き、だよ。政宗」
「知ってる。だからキスさせろ」


政宗は止める気配もなく、むしろ胸元に顔を埋めて、くすりと笑った。笑ったわずかな振動が敏感に肌に伝って、びくんと震えてしまう。それでも政宗は止まらない。


「えろ政宗」
「なんとでも言え」
「せめて学校出るまで我慢しようよ」
「おまえ学校でたら逃げんだろうが」


お見通しだと言わんばかりの口調で間髪入れずに私の台詞は遮られた。う、わ。バレてるし…。


「ここ、教室だよ」
「教室で何が悪い」
「破廉恥」
「真田みたいなこと言ってんじゃねえよ」
「なんとでも言えって言ったくせに」
「いいからもう黙れ」


それ以上は反論する間も無く政宗の顔が く、と近づいた。恐る恐る見上げた政宗の目は優しくて、思わず抵抗を忘れる。耳、頬、首筋、鎖骨、胸。順番に口付けられ、少しくすぐったい。意識をそらそうとしても、俺を見ろ、だなんて耳元で囁かれれば身体から力が抜ける。彼の吐息が熱い。たぶん、自分の息も熱い。ついばむように口付けられるが、時折強く、吸われる。あ、と声が漏れて政宗の頭を抱え込んだ。何か所かは絶対、痕になっている。まいったなぁ。これじゃあ明日はプールに入れない。大会近いのに部活をさぼったりしたら部長に何を言われるか!

それでも私は、政宗にやめてだなんて言えない。もし言ったら、彼の機嫌を損ねるか、逆に面白がってわざとたくさんの痕を残されるか。たぶん、そのどちらかだもん。そんなの困る。

なんて、きっとそんなの言い訳で。本当はたぶん、こうなることを私も望んでいたのだ。こうして触れられて、彼の印をつけられること。そのことに、すごく幸せを感じるから。私も大概くるってる。


「政宗」
「何だよ」
「すごく好き」
「あたりまえだろ」


言った瞬間に触れた唇から熱が伝わる。音も立てずに重なったそれはわたしの胸の内をじわりと暖め、わたしは柔らかな幸せが全身に広がっていくのを静かに感じていた。




麻痺するくちびる
(きっともう、貴方なしではいられない)








(20100216 葉月)
愛しのとよに捧ぐ。水泳部ヒロインなのは、もちろんとよにちなんで!




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