日が沈みかけたころ、すぱんと豪快な音をたてて襖が開いた。驚いて戸の方へと視線をやると、そこに佇むのはなまえ。いったい、何事だ。


「政宗さま」
「Ah?なんだよ」
「邪魔です、退いてください」


なんの前触れもなく俺の部屋へと訪れたなまえ。片手に箒を持っている様をみれば大方掃除に来たと言うのだろうが…開口一番言ってのけたのが今の台詞。いや、まてまてまてまて、なんかおかしいだろ。


「てめえ、誰に向かって口きいてやがんだ?」

「え、政宗さまでしょう?そんなわかりきったことお聞きになるだなんて…嫌ですねもう。ボケちゃったんですか?」

「ああ…わかった、もういい」


いくら不満を言ったところでこいつにとってそれはきっと馬の耳に念仏なんだろう。今まで幾度となく文句を言ったが、態度が変わったことなど一度もない。いい加減それを悟った俺が大人しく引き下がって邪魔だと言われた位置から腰を上げた。ちくしょう、仕事が進まねぇじゃねえか。


「あ、そういえば…この前の傷口の具合は如何です?」


箒で部屋を掃きながら、不意に思いついたようになまえは口を開いた。この前の傷ってのはどれの事だったか。余計な他の傷がバレると色々と面倒くせえからな。暫く思案して思い出す、おそらく彼女が言うのはこの脇腹の傷だろう。


「ああ、これのことか?」

するり、と着流しから片腕を抜いて包帯の巻かれた脇腹をなまえに見せた。と、それを見た彼女は一瞬目を見開いてみせ、続いて静かに眉間に皺を寄せる。何事かと自分もその箇所へ視線を移した。しまったな…血がにじんでる。


「あー…その、もう治ったぜ?」


視線を漂わせながら小さく言い逃れをしてみる。だがそんなものがなまえに通用するはずもなく彼女は箒を放ると小走りに俺に近寄る。そのままの勢いで、ばっと腕を掴まれ部屋の外へと連れ出された。


「おい、何しやがんだ!何処へ行くっ!治ったって言ってんだろうが」


返事はない。まあ、そもそもコイツからまともな返事がくるのなんざ期待はしちゃいねえがな。仕方ない、こうなったら気が済むまで好きにさせてやる他ないだろう。

そう思い至り、黙ってなまえに手を引かれて辿り着いたのは…やはりと言うか薬師の部屋で。生憎に薬師がいない状況を把握したらしい彼女は自ら治療をしようと考えたのか、くるりと俺に振り返ると有無を言わさず包帯を取り始めた。


「もう治ったってのに…」


ため息まじりにそう零したところで勿論返事はない。ゆるゆると包帯が取り払われた傷口が空気に触れて少し痛んだ。が、次の瞬間に、それとは比にならないくらいの痛みが走った。


「痛ってぇ!」


痛みの原因は傷口に押しあてられた布だ。なまえは俺の訴えを聞き入れる様子もなく尚も平然とそれを傷口に湿布する。


「ほら御覧なさい、何処が治ったというのですか」

「Shit!なんでこんなに痛いんだよ。薬師は浸みる薬なんかつけなかったぞ?」

「貴方様が治りかけの傷口を大事にせず放っておかれたゆえ、化膿したのです。それを治める薬が酷く浸みたのでしょう」


にこりともせずに淡々と説明をしながらなまえは治療を続ける。彼女には下手な薬師よりもこの手の知識があるため、俺はそれ以上反論のしようがない。だが…それにしても、あらかじめ浸みるのだと忠告するくらいの優しさはあってもいいんじゃないだろうか。



「改めて拝見しても、本当に重症ですよ…コレ。よく死にませんでしたね全く。どうせなら、ひとおもいに逝ってしまわれたほうが楽だったでしょうに」

「俺になんの恨みがあんだよ…」


口を開いたかと思えばこうして、小十郎が聞いたら卒倒しそうな危なっかしい台詞を平気で吐きやがる。そもそもこいつの大部分は悪意でできているんじゃねぇかと俺は思う。それ以外は頑固さだとかきまぐれだとか、どっちにしたってろくな女じゃねえ。


「いいえ別に恨みなどございませんよ?ただですね、政宗さまの態度が余りにでかくて腹立つなぁなんて」

「お前なぁ…」


またひとつ溜め息。それでも惚れた弱みってのは厄介なもんで…。あーあ、俺はこんな女のどこを気に入っているんだろうな。冷たくされるのも罵られるのも好きじゃない。むしろ世の男たちとおなじく、可愛らしい淑やかな女の方が好きだ。それなのに、なぜ好んでこの女と居るんだろうか?この礼儀のかけらももちあわせちゃいない、淑やかとは無縁なこいつと。自分のことなのに不思議だ。静かな秋の夕刻は、普段だったら考えもしない思考に走らせてしまうらしい。そうしやって下らない思考を廻らせていると、暫く黙っていたなまえが不意に口を開いた。



「ひどい傷なんですから、大事になさってください。あなたさまが深手を負ってご帰還なさる所為で私は、心の蔵がいくつあっても足りませぬ」


丁寧に包帯が巻き直された腹の傷を包帯ごしにひとなでして切なげに呟く彼女。ああ、こんな不意討ちは反則だろ。憎まれ口の合間にこんな可愛いセリフを吐きやがるんだから困りもんだ。


「Ha、俺の負けだ。俺はどうしようもねぇくらい、アンタに惚れ込んでるよ」


そうして立ち上がろうとするなまえの頭を両の掌で軽く制してくしゃりと撫で、そのまま抱え込むと触れるだけの口づけを落とした。


「そんなこと…とうに存じております」


数秒ぽかんとしたあと頬をほんのりと紅く染めて視線を逸らすその様は、説得力の欠片もありゃしねぇ。



振り返るアイロニー
(どうしようもなくこいつに魅せられてるんだと自嘲気味に口角をあげた)




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