「ねぇ、かすが」

いつものごとく新人3人組で昼食を取ったあと、真田くんが食後の団子を食べるのを横目に私とかすがはコーヒーを飲んでいる。
かすがのコーヒーカップのソーサーの上に載った砂糖とミルクを食い入るように見ていた私だったが、ようやく意を決して彼女に声を掛けたのだ。


「どうした?」

「あのさ、砂糖とミルク…使う?」

「いや。私はストレートで飲んでいるから使わないが、欲しいのか?」

「うん」


即答した私を見てかすがは一瞬きょとんとした表情を見せるが、すぐにニコリと上品に微笑んで「なら、使うといい」と言って差し出してくれた。
その笑顔にキュンとしながら、ありがとうと返事をするものの…持って帰るつもりだなんて到底言えそうにない雰囲気だ。
そんな訳でどう言いだそうかと悶々としていたら、コーヒーを飲み干したかすがが席を立った。

「じゃあ、私は一足先に仕事に戻る。奈々と真田はゆっくりしてきていいからな」

そんなツンデレちっくな台詞を残し、彼女は社員食堂を後にする。
(相変わらずかわいいなーかすがは!)
足早に遠ざかるかすがの背を見送っていると、向かいに座っていた真田くんが団子を口いっぱいに頬張ったままに何かを話し始めた。


「かふかほのはほひはへ?」

「いや待って待って真田くん。何言ってるのか全然わかんないからね?」


焦って問い返すと、今度は口に入った団子を片方の頬に一度寄せて再び話し始める真田くん。
リスみたいで何だか可愛いが、社会人としてはどうなんだろうかと少し苦笑。


「すまぬ、かすが殿はどちらへ?」

「ああ。先に仕事に戻るって」

「そうか!ではそろそろ某も!!お先に失礼するでござる、奈々殿!!」

「え、ちょ!!真田くん!?」


真田くんは片方の頬に団子を詰め込んだ口でそう叫ぶと、声を掛けて引き止める暇もないくらいに即座に席を立ちバタバタと食堂を出て行った。頬袋に溜め込んだあの団子はいったいどうするのだろうかと余計な心配をしてしまう。

私はと言えば未だにコーヒーが残っているためもう暫く仕事には戻れない。
ともあれ、砂糖とミルクは無事お持ち帰りが決定したので取りあえず気分はうっきうきだ。
しかしコーヒーを一口飲んでから嬉しそうに二人分の砂糖とミルクを手にし、人知れずひっそりとポケットにしまい込もうとしたその時だった。


「な、何やってんの?」
「ひぃ!!」


突然に後ろからかけられた声に驚いて思わず奇声を上げてしまった。
一応まだ会社では私の貧乏性は知れ渡っていないのだから、誰かに目撃されてしまえばそれなりに恥ずかしいのだ。
誰に目撃されてしまったのかと恐る恐る振り返れば、そこにいたのは宅急便の彼。



「えーっとたしか、奈々ちゃん…だっけ?」

「あの…なんで、名前?」

「あー、ほら。真田の旦那がよく話するからさ。この会社に配達に来たとき荷物受け取ってくれるのもだいたい君だし、一回話してみたいなーとおもってたんだよねー」

「ああ、なるほど」

「で、今何やってたの?」


うまい具合に話題が逸れたと思っていたのに、突然そう切り出してくる彼は確信犯なのか…?
いつものゆるーい笑みの裏に何だか黒いオーラが見えたように感じたのは気のせいだと信じたい。


「う…それは!すっすみません、ついぃぃ!!」

「いやいやいや、ちょと落ち着いて」

「だ、だってだって勿体無いじゃないですかっ!?」

「うん、そうだね。俺様もそう思うから、取りあえず落ち着こう?」

「え…?わかってくれるんですか?」


思わず叫んだ勿体無い発言に同意の言葉が返されたことに驚いた私は問いかける。
そしてそれに答えにっこり笑って放たれた彼の台詞は私の胸にぐさりと刺さった。


「あはー、だって俺様も筋金入りの貧乏性だし」


(び、貧乏性って…。ああ、やっぱり私が貧乏性だってばれちゃってるんですかね?)


「でもまさか、奈々ちゃんがそうだとはねー」

「が…学生時代があまりに貧困生活だったので、すっかり板についてしまいまして…」

「あーわかるわかる!俺様も同じようなもんだよ。スーパーの安売りとかさ、燃えない?」

「もっ、燃えます!!やばいです!」

「あ、やっぱ?だよねぇー」


あああ、嬉しそうに微笑みながら同意してくれる彼が輝いて見える!!こんな話で盛り上がれる人なんて今までいなかったから嬉しいやら楽しいやらで私のテンションは何やらだいぶおかしい。
結局お互いに語りだしたらなかなか止まらなくて…とくに駅の裏にある『スーパー五本槍』はタイムセールが良いだとか、あれはこっちのが安いとか、それはあそこのが安いだとか…そんな所帯じみた会話に華を咲かせること十数分。
話が一段楽したところで彼が腕時計をチラリと見た。



「おっと随分話し込んじゃったね。やっば、俺様配達の途中だったんだわ」

「えっすみません大丈夫ですか!?あ、そういえば私もお昼休みあと何分…」


ふと自分も昼休みの残り時間が気になって社員食堂の壁にかかっている時計へ視線を移せば時刻は12:59で。
驚きと焦りで私はガタンと豪快な音を立てて立ち上がった。


「うっそ!あと1分しかない!!!ご、ごめんなさいっお先に失礼しますね!楽しかったです、また今度ゆっくり話しましょう!!」

「じゃ、こっちも仕事に戻るよ。俺様も話せて楽しかった、今度真田の旦那も混ぜて飲みにでも行こう」

「はーい!楽しみにしときますねー」


駆け出しながら少し振り向いて配達の彼にそう返し、全力で食堂を後にする。
昼休み満喫しすぎて午後の仕事に遅刻だなんて毛利先輩に何ていわれるか!!想像するのも恐ろしい。



「な、なんとか間に合ったぁー」

必死で廊下を駆け抜けて仕事場に辿り着き、息を切らせながら自分のデスクにつく。
するとそれに気がついた真田くんがパソコンのディスプレイから視線を外し此方へと声を掛けてきた。
流石にもう頬袋は空のようで一安心だ。


「滑り込みセーフでござるな」

「うん、ぎっりぎり」

「こんな時間まで食堂で何を?」

「真田くんの知り合いの配達の人と話してたの。えっ…と、名前…」

「おお、佐助でござるか!!」

「そうそう、その人!」


相手の名前もろくに知らずに熱く安売りを語り合っていた自分が若干情けなく思えて小さく空笑い。
我ながら間抜けすぎる。


「ところで奈々殿。先ほど毛利先輩殿が奈々殿の席にやってきて…コレを今日中に処理するようにと伝言を」


言いにくそうにしながら真田くんが差し出したのは大量の書類。
ちょっとちょっと、嘘でしょう?とてもこんなの勤務時間内に終わるわけないって!!
かすがと真田くんが仕事に早く戻ったのは、いわゆる彼らの勘というものが働いたからに違いない…。
そんなもの持ち合わせていなかった私は、


「残業決定ぇ…」

「き、気合でござる奈々殿!」



せめて心は安らかに
(佐助さんから安売り情報教えてもらったから、頑張れる!)






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