ミンミンミンミンと煩い蝉に殺意を覚える季節がやってきた。何もしなくてもじっとりと汗が滲み出る夏は、幾つになっても苦手だ。「名前が名前だからね」と秋緋に言われたが、特に冬が好きなわけでもない。だが今のように日中、ギラギラと輝く太陽に当たるよりは吹雪に見舞われた方が幾分マシだと思った。 「おにーさん、具合でも悪いの?」 「……てめーがいるからな」 世の高校生は皆夏休みだというのに、俺は制服を着て今日も今日とて登校している。理由は……説明するのが面倒なので置いておくが、何故この、赤毛までいるのか謎だ。自然と早歩きになるが、赤毛は軽い足取りでどこまでもついてきた。校門から昇降口までの距離の間、「鬱陶しい」と五回程言ったがどれもスルーされた。普段ならばブチ切れているところだが、今の俺にはそれだけの気力がなかった。 「……おにーさん、なんか今日おかしくない?」 何か違和感を感じたのか、赤毛が上履きを取り出しながら尋ねてくる。答えてやる義理もないので黙っていたら、赤毛はさらに続けた。「どうしたの。元気ないよー」 「るっせぇな、お前には関係ないだろ!」 苛立ちのあまり、思わず怒鳴ってしまった。驚いたのか、赤毛は一瞬目を見開いた。俺はその隙に赤毛の横を通り抜けると、階段を一段飛ばしで上る。下からパタパタと足音が聞こえ、「もしかして、秋緋ちゃんと喧嘩したの?」と赤毛が声を張り上げた。 その声に、情けなくも俺はビクリと肩を揺らして停止してしまった。秋緋。喧嘩。思い出したくもない、昨晩のことがグルグルと脳内で再生される。 「図星?」パタパタと足音を立てて赤毛が俺の顔を覗き込む。今の顔を見られたくなくて、俺は赤毛の頭を鷲掴んだ。「あぎゃっ」変な声が聞こえたが気にしない。 「……お前、」 「なに? ていうかおにーさん手大きいね、私アイアンクローとか初めて――」 「秋緋に、彼女いるって知ってたか」 「…………」沈黙。 赤毛が黙ったので、俺は気でも失ったかと思って思わず手を離した。すると赤毛はしっかりと目を開けていて、パチパチと数回瞬きを繰り返していた。次いで、信じられないものを見るような目で「知らなかったの?」と答えた。無性に腹が立ったので、再度米神を掴んでやった。 「ああ知らなかったよ、知らなかったとも。昨日初めて知ったんだよこっちは!」 「おにーさん落ち着いてててててて」 「いつからだ!? いつから彼女なんて出来た! なんで秋緋は人にガン飛ばしてくるような常に喧嘩腰な女と付き合ってる!?」 もぞもぞと赤毛が暴れるので頭を掴んだまま、階上に放り投げてやった。廊下にビタッと尻餅をつき、米神を押さえている赤毛は「コノヤおねーさんも、おにーさんには言われたくないと思う」何かブツブツ言っていたが、よく聞き取れなかった。頭を抱えたいのは俺のほうだ。 「……って言ったら、秋緋に……ものすごく怒られた……」 昨日の光景がフラッシュバックする。『俺はさ、兄貴が人間嫌いってことをよく知ってるよ。でもね――』言葉を区切り、射殺すような目で俺を見る秋緋。『俺の大切な人を侮辱するのは、許さない』 「あんなキレた秋緋……五年ぶりに見た……」 「秋緋ちゃんの忍耐力すごいね」関心したように赤毛が頷いた。こいつブチ殺してやろうか、とも思ったが、秋緋に『次そんなこと言ったらブチ殺すからな』と唇を吊り上げて言われたのを思い出し、ガクリと膝を突いてしまう。 「よしよし、そんなにショックだったんだね。二人が春頃から付き合ってたとも知らずに」 「……うるせぇ、もう放っておけ……」 地味に胸に突き刺さる一言をお見舞いしてくれた赤毛が、ぽんぽんと俺の頭を叩く。いや、撫でたといったほうが正しいだろうか。何をするんだと睨めば、赤毛はにっこりと左目を細めた。 「おにーさんには私がいるじゃん」 さらりと言われた言葉に俺はますます項垂れた。一生俺に付き纏う気か、なんて恐ろしい質問は出来なかった。 |
20101101 花咲さん宅コノヤちゃん(名前だけ)お借りしました。 |