fatalismo――ファタリズモ。イタリア語で運命論。宿命論、宿命観とも。
 この世の人事や現象、一切の出来事は全て運命によってあらかじめ定められおり、人間の意志や選択は無力であるとする考え方。




 何かの本に書いてあったソレは、幼い頃の俺にとっては大変衝撃的なものだった。何が運命論だ。何が人間は無力だ。俺は怒りを露にし、抗うようにその本を燃やした。「本当はわかってるんだろう?」とでも問うように、炎は爛々と燃えている。違う。いいや、違わない。お前はもう、解ってる。自分の無力さを――嘲笑うかのように、炎は揺らいだ。
 そのとき、ふっと炎はどんどん小さくなっていった。なんだろう、と炎を覗き込むと、誰かが膝を抱えて蹲っていた。どうしてあんなにボロボロなんだろう。どうしてあんな顔で笑ってるんだろう。どうして、どうして――赤い髪の、あのこは――。




「あ?」

 ピピ、ピピ、と耳に響く機械音にふと目を覚まし、俺は気だるい体を起こした。背伸びをすればボキリと骨が不快な音を立て、無意識に舌打ちをしてしまう。今日も学校をサボッてやろうか、とも思ったが、今日が始業式ということに気づいた。
 まだ二月のままだったカレンダーを破り捨て、今更ながら三年に上がれたことを思い出した。といっても、アルジリアの頑張りのお陰で奇跡的に進級出来たのだ。余計なことを、とそのときは礼なんて言わなかった。「礼儀を欠いた行動はいけない」と秋緋に散々怒られたが、結局タイミングを逃してしまい未だに礼を言えなかった。まぁ、言う気なんて毛頭なかったのだが。
 秋緋も何となく察していたのか、せめて始業式には出席してくれと懇願した。その勢いに押され思わず頷いてしまったのは、一昨日のことだ。携帯のディスプレイで時間を確認する。八時十分。やばい、ギリギリだ。
 身支度を適当に済ませ、クリーニングに出していた制服を引っ張り出す。ちなみに出したのは、俺のいない間に合鍵を使ってこっそり家宅侵入したアルジリアだ。パリッとした制服に腕を通すと、何となく着心地が悪くて腕を回す。もう一度時間を確認すれば、八時三十分。やばい。俺は水を一杯だけぐっと飲み干すと、駆け足でマンションを飛び出た。これで電車に乗れなかったら、もう諦めよう。


***


 珍しく息を切らして登校した俺に、アークはまるで珍獣を発見したような目でまじまじと俺を見つめた。「……どうした」

「うるせぇー。クソ、寝起きに全力疾走したから腹減った……」
「朝飯食ってないのか」
「……そのパンくれ」
「断る」

 最後の一斤をパクリと咀嚼するアークを恨めしげに睨んでいると、「そろそろ始まるんじゃない」と時計を指差した。同時に、タイミング良く担任が入ってくる。久々に見た担任の話を右から左に流しつつ、俺は机に突っ伏した。あー、腹減った。




 始終、式を寝て過ごした俺はようやく帰れるとその後の授業をサボる気満々でいた。教師――特にアルジリアに見つかるとやっかいなので、そそくさとその場を後にしようとした。
 視界の先に赤が掠めた。その色に一瞬不愉快になるが、秋緋かもしれないと再度振り返る。予想通りそこには秋緋はいた。声を掛けようとした時、傍らに秋緋よりも鮮やかな紅の髪をした小柄な少年が立っていることに気づいた。さっきの赤はこいつか、と小さく舌打ちその場を後にしようとしたときだ。「あれ、兄貴」秋緋に見つかった。
 無視するわけにもいかず、億劫な足取りで秋緋の元へ近づく。横にいた赤毛が俺を見上げているのが痛いぐらいに感じたが、敢えて知らん顔で「おう」と秋緋に声をかける。

「アルジリアから聞いてたけど、ちゃんと出席してくれたみたいだね。よかったよかった」
「……お前があんなに言うからだろ」
「そうだっけ?」

 アハハと笑う強かな弟に内心呆れていると、「そうだ」と秋緋は横の赤毛を指して言った。「紹介するよ、兄貴。同じクラスの紅。友達なんだ」

「雨宮紅です。よろしく、おにーさん」

 予想していたよりも声が高くて、よく見れば丸みを帯びた体。男かと思ったが、こいつ女か。いやそれよりも――友達? このクソ赤毛と秋緋が?
 その単語に、俺は途端に不快な気分になった。秋緋に友達がいることが不快なわけでは決して無い。ただ、目の前でニタニタと笑みを貼り付けている赤毛が生理的に受け付けなかったからだ。自分でも不思議なくらいに苛立っていた。
 赤毛は自己紹介と共に右手を差し出した。握手を求めているのだろうか。知らず知らずに眉間に皺が寄り、俺はちらりと一瞥すると、踵を返した。一秒でも視界に入れていたくなかったのだ。背後から秋緋が何事か言っている声が聞こえたが、それすら頭に入ってこなかった。


 脳内を占めるのは、憎らしい赤一色。それも全てアイツ、あの赤毛のせいだ。忌々しい記憶の蓋が開かぬように、必死に唇を噛む。口内に鉄の味が広がった。
 鮮やかな赤は懐かしさすら感じたが、俺はこの懐かしさの正体が解らなかった。 どうでも良いことなのだと自分を納得させようとするたびに、心臓が爪を立てられたかのように痛んだ。誰がこんな気持ちにさせるんだ。どうして俺は思い出せないんだ。一体誰のせいだ。記憶ごと放って置けば楽なのに、何故俺はそうしないんだ?




絶対不可侵領域

title by Discolo
20101019
蒼真さん宅アーク君お借りしました!

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