「父は寡黙な人でした」

 びぃん。サロの爪が弦を弾いた。「この琵琶は、生前父が使っていたものです」

「母は俺が幼い頃、流行病で。母との思い出はあまり覚えておりません」

 びぃん。もう一度サロは爪で弾くと、転手を弄る。どうやら音程に問題があったようだ。びぃん。次は隣の弦を弾く。

「父と母の結婚には、色々と問題があったようです。今となっては知る術もありませんが、決して祝福されたものではないと幼心に感じました。父は何も言ってはくれませんでした。ただ琵琶を弾き、ぽつりと落とすように一言二言発するだけ」

「けれど俺は、それで充分だった」指先にはめられたピックが、五弦を勢いよく引っ掻いた。じゃらん。空気が震えたように振動する。サロは私の目を静かに見つめた。露わな左目は、全てを見通すかのように微動だにしない。

「父は琵琶の弾き方、音の仕組みや、楽器の構造、曲の構成、作曲の仕方――全てを教えてくれました。父が教えられるのは音楽だけだったのです」

 サロは眉をひそめ、琵琶へと視線を移す。「それが、父として唯一できることだったのか」と、私は言った。サロは一瞬だけ瞳を揺らし、やがて小さく頷く。「不器用な人でした」

「多くを語らない寡黙な人。誰よりも真っ直ぐで情熱的、けれど繊細な心をもった人。なぜそこまでわかるのかって? 簡単なことです。演奏には人の心が現れます。父の演奏を聞いたことが一度でもあれば、父の人間性がわかるでしょう」

 ――音楽は決して嘘を吐かない。決して欺けない。「全てを晒け出さない演奏に、一体誰が感動しましょう?」

「ならば、私に何か一曲弾いておくれ」と、私は言った。サロは左目を細めると、「では、あなたのために」じゃらん。弦を弾いた。

 耳に心地よい旋律は、甘い夢へと誘うかのよう。私は素直に重い瞼を閉じた。すると不思議なことに、体が羽が生えたように軽くなった。琵琶の音色が聞こえる。無性に懐かしく、涙が出そうだった。私はどこかで同じメロディーを聞いたことがある。もうずっとずっと、前に。


「さようなら、お婆さん」


 そうだ。これはあの子が歌っていた。





音色が導く先に

20110320

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