アルバイトシリーズ | ナノ
 仁王雅治

「のう名字さん、下の名前で呼んでええかの?」

 書店でのバイト中にそう問いかけてきたのは、買うわけでもないのにここによく来るカッコイイ高校生。確か「雅治じゃき」とかって自己紹介してくれた気がする。
 そんな彼に何故か私は気に入られていた。本当に理由はわからない。銀髪のこんなチャラそうなイケメンがどうして私みたいな本屋で働く地味女に構うのだろう。

「店員なんだから名字でいいよ」
「むう、駄目か……ならの、俺とデートしてくれんか? ならもう俺たちは客と店員の関係じゃないじゃろ」

 私はきょとんとする。デートってねえ、この子は本気で言っているのだろうか。私なんかと遊ぶより同年代の男の子と遊ぶほうが絶対に楽しいのに。

「きっとつまらないよ。もっと意義あることにお金使ったら? ほら、本を買うとか」

 近くにあった『健康のための10の習慣』という本を手に取って見せた。この子って細くて色白だし少し不健康そうだしちょうどいいかもしれない、なんて思うのは失礼だろうか。うん、失礼だな。ちょっと嫌そうな顔されちゃった。

「まあ、とにかくお金は大事に使ったほうがいいよ」

 そう言って本を元の場所に置く。ついでにさっとその辺りを整頓して私は別の仕事をするべくそこを去った。

 3日後のことだ。高校の部活の同窓会があり、私は居酒屋に来ていた。大学生になってからは初めての集まりなので、みんなとお酒を飲むのももちろん初めて。実は前からわりと楽しみにしていた。
 ちなみに私は女子バドミントン部に所属していた。今日はせっかくならと男子バドミントン部と合同の飲み会だ。みんな飲む前だというのに、わいわい騒いでいる。

 飲み始めて少ししたら頃に「仁王さん」は私の隣にやってきた。高校生の時にあまり親しくしていないので、少し緊張する。

「名字さん、あのね弟のことなんだけど」
「弟?」
「うん。最近、迷惑かけてるみたいでごめんね」

 私にはなんのことかさっぱりわからない。今、頭上にはクエスチョンマークが3つくらい飛び出ている気がする。
 彼女は私が理解していないことを察したのか、名前を出した。

「雅治よ、雅治。名字さんって本屋でバイトしてるんでしょ? なんか買いもしないで行ってるみたいだし」
「ああ、あの子って仁王さんの弟だったんだね。迷惑は被ってないから大丈夫だよ?」

 何故構われていのかわからなくて困惑はしているが、迷惑はしていない。私はお酒を一口含んでにこっと笑った。
 仁王さんはそれならいいんだけど、と言って違うところへ行った。

 私はといえば、お酒を飲みながらあの子のことについて考えていたわけだ。
 もしかして私のこと随分前から知っていたのかな? とか仁王雅治ってフルネームを言って弟であることを教えてくれたらいいのに、とかそんなところ。

 そうして同窓会が終わり、店の前でがやがやとしていた。これからどうするかは幹事の人あたりが決めるだろう。私はそのへんの輪に入って、ほろ酔い気分で名前も知らない男の子の話をうんうんと聞いていた。

 すると、とつじょ誰かに腕を掴まれた。

「のう、名字さん」

 輪の全員がそちらを向いた。みんなの視線の先にいたのはあの子――雅治くんだった。

「え? えーっと、何でこんなところに?」

 突然のことに私は驚く。周りもこいつは誰だと言いたげだ。すると、別のところにいた仁王さんがやってきた。

「こら、アンタ何してるの。名字さんに迷惑でしょ、すぐ帰りなさい」
「嫌じゃ」

 そう言って雅治くんが私の腕を引いて自分の方に寄せる。お酒のせいで赤かった頬にさらに紅がさした。
 だってそんなことされたら、いくら相手が高校生でもドキドキするし焦る。まあ、何よりこの子イケメンだしね。

「あ、あの……」
「ほら雅治、腕話しなさい」
「名字さんはこれから俺と出かけるナリ」
「え?」

 そんな約束は一切していない。この子はどうしてそこまで私と関わりたいのだろう? とりあえずどうしたらいいのかな……。
と戸惑っている間にも2人の言い合いは続いていた。幹事の人は次の行動が決まったのか、こちらの様子を伺っている。このままじゃ一部の人の機嫌が悪くなりそうだし、私はひとまず雅治くんとここを立ちることにした。そうしたら問題ないよね。

「いいよ、雅治くん。一緒に出かけてあげるけど今回だけだからね?」
「名字さん、嫌ならいいのよ」
「嫌ではないよ。ただ、これからは突然くるのとかやめてね?」

 雅治くんにそう言うと嬉しそうな反面、ちょっと申し訳なさそうに頷いた。そして、私の手を握って歩き出した。

「あの、手……」
「嫌かの?」
「そういうわけじゃないけど、手繋ぐ関係でもないし」
「手を繋ぐ関係ってのは恋人とは限らんぜよ?」

 いや、まあそうかもしれないけど普通は恋人に見られるんじゃ? なんて思う。しかしながら、何を言っても今の彼に離す気はなさそうなので黙っておく。

 ふと、彼を見る。私より背が高くて、細身ながらも男の子なだけあって背中は広い。そして腕は案外筋肉があるようで、思いのほかがっちりしている。この前、不健康そうとか無礼な感想を抱いちゃってごめん……と心の中でひっそり謝る。

 っていうかやっぱり私たち恋人に見られてるよね、って考えるとドキドキと胸が脈打った。
いつも近くで見ていてもこんなに意識したりしないのに、やっぱり私、酔ってるのかな。

「ねえ」

 彼に声をかけた。雅治くんは顔をこちらに向ける。

「なんじゃ? 歩くの早かったかの? すまん」

 何も言ってないのに、そうやって言う彼はきっと気遣いのできる男なんだろうな。ますます彼のかっこいいところ知っちゃった。
 いや、そうじゃなくって。

「どうして仁王さんの弟だって自己紹介しなかったの?」
「はて、何でじゃろうな」
「ええ……じゃあいつから私のこと知ってた?何で私に構うの?」

 またはぐらかされるだろうな。聞くだけ無駄だったかもしれない。と思ったと同時だった。
いきなり雅治くんは立ち止まった。珍しく真剣な顔して、こちらを見つめている。私は視線に射止められて、少しのあいだそこに佇んだ。

 そんな私たち2人を人々は追い抜いて歩いてゆく。
 ここだけ時間が切り取られたような感覚を覚えた。私は彼から目を離せない。

「長いし不快に思うかもしれんのじゃが、聞いてくれるか?」

 私がゆっくりと首を縦に振れば、雅治くんはまた人の波に乗って歩き出した。

「俺が中2のとき、姉貴に無理やり連れられて行った試合、名字さんはダブルスの決勝に出とった」

 ああ、懐かしい。私は高校2年のあの日の試合を覚えている。

「結果は名字さんたちの負けじゃった」

 そう、私は忘れもしないだろう。あのとき負けた原因となった、私のミスを。
悔しくて仕方なかった。高校時代はほとんどバドミントンに費やし、部活以外にしていたことが全然思い出せないほど徹底して部活に励んでいた。そんな私が自分のミスで負けたのだ。

「俺はの、その日の名字さんが泣きじゃくる姿がいつまでたっても忘れられんかった。おまんにとったら嫌な話じゃろうけど」

 私は黙って続きを聞いた。

「それから1年後の決勝も俺は見に行ったんじゃ。最後のゲーム、名字さんは震えとったの」

 そして雅治くんは私がその後にとった行動について話した。私はその震えをあることで克服したのだ。

「あれはびっくりしたのう。というか会場にいたやつ全員驚いとったぜよ」

 どんな方法かというと「ペアの子に思いっきり頬を叩いてもらう」だったのだ。

「ふふっ、そんなこともあったなあ」

 私はその時のことを思い出して笑ってしまった。自分でもなかなかのことするなあ、と感じたのである。

「で、名字さんたちは優勝じゃ。そこでもおまんは泣いとったのう、また俺はその顔に釘付けにされた……というより、名字さんの表情全てに俺は釘付けにされてたんじゃ」

 点を取った時の喜んだ顔、ミスした時の悔しげな顔、試合前の緊張した顔……とつらつらとあげていく雅治くんの後ろで私は顔を真っ赤にさせていた。こんなこと言われて恥ずかしくないわけがない。穴があるなら入りたいくらい恥ずかしい。そのまま振り返らないで、と願う。しかしそんな祈りが届くわけもなく、彼は振り向いて私の赤い顔を覗き込んできた。

「照れてる顔も可愛いのう」

 そう言って頭を撫でられ、さらに照れる羽目になる。これでも私の歳は3つも上なのに悔しい。

「とにかく俺は名字さんに恋してることに気づいたんじゃ。本屋で見つけた時はほんとに嬉しかったぜよ。姉貴はおまんの連絡先は知らんというし、もう会えんと思うとった」

 それからしばらく、私たちの間には沈黙が広がり、どちらとも口を結んでただ歩くのみだった。私の酔いも冷めてきて、何だか彼とこうして手を繋いで歩いていることが不思議なくらい、居酒屋で会ったのが遠い時間のことのように感じる。

 そして、駅前に着いた。私たちは改札前で立ち止まった。このままサヨナラする雰囲気ではないことくらい分かっていた。
 ガタンガタン、と電車がホームに入ってくる音が聞こえる。すると雅治くんは悲しげに私の空いていた左手も握ってきた。

「確かに俺は名字さんのこと好いとる。じゃが名字さんにとって俺は買いもしないのに本屋に来る高校生で、眼中にないことなんて分かっとる」

 こんなこと思うのは変かもしれないけど、しおらしい彼はどこか子犬みたいで可愛い。というかまあ、雅治くんイケメンだし眼中にないってほどではないんだけどな。なんて、顔のこと言われたらこの子は嫌な気になるだろうか。

「じゃがの、諦める気もないけえ、これからは客と店員じゃなく関わりたいきに」

 ぎゅっと力が込められた手。私は無性に彼を撫でたくなって、手を離すように促した。少し傷ついたような顔をしたところで頭を撫でてあげれば、目を点にさせて顔を赤らめた。
 ふふ、可愛い。思わずそんな声が漏れつつも私は「いいよ、連絡先教えてあげる」と言った。

 それから、メッセージや電話でやり取りできるようになっても雅治くんは書店に来るのであった。本を買うわけでもなく。


***
あとがき
 書店、全く関係ねえ\(^o^)/アルバイトシリーズどころか部活シリーズの「バドミントン部」だよ……。しかもめちゃくちゃ長い!そして詐欺師の欠片もねえ!とりあえず、ピュアで一途な仁王雅治が書きたかったのでした……(言い訳)。
(20180627)執筆
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