仁王雅治
ガヤガヤと酔っ払った客の声で溢れた店内を忙しなく動き回る。「8名様5番席入りましたー」という言葉の後に「名字さん持ってってー」と渡されたのは、おしぼりと水が入ったグラスが8つ乗ったお盆。どうせこれを運んでも客はすぐに酒を注文するんだろうけどな。
個室の襖をコンコンとノックし「失礼しまーす」と呼びかける。そこにいたのはよく知る人物たちで、私は襖を閉めようとした。
「ちょっと、どうして閉めるんだい?」
力かなわず、ぴしゃりと開け放たれた襖の奥に勢揃いしていたのは元・立海男子テニス部のレギュラーたちだ。
「いや、なんかめんどくさくて……」
「ふうん、俺たちお客様への対応がめんどくさいと?」
静かに微笑んでいるだけなのに何とも言えないオーラ。相変わらず怖いよ幸村。
「名前先輩久しぶりッスー!」
そう言って飛びついてきたのは赤也だった。こいつまた大きくなった? 重たい。
「暑苦しい!」
客であるというのに私は容赦なくモジャモジャ髪のそいつの頭を引っ叩いた。こいつは何故か中学の時から私によく引っ付いてくるので、その度に頭を叩いているのだ。
「名前先輩、大学立海じゃねえし全然会えないし俺寂しいっすー優しくしてくださいよう」
そう、私は他の大学で学びたいことがあったから立海に進学しなかった。ちなみに柳や柳生も外部進学している。そのため、このメンバーで一斉に顔を合わすのは本当に久しぶりだったりする。中高はこいつらテニス部のマネージャーをしていたので毎日顔を合わせていた。今思えば、ちょっと不思議な感じ。こいつらと会わない日なんて全然なかったのになあ。
「で、注文は?」
ハンディーを手に私は問いかける。
「食べ飲み2時間コース」
「はい、飲み物は?」
「俺、生中で!」
「俺も」
「俺もじゃ」
とまあ一通り注文を聞き、私は襖を閉める。そして少しドキドキしている胸に手を当てた。
久しぶりに顔見た。仁王……。
「はは、」
自分を嘲笑するかのような声が小さく漏れる。やっぱり、まだ好きなんだなあ。今更どうしようもないのに。せめて高校の時ならワンチャンくらいあったかもしれないのに。
それから私は他の客の注文を聞いたり運んだり、バタバタと慌ただしく動き回った。「名字さーん5番席おねがーい」と頼まれたのはあいつらがきて30分ほどしてからだった。
先ほどのようにノックして襖を開ける。
「お! 次は名前先輩だー!」
またまた引っ付いてくる赤也。酔ってはなさそうだけどちょっと酒臭い。
「邪魔」
「ほんと先輩つれない〜」
赤也が私の腕を掴む手に力を入れた。
「ほんと邪魔、このワカメ」
もう一度赤也の頭を叩き、引き離そうとする。しかし、さらに私の体には別の人物の腕が絡まってきたのだった。
「赤也ばっかずるいナリ」
振り向けば顔を真っ赤にした仁王がいる。
「は?」
「のう、名前ちゃーん」
「もう酔ってんの?」
「酔っとらぁん」
あからさまに酔っている。え、何飲んだの? って目があった柳に聞けば淡々と答えた。
「生ビール、スクリュードライバーのみだ」
そんだけでこんな酔ってるの? 仁王弱すぎ。ちょっと意外な気もするけど。いや、それにしたって2人とも全く離れる気配がない。どいてくれ。
「あーもう私ねバイト中なの? ちゃんと働かせて? んで、注文したいんじゃないの?」
幸村が不敵な笑みを浮かべている。おいおい何とかしてくれよ、元部長さんよ。私の心は持たない。何でよりにもよって仁王に抱きつかれてるの……平常心保つのに必死なんですよ。
と思いながら私は注文を聞く。メニューを口頭で繰り返してハンディを閉じる。
「……以上でよろしいですか」
「うん、よろしく」
幸村が空のグラスを手渡しながら言う。受け取って、私は立ち上がろうとするが2人のせいでそれはできない。
「もう行かなきゃならないし離れて」
「嫌じゃ。赤也、おまんは離れんしゃい」
「何でっすか? 嫌っす」
「んもー二人とも離れなさい!」
両手に持つ空のグラスで仁王と赤也の頭に真上からぶつけてやった。
「「ってえ!」」
「ほらどいたどいた」
頭をさする2人を放置して私は部屋から出る。もう、人の気も知らないで仁王ったら。少しぷんすかしながら厨房に戻る。
「名字ちゃんどうしたの?」
「友達にウザ絡みされたんですよ」
「はは、モテモテじゃない」
「そんなんじゃないです」
先ほど仁王に抱きつかれたことを思い出すと恥ずかしくなって、私は必要以上に首を横に振る。「顔赤いよ、運んで酔っちゃった?」なんてさらにからかわれた。
その後さらに30分ほど経った頃に、再度あいつらの個室に私は行くことになる。
「失礼しまーす。ハイボール、梅酒ロック、芋焼酎ロック、いちごみるくハイ、焼き鳥盛り合わせ3人前ですー」
机の端にそれを置きながら、入れ替えるように空の器やグラスをお盆に乗せていく。
「名前ちゃんじゃ、名前ちゃんー」
また抱きついてきた仁王の目は先ほど以上にとろんとしており、さらに酔っているとみた。一方、赤也は柳に抱きつきながら何かを言っていた。
「名前ちゃん俺んこと好きじゃったんじゃろ?」
「は? 何言ってんの? 酔ってるからってその自意識過剰はキモい」
「じゃってブンちゃんが“名前は高校んときお前のこと好きだったんだぜぃ”って言いよったもん」
ブン太の方を指さしながら、じっと見つめてきた。ちょっとかわいい、なんて一瞬感じる。いやいやそんなことよりなんでブン太はそんなこと言ってんのよ!?
「ブン太、テキトーなこと言わないでよね!」
「本当のことだろぃ。いいじゃねーか仁王も実はお前のこと好きらしいぜ?今付き合っちゃえよ!」
私の隣にわざわざ来て肩をポンポンと叩くブン太。たった今持ってきたいちごみるくハイをごくごくと隣で飲み始めた。それやっぱりお前かよ。
「決まりじゃな。好いとうよ〜名前ちゃん」
「いや、だからさあ、」
そりゃ好きだったしまだ好きかなって思うけどこんなところで、そんな話しなくたっていいでしょ。もーなんか意識してきたらまた顔赤くなってきたし。
「名前ちゃん、顔赤いぜよ?」
「今のお前には言われたくないわ」
「かわええのぅ」
ちゅっとリップ音が傍で鳴った。頬に口付けられた感覚。
「ちょっ、な、なななにして……っ!」
頬っぺたを手で押さえて私は目を見張る。
「ひゅ〜! アツアツ〜!」
いちごみるくハイを片手に囃し立てるブン太の頭をグラスで殴りたい。
「やっぱかわええのう、かわええよ名前ちゃーん」
自分の頬を擦り付けてくる仁王の肩を押しやろうとする。酔ってるくせになんでこんな力あるんだよ! ああもう真田めっちゃ見てる! いい加減、怒鳴られるからやめて。
詰まるところ、真田には怒られたが仁王が離れてくれることはなかった。
それから私のバイトのあがりとこいつらの店を出るタイミングが被ったせいで二件目に付き合わされたのはまた別の話。
(仁王、昨日のあれ本当なの? 酔っ払って変なこと言ってたんじゃなくて?)
(本当じゃよ……ぅっ……)
(大丈夫? あー二日酔い?)
(おん……それよか、名前こそ本当なんか?)
(う、うん……今から会える?)
(おん。俺も会いとう思っとった)
***あとがき
ひたすら仁王に酔っ払って甘えて欲しかったという話でした。
(20180716)執筆