One second of eternity. | ナノ

Memory―Sweetheart―
「私も行ってしまって、本当によかったのですか?」
名前が俺にそう問いかけてきたのは、墓参りを終えて駐車場に向かっているときのことであった。
「俺が着いて来てほしいと言ったのだから、構わないにきまっているだろう?」
と、言えば彼女は腑に落ちないというような表情で、そうですねと小さく頷いた。しかし、彼女がそのような反応をするのも当然のことかもしれない。いつもなら車で待っていてくれと言って俺一人で行くのだが、今日は話したいことがあるために一緒に墓参りをした。そう――今日、四月二十二日は大切な人の命日だ。俺にとって忘れられないあの日は、約十年経った今でも色褪せず鮮明に脳裏に焼き付いている。それほど彼女のことが好きで、彼女の”死”がとても悲しいことだったのである。
「名前に話したいことがあるのだ…」
「何でしょうか?」
俺は立ち止まって彼女の方をじっと見た。彼女も進めていた足を地にぴたりとつけてこちらを向く。そして俺は絞り出すように言葉を口にした。
「…墓に刻まれていた名を、覚えているな?」
「ええ。あなたが私に与えた” 名前”という名と同じでしたね」
「昔の恋人、というのが正しいのかはわからないが好きだった人だ…」
そう言いながら俺は一度振り返った。墓はすでに遠くなっていて、墓地全体が視界にしっかりと入り込んだ。とても、遠いと思った。勿論ここから墓までの距離はそれなりにある。だが、それ以上に彼女がずっと遠くて、もう一度逢いたいなどと叶いもしないことを願い、ここに来ないときでも、夢だけでも構わないから逢えないのだろうかと思った。しかし、以前ほどそう考えなくなった自分がいることにも、俺は気付いていた。今は、名前がいるからなのだろうか。
そんなことを考えながら、俺は足を踏み出した。歩いている間、ただ口を噤んで色んな事を考えた。あの子のことや名前のこと。今までにあったことやこれからのことも俺は心に浮かべた。
そうして、そうこう考えているうちに自分の車を置いていたところまで来ていたようで、俺は車のキーを開けながら詳しいことは車内で話そうと言った。それに対し、はいと頷いて車に乗った名前を確認して俺も運転席に座ってエンジンをかけた。そして、アクセルを踏んで帰路を進み始めた。
「…俺は嘘を吐いた」
「嘘、ですか」
「ああ、そうだ」
以前にアンドロイド(ガイノイド)を購入した理由は、以前使用していた携帯の故障や人造人間に興味があったからで、女性型であるガイノイドを選んだのは男としては女が良いからなどと言っていたが、本当の理由は違う。携帯が故障したのは事実だが、アンドロイド(ガイノイド)には初めは興味など一切なかった。しかし、そんな俺に買う気を起させたのは街で渡されたチラシであった。それに乗っていた機種の容姿があまりにも死んだあの子に似ていたために、たまらなく欲しくなったのだ。そして、俺はその日のうちにインターネットでカタログを確認して購入の手続きを行った。チラシには偶然あの容姿のものが載っていただけで、他に同じものはないらしく、すぐに頼んで良かったと思った。もしかすると、少しでも遅ければ違う誰かが先に予約していた可能性もある。『在庫有り』という言葉を見たときは心底安堵した記憶がある。
そうして、届いたのが彼女―名前―だ。あの子にそっくりな顔立ちと黒目勝ちのくりっとした目。少し茶色がかった自然な焦茶色の髪もまたあの子を思い出させた。あの子が逢いに来てくれたのではないかと疑うほど彼女は瓜二つだった。しかし、彼女はあの子ではなく人造人間で俺の携帯だ。勿論分かっている。そうだというのに、俺は名付けてしまった。” 名前”という名を。容姿だけ見ればあの子としか思えない彼女を名前と呼びたかった。少しでも、あの子といる気になりたかったのだ。
俺は、ずっとこのことを隠していた。もっと早くに言うつもりであったがなかなか言い出せずにいた。だが、今日にそれを全て話した。もう、彼女に嘘など吐いていない。
「…すまない、名前」
「どうして謝るのですか?」
「名前と名前を重ねてしまっているからだ。別人という前に根本的なものが異なるのにな…」
ハハ、と乾いた笑いを漏らした。俺もどうかしている。名前がいなくなってから大分月日が過ぎているというのに、俺は人造人間にあの子を重ねて、しかもそれを当人の機械に話しているのだから。
「滑稽、か?」
数十秒の沈黙の後、名前はゆっくりと「いいえ」と答え、機械とは思えぬほど優しい顔つきでこちらを向いて話し出した。
「それだけ想っていたのでしょう?私はあなたや人間に感情を抱くことはできませんが、それでもそこにはかけがえのなくあたたかいものが存在しているのだと思います」
その言葉に、どきんと胸が鳴ったような気がした。予想外の返答ではあったが嬉しかったのだろう。
「ありがとう、名前」
今の一言に、今まで傍にいてくれたことや先ほどの言葉、今後も世話になるなど、たくさんの思いを込めた。彼女に、伝わったのだろうか。
俺はきっとこれからも名前にあの子を重ねて生きていく。昔のことを振り切れずいつまでも記憶や想いをこの心に絡めたまま過ごし、名前の言葉やしぐさ一つ一つに惑い苦しむときがまた来るのであろう。
彼女を好きになりそうでこわいのだ。せめて、今の重ねるという関係を壊したくない。たとえまた嘘を吐くことになっても、この先の思いへ進んではいけない。
このような考えは、答えと呼んでも良いのだろうか。

Memory―Sweetheart―62803:04:26

(最善な答えがあるならば、教えてほしい)

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