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▼ お礼文「恋人」

 そろそろお茶の時間ね、なんて私らしくない言葉を蓮二にかけたのは14時半すぎのことだった。それに対して蓮二は何を言うわけでもなく、本に向けていた視線を私にやって、ただ微笑んだ。しかし、何か思い出したような顔をしたかと思えば、とつぜん本を閉じて立ち上がった。
「行くぞ」
「どこに?」
「秘密だ」
「ええ、何で」
 蓮二に車で連れられて行った先は彼のイメージとは少し違う、アンティーク調の洒落たカフェだった。なんか、幸村くんとか似合いそう。ぼんやりと建物を眺めながら店に入ると、時間帯のせいか少し混んでいて、近くの椅子に座って待つことになった。
「精市がここの紅茶とケーキが美味しいと言っていたんだ」
「へえ、そうなんだ」
 やっぱり、幸村くんだ。なんて心の中だけで思った。きっと私がケーキなどの甘いものが好きだから「今度、連れて行ってやりなよ」とか幸村くんに言われたんだろうなあ。
 こんなにお洒落なお店に来るんだったら、もう少し可愛らしい、ここの雰囲気にそぐう格好をしてきたら良かった。てっきり今日は一日中、家にいると思っていたから外出向けの格好はしていなかったのだ。何だか、勿体ない気分である。
「言ってくれたら良かったのに」
 口を尖らせてそう言えば、優しく頭を撫でてくれた。
「すまない。しかし、行く場所を教えていたらお前は着替えたり化粧を直したりして、出るまでに時間がかかるだろう? それをしていたらもっと長い時間待たなければならなかったぞ?」
 ほら。そう言って蓮二が外を指したので、そちらを見てみると外には列ができていた。
私たちが来た時はそんなに混んでいなかったのに。ぼんやり服のことなんか考えていたから気付かなかったな。
「ほんとねえ……」
 この状況だと、確かに準備していたら外で待つ羽目になっていただろう。となれば、服なんか着替えているよりは、さっさと席に座れた方がいいのかもしれない。流石は蓮二である。
「さあ、そろそろだ」
 呼ばれるタイミングもお見通しか、蓮二が立ち上がって私に手を差し出した。それと同時に店員の「お二人でお待ちの柳さま」という声がかかる。店員に案内された席に、向かい合って私たちは座った。
 レースの刺繍が入ったテーブルクロス、ワインレッドの布が張られた椅子、花の絵が描かれた陶器の花瓶、少し錆びている金の額縁、それに入れられた貴婦人の絵画、全てが美しかった。
 やっぱり、長時間待つことになってもそれらしい服を着てきた方が良かったのかな、なんて今更仕方のないことを思った。
「ふ、今度は予定を立てて来ようか」
 何を考えているのか分かったのか、蓮二は宥めるように私にそう言った。
「そうだね」
 にっこりとすれば蓮二も笑みを返してくれた。それから、お互い好きなケーキを頼んだ。私はロイヤルミルクティー、蓮二はホットコーヒーを付けた。
 待っている間、他愛もない話をして過ごす。ふと、周りを見てみれば、私たちみたいなカップルが多いことに気付いた。その時にある疑問が思い浮かんで、黙り込んで思い巡らしていると、どうした? と聞かれた。
「カップル、恋人、夫、旦那、主人、妻、奥さん。関係や相手のことを指す言葉って同じものでもいくつかあるじゃない?」
「ああ」
「なんか無意識に使い分けているけど、よくよく考えてみれば何を基準に使い分けているのかなって」
 少しの間、口を噤んで考えた蓮二は興味深いといった面持ちで口を開いた。
「そうだな、どれも辞書では似たような意味の説明が書いてあるし、大して使い分けについては記述していない。しかし、俺は俺なりに使い分けているぞ」
 どういう風に? そう聞こうとした矢先に、店員がケーキを持ってきたので意識はそっちに持っていかれた。
「わあ、きれい」
 メニューに載ってあった写真よりもずっとそう見えた。ケーキの細やかな飾りもお皿もフォークも、どれもこれもが繊細で優美なものだった。
 さっき話していたことなんかすっかり頭から離れて、ケーキを食べ始める。味も上品で、クリームの甘さもくどくなくて美味しかった。すっかりケーキに夢中になっていたら、とつぜん蓮二が話し始めた。
「先ほどの話だが、カップルというと学生同士の男女の付き合いというイメージが強い。しかし、恋人というと結婚を前提にお付き合いをしている風に俺には思えるんだ。勝手なイメージに過ぎないがな」
「へえ、確かに恋人ってそういう大人な雰囲気な言葉よね」
 苺を突き刺しながら、答えた。カップル……恋人……確かにそんな感じかも。私もこれからそういったイメージを持ってその言葉を使っていこうかな、なんて思いながら苺を口の中に入れる。
 口に残って広がっていた甘さが苺の甘酸っぱさと中和してハーモニーを奏でていた。それと同時に、頭の中では恋人という言葉が響いていた。
そうして、食べ終わった後、蓮二はさっと伝票をとってレジに向かった。私が慌ててその背中を追って、半分は自分で出すと言ったが全て支払ってくれた。
「ありがとう、蓮二」
「どういたしまして」
 綺麗な笑みを携えて、蓮二は私の頭をそっと撫でた。車まで少しだと言うのに、私の手を握って歩き出す。車に乗り込んですぐに、私はこんな問いを投げかけた。
「ねえ、蓮二。私たちって、どういう関係だと思う?」
 私の質問を聞いた途端、蓮二はこちらをじっと見つめた。数秒間、動かなかった。ただ見つめ合っているだけ。何だかそのことに恥ずかしさを覚えて軽く俯くと、透かさず私の顎をくいっとあげて、触れるだけの口付けをした。
「恋人、だろう?」
「え?……んんっ」
 次の言葉を出す間もなく、蓮二の唇によって私の口は塞がれた。

 それは、先ほどより長く、恋人らしい大人なキスだった。

***
 恋人っていう響きが好きです。何だか素敵。
(20180628~)設置

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