「おはよう」

 起きていないかもしれないが、唸り声が聞こえた気がしたから声をかける。彼女は意識があったようで、また唸り声で返事をした。横たわったまま、ゆっくりと目を開ける。頭痛だろうか、手の甲で額を押さえていた。やっぱり無理矢理外したりせずに、ゆっくり慎重にやるべきだったか。

 「あなたは、」
 「ああ、おれはバッツ」

 彼女は微かにおれへと視線を向けて言った。聞かれるだろうということは分かっていたから、彼女が最後まで言い切る前に答えてしまう。

 「君はティナだろう?ケフカがそう呼んでた」

 道化が彼女の名を呼んでいたのは本当だった。ティナ、ティナ、と愛でているのかそうじゃないのかよく分からない抑揚で呼んでいたから、耳についている。

 「覚えてるか?操られてたみたいだけど」

 少しの間があって、おれの予想通り、彼女は首を横に振った。こういう場合は覚えていないパターンが多い。そうおれは偏見を抱いている。お伽噺でも何かしらの小説でも、ほとんどそうだ。彼女は身体を起き上がらせる。その行動がまた頭に響いたのだろうか、微かに眉間に皺を寄せて、また額を押さえた。

 「あなたが助けてくれたの?」
 「まあ、そういうことになるかな」
 「どうして?」

 彼女が疑問を抱くのは当たり前だ。何せ、彼女は敵なのだから。でも、どうしてと言われても困る。あまりにも突発的な行動だったからだ。おれの悪い癖だ。道化の邪魔になるかと思って、気づいたら彼女を助けたことになっただけだ。大層な理由なんてない。

 「おれにもよく分からない」

 肩を竦めてそう言った。これが素直な気持ちだった。彼女はおかしなものを見るような目でおれを見ている。それから、少しだけ口許を緩める。

 「そう。でも、ありがとう」

 言った後で、そのまま小さく微笑んだ気がした。頭が痛いというのに、よくそんな表情が出来るものだ。

 「…逃げないのか?」
 「え?」
 「おれが君を襲うとか、そうは思わないのか?」

 彼女は考えるように視線を上に向ける。少しの間そうして、また視線をおれへと戻してから口を開いた。

 「あなたは、そんなことしない気がするの」
 「…敵なのに?」
 「襲うつもりなら、最初からそうしてるでしょう?」

 なるほど、と頷く。確かにそれも一理ある。

 「今は親切でも、腹の底では利用しようとしているかもしれないだろ」
 「そうなの?」
 「いいや、おれはそういうのしたくない」
 「やっぱり」
 「信じるのか?嘘だったらどうする」
 「嘘じゃないわ」

 彼女はあっさりとそう返す。なんでここまで言い切れるんだ。彼女のことではなく、おれ自身のことだ。確かに、あまり嘘は好きではないし、得意でもないが。

 「どうしてかな。あなたなら、信じてもいい気がするの」

 なんとまあ、照れ臭いことを言ってくれるじゃないか。彼女は不思議だ。見た目も不思議な容姿をしているけど、言っていることも不思議だ。でも、嘘を言ってるようには思えなかった。初めてまともに話して、まだそんなに時間は経っていないのに。

 「…これから、どうするんだ」

 話を変えることにした。返す言葉が思い付かなかったからだ。

 「あの子を探さないと」
 「ああ、あの赤い鎧の」
 「知ってるの?」
 「この前、君と歩いてただろ」

 もちろん、あのときのことだ。彼女も察しが付いたのだろう。納得したように微かに頷いた。

 「もう少し休んでようか。頭、まだ痛いだろ。」
 「ごめんなさい」

 なんで謝るんだろう。やっぱり、彼女は不思議だ。







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