彼女が目の前にいる。 それはとても不思議なことだった。あの時以来、彼女との面識はなかったからだ。また会えたことは素直に嬉しかった。ただ、物足りないのが、すぐ隣には気味の悪い道化がいたことと、その時の彼女からは既に"意思"が無くなっていたことだ。まるで彼女は道化の所有物のようだと思った。いや、意思が無い今は、本当に所有物だ。道化は彼女を「お友達」と言っていた。その言葉に説得力は感じなかったが、思い込みが激しいのだろうということで納得することにした。 それからは彼女を見かけることが多かった。ただし、ほとんどの場合、傍には道化がいた。彼女はまるで機械のように、道化に命されたことだけを行っていた。アンドロイド、といったところか。いや、違う。アンドロイドは男性型を指す言葉だ。女性である彼女はガイノイドとでも言うべきか。まあ、そもそも彼女は人工的に造られているわけではないからどちらにしても当てはまらないのだけど。 彼女が単独行動をするということは滅多に無いことだ。だから、今おれは滅多に無いことに遭遇している。忍者のように、高いところをとんとんと飛んでいる彼女を見た。一人だった。周りに道化らしい姿はない。あれは目立つから、近場にいるとすぐ分かる。道化に命令されて行動しているのだろう。彼女は何かしらの指令がない限り、行動を起こすことほぼ無いに等しいからだ。 邪魔してやろう。ふと、そう思った。彼女を邪魔することは、道化を邪魔することに繋がるはずだ。彼女が行動しているということはそういうことだ。 急いで後を追いかける。 想像以上に速い。 飛躍力もなかなかだ。 神に選ばれるくらいだから、よく考えれば当たり前か。 しかし、なんて身軽なんだ。 身体が羽で出来ているかのようだ。 きっとそうに違いない。 少しずつ距離を縮めていく。 急に彼女が近くなった気がした。 速度を落としたようだ。 さっきはあんなに速かったのに。 おれも彼女に合わせて速度を落とす。 しばらく先で、彼女は立ち止まった。少し距離を置いたところでおれもまた立ち止まる。彼女の首がおれへと向いた。おれの思惑がばれて襲ってくるのかと思ったが、そういうわけでもなさそうだ。一向に何もしてこない。 あの時を思い出した。彼女があの赤い少年と他愛もなく話していたときだ。ただ、違うのは、今の彼女の目には何も宿っていないことだ。目の前にいるおれを、機械的にロックオンしている。それだけだ。 |