05



ふあ…とあくびが漏れる。時計を見れば十二時を少しすぎた頃で、ちょっと遅くまで起きていすぎたな…と反省に似た思いを抱いた。
マホに話すか、そしていつ寿さんにことの真相を聞くか。そんなことを考えながらなんとなく漫画を手に取ったが最後、つい読み耽ってしまってずるずると早朝まで起きていたのである。今はまだ夏休みだからいいけど、このままじゃ学校が始まったら体が持たないな。なんて思ってしまいながらなんの通知もない携帯を手にして部屋を出た。

ひとまず階段を降りては顔を洗い、ぼんやりとしたままリビングへ向かう。お母さんになにか言われるかな、と思いながらドアを開けたのだけど、そこはひどく静かで電気も点いていないようだった。
いつもならこの時間はお母さんがテレビを見ているはずなのに、今日は人の気配すらない。それに首を傾げながら足を進めれば、テーブルの上に一枚のメモが置かれていた。


『紗夜へ。少し出かけてくるから、お昼は適当になにか作って食べておいて。母』


そんな簡素な書置きから、ふとキッチンの方へ目をやる。見たのは炊飯器。保温のランプがついているそれに近付いて蓋を開けてみれば、私のお昼用だろうご飯が少しばかり残っていた。
…ということは、これを食えということ。コンビニ飯に頼れないらしい。それを思い知った私は面倒くささを覚えながらも素直に冷蔵庫の物色を始めた。

色々あるけど…どれにしよう。簡単なものと言えば卵料理だけど…なんて考えてはそれへ手を伸ばす。どうやら数が全然減ってない割に賞味期限が近い。
…ってことはもしかして、お母さんはこれを処理させるためにお昼ご飯を作らせようとしているんじゃなかろうか。そう感じてしまう状況に私は小さく呆れの笑みを浮かべて、ついでにため息をこぼしてしまった。

仕方がないから使ってあげよう。でもどうせ作るなら好きなものがいいし…オムライスでもしようかな。
一人静かにそう思案してうんうんと頷いては食材を取り出す。それをキッチンへ並べると一度テーブルの方へと戻った。そこへ置かれるリモコンを手にし、テレビへ向ける。すると音もなくパ、と画面に光を灯したテレビには見慣れたバラエティ番組が映し出された。

それでも眺めながらご飯を作ろう、そう思ってキッチンの方へ足を向け直したのだけど、ふとその時、切り替わった画面に見覚えのある人が映った。


『今日のゲストはQUARTET NIGHTの寿嶺二さんと、美風藍さんでーす!』
『よろしくマッチョッチョ〜☆』
『よろしくお願いします』


ちょうど始まったらしいVTR、そこにベテラン芸人の隣で手を振る寿さんと、微笑みながらお辞儀をする美風さんがいた。

いつもはマホに…最近では寿さんにも“この番組に出るよ”と教えられることがあるから、事前情報もなくテレビで彼を見るのはすごく久しぶりかもしれない。なんだか不意打ちをくらった気分だ。なんて思いながら画面を見ていれば、複数いる人たちの中で不思議と寿さんが目につくような気がした。今までは何度見ても、特に気にしたこともなかったのに。

いわゆる“好き”って、こういうところから発展するのかな。
そう思ったけれど、まじまじ彼の姿を見つめてみたところで特に思うことがあるわけではない。なんというか、親戚や友達がテレビに映っている物珍しさ、みたいなものに近い気がする。
これじゃとても“好き”に繋がることはないだろう、なんて思ってしまっては、私は思い出したように踵を返してキッチンへ戻った。


(それにしても…こうして見ると寿さんって、本当に色んなお仕事をしてるんだな)


カウンター越しにテレビを眺めながら、ふとそう考えてしまう。今までは特に気にしたことがなかったしアイドルがみんな同じに見えていたから、ドラマもバラエティもCMも、寿さんがこれだけ色んなものに出ていることに気付きもしなかった。それに加えて雑誌なんかのお仕事もあると言っていたし、どう考えても忙しい日々を送っているはずだ。それなのに毎日のように頻繁にメールを送ってきて、寿さんは面倒じゃないんだろうか。

なんて、食材に包丁を落としながら考えていた。もう一度顔を上げれば、テレビにその彼の姿が映る。どうやら内容はひたすら歩いてゴールを目指すというもののようで、三人の芸人さんと並ぶ寿さんと美風さんが他愛ない話をしながら歩き続けていた。


(絶対大変なはずなのに…忙しさとか疲れとか、全然見せないんだな…)


芸人さんの振りに笑いながら答える寿さんを見て思う。プロだから当たり前なのかもしれないけど、私には絶対にできないと思うとアイドルってすごいんだなって、考えを改めさせられるような気がした。

そんな時、ふとポケットの中の携帯から短い音が鳴る。それを確かに聞き取った私は手にしていた食材をフライパンへ移して、菜箸を片手に携帯を開いてみた。


『もーにん☆ さっき午前の仕事が終わったところだよ。次の仕事まで時間が空くし、これからお昼休憩!』


名前を見なくても差出人が分かるその文面を目にして、テレビの方を見てしまう。そこにはかつて収録されたVTRの寿さん、そして手元には今どこかでお仕事をしていた寿さんからのメール。そんな状況に、まるで寿さんが二人いるかのような不思議な感覚を抱いてしまう。
なんだか、変な感じ。タレントの家族も最初はこんな感じなのかな。なんて思ってしまいながら、携帯に視線を向け直した私はカチカチとメールの返事を打ち込んだ。


『私もこれからお昼です。今テレビで寿さんと美風さんのお散歩企画始まりましたね』
『おっ。なになに〜? 紗夜ちゃんってば、とうとうお兄さんの番組チェックしてくれるようになったの〜!?』
『それはないです。いつも見てる番組をつけただけですから』


寿さんの茶化すような口調に私はすぐさま淡々とした文を返す。すると寿さんは『え〜。せっかく期待したのに〜』とどこかふて腐れる様子が目に浮かぶ返事をくれた。
いつも思うけれど、この人のメールは本当に姿が想像しやすい。そう感じてしまいながら、『勝手に期待するからです』と返した私はフライパンの中の食材をかき混ぜた。すると傍に置いた携帯はすぐに返事を知らせてくれる。


『ぼくはいつだって期待してるよん。ところで、紗夜ちゃんのお昼ご飯はなにかな? もしかして紗夜ちゃんの手作り?』


やけに向けられる質問。それに私が『オムライスですよ。卵が余ってたので』とだけを書いて送信すると、やがて返された寿さんのメールはなんだか弾んだ声が聞こえてきそうなほどの様子で言葉を綴られていた。


『いいな〜! れいちゃんも紗夜ちゃんお手製のご飯食べた〜いっ』


どこか羨ましがるような、そんな姿が目に浮かぶ文面。まさかそんなことを言われると思ってもみなかった私はただ呆然としてしまって、大きく瞬かせた目を画面へ向けていた。
なんというか、言葉が上手い。そう感じた時、ふと下に文章が続いていることに気が付いた。


『ちなみに、れいちゃんの今日のお昼はからあげ弁当だよん☆』


そんな言葉と一緒に、一枚の画像が添付されていた。そこには『寿弁当』と書かれた熨斗が巻かれる蓋を開けて、からあげ弁当を前にこちらへ向かってピースをする寿さんの姿。なんだか楽しそうに見える。

そういえばこの寿弁当って…確か寿さんの実家が作ってるお弁当、だったっけ。中でもからあげ弁当がすごく人気で、それを目当てにお仕事を受ける人もいる…みたいなことをマホから聞いたことがあった気がする。
確かにそのお弁当は写真でもすごく美味しそうに見えて、未だご飯ができていない私の空腹は容赦なく刺激されてしまった。


『いいですね。すごく美味しそう』
『でしょでしょ〜っ? 本当に美味しいから、いつか紗夜ちゃんにも食べさせてあげたいな』
『本当ですか? 食べてみたいです』


ついそんな言葉を送って、我に返る。これじゃ寿さんにからあげ弁当を用意しろと言っているようなものじゃないか。いくらなんでも、それは色んな意味でダメでしょう。私自身がそう考えてしまうくらいだ、さすがの寿さんも返事に困ったのだろう。これまでスムーズに返ってきていたはずのメールに少しの間が空いた。
今すぐ訂正しよう。反省するようにそう考えながら冗談ですと打とうとした時、画面に『受信中』のアニメーションが流れた。


『紗夜ちゃんがこんなに素直に食いつくなんて…からあげ弁当、恐るべし…』


どこか呆然とするような、狼狽えるような様子が分かる言葉が表示される。…もしかして間が空いたのは、寿さんが驚いていたから? 詳しくは分からないけど、訂正の必要がなかったことを知ると同時に、少しばかり呆れてしまった。寿さんは私をどんな人間だと思ってるんだ…って。
つい反論するように『私はいつも素直ですけど』と返しては、盛り付けたケチャップライスの上に卵を乗せた。

ようやく完成。テレビを見たりメールをしたりとしばしば手を止めていたから少し時間が掛かってしまった。早く食べてしまおう、と完成したオムライスを持ってテーブルの前に腰を下ろす。
そんな時届いた寿さんからの返信に、私は思わず少しばかり目を丸くしてしまった。


『もしかして嫌な思いさせちゃった? そんなつもりはなかったんだけど、ごめんね』


なんだか反省するような、しおらしい文面。どうやら私があまりに端的な文を送ってしまったから誤解を生んでしまったらしい。それを理解してはすぐに『怒ってはないです』とまで打ち込んで、手を止めた。
少し、からかってみよう。そう思って、打ち込んだ文字のあとに『けど、お詫びにからあげ弁当食べさせてくださいね』と打ち込む。それを送信すれば、寿さんはすぐに返事をくれた。


『OK! 紗夜ちゃんのためなら、とびっきりのからあげ弁当を用意してあげる!』


意気揚々とした彼の言葉に、思わず「あれ、」と小さな声が漏れる。なんだか思っていた反応と少し違った。寿さんのことだから、てっきり“いくらでもあげるから許して〜”みたいな、バラエティっぽい反応が返ってくると思っていた。
だけど…これじゃまるで、本当に約束したみたいな…

そう思いながら呆然と携帯を見つめていると、不意にアニメーションが流れて新着メールが表示される。それを開いてみれば『そろそろ次の準備に行ってくるから、またね!』と一区切りの合図が綴られていた。もうそんなに時間が経っていたのか、予想以上の時の速さに時計を見て、私はいつも通り『お疲れさまです。次も頑張ってください』とだけを返した。


「……」


送信完了の画面が出て、メール画面に戻る。私はひとつ前のメールを表示させて、ただ呆気にとられるようにそれを眺めていた。


(さすがに…合わせただけだよね?)


『用意してあげる!』と書かれた文面に何度か視線をなぞらせながら小さく首を傾げてしまう。からかおうとしたのがバレて、向こうも同じことをし返してきたとか? そう思ってしまった時、不意にテレビから聞き覚えのある声が響いてきた。


『ぼくちん約束は絶対守るよ。じゃなきゃ約束の意味ないもん』


タイムリーなその言葉と声にドキ、と肩が跳ねる。顔を上げてみればそれはテレビに映る寿さんの声で、みんなでご飯を食べながら話しているところのようだった。
だけど寿さんのその言葉に、隣の美風さんが『でもレイジ、一緒にご飯行こうって自分から約束しておいて忘れたことあるよね』と鋭いツッコみを入れる。すると寿さんは『あれ!? そうだっけ!?』と驚き、一緒にいる芸人さんが『れいちゃん説得力なさすぎ!』と笑って盛り上がっていた。


(やっぱり…考えすぎかな)


賑やかなテレビを見つめながら、思う。もう一度だけ携帯に視線を落とした私はパタン、とそれを閉じて、ポケットの中へと押し込んだ。こういう時は期待しない、忘れることが一番だ。そう思っては早くご飯を食べてしまおうとケチャップを手に取った。

だけど私の口はいつの間にかからあげの気分になってしまっていたようで、私は心の中でひっそりと寿さんを恨みながら、オムライスの上に『からあげ』と書いていたのだった。


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