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それからの数日、寿さんは毎日とは言わずとも頻繁にメールをくれた。内容は特に他愛のないもので、『今なにしてるの?』とか『今日は雑誌の撮影だよん☆』とか、本当に世間話程度のもの。共通の話題を持っていないからそのくらいの会話にしかならないことは仕方ないのだけど、寿さんは特に気にならないのか率先してメールをくれて、味気ない私の返事にもちゃんと返してくれていた。そして私も、いまのところ問題がなさそうで平然とやり取りを続けている。

おかげで、私のメール受信一覧が寿さんの名前で埋まりつつあった。
それを確かめるように画面を眺めてみるけど、なんだかすごいことになってるなー、と他人事のようにしか思えない。それくらいまだ信じがたい、なんとも現実味がない光景だった。

もしこれを誰かに見られたら、どんな反応をされるんだろう。私自身現実味がないと思っているような光景だ、もしかしたら信じてもらえずにアイドルとメールしている気分を味わっている、痛い人間だと思われるかもしれない。
それは嫌だな…と思ったけれど、仮に信じてもらえたとしてもそれはそれで問題だ。なんせ相手はいまを輝く現役アイドル。それもあの大手、シャイニング事務所のアイドルだ。そんな有名人が一般人である異性の私とプライベートで繋がっているなんて、すぐさまスキャンダルネタにされるに違いない。

そう思ってしまっては誰であろうと、例えそれが親であっても見せられないだろうと感じてしまう。

もちろんスキャンダルにされるようなことはなにもない。私は寿さんを好きなわけではないし、向こうも私をそういう風に見ていない。この関係はただ彼が私に好きだと思わせるため、私をファンにさせるためのアイドル活動をしている、というだけのことなのだ。
だから、取り沙汰されるような後ろめたいことはなにもない。

――と考えた時、なんだか不思議だと思った。


(そもそも…なんで私なんだろう)


ふと浮かんだ疑問。それを胸に留めながら携帯を閉じる。
直接出会ってしまったとはいえ、私はなんでもないただの一般人だ。ファンを増やしたいのなら同業の人に…それこそ声の大きな人や拡散力のある人に頼めばいいはず。だというのに、彼はたまたま出会っただけのごく一般の高校生一人に、名前を広めろという指示もなく、ただ普通に連絡先を教えた。

彼は一体、なにを考えているんだろう。


「ぼくが君に、好きを教えてあげる」


私の疑問に答えるよう脳裏をよぎるのは、彼に言われたあの言葉。
確かにあの夜、私は“好き”が――そういうことが分からないとは言った。でもそれはあの人に聞かれたから答えただけで、教えてくれとは言っていなかったはずだし、乞うような言い方もしていなかったはず。
なのにあの人は、なぜか私にそれを教えると言った。

…やっぱりよく分からない、おかしな話だと思う。どれだけどんな風に考え直しても、なにひとつ理解できなくて曖昧な夢のような話だとしか感じられなかった。


「……」


しばらく考えるように、黙り込む。

分からないことがあった時、それは他人から意見をもらった方が早々に理解できたりする。けれどこれはさっき思ったようにおいそれと他人に話せることではない。
じゃあどうするべきか…悩むように考え込みながらボスン、と枕へ頭を沈めたその時、まさに閃いたといわんばかりに妙案が思いついた。


(そうだ、マホに聞いてみよう。実話じゃなくて、夢で見た話として)


そう思い立っては横たわらせた体を起こし、すぐさま携帯を開く。マホとは普段からどうでもいい、他愛のない話をメールでやり取りする仲だ。突然夢の話を持ち掛けても怪しまれないはず。そう思いながらカチカチと文字を打ち込んでは早々に送信ボタンを押した。


『聞いてよ。マホがよく見せてくるアイドルとたまたま出会って、いきなり「好きを教えてあげる」って言われる変な夢見た』


送ったのは、そんな内容。現実味のない話でも夢の話とすれば信じられる気がして、さも本当にそんな夢を見たかのように綴ってみた。見返してみても特におかしいとは感じられないし、大丈夫なはず。そう思って返事を待てば、案外早くそれは送られてきた。


『なにその夢、似合わないなー。少女漫画でも読んでたの?』


どうやら少し面白がっている様子が分かる文章。一応信じてもらえたらしいけど、内容が私らしくないからってからかわれている気がする。どことなく若干の気恥ずかしさを覚えた私は、わずかに目を据わらせながら返事を打ち込んだ。


『読んでないよ。たまたまそういう内容だったってだけ。あんたならそういう夢もよく見そうだと思って』
『私だって見ないよ。むしろ見たいくらい。それってどんな人だった?』
『癖毛の茶髪の人。なんか変な造語使う人だった気がする』


本当はもう名前を覚えていたのだけど、今まで通りの知らない私を貫く。マホなら私が名前を覚えたというだけでなにかを勘付いてしまいそうだったから。だからなんとなくの特徴だけを伝えれば、マホは『れいちゃんかー。ちょっと言いそうかも』という返事をくれた。
言いそうというか、実際に言われたんだけどね。なんて言えるはずもないまま、私は淡々と本題を切り出した。


『マホだったらもしこうなった時、どう思う?』


アイドルが好きな彼女なら、私とは違う見方ができるかもしれない。少しでもヒントになるようななにかが得られればと思っていたのだけど、それに返ってきたのは私が思っていたものとは違う答えだった。


『会えるのは嬉しいけど、そういうのは違うかなぁ。告白紛いの言葉を私が受けるのは、ちょっと嫌かも』


そう綴られているのは彼の言動に対するものではなく、マホ自身の気持ちだった。伝え方が悪かったのかもしれない、そう思うと同時に、これはこれで少し、驚いてしまった。
あれだけアイドルに熱狂的にはまっていて私にも押し付けてくるくらいのマホだ。彼女なら私と同じ立場になった時、あっさりと受け入れてしまうと思っていた。だけどそれを真っ向から否定してしまうような言葉に目を瞬かせた私は平静を装いながら『へぇ、意外』と送る。
すると彼女は大した間をあけることもなく、すぐにその返事を寄越した。


『だって私が好きなのはメディアで見る姿だもん。プライベートで変なところ見ちゃって幻滅したくないし』


きっぱりと言い切られるその言葉に感心すら覚えてしまいそうになる。
興味のない私からすればファンの子たちはみんなどんな姿のアイドルも好きなのだろうと思っていたけれど、どうやらそれは違ったらしい。

それを思い知らされた私はひとつ勉強をしたような気分で『なるほど』と返したのだけど、それに返ってきたのはまた私をからかうような文面だった。


『で、夢の中の紗夜はどうしたの? 紗夜のことだから疑いながらもOKしちゃってそうだけど』


たぶん笑いながら打っているだろう文字列にぐ…と口をつぐむ。それなりに付き合いも長いからか、彼女は完全に私のことを把握しているらしい。見事言い当てられた事実にそれを痛いほど思い知らされる。
だけど素直に認めるのはなんだか癪に障る気がして、私はさっさと打ち切らんばかりの言葉を返した。


『断ったよ。断って逃げてたら目が覚めて、そのあとは知らない』
『なにそれ〜』


よくある夢の終わり方で切り上げれば、マホはそんな短い言葉を返してくれる。それを眺めては、パタン、と携帯を閉じた。

――夢という曖昧な話で切り出したせいか、私が思っていたようには聞き出せずに終わってしまった。とはいえあそこから聞き直すのも不自然だし、マホの意外なこだわりみたいなものが知れたから、ひとまずは収穫があったということにしておこう。
寿さんの考えは…いつか本人に聞き出すしかないかな。

そう思いながら脱力するようにもう一度枕へ倒れ込んだ時、少しの間をあけて携帯が鳴った。


『言い忘れてたけど、もし正夢になったらちゃんと教えてね! サインもらわせるから!』


念を押すように綴られた文章に思わず目を瞬かせる。気持ちは分からないでもないけど、あんたはそれでいいのか。いいのか、あんたは。
予想外の反応を目の前に、私はただ困惑と驚きと戸惑いを胸に固まってしまっていた。

もしかしたら…マホになら少しくらい、話してもいいのかもしれない。そう思ってしまいながら、私はようやく動いた指で『それでいいのか』と率直な思いだけを打ち込んでいた。


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