あまいあまい

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二月十四日。バレンタイン。世の中はチョコレートだののお菓子に一喜一憂したりするわけなのだが…それはあくまで私の時代での話。いま私が多くの時間を過ごす戦国時代ではバレンタインはおろか、チョコレートのチの字もないくらい縁のない話だった。

…けど、そんなイベントにうつつを抜かす私は、現代でその縁のない時代のお方にチョコレートを差し上げようとしている。


(ちょうどバレンタインに帰ってきて勢いで作っちゃったけど…殺生丸さまって甘いものとか食べるんだろうか…)


なんて考えながら、一緒に帰ってきている殺生丸さまを横目で見る。私が少し待っていてくださいって言ったから彼は大人しくソファに腰掛けているのだけど、相変わらずその視線の先のテレビをちゃんと見ているのかは分からない。
…なんて思いながら観察していれば、視線に気が付いたのか殺生丸さまのお顔がこちらへ振り返ってきた。


「終わったのか」
「え、あっはい。一応は」


待っていたんだろうか。そんな言葉を向けられるとは思っていなかった私は少し戸惑いながら答えて、こちらに近付いてくる殺生丸さまへチョコが見えるように体を傾けた。するとそれを目にした殺生丸さまがどこか物珍しそうにまじまじとチョコを見つめられる。


「先ほどからなにをしているのかと思えば、これを作っていたのか」
「はい。チョコレートっていう現代のお菓子です。実は今日、この時代ではちょっとしたイベント…催しがあって、ちょうどいいので作ってみたんですよ」


そう言って笑い掛ければ殺生丸さまは「そうか」と短く口にする。

作った、といってもただチョコを溶かしてトリュフに作り替えただけなのだけど、突発的に取り組んだにしては結構いい出来だと思う。余計な味付けとかもしてないし、味は間違いないに決まっている。

ただ…問題はこのお方がチョコなんていう甘いものを召し上がられるかどうか…


「あ、味見…してみますか?」


これでいらないとかそういうことを言われたら、これはりんちゃんたちにあげて殺生丸さまのものはまた別で作ろう。なんて考えながらチョコをひとつ摘まんで殺生丸さまへ差し出す。

けど、その手は殺生丸さまの方へ伸びる前に止まってしまった。と、いうのも、思い出したのだ。忘れてはいけなかったことを。


(そうだ、殺生丸さまって犬の妖怪なんだよね。犬にチョコレートをあげるのは中毒を起こすから危険だって聞いたことがあるけど…殺生丸さまもやばいかな…妖怪とはいえ、犬なんだし…)


チョコを摘まんで持ち上げた体勢のままフリーズして、そんなことを悶々と考えてしまう。するとその指先で、なんだかぬる、とした感触があった。はっとして指先を見れば、チョコが私の体温で溶けてきている。それもそうだ、適度に温かい部屋でこうしてずっと摘まんでいるのだから溶けるに決まっている。

それに気が付いた私はひとまずそれを下げて新しいものを差し出そうと思ったのだけど――どうしてか、不意にその手が殺生丸さまの手によって握り止められてしまった。


「え」


思わぬ状況に小さな声が漏れると同時、握られた手がクイ、と引き寄せられる。戸惑う私が呆然と見つめる先で、その手は殺生丸さまのお顔に近付けられて、ついには薄く開かれる口に私の指ごと溶けたチョコが含まれてしまった。


「あ…え…せ、せっしょう、まる…さまっ…?」


唐突なことに思考がついて行かないながら、顔に、頭に熱が昇る。ただ混乱するままそれを見つめていれば、殺生丸さまの赤い舌が親指、人差し指と指の腹を舐めていく。そうして飴玉でも舐めるかのように人差し指の先を丸ごと舐ったあと、殺生丸さまは指先を食むように微かに歯を立てられた。その時走ったピリリとした感触が、指先だけでなく脳まで痺れさせるような気がして。
声を出すこともできないくらい、目を離せないまま殺生丸さまを見つめていれば、彼は私の手の向こうでその口元に蠱惑的な笑みを浮かべた。


「主に不遜な思考を働いた仕置きだ」


そう口にする彼の瞳が、全てを見透かすように私を見つめる。いや、実際に見透かされていたのだ。私が殺生丸さまを犬扱いしてしまっていたことを。
だけどお仕置きというには色んな意味で甘すぎるし、なにより、殺生丸さまのその楽しげな瞳が、ただ私をからかって遊んでいたのだと物語っていて。それを理解した途端、顔から火を噴くんじゃないかと思うくらい顔が熱くなって仕方がなかった。



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バレンタインネタです。過ぎた(公開日17日)けど、バレンタインです。
本当はもっとあれやこれや書いて詰めていきたい気持ちもあったんですけれど、真っ先に思いついて書きたいと思ったネタがこれだったので衝動的に書けた分でまとめちゃいました。たまには衝動的に仕上げるのもいいですね。

このあと二人はどうなったのか…。チョコより甘いお仕置きでもっと甘いことをしたのか、恥ずかしすぎてできなかったのか…そちらはご想像にお任せいたしますね。

…ちなみに、殺生丸さまがチョコ大丈夫か問題は一応大丈夫だと思ってます。あの方妖怪だし、化け犬時以外、体的には犬より人に近そうですからね。(…って言いながら、うちではよく犬扱いしてるけど…。笑)



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