視線は語る

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なんだか、やけに弥勒と目が合う気がする。

そう感じたのはある日のこと。きっと気のせいなんだろうけど、ふとした時に視線を感じたり、何気なく振り返った時に何度も目が合っている。もしかしたら彼は優しいから、私が危なっかしいことをしないかと見張っているのかも知れない。

なんて、私は完全に思い込んでしまっていた――






「犬夜叉、そろそろご飯にしよ?お腹すいた」


ぐー…と情けなく鳴るお腹を隠して、前を歩く犬夜叉に向かって懇願するように提案してみる。すると彼は「あー?」と言って振り返ってくれるものの、その足を止めてはくれなかった。


「かごめがなんか食いもん持ってんだろ。それで我慢しな」
「なによ犬夜叉。なまえちゃんはあんたに気を遣ってるだけで、本当は疲れたから休みたいって言ってるの。それくらい気付きなさいよっ」


私の両肩を掴んで後ろに追いやってしまうかごめちゃんが犬夜叉に反論する。私はただ単純にお腹が空いただけだったけど…確かにそう言われてみると足もかなり棒のようで、それを自覚した途端に疲れがどっと押し寄せてきた。
うーん、これは確かに休みたい。

けれど私はそんな思いよりも、これから勃発してしまうであろう二人のケンカの方が気がかりだ。そのおかげで私の頭の中は疲れなんかよりも二人をどう仲裁すべきか、ということでいっぱいになる。


「あ、あのね二人とも…」
「なまえはそんなこと言ってねーぞ。おめーが休みたいだけなんじゃねーか?」
「女の子の気持ちを考えられるようになりなさいって言ってんの!ほんとデリカシーないわねっ。鋼牙くんの方が少しは女心が分かるんじゃないの!?」


あっ。
かごめちゃんが出してはならない名前を……


「てっ、てめえ、やっぱりあの痩せ狼の方がいいのかっ!」
「そんなこと言ってないでしょ!あたしは女心の話を…」
「やかましいっ。女心だかところてんだか知らねーが、そんなにあいつが恋しいなら引き返してやろーか!?」
「もーっ、そうじゃないって何回言わせんのよっ。この分からず屋!」


…ダメだ、始まってしまった。もうこうなってしまうと当人たちが落ち着くまでどうしようもなく、私は隣に歩み寄ってきた七宝と顔を合わせて苦笑いを浮かべた。七宝は「アホじゃ」なんて言ったものだからすぐに犬夜叉に追われ始めたけど。

――ちなみにかごめちゃんがどうして突然鋼牙くんの名前を出してしまったかと言うと、ついさっきまで鋼牙くんが一緒に行動していたのだ。狙いが奈落だから行き先が同じということで仕方なく、だけれど。

そのおかげで犬夜叉は少しピリピリしていたし、かごめちゃんも鋼牙くんと犬夜叉の間に挟まれてお疲れ気味だったから、少し機嫌が良くなかったのかも知れない。

ああ、私がお腹すいたなんて言わなきゃよかったなあ…
なんて思っていたその時、ふと背後から強い視線を感じて振り返った。


「あ…」
「弥勒?」


ばちっ、と目が合ったせいか、弥勒がほんの小さな声を漏らした。でもそれは気のせいだったのかと思わされるほど自然に、隣へ足を並べてきた弥勒が呆れたように微笑みかけてくれる。


「相変わらずですね、あの二人は」
「そうだね…特に鋼牙くんが絡む時は。犬夜叉ももう少し余裕を持てばいいのに…」


余裕がないから、鋼牙くんがかごめちゃんに近付くのを少しも許せない。それは誰もがはっきりと感じていることで、いつも成長の希望を込めた目で犬夜叉を見ていた。

でも隣の弥勒はどうしてか、ただじっと私を見つめてくる。私がそれに合わせるように振り返れば、弥勒は一度目を伏せて犬夜叉たちの方へ向き直ってしまった。
その顔はなんだか、すごく複雑なもの。


「弥勒…どうかした?」
「……なまえは…余裕のない男は、嫌いか?」
「え?」


こちらへ振り返ることもなく弥勒は唐突に問い掛けてくる。どうして突然そんなことを聞いてきたのかは分からないけど、問われたからにはぼんやりを考え始めていた。余裕がない男…というのはきっと、嫉妬をしてしまう人のことを言っているはず。
私は少しだけ悩むように「うーん…」と唸ってみた。


「嫌いではないんじゃないかな…たぶん、嬉しい…と思う」
「嬉しい?」
「うん。それだけ私のことを好きでいてくれるって、分かるから」


なんて、実際にかごめちゃんのような立場になったことがないから分かんないけど。そう付け足すように言えば、弥勒はなんだか驚いた顔を見せてくる。かと思えば今度はどこか自嘲するような、儚い笑みを浮かべて言った。


「私は嫌いです…自分のこの気持ちが、相手にとって不快なのではないかと思ってしまう。負担になっているのではないか…と」


そう語る弥勒の髪を、緩やかな風がサラサラと揺らす。私はただその表情を見上げるだけで、思いを秘める弥勒の声を聞いていることしかできなかった。

どうして弥勒はそちら側の立場で話しているんだろう。誰かに思い当たる節があるんだろうか。
…こういう時、なんて声を掛けるべきだろう。

少しだけ俯いて考えた末に出てきたのは、否定に似た言葉だった。


「弥勒は余裕のある大人だと思うよ。私たちと違って落ち着いてるし、きっと好きな人のことも…」
「お前のことを逐一目で追う男に、余裕があると思うか?」


向けられた瞳に、言葉に、声が詰まる。その言葉の意味を理解できないままの私が儚げに歪む弥勒の瞳を見つめていれば、それはそっと伏せられてしまった。


「なまえ…私はお前が好きだ。しかし奈落を倒すまで…この呪いを解くまでは、想いを告げずにいようと思っていた。そう決めておきながら私は…お前が誰かに取られてしまわないかと、気が気でならなかったのだ…だからいつも…お前を見ていた」


たくさんの想いが込められた言葉がゆっくりと優しく降らされて、私の中に染み入って行く。伸ばされた手が頬に触れる感覚をくすぐったいと感じながら、私はその手に自分の手を重ねて深い青紫色の瞳を覗き込んだ。


「いつも目が合ってる気がしてた…気のせいじゃなかったんだね」
「お前に不快な思いをさせるかと思ったが…気が付けば、いつもお前を見てしまっていた。…嫌…だったか?」


弥勒が本当に心配そうに、不安げに問いかけてくる。けれど私は小さく首を振るって、自然と綻んでくる顔を真っ直ぐに向けていた。


「不快になんて思わないよ。それだけ思ってくれてたんだって…ほら、やっぱり私は、嬉しく思えてる」


余裕がないなんていうのは、別に悪いことではない。私は思っていた通りの感情に笑みを浮かべて、自然と触れ合わせていた手を、指を、優しく絡め合った。

――でもそれは、いつの間にかケンカを中断して私たちを見つめていたかごめちゃんたちの声によって慌てて離してしまうのだった。

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