かていほうもん


犬夜叉を引っ張って突っ走ること数分。近くにある私の家にはすぐに辿り着くことができて、さっきから腹の虫で抗議してくる犬夜叉を背後に家の鍵を差し込んだ。けど、それを回す前にはっとした。


(あれ…最後に部屋を片付けたの、いつだっけ…)


嫌な予感に眉根を寄せる。犬夜叉のことだ、部屋が散らかっていようものなら“汚ねー”だの“だらしねー”だの、挙句の果てには“それでも女か?”とまで言いかねない。いや言う、言われたことあるもん。すっごい昔に。つい嫌な思い出を甦らせてしまっては一層眉間のしわを濃くしてしまった。

このまま上がらせちゃダメだ。せめて簡単にでも片付けてからじゃないと。そう思った私はすぐに振り返ってぱん、と両手を合わせた。


「ごめん、ちょっと待ってて!」
「あ? なんでだよ」
「いいから待ってて! すぐ入れてあげるからっ」


怪訝そうな顔をする犬夜叉を押し切るようにそう言い残して、ささっと家の中へ駆け込んだ。けど、あ、と足を止めては少し開けたドア越しに顔を覗かせて、また訝しげな顔をする犬夜叉に言った。


「お願いだからそこで食べないでよ」
「あのなあ…湯もねーのにどーやって食うんだよ」


さすがに念を押しすぎたこともあってか、犬夜叉はげんなりした様子でそう返してきた。確かにカップ麺ならお湯がないとダメか。じゃあ大丈夫だ。一人でそう納得した私は「終わったら呼ぶから」と言ってすぐにドアを閉めた。

とりあえず問題はリビングだ。そう思って覗いてみたけど、これといって散らかっているわけでもない様子。これなら通しても大丈夫かな、と思ったけど、なんとなーく嫌な予感がしたから一応自分の部屋も確かめておくことにした。犬夜叉なら覗きかねない。なんなら私の生活の粗探しさえしてしまいそうな気だってする。

そう思ってすぐさま部屋を確認しに行ってみたものの、布団が起きた時のままになってるくらいで、ここも特に散らかっている様子はない。むしろなんでこんなに片付いてるの? と私自身が疑問に思ってしまいそうになったけれど、そういえば昨日の放課後、あまりにも暇すぎて音楽を聴きながらなんとなく掃除をしたんだった。本当になんとなくでやっていたから、すっかり忘れてた。

じゃあ布団を直して犬夜叉を呼びに…


「遅えぞ悠月。まだかよ」
「うわっ!? なんで勝手に入ってきてんの!? 不法侵入!」
「おめーが招いたんだろーがっ」


私の咄嗟の言葉に犬夜叉がくわっ、と言い返してくる。そうだけど、確かに招いたけど。それでも私、ちゃんと待っててって言ったよね? 私間違ってないよね? 不法侵入は言い過ぎかもしれないけど、勝手に上がり込むのはどうなんだ。


「これじゃ待たせた意味ないじゃん。今日は片付けてたからいいけど…」
「なんだ、そんなこと気にしてたのか。別に悠月の汚ねー部屋なんざ見慣れてらあ」
「だーかーらー、そうやってバカにされるのが嫌だったの!」


人の気も知らないでっ。そう言いながら背を向けてやると、犬夜叉はどことなく困惑した様子で「わ…悪かったな」と呟いた気がした。そんな素直な言葉が出るとは思ってもみなかった私はちょっとだけ驚いたのだけど、犬夜叉はどこか誤魔化すように「それにしても、」と声を上げて話を変えてしまった。


「悠月の部屋、ずいぶん変わったんだな」
「まあ…私だって模様替えくらいするし。それに犬夜叉が最後に部屋を見たのって、もう何年も前でしょ?」
「……そうか。もうそんなに経つのか」


私の言葉に犬夜叉は当時を思い出すようにして呟く。私たちがいくら腐れ縁の幼馴染みと言えど、成長するにつれてそれぞれの遊び相手ができていったし、その辺りからお互いの家に行くこともめっきり減った。だから犬夜叉が最後に私の部屋にきたのなんて、もしかしたら小学生の頃…それも中学年くらいの頃かもしれない。
それだけ経てば模様替えも何度かするし、趣味だって変わる。犬夜叉が覚えていてもいなくても、変わったと感じるのは当然だった。

…それにしても、こんなにまじまじと部屋を見られるのは気まずいというか…普通に恥ずかしい。


「ほらっ、犬夜叉はリビングで待ってて! 私もすぐ行くからっ」
「ここでいいじゃねえか」
「ダ・メ・で・す!!」


平然とここに居座ろうとする犬夜叉の背中を押して部屋から追い出す。こいつを部屋に置いておくと、容赦なく色んなところを漁られそうで怖いのだ。別に見られて困るものなんて特にないけど…でもやっぱり恥ずかしい。だから私も部屋を出てはしっかりとドアを閉めて、怪訝そうにする犬夜叉の背中をもう一度押しながらリビングへ向かった。


「とりあえずお湯沸かしてあげるから、適当に座って待ってて」


そう言って私がキッチンに向かうと、犬夜叉は「おう」とだけ返事をしてソファの方に歩いて行った。かと思えばテレビを点けて、ソファにどっかりと座り込む。
このだらけっぷり…いくら幼馴染みの家だからって、人さまの家でくつろぎすぎでしょ。変に緊張されるよりはいいけど…。

なんて考えながらお湯が沸くのを待っていると、ケトルがパチン、と音を立てた。と同時に、犬夜叉がソファの背もたれから顔を覗かせて、ん、とカップ麺を差し出してくる。それを食べるってことね…。
最早わがままな弟でもできた気分でそれを受け取ると、お湯を注いでソファの前のテーブルに置いてあげた。

そうして出来上がったカップ麺をずるずるずると啜る犬夜叉の隣で、私はぼんやりとテレビを眺めてみる。私の家で、いつもと変わらない光景。だけど隣には普段いない犬夜叉がいて、それを意識すると、なんだか不思議な感覚があった。慣れないというか、むず痒いというか…なんとも形容しがたい感じ。懐かしい、のかな。

テレビを眺めながら不思議な感覚に思いを馳せていると、隣から聞こえていた麺を啜る音が止まった。かと思えば「悠月」とどこかくぐもった、変な声が聞こえて。振り返ってみると、犬夜叉が麺を啜っている状態のままこちらを見ていた。


「ふひほふ、ふへ」
「……はい?」


え、なに。なんて言ったの。というか、なんでカップ麺を啜った状態のまま喋ってるの。
わけが分からなくて怪訝な顔をしてしまうと、犬夜叉は口にしていた麺をずるるっ、と啜り切って、ようやく飲み込んでから改めて向き直ってきた。


「次の湯くれ」
「あーなるほど、そう言ってたのね…って、まだ食べるの!?」
「そのために五個買ったんだろ」


さも当然のようにそう言い返しては再びずるずると麺を啜り始める犬夜叉。私はてっきり晩ご飯の分と後日の分を一気に買ったのだと思ってたけど、どうやら彼はこれを一日で食べてしまう気らしい。
よく食べられるな…というか、そんなにカップ麺ばかり食べて大丈夫なんだろうか。幼馴染みは心配だぞ。

なんて思うけどカップ麺を前にした犬夜叉がそれを覆すはずはなくて。私は渋々もう一度ケトルをセットして、次のカップ麺を手渡してくる犬夜叉に呆れの笑みを向けた。

明日からのお弁当、ちょっと頑張ろうかな。


back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -