ふたりで帰ろう


「起立、礼ー」


いつものようにみんなで頭を下げて今日の学校も終わり。そのまま帰っていく人や部活に向かう人、座り直して話し込む人たちと思い思いに過ごす放課後、私はまだできていなかった帰り支度のために机から教科書類を取り出した。そんな時、


「帰るぞ悠月ー…」


ガタン、と椅子を鳴らしながら間延びした声が掛けられる。釣られるように視線を上げてみれば、そこにはぼんやりとした犬夜叉がいた。どうやらあのちょっとだけ気まずかったお昼休みのあと、犬夜叉もやっぱり気まずかったのか残りの授業を全て寝て過ごしていたらしい。THE寝起きって顔してる。

思えば今日だけでなくしょっちゅう授業中に寝ている気がするけれど、内申点とかテストの点数とか諸々大丈夫なんだろうか。見ているこっちが心配になってくるんだけど。
…なんて言ったところで、犬夜叉は全然聞く耳を持たないんだろうな。


「ん、お疲れ。また明日ねー」


とりあえずいつも通りそう言ってひらひらと手を振りながら視線を戻す。そのまま教科書類を整えて鞄にしまおう――としたのだけど、突然犬夜叉にノートを一冊取り上げられてしまった。


「え、ちょっと。返し…あいたっ」


手を伸ばそうとした途端、おでこにぺしんとノートを叩き付けられた。大して痛くなかったけど反射的に痛いって言ってしまったものだから、犬夜叉に「痛くねーだろ、こんなもん」なんて呆れたように言われてしまった。私だって言うつもりなかったよ。というか叩いておいてなんだその態度は。
色々と理不尽だと感じてしまった私が睨むように見上げてやると、対する犬夜叉もノートをこちらに放りながら不愛想な顔で対抗してくる。


「おめー、スルーしやがっただろ。おれは帰るぞっつったんだ」
「うん。だからまたねって言ったじゃん」
「そうじゃねえっ。お前も帰んだよ! い…一緒にっ」
「そりゃ私ももう帰るけど…へ? 一緒に?」


思ってもみなかった言葉に少し反応が遅れてしまった。というよりも呆気に取られてしまった。だって私と犬夜叉は高校生になってから一度も一緒に帰ったことなんてない。昔こそは当然のように登下校も一緒だったのだけど、中学生の頃から周りに“お前ら付き合ってんのかよ”なんてからかわれるようになってきて、どちらからともなく距離を取るようになったのだ。別に嫌だったからとかではない、ただ何度も誤解を解くのが面倒になってしまっただけ。だけどそれはいつしか当たり前になっていて、この縁のせいで完全に離れることはなくとも、なんとなく二人で登下校をすることはなくなっていた。

だから、目の前の彼が突然持ち出してきたお誘いに驚きを隠せない。もはやなにか企んでいるんじゃないかとすら思えてくる。
これは…確かめる必要がある。


「ねえ…どういう風の吹き回しなの?」
「…一緒に、帰りたくなった」
「ダウト!」


むすっとしながらも恐ろしいほど素直な言葉が吐かれたものだから反射的に声を上げてしまった。いや、でもこれは私が正しい。犬夜叉が驚いたような、怒ったような複雑な顔をしてるけどこれは絶対に私が正しい!
どうせあれでしょう、男同士で遊んでて“お前あいつに告って来いよ”っていう罰ゲームの類でしょう。もう見破ったからな、絶対に騙されないぞ!

いくらでも掛かってこいと言わんばかりに腕を組んで犬夜叉に向き直ってやる。すると彼はなんだかふて腐れるように仏頂面を浮かべて、つまらなそうに視線を逸らした。


「この前…奢るって約束しただろ」
「……へ?」


ぼそり、どこか不服そう呟かれた言葉にきょとんとしてしまう。あれ…これもしかして、罰ゲームじゃない? 完全にそれだと確信していた私はまたも呆気にとられながら徐々に記憶を辿ってみた。すると思い出した、数日前のこと。犬夜叉が私のお弁当を勝手に横取りしたあの日だ。お詫びに奢れと言ったはいいものの、犬夜叉が財布を忘れていて結局なにももらえなかったんだ。
心の引き出しにしまっておこうと思っていたのに、もうすっかり忘れちゃってたな。なのに犬夜叉はしっかり覚えてたなんて、こいつ案外律儀なのかも。


「…でも、なんで今日? なにか用事のついで?」
「親父とおふくろが出かけるから、晩飯がねえんだよ」
「ああ〜、そういうこと…相変わらず仲いいね、あの人たち」


昔から変わらない様子に思わず苦笑してしまう。犬夜叉の両親は本当に仲が良くて、たまにこうして二人、もしくは殺兄――犬夜叉のお兄さんのお母さんと三人で出かけてしまうことがある。昔は犬夜叉も一緒に行ってたのだけど、大きくなってからは両親の仲の良さに呆れたみたいで遠慮して晩ご飯代だけをもらっているらしい。

だから今日はどうせ晩ご飯を買いに行かないといけないし、ついでに私への借りも返してしまおうと思ったのだという。そう教えてくれた犬夜叉は鞄を肩に掛けて「さっさと行くぞ」と一人で先に歩き出してしまった。
置いていかれる、慌てた私は筆記用具なんかを鞄に詰め込んで、どことなく楽しそうに見えなくもない犬夜叉の背中を追いかけた。



* * *




「ほれ」
「はい…?」


なにが欲しいとかどこに行きたいとか、そんなことを全然話すことなくついて行ってみれば、辿り着いたのは私の家の近くのコンビニ。そこで言われた通り入り口前に待っていれば、あっという間に戻ってきた彼はなぜかカップ麺を一つ渡してきた。

なぜ、カップ麺?

いや悪くはないんだけど、カップ麺に罪も不満もなにもないんだけど、なぜカップ麺? 私の意見とか希望とか結局一度も聞いてくれませんでしたけど、なぜカップ麺????

お馴染みのパッケージは私がよく食べる銘柄の証。よく分かったなと思うと同時にやっぱりなにひとつ解せない私はただただそのカップ麺越しに堂々と立つ犬夜叉を見つめていた。


「あの、犬夜叉さん…? なぜカップ麺をチョイスなされた…?」
「そんなの、おれが食いたかったからに決まってんだろ」


なんの躊躇いもなく当然のように言う犬夜叉の手には五個ほどのカップ麺が見えるレジ袋。しかも全部違う種類。晩ご飯のこともあるし犬夜叉がカップ麺を食べたかったんだってことはすごく分かったんだけど、いくらなんでも五個は買いすぎじゃない? もっと学生らしくお菓子とかも買おうよ。カップ麺オンリーはどうなのよ。


「…お、奢ってくれたのは、ありがとう…」


あまりのツッコみどころの多さに困惑した私はついつい微妙な声色で呟くようにお礼を言っていた。仕方ないでしょう、誰だって同じ反応をすると思うよこれは。そりゃなにが欲しいとか、そういうことを言わなかった私が悪いよ。悪いけど、だからってこれは…喜んでいいのかどうかよく分からないじゃないの。


「なんだよ、カップ麺うめーんだぞ」
「それくらい知ってるわ」
「じゃあいいだろ。このおれが買ってやったんだ。文句言うんじゃねーよ」
「ははあ、そりゃドウモスミマセンネ」


こいつの相変わらずな横暴っぷりには乾いた笑みを隠せない。というかめちゃくちゃ上から目線だけど、そもそもはあんたが私のお弁当を横取りしたことが発端だって分かってるのか。

そう心の中でぼやきながら呆れの目を向けていると、犬夜叉はおもむろにレジ袋へ手を突っ込んだ。そしてカップ麺を一つ取り出したのだけどまさかこいつ、今ここで食べようとしてない…?
まだ本格的な寒さではないにしても今は冬。早くも日が傾き始めたこの時間はそこそこ冷え込んでくるというのに、犬夜叉はなにも気にする様子なく平然と傍の透明な包装を破き始めてしまった。


「え゙。い、犬夜叉っ、ちょっストップストップ!」


明らかにここで食べ始めようとしている犬夜叉に慌ててはすぐさまその手からカップ麺を奪い取る。すると彼は少しだけむすっと眉根を寄せて、心底不満そうに「なんだよ」と私を睨みつけてきた。


「なんだよじゃなくて…あんた、今ここで食べようとしたでしょ」
「当たり前だろ。コンビニには湯もある」
「そうだけど…せめて帰ってからにしようよ。あんたこのままだと、この駐車場で食べそうで…」
「いいだろ。どうせ車なんて来ねえんだ」
「その根拠は一体どこから来る」


めちゃくちゃ失礼なこと言うもんだから店員さんに聞かれてないかつい店内の方を見てしまった。どうやら聞かれてはいないようだけど、明らかにこっちを見られている。そりゃそうだよね、こんなところに居座られたら邪魔だもん。このままだと店員さんに怒られそうだし、なにより駐車場でカップ麺を五個も食べてしまう人の隣で待たされたくはない。

そう思った私は観念したようにため息をこぼして犬夜叉の腕を掴んだ。


「犬夜叉、うちに来て」
「……は?」
「早く食べたいんでしょ。ほら立って!」


なにやら驚いたように目を丸くする犬夜叉の腕をぐいぐい引っ張ってやる。すると犬夜叉は慌てながらもされるがままに立ち上がって「お、おいっ」と戸惑ったような声を掛けてきていた。
けれど私はまともに取り合わず、犬夜叉が逃げないようにしっかりと腕を組んで近くの私の家へと向かっていった。


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