君からやきもち


(え…なにこれ、全然わかんない…)


数学の授業、目の前には先生お手製の小テスト。授業もあと十数分といったところで突然差し出されたコレに、めちゃくちゃ悩まされた私はがっしりと頭を抱え込んだ。
ただでさえ苦手な数学。そんな授業からやっと解放されると思って安心していたのに…
問題が分からない焦りと先生への不満に、シャーペンでテスト用紙をトントンと何度も突いた。


――そうしてセルフ採点をさせられて授業が終わるなり、私は机に突っ伏すように沈んでいた。いつもならこんなに点数を気にしたり、問題が分からなくても焦ったりはしない。というのはどうかと思われそうなのだけど、いつもの私は楽観的で本当に大して気にしないのだ。
でも今回ばかりは、“次の期末試験で出すからな”なんて言われたもんだから気にせざるを得ない…。

はああ…と思わず大きなため息をこぼせば、隣の犬夜叉が端を摘まんだペンでつんつん、と肩を突いてきた。


「なに沈んでんだよ。腹でも壊したのか?」
「違う。さっきの小テスト…全然分かんないところがあった…」
「はあー?」


なんだ、それだけかよ。そう言ってしまう犬夜叉は私に呆れ顔を向けてくる。“それだけ”なんて軽く言ってくれるけど、私にとってこれは重大な問題なのだ。

なんてったって、次のテストには私の携帯の存続が掛かっているのだから!

ついつい調子に乗って使いすぎたのが悪かったようで、つい先日両親から一定以上の点数が取れなければ携帯没収、という学生にとってあまりにも残酷すぎる言葉が下されたのだ。そうとなれば私も必死になる。だから期末がまだ少し先とは言え、今のうちに余裕を持っておきたいわけなのです。


「とりあえず犬夜叉、悪いけどいま私は忙しいの。…なずなちゃーんっ!」


なにか言おうとする犬夜叉を制してはすぐさまクラスメイトであるなずなちゃんの元へ駆けだした。そのせいか背後から「なっ、おい悠月!」と不躾な声を上げられたけど、私は不思議そうに振り返るなずなちゃんへゴマを摺るよう詰め寄った。


「なに? 悠月…というか、今あいつが呼んでなかった?」
「犬夜叉はいいの。それよりここが分かんなくて…よかったら教えて!」
「さっきの小テスト? うん、いいよ。教えてあげる」
「ほんと!? ありがとーっなずなちゃん! 大好きっ」


やっぱり彼女は優しい。嬉しさのあまり冗談半分で抱き付いてみたら「大袈裟だな」と呆れたように笑われてしまった。

それはえへへと笑った私はすぐに小テストを差し出して分からないところの教えを乞うた。すると彼女は優しい性格に似合った声で私の分からなかった問題を難なく教えてくれる。
この公式を使って、ここはこんな風に。ペンで一つ一つ示しながら伝えてくれるなずなちゃんの教え方はすごく上手で、なによりも分かりやすかった。


「すごいなずなちゃん…これなら私、次のテスト満点取れそうっ」
「単純だな」


そんなに言うんだったら本当に満点とってよ、なんてお茶目に笑うなずなちゃんに冗談です勘弁してくださいと謝ってはもう一度お礼を言う。

何回お礼言っても足りないくらいの感謝を覚えながら席に戻れば、なにやら不機嫌そうに頬杖を突いてそっぽを向く犬夜叉の姿が目に付いた。もしかしてさっき無視したから怒ってる? という私の予想とは裏腹に、犬夜叉はじとーっとした目だけをこちらに向けて言った。


「お前、どの問題が分かんなかったんだよ?」
「え? …ここ、だけど」


なんでそんなこと聞くんだろう。そう思いながらも問題を指で示すと、犬夜叉はまたも視線をどこかへ放り投げて「ふーん…」とだけ小さく漏らした。

え、それだけ?

ものすごく不満そうにしながら、彼は結局それ以上なにか言いそうにない。少し拍子抜けしてしまった私は気になるあまり問い詰めようとしたのだけど、そのタイミングでけたたましいチャイムが鳴った。それとほぼ同時に先生が入ってきては、みんながガタガタと音を立てて席に着いていく。
それに倣って私も問い詰めることは諦め、大人しく席に着いた。

授業が始まればいつも通り、ただぼんやりと先生の話を聞く――はずだったのだけど、授業が始まって早々、黒板を眺める私の手になにかが投げられた。


(手紙?)


小さく折り畳まれたそれに気付いて、投げたであろう人物を見る。でも彼は相変わらず不機嫌そうに頬杖を突いていて、こっちなんか目もくれていない。

結局なにか言いたかったのか、と呆れ半分で折り畳まれた手紙を開いてみればそれは適当に千切ったノートの切れ端だった。やっぱり男って雑だなあなんて思いながら中央に書かれた文字を見ると、


『あの問題 おれでも分かった』


という一言が書いてあった。

なっ…!? こ、こいつ…私をバカにしてる…!?
犬夜叉があの問題を解けたのは意外だったけど、だからってなんで私がバカにされなきゃいけないの。思わずカチンときた私はすぐにシャーペンを握って文句を書き殴ろうとした。

――けどそれはなんだか違和感があって、ふと眉をひそめた私は手を止めた。
考えてみれば、バカにする奴があんなに不機嫌な態度をとるとは思えない。そういう時犬夜叉ならもっと意地悪く笑うか、もっと露骨にバカにするような顔をする。
けど隣の彼はもう一度見直しても、相変わらずご機嫌斜めでこっちを見ようともしない。

こういう時の彼はどちらかと言うと、ふて腐れているはずだ。

小さい頃からそっぽを向いてこちらを一切見ようとしない時は、いつもふて腐れて不機嫌になっている時。だからきっとこのメッセージはバカにしてるわけじゃない。

そうとなると…


(…まさか…嫉妬?)


そんなわずかな可能性に目をぱちくりと瞬かせる。

私が犬夜叉を無視してなずなちゃんに頼ったから? でも自分で考えておきながら、いやそれはないでしょなんて思いが浮かんでくる。

…とはいえ反応が面白そうな気がするし、試しに書いてみようかな。


『なに? もしかして嫉妬?』


犬夜叉の字の下にそう書き込んでもう一度折り畳む。それを先生にバレないようこっそり犬夜叉へ投げつければ、私も彼と同じように知らんぷりをして黒板を眺めた。

さて、どんな反応をするかな。

内心わくわくしながら、でも平静を装っていると突然隣からガタッ、と大きな音が鳴らされた。あまりの不意打ちっぷりに驚いて音の方を見れば、なにやら犬夜叉がものすごく驚いた様子で仰け反るようにしながらこちらを見ている。

え…な、なにその反応。なんでそんなにびっくりしてるの。
むしろその音に私がびっくりしたんだけど…突然どうしたの。

呆然と目を丸くして見つめていれば、クラスメイトの視線を集める彼は口をぱくぱくと開け閉めして、結局なにも言うことなく乱暴に座り直した。
先生から「大人しくしろ」なんて声をかけられるも構うことなく、犬夜叉はそのまま私が投げ返した切れ端にペンを走らせていく。


『わりーかよ!!』


もう一度投げられた切れ端には、ただそれだけが書いてあった。

乱雑な字で、端的な言葉。まるで目を疑うように瞬きを繰り返して犬夜叉へ振り返ってみれば、彼は机に突っ伏すようにうずくまっていた。


(うそ…ほんとに? …なんか素直すぎて…ちょっと怖い…)


あまりにも慣れなさすぎる彼の反応についつい硬直してしまう。だって嫉妬だよ、あの犬夜叉が。そりゃ昔は私のおもちゃが欲しいとか、そんな子供らしい嫉妬はよくしてたけど、それがまさか…人を相手に、なんて…

考えれば考えるほど事態が飲み込めず混乱してくる。それになんだか、嫉妬されたんだという実感が湧いて恥ずかしくなってきた。

それからというもの、なんとなく犬夜叉の顔が見られなくて。
授業の残り時間はただ呆然と、深緑色の黒板を見つめ続けていた。


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