残ったらくがき


「今日も教科書忘れた」


はっきりそう言い切る幼馴染の彼はどういうわけかすでに机をぴったりとくっ付けていらっしゃる。

順序が逆だと思うなあ。というか、そもそも私は今回も貸してあげるなんて言ってないし、普通は“忘れたから見せてください”って頼むべきじゃないのかなあ。
もしかして私がおかしいのか。いや、そんなことはない。また教科書を忘れてるこいつがおかしいんだ。


「取りに帰って、どうぞ」
「もう授業始まるんだから無理に決まってんだろ」
「じゃあ私以外に見せてもらってくださーい」
「なんでだよ。おれは…」
「おいそこ、授業始めるからイチャつくな」
「「!」」


突然の指摘の声にぴたりと黙り込む。先生いつの間に来てたんだ…全然気づかなかったよ。おかげでみんなから茶化すような目を向けられたけれど、「イチャついてはいません」とだけ返してため息をこぼした。

みんなは私たちが付き合っている、もしくは付き合っていてもおかしくないと思っている。そんなこと今に始まったわけじゃないからもう取り立てて訂正もしないのだけど、それでも言おう。私たちは別に付き合っているわけじゃない。
ただやたらめったら強い縁に結ばれているから、恋仲でもないのに気付けばいつも近くにいるのだ。
離れようとしても必ずどこかでばったり遭遇。すごいよね。もう魔法とか信じそうになっちゃう。

なんて、私が今までにあった数々の縁パワーを思い返している間、犬夜叉が私の教科書を自分の元へ引き寄せてこそこそとなにかを始め出した。
人の教科書を勝手に…と思ったけれど指摘するのも面倒で、頬杖を突きながら正面の黒板を見つめた。
しかしそれも数秒、犬夜叉はすぐに私たちの間に教科書を戻していてトントンと指で叩く。

見ろってこと?
なにかを伝えたいらしい彼の指示通り目を向けると、そこには小さく文字が書いてあるのが見えた。


『おれ となりの奴あんま好きじゃねえ』


…これはさっき先生に止められた言葉の続きでしょうか。
犬夜叉の顔を見れば真顔で訴えかけているように見えて、なんとも呆れの感情しか湧いてこなかった。

というか待って。なんでこいつは私の教科書に堂々とらくがきしてくれちゃってんの。悪びれる様子も一切ないし。
まさか、お前のものはおれのものっていうジャイ◯ン的ガキ大将気取り?


『人のものにらくがきするな』


声に出すとまた先生に注意されそうだと思い私も筆談で返す。すると犬夜叉は少しむっとした顔で『悠月も書いてるじゃねーか』と書き返してきた。
いやだから私の教科書だって…。


『私の教科書だから私はいいの。
それより あとでちゃんと消してよ』
『消しゴム持ってねえ』
『ふざけんなコラ!』


まさかの一言に思わず勢いで書いてしまった。おかげですごく粗暴な字。犬夜叉もそれを見ては目をぱちくりさせて、少し考えるような表情を見せた。かと思えばまた静かにペンを走らせて行く。
消しゴム持ってないって言うくせに容赦なしか。


『いいじゃねえか 残せば』


犬夜叉の手が離れた場所に書いてあったのは、そんな一言だった。消しゴムを借りて消すとか、私があとで消すっていう選択肢はないんだろうか。


『誰かに見られるのが嫌』
『見せなきゃいいだろ』


すぐさま書き込まれた返事に今度は私がまばたきを繰り返す。
確かに人に見せることはあんまりないかも知れないけど、もし犬夜叉みたいに教科書貸してって言ってくる人が現れた日にはどうすればいいのやら。こんな落書きだらけのもの、恥ずかしくて貸せやしないじゃない。

やっぱり私があとで消そう。そう思って返事を書こうとした時、まるで拒むように犬夜叉が書き込んできた。


『いいから誰にも見せんな』


粗暴だけどしっかりした字。
一方的で、どこか強引な一言。
それを見せられては、また私は呆然とするように手を止めてしまった。

――ああこれも、昔と変わらない。
小さい頃から彼は少し強引でわがままで、こんな風に命令口調になることがある。最初こそは反発してよくケンカもしていたけれど、いつからか面倒になって私が折れるようになっていた。

だから今回もまた、大きなため息を吐きながら“仕方がない”と胸の内にこぼすのだ。


『従ってあげるけど、明日は自分の教科書持って来てよ』


最後にそれだけを書いて伝えると、犬夜叉はつまらなそうにそれを見つめて『多分な』とだけ書き残した。

これは明日も忘れると思います。


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