狙われるお弁当


(四限、終わったー!)


けたたましく鳴り響くチャイムと同時に心の中で両手を振り上げて思いっきりバンザイ。みんなが席を立ち始めるとすぐさまお弁当箱を取り出して、誰よりも早くランチタイムに取り掛かろうとしていた。
なんせ私のお腹は三限から空腹を訴えている。そうとなればお昼休みはもうお楽しみの時間で、のんびり悠長になんてしていられないのだ。

心の中でるんるんと歌いながら包みを広げてお弁当箱を開く。そうすれば目の前には彩り豊かなおかずが姿を現してくれた。
ふふ、我ながらおいしそうなお弁当! 早速いただきまーす!

――と手を合わせた瞬間だった。


「うわ…お前の弁当、野菜ばっかりだな」


不意に隣から不満げな声が聞こえてくる。当然これは幼馴染である犬夜叉の声だ。
もしかしたら絡んでくるんじゃないかと思ってたけど、まさかいきなりケチをつけられるなんて思いもしなかった。


「うるさいなー。今日はそういう気分なの。私のお弁当なんだからなんでもいいでしょ」
「よくねえ、もっと肉とか…いや、昼飯にはカップ麺だ。カップ麺持ってこい」
「持ってくるかバカ」


なにを言い出すかと思えば…犬夜叉がカップ麺好きなのは知ってるけど、さっきも言った通りこれは私のお弁当。私が食べたいもの食べてなにが悪いんだか。
どうも私のお弁当が不満らしくそっぽを向いてしまう犬夜叉を尻目に、ぐーぐーと騒ぎ立てるお腹の虫を鎮めるためさっさと箸をつけた。

うん、今日もおいしい。高校生になってから自分で作ってるけど、それまでは自分の料理で幸せになれる日がくるなんて思いもしなかったなあ。
…でも、確かにもう少しだけお肉を入れててもよかったかも。


「芋虫」
「………は?」
「野菜食ってる悠月、芋虫みてえだな」
「…………」


…なんで急に人を侮辱するんだこいつは。
思わずぎゅうっと眉根を寄せてしまったけれど敢えてツッコまず、無視するように顔を背けておかずを貪ってやった。

今まで私のお弁当なんか無関心だったくせに、なんで今日はこんなに突っかかってくるんだろう。たまたま犬夜叉がNO野菜デーで癪に障ったのかな。いや、それはないか。そもそもNO野菜デーってなんだ。犬夜叉が珍しい様子を見せてくるおかげで頭がこんがらがってきた。

嫌なら購買とかどこかに行けばいいのに。そうする気配も一切見せそうにないから、ため息ひとつ落としてお弁当のミニトマトを箸で摘まんでみた。


「実は犬夜叉も欲しいんでしょ。ほら、食べる?」
「いらねーよ。おれはそれより…」
「え? あっちょっと!」


突然手を伸ばしてきたかと思えば私の玉子焼きをひょい、と攫って食べてしまった。しかもそれだけでは飽き足らず、次々と野菜以外のおかずを食べていく。
それがあまりにも当然のように自然にやられるもんだからすぐに止められず、私のお弁当箱の中身はあっという間に野菜炒めだけが残される形になっていた。


「うん、うまかった」
「そりゃどーも…じゃなくて! なんで人のお弁当を勝手に食べてるわけ!?」
「いいだろ別に。減るもんじゃねえし」
「見事に減ってるわ!」


どこからどう見たって減ってるのは明らかでしょう! お弁当箱を突き付けるように見せて反論してやったけれど、犬夜叉はどこか満足げに不敵な笑みを見せて知らん顔。

あーもう、やられた。なんで私が手を付けた野菜炒めだけ綺麗に残すかな。そんなに野菜食べたくないのか。ってそうじゃなくて、これじゃ私のお腹が満たせないじゃないの。
一応デザートも持ってきてるけど…それだけで放課後まで持つかなあ。


「お。桃もあるじゃねえか」
「あーっ!?」


ぎくりとする声が聞こえた途端、小さな容器に入れていた私の貴重なデザートが呆気なく攫われた。その間コンマ数秒。取り返そうと手を伸ばした時にはもう容器が空になっていた。

なんでこいつは人のものを躊躇なく食べられるの。少しは遠慮するもんじゃないの。本当にバカなんじゃないの!?


「あんたねえっ…!」
「な、なに怒ってんだ悠月…あ、それより次の弁当はもっと肉入れろよ」
「なんで」
「なんでって、明日ももらうからに決まってんだろ」
「絶・対・い・や!」


あまりにも当然のようにしれっと言ってくるもんだからつい声を荒げてしまった。でも仕方ないよ、お弁当奪われた挙句にこんなこと言われたんだもん。いくら幼馴染みとはいえ、勝手にもほどがある。


(…ああ、でも…犬夜叉って昔からこうだっけ)


人のものを勝手に使ったり持って行ったり、いつも自分中心で私のことなんてお構いなし。優しい時もあるんだけど、大体いつも横暴で自分勝手。昔からずーっと変わらない。私ばっかりが標的になってちょっかい出されてきたんだもん、よく分かるよ。

なんて、しみじみと昔のことを思い返しながら空になったお弁当箱を包み直しては、それでも確かに残る怒りをぶつけるように包みの口をぎゅうっと強く結びつけた。


「犬夜叉、今日一緒に帰ろう。それでコンビニ寄って。犬夜叉に奢らせるから」
「あー? なんでおれが…」
「は〜あ、誰かさんのせいでお腹空いたなあ〜」


タイミングよくぐ〜、と鳴ったお腹を押さえながらわざとらしく言えば、犬夜叉は気まずそうに表情を硬くして黙り込んだ。けれどしばらくの間を開けて「…奢る」と呟いてくれたので、まあ今回のことは水に流してやろうと思う。


「あ。でも今日は財布持ってきてねえぞ」
「…………」


前言撤回。やっぱり心の引き出しにしっかり仕舞い込んでおこう。


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