朝から君と一緒


翌朝、いつも通りの時間に起きられた私は二人分のお弁当を作り、簡単に支度を済ませて家を出た。そうして通学路を歩きながら、もう何度目か分からない大きなあくびをこぼしてしまう。

昨日犬夜叉が帰ったあとやっぱり少し変な感じが落ち着かなくて、気を紛らわすためにゲームをしていたんだけど…気が付いたら結構やり込んじゃったみたいで、知らず知らずのうちに睡眠時間を削っちゃったんだよね…。おかげで頭はまだ少しぼんやりするし、あごが外れそうになるくらい大きなあくびが止まらない。

昨日のぎこちなさは忘れられたかもしれないけど、もうちょっと加減するべきだったな。なんて思いながら歩き進めていると、ふと前方にいつもは見ないはずの後ろ姿を見つけた。

あれはどう見ても犬夜叉だ。いつもは私よりずっとあとに、遅刻寸前くらいの時間に学校にくるはずなのに。しかもなんだか、誰かを待ってるみたいな…。
いつもと違う様子に首を傾げてその背中を見つめる。よく分かんないけど、犬夜叉が私に気付いてないことだけは分かる。

…ふむ。これなら行けるな。

そう思った私は息を殺して、そおー…と犬夜叉へ近付いていく。忍び足でそそくさとその背中に詰め寄っては、両手を前に構えた。

――よし。せーの…


「おっはよーうっ」
「でっ!?」


思い切り両手でどーんっ、と背中を押してやると犬夜叉が変な声を上げながら前のめりになって転びそうになる。
ふっふっふ、大成功だ。ついしたり顔をしてしまいながら胸を張って見ていると、眉間にしわを寄せた犬夜叉が眉尻をぴくぴくと震わせながらこちらへ振り返ってきた。


「…悠月、おめーなあ…」
「ん? どうかしました?」
「こいつ…」


平然とシラを切って言えば犬夜叉が恨めしそうな顔を見せてくる。かと思えばその顔をずい、と私の顔に近付けてきて真正面から睨みつけられた。
う…昨日の今日でこの距離はちょっと恥ずかしいかも知れない…そう思って目線を逸らそうとしたその時、突然私のおでこにばちこんっ、というすごい音と強い痛みが走った。


「いっ…たーっ!? ちょ、急になにすんのっ」
「それはこっちの台詞だっ。いきなり後ろからど突きやがって…まともな挨拶はできねえのかっ」


おでこを押さえて抗議する私に犬夜叉は吠えるよう反論してくる。
私は昨日の気まずさを思い出しかけたっていうのに、こいつは普段通りか…。ちょっと恥ずかしくなって損した。そう思っては小さく息を吐いて、私も普段通りに犬夜叉を見て事情を話してやった。


「なぜか犬夜叉が珍しい時間にいるし、ずっと立ち止まってるみたいだったからちょっとイタズラしちゃおうかなーって思ったの。で、こんなとこに突っ立ってなにしてたの? 誰か待ち?」
「ばか悠月。おめーを待ってたんだっつーの」
「……んえ?」


当然のように告げられる予想外の答えについ変な声が出てしまった。
いま私を待ってたって言った? え、なんで? 聞き間違い? なんだかよく分からない展開に目をぱちくりとさせていれば、犬夜叉はそんな私を見ながらふん、と小さく鼻を鳴らした。


「中々来ねえからもう先に行っちまったんじゃねえかと思ったけど、待ってて正解だったな」
「え、え、ちょっと待って。なんで私を待ってたの?」
「あ? そんなもん、学校行くからに決まってんだろ」
「そりゃそうだけど…なんでまた急に? 昨日まで一人で登校してたじゃん」
「べっ別に、気まぐれだってのっ」


私が不思議に思うまま問い詰めればほんのりと赤くなった犬夜叉は声を荒げて「さっさと行くぞっ」と付け足し、先に歩き出してしまう。
ははん、さては一人で登校するのが寂しくなったな? そんでもって、私にそれを言及されそうになったのが恥ずかしくなったんだろう。いまの赤面はそうに違いない。

…それにしても、犬夜叉がいつも通りで安心した。昨日のぎこちなさが残ってたらちょっと気まずいし、どう接すればいいのか分からなくなっちゃうから不安だったんだけど、朝からこの調子なら特に心配もないのかも。

そう思うとなんだか安堵のため息が込み上げてくるような気がして、ふう、とそれを小さく吐き出した。それと同時に、どこか怪訝そうな顔をした犬夜叉が振り返ってくる。


「早くしろよ悠月。置いてくぞっ」
「待ってたくせに置いていくなっ」


矛盾しているその言動に突っ込んでやっては小走りで犬夜叉の元へ向かい、その隣に足を揃える。

なんだか…懐かしい感じ。いつも一人で歩いてた道で、隣に犬夜叉がいる。昔はこうやっていつも待ち合わせして二人で行ってたんだよね。思い出を振り返りながら、なんとなく犬夜叉の横顔を見てみる。
思い出よりも、ずいぶん大きくなった犬夜叉。昔は私の方が身長が高かったのに、気が付けば知らない間に抜かされている。体もがっしりしたし、なんというか、こいつも男の子なんだなあってヘンに感慨深くなってしまう。


「…なにじろじろ見てんだよ」
「へっ。あ、ううんなんでもっ」


突然目が合うものだから慌てて誤魔化すように手を振る。
やっぱり私、昨日からちょっと変かもしれない…。ダメだダメだ、いつも通りでいなきゃ。昨日みたいなぎこちなさは困るって自分で思ったんだから。
とにかく、なんかいつも通りっぽい話をしなきゃ。


「そ、そういえばさ。昨日の夜ゲームしてて、最後の村クエストまで進んだんだよ」
「そんなに進んでんのか。おれなんてまだ半分くらいだぞ」
「いやあ、昨日やり始めたら止まんなくて…」


元はといえば昨日の気まずさを誤魔化すために始めたんだけど、結局熱中しちゃったのは事実だ。それを思い出しながらあはは、と笑う――とその時、ふと正面からくる人たちにぶつかりそうになった。
なんとか気が付いてかわせたからよかったものの、私とぶつかりそうになった長い三つ編みの男子がこっちに視線を向けてくる。それに思わず固まってしまいそうになるけど、その人はなにも言わないまま視線を外して。結局何事もないまま、彼らは曲がり角の向こうへと消えていった。

その様子にほ…と小さく胸を撫で下ろすと、私と同じように彼らを見ていた犬夜叉が眉をひそめて言う。


「なんだあいつら」
「え、犬夜叉知らないの? “七人隊”っていう、うちの学校の不良集団だよ。今のは三人しかいなかったけど…」
「なんか聞いたことはある気がするが…知らねえな」
「うそ。ここらじゃ結構有名だよ。大人でも手に負えないとかって聞くくらい悪名高い不良たちなんだから」
「ふーん。厄介な奴らだな」


私が驚くままに説明すれば、犬夜叉は呆れたように言い捨てる。
昔から不良みたいな人たちをいちいち怖がるタイプではなかったけど、“大人でも手に負えない”って噂を聞いてもこの反応とは…。頼もしいのかそうじゃないのか、ちょっと分からなくてこっちが不安になってくるな。

なんて思いながら、私は件の不良たちが消えていった曲がり角をもう一度見てみる。
一応戻っては来ないみたい。ぶつからなかったから大丈夫だと思うけど、すごく見られたからちょっと心配だったんだよね…気に食わないってだけでねじ伏せるとか聞くし…。


「ないとは思うけど…もし絡まれたら犬夜叉が助けてね。頼りにしてるから」
「えっ」


私が犬夜叉に向き直りながら言えば、犬夜叉はなんだかちょっと驚いた様子で目を丸くさせた。けれど、すぐに少しだけ眉を吊り上げて拳を握り締める。


「あ、当たり前だろっ。悠月に手出しは…」
「犬夜叉が来てくれたら囮にして逃げるから」
「なんでそうなる」


ぐっ、と親指を立てて計画を暴露すればものっすごい不満そうな半眼で睨まれた。
やっぱり囮にして逃げるのは許してくれないか。なんて思いながら笑って誤魔化しては、文句を言う犬夜叉と一緒に学校への道をまた歩き始めた。


(…そっか…絡まれたら自業自得だとか言われると思ってたけど…助けに来てくれるんだ)


不満げな犬夜叉の横顔を見ながら、“当たり前だろ”と言い張ったその姿を思い返す。そんな風に言う犬夜叉はちょっとらしくない気がしたけど…


(それは少し、嬉しいかも)


思わず、ちょっとだけ口元を緩めてしまう。
なんだか分からないけど、今日は朝から得した気分になった。


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