増していく想い


「……」


ふと目が覚めた。でかいあくびをこぼしながら目を開けてみれば、ぼんやりする視界にいつもとは違う景色が映って、少し遅れながら理解した。そういえば悠月の家にいたんだったな、と。
思い出したはいいが…眠気はなくならねえし頭も冴えねえ。仕方ねえからもっかい寝直すか。そう思って体勢を整えようとした時、なぜか右肩に重みを感じた。同時に思い出す、この家の家主のこと。まさか――そんな思いでゆっくり首を回してみれば思った通り、悠月の頭がおれの肩に乗せられていた。その寝顔が、すぐそこにあった。


「っ!?」


思わず弾かれるよう仰け反りかけたが、ビタリとそれを止める。いきなり離れちまったら悠月を起こしちまう。だから動くわけにはいかず、おれは混乱する頭で硬直するように体を強張らせた。

なんなんだ…なんなんだこの状況は…!? 確かにおれも悠月も眠いから少し寝ようって話にはなったが、だからってなんでこんなことになる!?
もうなにも分かんねえくらい混乱しちまって、とにかく落ち着くためにもどうにか離れたかった。…でも、離れるのも惜しいと思っちまうおれもいる。

くそっ。どうすればいいんだよ。そんな思いをどこにぶつけるでもなく抱えながら、そーっと悠月の顔を覗き込んでみた。


「……」


おれが焦っているのも知らねえで、悠月は安心しきったように寝てやがる。起きていようと寝ていようと、こいつの鈍感さは変わらねえってか。
ったく、これでも日頃…特に最近は、おれなりにアピールしてみたりしてんのによ。
…あの時だって、おれが嫉妬してるって素直に認めてやったのにこいつは大して変わらずいつも通り。おれはすっげー恥ずかしいのを我慢して言ってやったのに、だ。普通、そんなこと言われりゃ自分に気があんのかって考えたりするもんだろ…。

もう一回悠月の顔を覗き込んでみるが変わらず幸せそうに寝てやがる。それを見てると、小さいため息がこみ上げてきた。


(…気付けよ、バーカ)


八つ当たりするように、悠月の頬っぺたをつん、と突いてみる。けどそれが思った以上に柔らかくて、その感触を認識した途端ぶわっっと恥ずかしさが込み上げてきた。

なっなん…なんだ…!? こいつの頬っぺたって、こんなに柔らかかったのか…!? なんかふわふわっつーか、もちもちっつーか…ああダメだ、考えるなおれっ。やめろ! 心臓もばくばくやかましーんだよっっ。
身悶えしたくなるような羞恥心にめちゃくちゃ顔が熱くなる。それを抑え込むように手を当てて、はあーっ、と思いっきり息を吐いた。


「……」


しばらく無心になって、顔を押さえていた手を下ろす。一応少しは落ち着きを取り戻せたが、この状況じゃいつまで経っても平常心に戻れそうにねえな…。やっぱりどうにかして離れるか。
…とはいえ、このまま離れちまうのは惜しいし…

そうだな、写真…くらいなら大丈夫か。そう考えてポケットから携帯を取り出す。悠月の様子を窺いながらカメラを起動してみるけど、なんかいけねえことしてるみたいで変な背徳感があった。でもこんなチャンス二度とないかもしれねーし…できれば残しておきたい。
心臓がでかい音を立てるのを感じながら、ゆっくりと携帯を掲げる。手汗さえ滲むのを感じながら、そっとシャッターボタンに指を添えた。

カシャッ、と響くシャッター音。時計の秒針が進む音さえ聞こえるくらい静かな部屋にはその音がやけにでかく響いた気がしたが、恐る恐る覗き込んだ悠月の目は相変わらず深く閉ざされたままだった。

堪らずほ…と息が漏れる。ついでに撮った写真を確認してみたがどうやら上手く撮れていたらしく、嬉しく思える反面恥ずかしさや背徳感はむしろ倍増したような気がした。
絶対人に携帯を見られるわけにはいかなくなったな…なんて思いながらフォルダの中に並ぶ悠月の写真を眺めていた、そんな時だった。


「んん…」


ほんの少し声が漏らされたかと思えば悠月が小さく身動ぎする。起きたか、とおれが緊張を走らせかけたその瞬間、悠月はずる…と滑り落ちるようにしておれの膝の上にゆっくりと沈み込んだ。


「なっ…!?」


思わず上げそうになった声を咄嗟に留める。また体を仰け反りそうになったが、それもなんとかギリギリのところで抑え込んだ。だが、心臓だけはありえないくらいばくばくと高鳴っていた。
悠月はまだ寝てやがる。それはいい、それはいいんだけどよ…膝枕してやってるみたいなこの状況、おれは一体どうすりゃいいんだ…!?


(あ…?)


困惑するままに悠月を見下ろしていれば、ふと目に入る胸元。動いた拍子に乱れたのか、いつもより肌が露出して見えていた。基本的に学校ではちゃんとボタンを閉めているから普段あまり見えることのない悠月の鎖骨。その少し下。それがおれの角度からだとどうしても目に付いて、途端に跳ね上がってしまいそうなくらい慌てたおれはなにか隠せるものがないかと辺りを見回した。

――そんな時、初めて気が付いた。おれの肩に、寝る前にはなかったはずのブランケットが掛けられていることに。おれの方が先に寝ちまった気がするし、悠月がわざわざ掛けてくれたのか…? そう悟るとなんだか顔が温かくなるような気がして、でもそれが嫌な感じじゃなくて、ふ…と小さく笑んでしまった。


(気取らねえっていうか…自然と出てくる優しさが、こいつのいいところだよな…)


このブランケットと、弁当と、今までに何度も経験してきた色んな出来事に改めさせられる。そういうところも含めて、おれはこいつを好きになったんだ。
…なんて感慨に耽るよう考えながら、ブランケットを悠月の体にそっと掛けてやった。それでも起きる様子のない悠月の鈍感さ加減に、また呆れたような笑みを浮かべちまう。
いまは好きなだけ呑気にしてろ。いつかは、おめえにも意識させてやるから。そう伝えるように、悠月の頭をゆっくり撫で下ろす。

…とまあ、意気込んだはいいものの…


(おれはこのままどうすりゃいいんだろうな…)


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