04
殺生丸さまたちに同行させてもらって、早くも二日ほどが過ぎてしまった。なのに殺生丸さまたちは相変わらず目的のお墓を見つけられなくて、私も帰り道や帰る方法が分からないまま。いまは三人揃って、短い休息に腰を落としていた。
どうしてこうも、目的のものに辿り着けないんだろう。本当にヒントのない私の方は納得できるのだけど、二人が捜しているお墓が見つからないのは不思議だった。だってそれは、邪見の人頭杖という不気味な杖がいつも行き先を示してくれるのだから。
だからすぐに辿り着けるはずなのに、どうしてかいつも導かれた先で、人頭杖に備わった女の面が悲鳴を上げている。それはいわゆる、ハズレ。
邪見の話によるともう一つの顔、翁の面が笑い声を上げれば正解みたいなのだけど、それは一向に笑ってくれる気配がなくて。毎日毎日、無駄足を踏むばかりだった。
お互いなんのヒントもないまま捜し回っているから仕方ないのだけど、こうも進展がないとなんだか気が沈んでしまう。いつになったら帰れるんだろう…。そんな思いばかりが膨らんで、堪らず膝を抱え込むようにして俯いた。
(…おばあちゃん…)
こういう時、家に一人で残してしまっているおばあちゃんのことがどうしても気にかかってしまう。一応おばあちゃんにはご近所さんとのお付き合いがあるから、万が一の時は大丈夫かもしれない。けれど、やっぱり私を心配しているんじゃないかと思うと、不安になる。気に病んだりしていたら申し訳ないし…この時ばかりは、私のことを忘れていてほしいと思ってしまう。
日に日に増えてきたため息をまた一つ、大きくこぼしてしまった、そんな時。私の正面に座っていた邪見が訝しげに歪めた顔を持ち上げてきた。
「ため息ばかりつきおって…なにを辛気臭い顔をしておるのだ。こっちまで暗くなるであろう」
「ご…ごめん…」
邪見の厳しい声にしゅんと頭を下げてうずくまる。私だって暗い気分は嫌。だけど、どうしても色んな不安は拭い切れなくて、私の意志とは関係なく思考が膨らんでしまう。
込み上げてくるため息をこぼさないようにしながら、ぎゅう、と膝を抱きしめる。すると、そんな私を見ていた邪見が一際大きなため息をこぼして不意に腰を上げた。
「来い風羽。食いものでも捜しに行くぞ」
「え…?」
「腹を満たせば、少しくらいは元気になるだろう」
着物を簡単にはたいた邪見が呆れた様子を見せながらそんな提案をしてくれる。
なんでだろう…少し、優しい…? どこか気を遣ってくれているような彼の姿に、ついそんなことを思ってしまった。今までは少しでも気に食わないと“早くどこかに行け”なんて言って、私を追い払おうとしていたのに…。
慣れない様子についつい首を傾げて邪見を見つめてしまう。けれど「さっさとしろ」と怒られては慌てて立ち上がって、先を行く彼の後ろについて行った。
――そうして連れてこられたのは、途中で見つけた小川。それほど大きくも深くもないこの川は水がとても透き通っていて、底を泳ぐ魚の姿がしっかりと見えていた。
昨日と一昨日も、こんな川で魚を捕ろうとしたんだよね。だけど泳いでいる魚の手掴みなんてしたことがなくて、私はこの二日間、一度も魚を捕ることができなかった。だからこれまでは邪見が捕った魚を恵んでもらっていたのだけど、なんだか、今日もそうなってしまいそうな気がするな…。
「今日こそ貴様が捕ってみろ。わしは一切手を出さぬからな」
「えっ…!?」
突然向けられた言葉に目を丸くして声を上げてしまう。今まさに、また邪見に恵んでもらうことになるかも…なんて考えてしまっていたところなのに。
「自分の食いものは自分で手に入れるのが当たり前だ。これまではやったことがないというから、特別に与えてやったまでのこと…今日はお前が慣れるまでとことんやらせるぞ。わしの分を合わせて四匹ほど、自力で捕ってみろ」
「え、ま、待って…私、まだ一度も魚を掴んだことすらないよ…?」
「だから慣れろと言っておるのだ。早くしろ。わしは腹が減っているのだ」
私の意見なんて聞く気もないようで、耳をほじりながら呆気なくそっぽを向かれてしまう。ああ、分かった…邪見は自分のお腹が空いたから、突然食べものを捜そうなんて提案をしてきたんだ。私が慣れなきゃいけないのは事実だけど…それを抜きにしても、邪見はきっと最初から私に捕らせるつもりだったんだ。少しでも優しいなんて思っちゃった私がバカだった…。
あの優しさの真相を思い知らされた私は、ついがっくりと肩を落とす。けれど邪見はそんな暇さえくれないようで、「さっさとせんか」なんて言ってくる。
うう、仕方ない…ここは私が頑張らなきゃ。そう意気込むように袖を捲った私は、川を泳ぐ魚目掛けて半分やけくそな気持ちで川へと駆け込んでいった。
――まではよかったのだけど、結果は惨敗。結局私には一匹捕まえるのが精一杯だった。
しばらく必死に魚を追い駆けていたのだけど、一向に捕まえられず。あまりにも時間が掛かりすぎるということで、痺れを切らした邪見があっという間に残りの三匹を捕ってしまった。おかげでいま、三匹の魚を地面に並べた邪見から、呆れたような、それでいて厳しい視線を向けられている。と思えば、はあ…と大きなため息をこぼされた。
「まあ、一匹捕れただけでもましか…今日はひとまず許してやる。だが、明日こそは全てお前にやらせるぞ」
「えっ。あ、明日もやるの…?」
「当たり前だ。お前が一人で満足に魚が捕れるようになるまで、厳しく鍛えていくからなっ」
そう言いながらびし、と人頭杖を突きつけられる。いつの間にか目的が食糧集めじゃなくなっているけれど、もはや邪見にはどちらでもいいみたい。
明日もやらされるんだ…そう思うと少し気が重くて、先に殺生丸さまの元へ走っていく邪見の後ろをとぼとぼとついて行った。
「今日はここで食えるものを捜す」
翌日、先日と同様に邪見について行くとそんな言葉をもらった。場所は森の中。昨日と違って川まで行かない邪見の姿に、私は小さく首を傾げながら問いかけた。
「今日も魚を捕るんじゃないの?」
「そのつもりだったが、この辺りは近くに川がないようだからな」
そう言いながら、邪見は焚き火用の枝や落ち葉を拾い集めていく。
確かに、今いる場所はそれなりに深い森の中で、周囲に川や池なんて見つかりそうもない。それが分かると昨日の心配が杞憂に終わったことを実感して、安心した私はついほっと溜息をついてしまった。
けれど、これまでが恵まれていたというべきか、魚のいない場所での食糧捜しはこれが初めてだった。今まではとにかく魚さえ捕っておけば困らなかったけれど、今回は自分で食べられるものかどうかを見分けなくちゃいけない。そうなると魚を捕るよりもずっと難しそうで、安心したはずの私の心はもう一度緊張感を取り戻し始めていた。
こういう時、図鑑なんかがあれば便利なんだろうな…。ついそんなことを思いながら早速足元に視線を巡らせようとした時、「待て風羽」と邪見に呼び止められてしまった。
かと思えば、彼は振り返った私の両手に大量の枝や落ち葉なんかをどさ、と乗せてくる。
「お前は先にこれを持って帰っておけ。これがあっては食糧が持てんからな。いいか、置いたらすぐに戻ってくるのだぞ」
人差し指を立てて言い聞かせるように告げられる。確かにそれは邪見の言う通りだと思う。けれど私はつい先日、殺生丸さまに“あまり一人で出歩くな”と忠告されたばかりだった。それを思うと、一人で殺生丸さまの元へ戻るのを少し躊躇ってしまう。
「えっと…邪見は来てくれないの…?」
「はあ? なにを甘えたこと言っておるっ。それくらい自分で運ばんか!」
私が“一人じゃ持てない”なんて言っているように聞こえたのか、邪見はすぐさま小姑のように厳しく叱りつけてくる。そういうつもりで言ったわけじゃないんだけど…仕方ない…。
早速足元に目を凝らして回る邪見を尻目に、私は焚き火用の枝や落ち葉をたくさん抱えて歩き出した。
森の中は少し苦手。どこを見ても木ばかりでこれといった目印もなく、同じ景色が続くから迷いそうになる。それに殺生丸さまに一人になるなって、私なんかは簡単にたべられるって言われたばかりだし、不安で落ち着かない。
(なににも出会いませんように、なににも出会いませんように…!)
頭の中で念仏のように唱え続けながら、木の一本一本に手を突いて歩いていく。同じ道を往復する時は、木に分かりやすい傷をつけたりして目印を作るといい。そう言って邪見は行きがけに辺りの木へバツ印を刻んでくれた。だからそれを頼りに進んでいたのだけど、途中で見つけた、なんだか違和感のある印に足を止めてしまう。
「これ…邪見がつけてくれたものと少し違う…?」
確証はないけれど、なんとなくそんな気がした一本の木。邪見は身長が低いからあまり高いところに印を付けられていないのだけど、これだけは他よりも高く、大きく刻まれている気がした。前にも誰かが同じことをしていたのかな。そう思いながらいくつかあるその印を進んで、なんとなく木の裏側を覗き込んでみた。するとなぜかそこだけ樹皮を刻んだような、削ったような、形容しがたいくらいボロボロに剥がされているのが見てとれる。
まるで大きな獣が、爪とぎでもしたような跡。思わずブル、と身を震わせた私は慌てて邪見のものだと分かる印まで戻り、続く邪見の印を探し回った。それはすぐに見つかって、私はその場からそそくさと逃げるように印を辿って行った。
絶対よくないものがいる。そう思って小走りで進み続けていれば、案外早く殺生丸さまの姿が見えてきた。
「殺生丸さまっ…」
さっきの跡に怯えた私はその姿が見えて安心したのか、無意識のうちに彼を呼んでいた。すると彼の目が怪訝そうにこちらを向いた――その直後、タッ、と地を蹴った殺生丸さまがほんの一瞬のうちに私の隣を過ぎ去った。え、と声が漏れそうになったのと同時に、凄まじくも生々しい音と、なにかの断末魔のような声が響き渡る。驚きのあまり抱えていた枝や落ち葉を落として耳を塞いだけれど、それも少しの間だけ。耳を覆っていた手を片方引き剥がされると、どこか少しだけ不機嫌そうな殺生丸さまの声が降らされた。
「貴様…一人で出歩くなと言ったはずだ。邪見はどうした」
「あ…ご、ごめんなさい…その、先に、枝を運んでおけって…」
厳しいその視線におずおずと口を開けば、殺生丸さまはやがて静かに手を放してくれる。言いつけを守らなかったから怒られるんじゃ…と思ったけれど、殺生丸さまは特に咎めることもなく「貴様はもうここにいろ」と言って、何事もなく元の場所にもう一度腰を下ろされた。
ここにいろって…邪見が待っているはずなんだけど、戻っちゃダメなのかな…。そう思うもさっきの断末魔が怖くて振り返ることもできず、私は落とした枝や落ち葉を拾い集めて、殺生丸さまの言いつけ通りその場にとどまっていた。
そのせいか、ようやく戻ってきたらしい邪見がわざとらしくバタバタと足音を立てて駆け込んできた。
「こら風羽! 貴様…え゙っ、なにこの残骸」
「お、おかえり邪見…」
「なっ…おかえりではないわ、馬鹿者! すぐに戻って来いと言ったであろうっ」
「そうだけど…殺生丸さまに言われて…」
後ろを振り向けないまま弁解していたら「殺生丸さまに〜?」とものすごく疑惑たっぷりな声を向けられた。けれどそれに対して声を返したのは私ではなく、殺生丸さまの方だった。
「邪見。それを片付けておけ。邪魔だ」
「えっ。あ、ただいま。しかし殺生丸さま、なぜこんなところに妖怪の死体が?」
戸惑いながらも不思議そうに問いかけてくる邪見の声を聞いて、私はやっぱり妖怪だったんだ…と、絶対に後ろを見ないよう身を縮めた。そんな私に殺生丸さまが一度だけチラ、と視線を向けてきたかと思えば、呆れるように目を伏せて、
「それは“一人でいた”風羽を喰おうとしていた奴だ」
と言い切られた。その言葉に当然私はゾッとして震え上がった。だけど震え上がったのは私だけではないようで、“一人でいた”と少し強調されたことで咎められていると気付いたらしい邪見が「すっすぐに片付けまする!」と声を上げて、途端にバタつき始めたのがよく分かった。
殺生丸さまの言いつけを破ってはいけないし、彼の機嫌を損ねてはいけない。改めてそう感じさせられた瞬間だったけれど、もしかしてあの時、殺生丸さまは私を助けてくれたんじゃ…なんて思ってしまうと、不思議と恐怖より、ふわふわとした温かい気持ちの方が勝っているような気がした。彼への警戒心が、なくなっていく気がした。
…私って、単純だ。
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