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「うーん…この辺りは野草しかなさそうだのう」
「また木の実が見つかればいいんだけどね…」


明朝、森の中を歩き回りながらそんな声を掛け合うのは邪見と私だった。

あれから二日ほど同じ場所で休息を続けていたのだけど、たまたま早くに目が覚めた今日、殺生丸さまからお昼ごろには行動を再開するという指示を言い渡された。だから準備をしておけ、とのことなんだけど、準備なんてできることは限られていて。邪見の提案から、私たち二人はしばらく保存が効くような食糧を捜しておこうということになっていた。

けれど辺りに目ぼしいものはなくて、邪見が言ったように食べられそうなものは野草くらいしか見つからない。前に邪見が持ってきてくれた木の実、あれが残っていればよかったのだけれど、どうやらあれは元々数があまり多くなかったみたいでこの二日の間に食べ尽くしてしまったという。
他にも同じような食糧があればいいなと思う気持ちとは裏腹に、実際はそれらしいものが見つかりそうもなくて、私たちは途方に暮れてしまいそうだった。


「きのこなんかも見つからないし…みんな動物に食べられちゃったのかな…」
「そうかもしれんな。もう少し奥を見に行って、それでもないようならば諦めるぞ」
「うん」


小さな指で先を示す邪見に頷いて、そのあとをついて歩く。サクサクと鳴る二人分の微かな足音を耳にしながら、辺りの隅々まで隈なく探すように視線を巡らせていた。

そんな時、ようやく茂みの向こうの木の根元に生えるきのこを見つけられた。


「見て邪見っ。あのきのこ食べられそうだよ」


すぐさま邪見を呼んで、そのきのこの元へ駆け寄ろうとする――けれど、そんな私の前にザ…と音を立てる影が立ちはだかった。それは牙を剥き、威嚇するようにグルル…と喉を鳴らす野犬のよう。ひどく気が立っているみたいで、一匹、二匹と姿を現したそれは私を近寄らせないように鋭い目で睨み付けてくる。

その姿に、脳裏へ甦る光景があった。


「じゃ、邪見…」


思わず縋るような震える声で彼を呼ぶ。するとこちらへ戻ってきていた邪見はすぐに状況を察して「むっ」と短い声を漏らした。かと思えば、あっという間に私の前に立ちはだかって、人頭杖を強く握りしめると同時に大きく掲げてみせる。
その姿に野犬たちが飛び掛かってきそうになったのだけど、邪見はそれよりも先に人頭杖から威嚇するような大きな火をゴオッ、と噴いて。それに驚いた野犬が怯んで後ずさると、途端に切なげな声を上げながら遠くへと逃げていってしまった。

その姿が見えなくなるまで見つめること数秒。戻ってこないと確信した様子の邪見がはあ、と息を吐いたのを見て、私も続くよう安堵に肩の力を緩めた。


「あ、ありがとう…」
「襲われる前に追い払えてよかったが…あのように飢えて気性が荒くなっておる動物も多いから、食糧を見つけたといってむやみに近寄るでないぞ。お前はすぐに襲われるどころか、餌にされそうだからな」
「う…わ、分かった…」


呆れた様子でそう忠告してくれる邪見に頭が上がらなくて、項垂れるように頷いてしまう。
邪見の言う通り、彼がいなかったら私は今ごろ野犬のご飯にされていたと思う。それくらい、あの野犬たちが飢えていたのは明白だった。それを思っては邪見がきのこを拾う姿に、なんとなく申し訳なさを覚えてしまうような気がしてくる。
私が見つけなかったら、あの子たちはこのきのこを食べられていたんだよね…。でも、私たちも食糧は必要だし…。

やっぱり、この時代を生き抜くことは命がけなんだって、改めて思い知らされるようだった。

堪らず小さなため息をこぼしてしまいそうになりながら、「ほれ、次を捜すぞ」と歩き始めてしまう邪見に慌てて顔を上げて、置いて行かれないようにすぐさまあとを追いかける。
そうして邪見のあとをついて歩きながら、私は野犬を前にした時に甦ったあの光景を思い出していた。
剥き出しにされた牙。射殺さんばかりに鋭くされた目。それを見せる、化け犬のような姿になった殺生丸さまが犬夜叉くんの前に立ちはだかった、あの光景を。

当時は初めて見るその姿に驚くばかりで、巻き添えにならないよう逃げることに必死だったし、そのあとも殺生丸さまの左腕のことだったりでばたばたとしていたから、タイミングを逃して、ずっと聞きたいことを聞けずにいた。
でも、いまなら…


「ねえ、邪見。その…殺生丸さまのことなんだけど…」
「ん? どうかしたか?」
「あの時…犬夜叉くんと闘っていた時、殺生丸さまが大きな化け犬になったよね。邪見はあれが真のお姿だって言ってたけど…じゃあ、いまの人間のような姿の方が、変化した姿ってこと…? 逆じゃなくて…?」


つい邪見の言葉を疑うようにそう問いかけてしまう。
あの時は驚きと戸惑いが大きくて、疑いながらも彼の言葉を信じるしかなかった。けれど、冷静になってみればやっぱり信じがたいと思う。いまの人間のようなお姿から化け犬に変化するならまだ分かるけれど、元が化け犬で、わざわざ毛嫌いしているという人間に近い姿に化けて過ごしているなんて不思議で仕方がないもの。

それを伝えるように邪見を見つめながら歩けば、彼もまた足を止めないまま当然のように言ってきた。


「化け犬の姿こそが真のお姿だ。いまのお姿は勝手が良いからそうされているまでのこと。第一、お前も殺生丸さまの父君の骨を見たであろう」


そう言われて思い出す、鉄砕牙が納められていたあの大きな骨。そういえばあれがお父さまだって殺生丸さまも言っていたっけ…。だからあんなに大きくて、動物のような形をした骨だったんだ。
つまり、殺生丸さまの本当の姿も、やっぱり化け犬ということ…。

そう実感するように思いながら、全然そんな風には見えない普段の姿を思い浮かべる。犬夜叉くんと違って犬耳もないからやっぱり不思議だ、と思うと同時に、ふと殺生丸さまの肩に纏われているふわふわの毛を思い出した。思えばあれの質感は、化け犬の時の毛並みに似ているような気がする…。


「ねえ。殺生丸さまの肩のふわふわって、殺生丸さまの本当の姿に関係してるの?」
「あれか? あれは殺生丸さまの尾にあたるな」
「えっ、尾なの…!?」


思いもよらない答えがしれっと返ってきて思わず目を丸くしてしまう。まさか本当に体の一部だったなんて…それも、まさかの尻尾。だから私を包んでくれる時、意志を持ったように動いていたんだ。そう思うとすごく驚いた半面、すんなりと納得できるような気がしてくる。

でも、それを知ったせいかな。なんだか途端に…殺生丸さまに動物っぽさを感じ始めてしまう。なんとなく、ほんの少しだけ、可愛いような気さえしてくる。
…と思ってしまうのも、私が大の犬好きだからかもしれない。中でももふもふでふわふわの大型犬がたまらなく好きだから、なんというか…すごく、そそられてしまう。包んでくれたこともあるし、また触ることを許してもらえないかな…。

なんて、そんなことを考えながら歩いていると、私の気持ちを悟った様子を見せる邪見がわずかに声のトーンを落として言ってきた。


「なにを考えておるのか言及はせんが…無闇に触ろうとすると殺されかねんから、気をつけろよ」


どこか呆れを含んだ声でそう教えてくれる邪見はどこか苦く固い表情を浮かべる。
…もしかして、邪見も触ろうとしたことがあるのかな…? そう思えてしまう姿に意外だと感じてしまったけれど、彼の口ぶりからなんとなく殺生丸さまの反応を想像してしまって。恐ろしい目に遭いそうな予感を抱いては、触りたいという気持ちはそっと胸の奥にしまい込んでおくことにした。



* * *




やがて、調達を終えた私たちは殺生丸さまが待つ場所へと向かっていた。結局食糧はそれほど見つからなかったけれど、それでも節約をすれば今日明日とまかなえるくらいのきのこや木の実を見つけられた。これを干せば日持ちさせられるようになるから、それはまた次回、時間がある時に実践しようという話になっている。

その時はまたいい木の実が見つかるといいね、なんてのんびりと話をしながら歩いていき、私たちはようやく殺生丸さまとの合流地点に辿り着いた。


「んん? 殺生丸さま?」
「え…い、いない…?」


不思議そうに辺りを見回す邪見に続いて私も視線を巡らせてしまう。
そう、どうしてかそこにいるはずの殺生丸さまの姿が見当たらなかった。ここで待っていると言っていたはずなのに、どこへ行ってしまったんだろう…。
不安に眉を下げるままきょろきょろとその姿を捜したのだけれど、気配さえ感じられない。思わず邪見と顔を見合わせて首を傾げていると、フワ…と流れ込んできた風が覚えのある匂いを運んでくれた。それに振り返ると同時、羽根のように軽く舞い降りてくる殺生丸さまが私の少し先へその足を着けられる。


「戻っていたか」


そう声をかけてくる殺生丸さまに変わった様子はない。一体どこへ行っていたんだろう、なんて思ってしまうと、不思議そうな顔をした邪見がそれを問いかけた。するとそんな彼に向けられていた殺生丸さまの目が静かに持ち上げられる。それが改めて向けられた先は、どうしてか私の方だった。


「風羽。お前が使っていた風呂敷、私の血で使い物にならなくなっただろう」


「これでも使え」そう続けながら、殺生丸さまは私になにかを差し出してくれる。それは、新しい風呂敷のようだった。そんな予想外の出来事に思わずえ、と声が漏れそうになりながら、戸惑うままに殺生丸さまへ顔を上げる。

た…確かに、いままで使っていた風呂敷は殺生丸さまの左腕の応急処置で使って、すっかり血まみれになってしまった。けれど一度はしっかり洗ったし、薄っすらと染みは残っちゃったけれど特に使えなくもなさそうで、これからもそのまま使おうかなと思っていた。
だから新しいものが欲しい、なんてことは考えていなくて、それをなんとなく伝えてみたら、殺生丸さまは表情を変えないながらも少し呆れた様子を醸し出してくる。


「お前…苦手な血にまみれたものだと分かっていながら使うつもりか」
「は、はい…殺生丸さまの血だから、大丈夫かなって…」


ダメだったかな…と思いながらそう口にすれば、殺生丸さまがどこか訝しむような、理解できないというような様子で微かに眉をひそめた。
ど、どうしてそんな反応をされるんだろう…私、変なこと言ったかな…? ついそんなことを思いながら自分の言葉を思い返そうとした時、邪見までしかめたような渋い顔を向けてきて言った。


「お前…一体どういう趣味をしておるのだ…」
「え…? ……え、いやっ、そ、そうじゃなくて…! そんな変な意味じゃなくてっ、その、殺生丸さまの血は汚くないというか…なんというか、その…」


どうやら私が“殺生丸さまの血ならウェルカム”という変態だと誤解されてしまったようで、慌てた私はあわあわと身振り手振りで必死に弁解しようとした。
けれど肝心の殺生丸さまは呆れたように小さなため息をひとつ落としただけで、持っていた風呂敷を微かに傾けながら言ってくる。


「ならばこれはいらぬのだな」
「い、いえ、そんなっ…せっかく持ってきていただいたので、使わせていただきます…!」


下げられそうになる手に申し訳なさを覚えて、慌てた私は咄嗟にその風呂敷へ手を伸ばした。

そうして受け取った風呂敷は、高級感などはない、至って普通の風呂敷。殺生丸さまならすごく高価なものも簡単に持ってきてしまいそうで少し意外だったけれど、そのせいか、なんとなく嫌な予感が脳裏をよぎったような気がした。
さすがにそれはないと思う。思うけれど、もしそれが事実だったら怖くて、私は「あ、あの…」と小さく殺生丸さまへ問いかけてみた。


「殺生丸さま、この風呂敷はどこで…?」
「近くのあばら家で見つけたものだ。…気に食わんか」
「そ、そんなことはないですっ。えっと、ありがとうございます」


短く問いかけてくる殺生丸さまに安堵を抱きながら、すぐさま深く頭を下げる。

ちょっとだけ心配だったのだ。これを手に入れた方法が。普段から邪魔という理由で平気で人を殺してしまえる殺生丸さまだから、これもそういう手段で手に入れたものだったらどうしよう…と。
だけれど、それは杞憂だったみたい。

それが分かると少しの申し訳なさと安堵を感じてしまいながら、同時に、胸の奥から少し温かな気持ちが沸き上がってくるのを感じる。…というのも、


(殺生丸さま…私のために、わざわざ捜しに行ってくれたのかな…)


なんて、考えてしまったせい。持っていたのはこの風呂敷だけだったし、ほかになにか用事があるようには見えなかったから…だからつい、そんな期待のような思いが芽生えてしまった。

…この前は殺生丸さまとの距離が変わらないと思っていたけれど、少しは近付いているって…優しくしてもらえているって、思っちゃってもいいのかな。
そんなことを考えてしまうと一層胸が温かくなるような気がして、私は人知れずもう一度、きゅ…と小さく風呂敷を抱きしめていた。


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