06
「うーん…遅いのーあいつは…」
帰りを待ちきれない邪見がそわそわと歩き回って落ち着かない様子を見せている。
というのもそれなりに時間が経っているにも関わらず、鉄砕牙を奪取しに行った無男さんが一向に帰って来ないからだ。動きがアレだから遅いのも当然かと思うけれど、それ故に返り討ちにされているんじゃないかと心配になってしまう。
聞けば相手の犬夜叉くんはやっぱり強いらしく、その上風穴という不思議な力(?)を持つ法師さんに、妖怪退治を専門とする退治屋さんが常に一緒にいるのだというではないか。
それ、もはや無男さんが勝つ要素ないんじゃないの?
「ねえ邪見。諦めた方がいいよ」
「なっなにを言う!わが作戦は始まったばかりなのだぞっ」
「って言ってもさあ…ん?」
私が遠まわしに帰ろうと提案していれば、のしっと大きな足が踏み込んでくる。よかった、ちゃんと帰って来られたんだ。そう安心してふと無男さんの顔を見上げた途端、私は思わず「ひいっ!?」と声を上げてしまった。なにがあったのかは分からないけど、頭がボコボコに凹んでいる。しかもそれが今まさに、何事もなかったかのように戻って行くではないか。
もうなにがどうなってるのか分からないけどこれだけは言える。やっぱり無男さんは妖怪だ。
「邪見さま。宝物おー」
「おおお!取り上げたか鉄砕牙をっ」
ビビる私とは対照的に、懐をまさぐる無男さんにぱあっと明るい表情の邪見が駆け寄って行く。すごく期待してるけど…無男さん、どこにも刀らしいものは持っていないように見えるぞ。
なんて思っていると懐を漁っていた手が差し出されて、握りしめていたものを開示された。
「け、けん玉?」
「なにこれちがーう!」
無男さんが取り出したのはけん玉や独楽などの小さなおもちゃだった。けれどお目当てのものではないと分かった邪見は駄々をこねる子供のようにはっきりきっぱりと否定してしまう。すると無男さんは再び懐に手を突っ込んで、次のものを探し始めた。
「これは…お金か」
「もうこれではなーい!」
「今度は赤い、布?」
「おいなんじゃこれは!」
無男さんが次々に出して来るものがお目当ての鉄砕牙とかけ離れすぎていて唖然とする。この布に至ってはなにに使っているものかも私にはわからないよ。
やっぱり鉄砕牙がなにか分かってなかったんじゃん。呆れる私とは対照的に怒鳴り散らす邪見へ困ったような仕草を見せる無男さんはまた懐を漁って最後の収穫物を取り出した。
「んーー…たから、ものお…」
次に大きな手のひらに広げられたものは櫛や鉛筆、そして飴玉といったこまごましたものだった。きっとこれはかごめちゃんのものだろうな、なんて予想がついたその時、中央にある小さな瓶に気が付いた。
よく見ればそれの中にはなにかのかけららしいものが入っている。薄紫色をしたそれはまるで結晶のようで、日の光に反射してキラキラと美しく輝いていた。
「なんだろうこれ…すっごく綺麗」
かごめちゃんの宝物なんだろうか。ガラスの破片のようなそれを視ていると、なんだかとても強く惹かれて“欲しい”とさえ思い始めてしまう。
これを使えば…そんな思いが浮かぶと共にゆっくり手を伸ばしたその時、突如邪見が体を小刻みに震わせ始めた。
「バカかお前は!こんなものに用はないっ。鉄砕牙がないではないかーっ!」
怒りが頂点に達した邪見が途端に大きく跳び上がると人頭杖で無男さんの頭をごんごんごんごんと何度も殴りつけてしまう。その拍子に無男さんの手の中のものが散らばって、私はようやく我に返ることができた。はっとして見れば邪見は無男さんに背を向けて犬のように砂を蹴り掛けている。
「ちょ、ちょっと邪見!やめなさいっ」
「鉄砕牙あ?」
私が慌てて邪見を掴んで止めに掛かるも、被害者であるはずの無男さんはさも気にしていないように悠長に問い返して来る。だからその凹んだ頭をじわじわ元に戻すのやめてほしい…。
ドン引きする私が手を緩めた瞬間、邪見がするりと抜けだしては無男さんの目の前に人頭杖を突き立てて目線を合わせるようにそれを昇り出した。
「犬夜叉の刀だっ」
「ボロ刀なら、あったあ」
「ばかあ!それだーっ。ん゙え゙っ」
あ、倒れた。
どうやら邪見の大きな期待とは裏腹に、無男さんはやっぱり鉄砕牙が刀だということを分かっていなかったらしく、それを見つけはしても持ち帰りはしなかったのだという。無男さんはのっそりと体を屈めると、足元に散らばった小物を拾いながらぼやき出した。
「宝物にはあ…見えぬ」
「なに言ってんのこの子はーっ!さっさと行って来ーい!」
怒り心頭の邪見が甲高い声で強く言い放つと、無男さんは思いっきりはあ〜っとため息をこぼしながらその大きな体を振り返らせていく。もう一度犬夜叉くんたちの元へ向かってるんだろうけど…その背中がなんとも頼りない。
「邪見さま、あんな妖怪で大丈夫?」
やっぱりりんちゃんもあの頼りなさを痛感したのか容赦なく問いかけていた。それによって邪見が難しい顔を見せ、ついにはがっくりとうな垂れてしまう。
「こんなことなら手下を連れておればよかった…思い出すなあ、大勢の配下を率いていたあの頃のことを…」
「邪見に配下がいたことなんてあるの?」
「志紀…貴様、わしをバカにしておるだろう!」
率直に聞いてみたら地団駄を踏むように怒られてしまった。
言っちゃ悪いけど…邪見にボスが務まるとは到底思えない。今までの邪見を思い返しても、なにかの企てが成功したことはないし殺生丸さまには軽くあしらわれ続けているではないか。
「あの頃のわしは幾千もの妖怪を引き連れ、武蔵野の草原を牛耳っておった」
私が全く想像できず頭を悩ませていると、邪見がひとりでに語り始めてしまった。特に聞いたわけではないんだけど…きっと邪見は聞いてほしいんだろう。りんちゃんと顔を合わせ、互いに小さくふう…とため息をこぼしては仕方なく邪見の話を聞いてあげることにした。
――どうやら邪見は同じ種族の配下を多く連れて、東の山を支配している妖怪たちと戦をしたのだという。
その中でも齢数百年を経ている相手陣の首領、
邪見とその配下たちは殺生丸さまのおかげで命を救われ、すぐさま邪見の指示によって道を開く。そこを颯爽と通り過ぎる殺生丸さまの姿を見た邪見はものの見事に見惚れ込んでしまい、多勢の配下を捨ててまで殺生丸さまに着いて行く覚悟を決めたのだという。
それからというものの、邪見は殺生丸さまのあとを追って配下にしてほしいと頼み続け、全く相手にしてもらえないまま挫けることもなくあとを追い続けていた。そうしてようやく認めらてもらえたのか、ついに殺生丸さまからあの人頭杖を預けられたんだとか…
「…以来お傍に遣えて幾星霜…あの時の借りをお返ししたいと思い、今日まで…」
思い出に浸るように語っていた邪見だったけれど、そこまで言ってしまうと途端に強く顔を引き締めた。
「無男に任せておる場合ではないわ」
「やっと気付いたんだ…って邪見、どこ行くの!」
遅すぎる気付きに呆れた瞬間、邪見が立ち上がってどこかへと向かって行く。慌てて問いかけた私の声も届いていないようで、邪見は足を止めることも振り返ることもなくさっさと姿を消して行ってしまった。
「邪見さまって忙しいなー」
「ほんとにね…」
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