05



共になった夜を越え、旅を再開してからどれくらいの日が経ったか。何日経とうとももうあの時のような不安が甦ることはなく、私たちは今まで通りなにも変わることなく歩を進めていた。

殺生丸さまが自らの口で想いを告げてくださったのだから、私はそれを信じて彼に着いて行く。

そう決意を新たにした今日、私たちは無骨な崖の上で太陽の面影も残らないほどに真っ暗な夜を迎えていた。こんなところで足を止めたということは、きっと今日の旅を終えて休息をとるおつもりなのだろう。それを悟った私は途端に気を緩めて、体を空へ向けてぐっと伸ばしてみた。


(今日も疲れたなあ…)


思わずふああ、と大きなあくびをこぼしては、そのまま遥か上空へ顔を上げた。すると見えたのは煌びやかに輝く満天の星々。
なんだか今日は星が綺麗に見えるなあ、なんて思っていると、隣から同じように感嘆する可愛らしい声が聞こえて来た。りんちゃんだ。

視線を移せばりんちゃんもやっぱり空を仰いでいて、丸く見開いた目をきらきらと輝かせている。もしかしてりんちゃんは星が好きなのかな。


「ねえ、りんちゃ…」


ぐううう。

星座でも教えてあげようかな、と思った私の声を遮るようにすごい音が響いて来た。こ、これはこれは…なんとも立派な腹の虫。


「りん」
「はい。殺生丸さま」


音を聞き付けた殺生丸さまがその張本人を呼ぶと、彼女はすぐに振り返って返事をした。


「腹が空いたなら、自分の食いものは自分で取って来い」


殺生丸さまが淡々とそう告げられると、りんちゃんは元気よく「はーい!」と返した。本当に殺生丸さまが好きなんだなあと思えるほど従順なその様子に、ついくすりと笑みを浮かべてしまう。

するとりんちゃんはそのまま私の方へ振り返ってきて、「行こっ志紀お姉ちゃん」と手を握って来た。
もちろんりんちゃんをひとりで行かせるつもりはない。だから私はすぐに返事をしてその手をギュ、と握り返してあげた。


「それじゃ殺生丸さま、行って来ます」
「行って来まーす!」


私が軽く会釈ついでにそう言えばりんちゃんも元気に声を上げる。それに対して殺生丸さまは返事こそくれなかったものの、どこか優しい視線で静かに私たちを送り出してくれた。



* * *




「ったくもー。殺生丸さまときたら、りんに“自分で”って言ったくせに、わしを付けるんだよなあ…」


私たちを乗せてくれる阿吽の手綱を引いて、不満げな邪見がぶつぶつと小言を漏らす。

邪見の言う通り、殺生丸さまは私たちだけで行かせることなくこうして邪見をお供に添えて来たのだ。確かに万が一のことがあると私もりんちゃんも闘うことができないし、なによりも私が妖怪を呼び寄せてしまう体質(?)であるせいで安心が確保されることはない。だから闘える誰かが一緒にいないといけないのだけど、邪見はそれを理解していながらやっぱり不服だという様子をありありと見せていた。


「ごめんね邪見。今晩は邪見の好きなものでも食べよう」
「好きなものって言ったってなあ」


そう言うと邪見は考え込み、うーんと唸り始めてしまった。喜ばせようと思って提案したのに、むしろ悩ませる結果になったらしい。
この様子だと中々決まりそうにないし、もしかしたらこのまま決まらないかも知れないから、私は一応りんちゃんにも聞いておくことにした。


「りんちゃんは?なにか食べたいものはある?」
「えっとねー…志紀お姉ちゃんの肉じゃがっていうの!」


ぱっと笑顔で言って来るりんちゃんに心が射抜かれそうになる。ああ…私の料理をこんなに気に入ってくれるなんて…本当に天使。もういっそりんちゃんをお嫁にもらいたい、養ってあげたいくらいだ。

なんなら今すぐにでもりんちゃんの望みを叶えてあげて、うんと喜ばせてあげたい。とは思うんだけど……


「ごめんね、もう夜だから…また今度作ってあげる」


そう言って頭を撫でてあげれば、りんちゃんはちょっとがっかりした様子で「しょうがないかあ」と唇を尖らせてしまった。
こっちの世界には材料も調理器具もないし、現代へ帰るためには太陽が出ていないとダメなのだ。だから今回は諦めて、次は絶対作ると指切りを交わしてあげた。


(そういえば…肉じゃがは殺生丸さまも食べてくださったっけ)


ふとみんなを現代に招いて手料理を振る舞った日を思い出す。あの時は確か和食の方がいいだろうと思って簡単な肉じゃがを選んだんだけど、そもそも殺生丸さまが口にされるのかどうか分からず、戸惑いながらも一応差し出したのだ。そうしたら殺生丸さまは味見するように少しだけ手を付けて、「人間のものは口に合わん」なんて言いながらもちょこちょこと食べてくれていた。

残すのが悪いからなのか、それともただのツンデレだったのか。結局その真意は分からないままだけど、殺生丸さまはそれ以降も私の手料理を少しずつ食べてくれている。


「料理くらいなら…私も殺生丸さまのお役に立ててるのかな…」


ぼんやりと空を眺めながらそうこぼすと、りんちゃんが小さく「お役に…」と呟いた気がした。それによって私が声に出してしまっていたことに気付きはっとするも、しっかり聞き取っていたらしいりんちゃんはすぐさま邪見へと問いかけていた。


「ねえ邪見さま。邪見さまって殺生丸さまのどんなお役に立ってるの?」
「ぶっ!!」


あまりにも予想外の質問に思わず私が吹き出してしまった。さすが純真無垢で真っ直ぐなりんちゃん、容赦がない。
それを言われた邪見はというとやはりものすごく驚いていて、慌てたように振り返って来ていた。


「い、色々立っておるわいっ!」
「色々?」
「そう!例えば…」


邪見が武勇伝を聞かせてやろうと言わんばかりの勢いでそう言うも続きの言葉がなにも出て来ない。これは役に立ったことないな。と呆れかけたその時、邪見がこちらを向いたままなにかにはっと目を見張り固まってしまった。なにか見つけたんだろうか。気になった私は邪見の視線の先を確かめようと、ゆっくり振り返ってみた。

月だ。

赤い満月が淡くも儚い光を湛えてそこに掛かっている。けれどそれ以外に目ぼしいものはなにもない様子。一応その周辺に目を凝らしてみたけれど、別に妖怪がいるとか変なものがあるとか、そういうことでもないようだった。
結局邪見があの月になにを思ったのか、それはさっぱり分からず仕舞いだ。諦めて視線を戻し邪見の方へ向き直ってみると、なぜか彼は突然変な笑みを浮かべ始めてしまう。


「んっふふふふふ…」
「邪見さま?」
「頭大丈夫?ちょっと恐いんだけど…」


込み上げてくる笑みを不気味に漏らす邪見へ白い目を向けていれば、突如ぐっと身構えて「よいかお前ら!」と大きく声を上げてきた。


「今日はこの邪見さまが殺生丸さまのお役に立つところを、しかとその目に見せてやろうではないかあっ!」



* * *




邪見があんなことを言い出して姿をくらました数時間後。すっかり明るくなってしまった空に目を覚ませば、どこか自信満々の邪見がとことこと帰って来た。今までなにやら企てた作戦の準備をしていたらしく、それが終わったから早くお前らも来いとのこと。

なんだか面倒くさいことになってきたと思いながらも急かして来る邪見に着いて行ってみれば、竹が天高く伸びる竹林へと案内された。遠くに誰かの賑やかな声が聞こえるけど…邪見は一体ここでなにをしようとしているんだろう。

ひとまず駆けて行く邪見を見失わないように追い続けていると、ほんのわずかに開けた場所へ辿り着いた。邪見はここで足を止めてしまったけど、見る限り変わったものはなにもない様子。一体ここでなにを見せたいんだ。


「ぼやぼやしてるなっ。じき来るぞ。出てこい無男!」


突然邪見が飛び跳ねながら地面に向かって声を上げたかと思うと、どこからともなく男の唸り声が聞こえて来て地面が盛り上がり始めた。するとどういうわけか、その中からのっぺらぼうで中肉の男性がのっそりと姿を現して来る。


「呼んだかあ?」
「ひいいっ!?な、なに!どなた!?」
「ばか!声がでかいぞ志紀っ」


りんちゃんとお互い縋るように抱き合って後ずさっていたら怒鳴られてしまった。こんなの悲鳴上げるに決まってんじゃん。ほんとに誰だよその人(?)は!
私が警戒するのとは裏腹に、男の人…無男さんとやらはなんともゆったりした様子で邪見の指示を待っている。なんというか…害はなさそう。


「無男よ、犬夜叉たちがやってくる。彼奴らに近づき、鉄砕牙を奪うのだ!」
「え…そ、そんなこと考えてたの!?」


なんだかさらっととんでもないことを聞いた気がして思わずまた大きな声を上げてしまった。役に立つところを見せてやるって、まさかこういうことだったとは。
確かに殺生丸さまは鉄砕牙を欲しているけど、それを独断で狙いに行くとは思わなかった、というか思えなかった。…だって、今まで殺生丸さまですら叶えられていない望みだって聞いていたくらいだし。


「人間の無念が凝り固まった妖怪のお前なら、鉄砕牙も掴めるはず。さ、行って取って来いっ」


邪見がそう指示すると、無男さんはほんの少し首を傾けて「鉄砕牙あ?」と問いかけて来る。この様子だと鉄砕牙を見たことがないどころか、話しすら聞いたことがないんじゃなかろうか。


「犬夜叉が大切にしているものだ」
「宝物か」
「うむ。そいつを盗んで来るのだ」


無男さんはそれを聞くとすぐさま犬夜叉くんたちがいるであろう方角へのっそりと歩き出して行く。なんとも動きがトロい。あんな様子で本当に大丈夫だろうか…鉄砕牙がどんなものなのかも分かってなさそうな気がするし…

私たちのそんな心配をよそに、無男さんはしっかりと歩を進めていてそれを見送る邪見はどこか満足げにふんぞり返っているようにも見えた。


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