放っておけない



「……」


私のために用意された部屋のど真ん中で転がったまま、ぼうっと壁を見つめる。
なんというか、暇だ。身籠っているのだから大人しくしていろ、と言われたからその通り大人しくしているけど、暇だ。花嫁修業的なことも、いまはやることがないからということでなにもすることがない。

うーーーん。暇だ。


「……よし。りんちゃんに会いに行こう」


思いついたことを口にしながらすっく、と体を起こす。りんちゃんはいま楓さんの村にいるし、あそこならかごめちゃんたちもいるはずだ。暇潰しには最高の場所に違いない。そう思っては居てもたってもいられず、阿吽の元へ行こうと襖に手を掛けた。

ただ…大人しくしていろ、と言われたくらいだから殺生丸さまには見つからないようにしなければ。見つかれば間違いなくこの部屋に押し込まれて終わりになってしまう。このところなんだか一層過保護になられている気がするし…
なんて考えながらそー…と襖を開けてみると、なんだか覗く景色が黒かった。黒だけじゃない、白と赤と銀と、他にも何色か、覚えのある色が…


「どこへ行く。志紀」
「え゙」


真上から降らされる声にぎく、と肩を揺らす。そのままゆっくりと首を上げてみると、襖の真ん前にこちらを見下ろす殺生丸さまの姿があった。

な、なぜこのタイミングで殺生丸さまが…!


「え、あ、ど、どうかしたんですか? なにかご用が?」
「そろそろ志紀が暇だと言って抜け出すのではないかと様子を見に来ただけだ」
「ぐっ…や、やだなあそんなわけ…」
「どこへ行こうとしていた?」
「……」


もう一度問い質すように向けられた言葉に閉口する。なんでこんなにタイミングよく現れるんだ。なんでそんなに私の行動を読んでしまうんだ…!
いくらなんでも鋭すぎるというか千里眼でも持っているのかと思ってしまうような彼の思考回路に成す術がない。はあー、とため息をこぼしては、観念して認めることにした。


「殺生丸さまの言う通りです。いくらなんでも暇すぎたので、りんちゃんのところまで阿吽に連れて行ってもらおうかと思って…」
「私に言わずか?」
「そ、それは…言ったら、止められると思ったので…」


なんとなく怒りを感じなくもない声色に変わってドギマギとしてしまう。やばい、すでに軽くお説教モードになっている気がする。そんな私の予感は的中していて、殺生丸さまは私の真ん前に立ったままじっとこちらを問い詰めるように見つめてくる。


「お前が一人で勝手に出ていく方が、悪い結果を招くとは思わなかったのか?」
「そ、それは…思いましたけど…ここで腐ってるのも、あんまりよくないかなと思って…」


なんとか許してもらえないものかと言い返してしまう。実際、部屋に閉じこもっているよりは外の空気を吸ったりした方が体にはいいと思うし。
なんてことを思いながらちら…と殺生丸さまの顔色を窺ってみれば、殺生丸さまは無言ののち、静かにため息をこぼされた。


「体を冷やすなと言われているのだろう。羽織を持っていけ」
「はい……あれ? え? い、行ってもいいんですか?」


意外にもあっさりと認めてくださった様子に私がびっくりしてしまう。目をぱちくりと瞬かせながら“本当に?”と問うように殺生丸さまを見ていれば、彼は変わらず私を見下ろすまま抑揚の少ない声で言い出した。


「志紀が気分転換したいと言ったのだろう。ただし、行かせてはやるが私もともに行くぞ」
「は、はい。それは全然大丈夫です。お願いします」
「それと少しでも気分を悪くしたらすぐに言え。もし耐えたりなどすれば今後は屋敷から出さんからな。あと…」
「も、もう大丈夫ですっ。分かってます、気を付けますからっ」


まくし立てるように私に釘を打とうとする殺生丸さまのお言葉が止まりそうになくて、私は慌ててそう言いながら止めるように両手を突きだした。

気のせいだろうか…私が身籠って日が経つにつれて、どんどん殺生丸さまの過保護具合に拍車が掛かってる気がする…。いや、たぶん気のせいじゃない。
それだけ私のことを大切にしてくださっているんだって伝わってきて嬉しいのだけれど、さすがにここまであれこれ言われるとちょっと困ってしまうというか…


「志紀」
「はい?」


こっそり苦笑を浮かべながら羽織を取りに部屋の中へ引き返した私を、殺生丸さまが呼び掛けてくる。まだ注意事項があるんだろうか、そう思ってしまう私に対して殺生丸さまは、


「お前の体のことはお前にしか分からん。どれだけ些細なことでも良い。私を頼れ」


一見なにも変わっていないように見える表情で端的にそう告げられる。けれど、私には分かる。彼が少しだけ不安に似た感情を滲ませていることを。
それは私にしか見せてくれない顔。そんな顔をしてしまうほど、殺生丸さまは私を気に掛けてくださっているということだ。それだけ、愛してくださっているということだ。

それを思うと彼が過保護になってしまうところも、分かるような気がして。困るという気持ちより、やっぱり嬉しいという気持ちの方が圧倒的に勝ってしまうのだった。



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お屋敷での日々のある日。たまには少しだけ可愛い(?)殺生丸さまです。ヒロインの死を経験したことでもう彼女の身になにかあるのは嫌で、さらにこのところつわりなどに苦しんでいる姿も見ているのでどうしてもヒロインのことが心配で仕方がないようです。
そしてヒロインもそんな彼を分かっていて、お互いがお互いを放っておけない関係になってそうですね…。

限られた人にしか見せない弱み、みたいなものに弱いので、殺生丸さまもそういうところを見せるお話を書きたいなと思って、今回ほんのちょーっとだけそういうところを書いてみました。
ただ、私の中に「あの人は弱みなんて見せない完璧最強なお方よ!」という私もいるので、必死に折り合いをつけて頑張ってこの程度になりました。それでももしお気に召さない方がいらっしゃいましたらすみません…。
でも…いつかもう少し露骨に弱みを見せてくれるお話も書きたいな…(遠い目)




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