出会い、友情を結んで



「ほーっ。あの殺生丸が人間のお前さんと子を」
「はい、授かりました」


元々丸々とした目をさらに丸くしながら意外そうに言う刀々斎さん。その反応にやっぱりまだ少し気恥ずかしくなりながら微笑みを返した。

そんな私たちがいるのは楓さんの家。気分転換にと赴いたら、犬夜叉くんと話をしにきたという刀々斎さんと偶然にも再会できたのだ。刀々斎さんとは叢雲牙を追っていたあの時以来会えていなかったし、近況報告を兼ねて子供ができたことを伝えて、いまに至る。

ちなみに、いま楓さんの家には私と刀々斎さんと邪見という珍しい組み合わせだけが残されている。楓さんは畑仕事に出ていてかごめちゃんたちもそれを手伝ったり各々好きに散らばり、普段は傍にいるはずの殺生丸さまでさえ捜しものとやらで席を外している。りんちゃんは阿吽のご飯のために出ているから、そろそろ帰ってくると思うんだけど…

と振り返るように外へ視線を向けた時、刀々斎さんから「ところでお前さん、」と声を掛けられた。


「殺生丸の昔話とか聞きたくねえか? 全然聞かされてねえんだろ」
「殺生丸さまの昔話?」


唐突にそんな提案してくる刀々斎さんに思わずオウム返しをするよう問い返してしまう。すると同じくそれを聞いていた邪見がすぐさま「おい刀々斎」と口を挟んできた。


「お前、余計なことを話せば殺生丸さまから仕打ちを受けるぞ」
「なにも他人に言いふらすわけじゃねーんだ。少しくらいいいだろ。それに殺生丸の奴も、いまはここにいねーんだからな」


言いながら少し悪そうに目を細める刀々斎さん。この人は殺生丸さまにぞんざいな扱いを受けてきたって聞いたし、きっと殺生丸さまが不在のこの機会に仕返しでもしようとしているんだろうな…。

それにしても…殺生丸さまの昔の話かあ。確かに気にはなるけど…さすがに勝手に聞いちゃうのはよくないような気がする。でも、聞いてみたい気持ちは山々だし…そうだ、殺生丸さまの許可をもらってからにすれば…と思ったけど、許可がもらえなかった時に聞いておけばよかったって後悔しちゃいそうだな。どうしよう…聞きたい…でもなあ……
うーーーん、悩ましい。

あ、でもさすがに邪見が止めてくれるかも。と葛藤の末に私の代わりを託すような思いで邪見を見てみれば、


「ま、まあ…少しくらいなら、わしも口外せんでやらんこともない」


なんて、刀々斎さんの様子をちらちらと窺うように歯切れの悪い言葉を返していた。

あ、これはあれだ。邪見も聞きたいんだ。それが丸分かりな邪見の様子に呆れそうになったけど、私も変わらない以上彼を責めることはできない。そう考えた私たちの様子がまんざらでもなかったためか、刀々斎さんはどこか嬉しそうに胡乱げな笑みを浮かべて私たちに顔を寄せてきた。


「よく聞け。殺生丸の奴は昔な…」
「あ」


思わず声が漏れる。気が付けば目の前――刀々斎さんの背後に、殺生丸さまが立っていたのだ。瞬時に“これはまずいのでは”と思ってしまう私の気持ちを察したのか、刀々斎さんがゆっくりと振り返っては「げ」という声を漏らしてしまう。
そんな彼を、殺生丸さまはどこか冷ややかさを感じる目で見下ろしていた。


「刀々斎。貴様、志紀になにを吹き込もうとしている?」
「べ、別に大したことじゃねえよ。なあ」
「え、あ、はいっ」


まるで助けを求めるように視線を寄越されるものだから思わず刀々斎さんの肩を持ってしまった。かといって私も怒られるのは嫌だし、本当のことはなんだか言いづらい…。そう思ってしまいながら誤魔化すようににこ…と笑みを浮かべていると、なんだか呆れた様子で私を見た殺生丸さまが静かに目を伏せられた。


「…余計なことは教えるな」
「心配すんな。ちゃーんと分かってるからよ」


殺生丸さまの忠告にへらへらと笑い掛けながらそう言うと、刀々斎さんは「じゃあお前ら、ちょっとこっち来い」と言って私と邪見を外へ手招きした。なんで外に呼ばれたのかは分からないけれど、言われた通りについていけば、ちらりと殺生丸さまの様子を横目に窺った刀々斎さんがその大きな目を細めながら不満げな顔を寄せてくる。


「気を付けろ。あいつ昔から気に食わねえことは力でねじ伏せようとしやがる」
「はあ…それは身をもって知ってます…」
「いまさらだな」


その忠告に私はこれまで経験した数々の暴力紛いの制裁を思い出して苦笑してしまい、邪見はげんなりするよう目を伏せがちにしてしまう。刀々斎さんも経験があるから忠告してくれたのだと思うけど、それは殺生丸さまと旅を始める前に教えてくれないと意味がないと思う…。

なんてことを考えてしまっていると、もう一度隠れるように殺生丸さまの様子を窺った刀々斎さんがまたもにやりと口角を上げて、先ほどよりも一層私の耳へ顔を近付けてきた。


「さっき話しそびれた昔話だが…殺生丸の奴、いまではあんなだけどよ、昔はもう子犬みてえに可愛い…」


そう語り始める刀々斎さんの言葉を遮るように突如ぬっ、と現れた影に跳ねあがる。その直後、私に届かない程度の目の前で勢いよく殺生丸さまの爪が振るわれ、間一髪といったところで刀々斎さんと邪見が一緒に飛び退いた。それを、殺生丸さまは冷酷な目で見据える。


「分からぬ奴だな刀々斎」
「わ、悪かったって。ちょっとした悪ふざけだろ? ほら、今度こそもうしねーから」
「信用ならん。その口引き裂いて話せぬようにしてやる」


突然のことに私が驚いている短い間でそんなやりとりをするなり、殺生丸さまは刀々斎さんへ向かって容赦ない爪を振るった。けれど刀々斎さんはお年寄りとは思えない身軽さでそれをかわして、巻き添えを食ってしまったらしい邪見もばたばたとそれをかわしながら、二人は慌てたように同じ方角へ駆け出した。

その先――遠くに見えたのは、用事を済ませて戻ってきたらしい犬夜叉くんと七宝くんの姿。刀々斎さんはその二人を見つけた途端すぐさま助けを求めようとしたのだけど、逃げる刀々斎さんと邪見とそれを追う殺生丸さまを見た二人は瞬時に“やばい”と悟ったらしく、「おめーらなにしたんだっ」「こっちに来るなーっ」という悲鳴に近い声を上げながら二重の鬼ごっこを始めてしまっていた。
ちなみに邪見からは「お許しください殺生丸さまーっ」という声が上がっているけれど、彼は特に狙われていないと思う…。

そんな状況に苦笑を浮かべながら、さすがに止めた方がよかったかな…なんて考えたその時、ふと私の視界の端で、なにか不思議なものを捉えたような気がした。


(? なにあれ…)


釣られるように視線を向けた先には、木々の隙間を縫うように飛ぶ白くて細長いもの。虫のような見た目をしたそれは人魂にも見える淡い光の玉を抱えながら、シュルシュルと森の奥の方へと向かっていた。
どこか綺麗で、儚いその生き物。きっと妖怪なのだろうけど、邪気のような悪い気配は特に感じ取れなくて。私はそれを目で追うまま、気が付けば足さえそのあとを辿るように追い始めていた。




――しばらくその姿を追い続け、辺りもずいぶん薄暗くなってくる。天を仰げば葉っぱの向こうに光は見えるけれど、ずいぶんと生い茂った緑でそれが遮られているらしい。あの妖怪は一体どこまで行くんだろう…と再び視線を下ろすと、目の前の光景に思わずぎょっとしてしまった。


「えっい、いない!?」


つい声に出してしまうほど驚きながら辺りを見回す。私がちょっと頭上を見た、本当にちょっとの間。その間に追っていたはずの白く細長い妖怪が目の前からこつぜんと姿を消してしまっていた。
どこを見てもその姿は見つからない。耳を澄ませても木々のざわめきや鳥のさえずりくらいしか聞こえなくて手掛かりもなさそう。そして、後ろを見ても……帰り道が分からない。

おやおや? これは迷子では? もはや何度目かも分からない迷子では???
どうなってるんだ一体。なんで私は森に入ると必ず迷うんだ。そんなスキルでも持ってるのか? そんなスキル誰が欲しがるんだ、いらないよばかやろう。

何度か経験した状況に思わずそんな思いが次々と芽生えてきて呆れてしまう。いや、呆れすら通り越して“無”かもしれない。そんなことを思ってしまうほど学習しない自分に自責の念すら抱きかけた頃、背後でサク…と微かな音を鳴らされた。


「こんなところでなにをしている」


振り返る寸前に向けられた声にビク、と肩を揺らす。それは凛とした女の人の声だった。声の主を確かめようと恐る恐る振り返ってみれば、そこには声と同じく芯のある、それでいて儚げな雰囲気の巫女がいた。
その姿に抱いた既視感。それに、私は思わず呆然とするよう目を丸くしていた。


(この人…かごめちゃんに似てる…?)


雰囲気こそ違えど、顔立ちはすぐに彼女を思い出すくらいそっくりだ。かごめちゃんのご先祖さま? と思ってしまった時、ふと、脳裏に彼女と初めて戦国時代で会った日のことを思い出した。彼女が戦国時代にきてからの話の中に、簡潔ながら“桔梗という巫女の生まれ変わりだ”という話があった気がする。
じゃあもしかして、この人がその“桔梗さん”…?

数少ない手がかりからそんな予想をしていると、その件の巫女さんが少し訝しげな顔をしながら新たに問いかけてきた。


「その奇妙な着物…お前、かごめの知人かなにかか」
「えっ、う、うん。私は志紀っていって、かごめちゃんとは友達なんだけど…あの、もしかしてあなたが、桔梗さん…?」
「…そうだ」


素直に尋ねてみれば、ほんの一瞬だけ“なぜ名前を知っているのか”という訝しみを微かに覗かせながら頷いてくれる。たぶんかごめちゃんから聞いたということはもう悟っているのだろう、彼女は特に言及することもなくもう一度「ここでなにをしている?」という問いを投げ直してきた。
それにはっとすると、私は少し申し訳なさを覚えるように「その…」と歯切れの悪い声を漏らす。


「実は、変な妖怪を追いかけてたら迷っちゃって…楓さんって人の村に帰りたいんだけど、道とか知らないかな…?」
「……」


自分で言っていてあまりの子供っぽさに少し恥ずかしくなる。けれど桔梗さんはなにも言わないまま、黙り込んで私を見つめていた。
も、もしかして軽く引かれたかな…。なんて心配をよぎらせた時、桔梗さんがどこか呆れた様子で目を伏せて言い出した。


「知っているが…お前を一人で行かせるのは少々危なっかしい。近くまで送ってやるから、私についてこい」
「えっい、いいの?」
「ああ。それほど遠くないからな」


言いながら桔梗さんは先に踵を返して歩き出してしまう。まさか送ってもらえることになるとは思わなかったけど、薄暗い森の中を一人で歩くよりは全然いい。というか、むしろありがたいくらいだ。そう思って「わざわざごめんね。ありがとう」とお礼を言えば、「気にするな」と端的に返ってきた。

…なんだか、悪い人じゃないみたい。こんな森の奥に一人でいたから少し身構えてしまったけど、全然怖いとか、怪しい感じはしない気がする。見た目もかごめちゃんに似ているし、冷静で私を気遣ってくれるところなんかは殺生丸さまに似てるものがあるようにも思えるし…。
なんてことを考えながら歩いていた私は、その綺麗な横顔を見つめながら他愛のない会話を持ちかけようとした。


「桔梗さんはこんなところでなにしてたの? もしかして、私と同じ妖怪を追ってきたとか?」
「……桔梗でいい。…私はただ…体を休めていただけだ」


そう返してくれる彼女の言葉は、どこか濁されているように感じられる。もしかしてあんまり聞かれたくないことなのかもしれない…そう思った私はなにか別の話題に変えようと考えた――その時、込み上げてくる気持ち悪さに顔をしかめる。まただ、そう思った私はそのまま足を止め、傍の木へ寄りかかるように手を突いた。


「ごめん、ちょっと…」


小さく口を開くようにして微かな声で言っては、その場でしゃがみ込むようにうずくまる。すると桔梗がそんな私の様子に気付いたようで、こちらに歩み寄りながらそっと背中に手を添えてくれた。


「どうした。気分でも悪いのか」
「ん…ごめん…実はいま、妊娠、してて…たまに、気持ち悪く…なっちゃうんだ…」


いわゆるつわりだ。私はきっと軽い方だろうからそれほどひどい症状が出ることはないのだけど、それでも時折こうして吐き気に見舞われてしまう。しばらく安静にしていれば治まるから、と桔梗に伝えて木にもたれ掛かっていれば、彼女は優しく私の背中をさすってくれた。
その手が温かくて、心地よくて…彼女に言われるまま大きくゆっくりと深呼吸を繰り返していれば、次第にそれも落ち着きを取り戻してきたようだった。


「ありがとう桔梗…だいぶ落ち着いたみたい…」
「そうか。だが、もう少し安静にしておいた方がいい」


桔梗は私の背中をさすってくれるままそう言い、隣へそっと腰を下ろした。私に付き合わせてしまって申し訳なかったけど、その優しさが嬉しくて。もう一度「ありがとう」と口にした私は力を抜くようにその場へ深く座り込んだ。

すると私の様子を見据えていた桔梗がわずかに視線を落として、私のお腹の辺りを見つめながら問いかけてくる。


「お前の相手は…こちらの時代の人間なのか?」
「ああ…えっと…人間、ではないんだけどね…色々あって、本当なら手が届かないような、すごい妖怪の方と結ばれたんだ」


初対面の人にこんなことを話してもいいのか、と悩みながらもそう答えてみる。未だ夢のようだと思ってしまうことばかりだけど、それが私の現実だから。事実だから、正直に話してもいいだろうと思ったのだ。

けれど、そこに聞こえたのは「妖怪…」と少しトーンが落ちた声。それにはっとするよう思い出したけれど、桔梗は巫女だ。妖怪と人間が結ばれるなんて快く思わないかもしれない。そう感じては咄嗟に彼女の顔色を窺ってしまったのだけど、どうしてか彼女は少し悲しげな、切なく儚い表情をその顔に浮かべていた。


「桔梗…?」


想定外の表情に驚くまま思わず名前を呼びかければ、は…と顔を上げた桔梗がこちらを向く。そしてすぐに「なんでもない。気にするな」と言って顔を背けられた。

…いくら鈍い私でも、その様子には感付くものがある。ただデリケートな問題でもあるだろうから、様子を窺うように、そっと問いかけてみた。


「違ったらごめんね…もしかして桔梗も妖怪に、好きな人がいるの…?」
「…かごめから、なにも聞いていないのか」
「え? う、うん…かごめちゃんとは違うところで旅をしてたから…」


どこか驚いた様子を見せる桔梗の言葉に戸惑いながらそう返せば、彼女は「そうか…」と小さく呟いた。こう言ってしまうってことは、かごめちゃんはなにか知ってるのかな…? それどころか、なにか関わってるとか? 分からないけど、なんだか好奇心だけで踏み込んではいけない気がして、話を切り上げるべくそっと謝った。


「ごめんね、無遠慮に聞いちゃって…」
「いや、いいんだ。私の方こそ、話を暗くしてすまなかったな」
「ううん…」


申し訳なさそうに小さく笑む桔梗の姿に少しばかり胸が痛む。どんな事情があるのかは分からないけど、悲しげな顔をしたくらいだ、思うようにならない苦しさを抱えているのだと思う。それを悟ると、その思いを呼び起こしてしまったことへの罪悪感が芽生えて、せめてなにか、彼女が少しでも喜んでくれるようなことをしてあげたくなった。

だけど私は桔梗と出会ったばかりで、彼女のことなんてまだなにもしらない。そのことにもどかしさを覚えながら、なにかいいきっかけはないかとポケットへ手を入れてみれば、そこに触れた感触にはっとした。


「あの…桔梗。お詫びになるか分からないけど…これ、あげる」


言いながら取り出した小さな包みを桔梗へ差し出す。桔梗はそれを受け取ってくれると、包みを開いて中のものを取り出した。


「これは…?」
「現代のものでね、リボンっていうんだ。なにに使ってもいいんだけど、髪留めとして使う人が多いかな」


そう、桔梗に渡したものはレース生地の白いリボン。本当は子供にと思っていたんだけど、まだ性別も分からないし気が早すぎたかなと持て余していたのだ。それに、桔梗の黒い髪にはとても似合いそうだったから、私の元で日の目を見ないより、彼女に使ってほしいと思った。


「巫女をしてたらあんまり着ける機会がないかもしれないけど…たまにはいいんじゃないかな。こういう女の子らしいのも」


なんて言いながら小さく笑いかける。
…とはいえ、少し押しつけがましかったかな。そう思ってはなんだか悪い気がして「いらなかったらいいんだけどねっ」と慌てて補足しておいた。けれど、桔梗は手のひらに乗せたそれをじっと見つめたまま。この反応は一体どっちなんだろう…と少しどきどきしてしまうと、ようやく桔梗がこちらへ顔を上げてきた。


「ありがとう、志紀」


向けられる、優しい微笑み。それはいままで感じていた凛とした巫女としての彼女ではなく、年相応の、女の子の顔をした桔梗だった。
まるで目を奪われるような思いでそれを見つめたまま小さく相槌を返すと、再びリボンへ視線を落とした彼女はそれを私に向けながら言う。


「志紀。これで、髪を結ってくれないか」
「え、わ…私が?」
「ああ。元結と替える程度でいい」


頼めるか? そう問うてくるような素直な瞳に少し驚くような思いを抱えながらも、「上手くできるか分からないよ?」と笑い掛けてリボンを受け取った。そうして彼女の言う通り、すでに髪を留めている元結を外して代わりにリボンを結ぶ。すると思った通り、彼女の漆黒の髪に優しい白いレースのリボンが映えていてとても可愛らしく綺麗だった。


「よかった、すごく似合ってる。鏡があればよかったんだけど…」
「問題ない。あとで見ておくさ」


言いながらふ、と笑うその顔は柔らかくて、釣られるように嬉しくなった私もまた同じく笑みを浮かべる。

そんな時、小さな足音がこちらへ近付いてくるのが分かった。途端に桔梗が鋭く目を細めたのと同時に、同じ方角を見やった私は「あ…」と声を漏らす。すると木々の暗闇の向こうから、私が思った通りの人が歩いてきた。


「殺生丸さま!」


白銀の髪を穏やかに揺らしながらこちらへ歩み寄ってくるその姿に思わず声を上げる。すると桔梗が立ち上がって、私を支えるように立ち上がらせてくれた。
殺生丸さまはその様子にわずかながら眉をひそめる。


「また調子を悪くしたか。このような場所で…」
「すみません…見慣れない妖怪を見つけたら気になっちゃって、つい一人で出歩いてしまいました…でも桔梗と出会えたので、無事に戻ってこられました。体調ももう大丈夫です」
「……」


私がそう説明しながらもう平気な様子を見せるけど、殺生丸さまは黙り込んだままじっと桔梗を見据える。なんだか怪しむような、疑うようなそんな目で。たぶん初対面だと思うのだけど、だからこそ私が証明しなければと考えて「桔梗に助けてもらわなければ迷ったままでした」と再び伝えれば、殺生丸さまは呆れた様子で深く目を伏せてしまった。


「お前が無事ならば良い。…世話になった」
「いえ…」


殺生丸さまが短く言えば桔梗も同様に返す。それを最後に殺生丸さまが「戻るぞ」と言って手を差し伸べてくれたのだけど、私はそれに少しだけ待ってくださいと返して、桔梗へと向き直った。


「殺生丸さまが来てくださったから戻るね。今日はありがとう」
「ああ。…あの者が、志紀の言っていた妖怪か」
「うん。妖怪だけど、すごく優しい方だよ」
「そうか…志紀が言うのなら違いない。…幸せになれ」


そう口にする彼女の瞳の奥に、微かな寂しさが垣間見える。それに先ほど話をした時の彼女の悲しげな表情を思い出してしまうと、私は桔梗の体をぎゅ…と抱きしめていた。


「志紀…?」
「助けてくれて…話まで聞いてくれて、本当にありがとう。また…いつか会えるかな」
「……ああ。いつかな」


そっと添えるように背中へ手を回される。やがてそれを解くように離れると、小さく手を上げ合った彼女は静かに森の闇の中へと消えていった。

その後ろ姿が見えなくなるまで見届けた私に、同じく彼女が消えた先を見つめる殺生丸さまが呟くように言う。


「…初めて会ったというには、ずいぶんと仲が良いようだな」
「話しているうちに打ち解けたんです。彼女も…色々あるみたいですし…」


力強ささえ感じる巫女としての姿、なにかに思いを馳せる儚げな姿、隠されていた年相応の女の子としての姿――様々な姿を思い出しては、彼女がこれまで自分の意志で、思い描いた通りの人生を歩むことができていないのではないかと感じさせられる。だからこそ彼女を放っておけなくて、気になって…しばらく彼女が消えた森の奥を見つめていた。

――けれど、突然体を持ち上げられる浮遊感に襲われて思わず「うわっ!?」と大きな声を上げた。


「いつまでも浸っているな。また調子を悪くする前に戻るぞ」


どうやら殺生丸さまが私を強引に抱えたようで、そう言いつけてくる彼の顔が私の顔のすぐ傍にきていた。
だ…抱き上げてくれるのはありがたいし嬉しい…けど、急にされるのは本当にびっくりするから一言言って欲しい…と思ったその時、歩き出す殺生丸さまがなんだかいつも以上にぎゅう、と強く抱き寄せてくれている気がした。まるで、私を離すつもりがないかのように。


「せ、殺生丸さま…? なんか…ちょっとだけ、力が強くないですか?」
「こうでもしなければ、お前はまた一人でどこかへ行くだろう」
「ゔ。さ、さすがにもう大丈夫ですよ。今回はちょっと間が悪かっただけなので…」
「信用ならんな」


ごにょごにょと言い訳がましい説明をするも殺生丸さまはそんな私の言葉を一言でばっさり切り捨ててしまう。おかしいな…私ってこんなに信用なかったっけ。と思ってしまいそうになるけど、過去の私の行動を思い返してみればそれもそうだと納得せざるを得ない気もする。不思議だ…。

なんて思っていると、殺生丸さまがふとなにかを思いついたかのように「戻ったら…」と口にした。


「私の下を離れぬよう、手綱でも繋げておくか」
「待ってくださいそれだけはいやですやめてくださいお願いします」


とんでもないことをさらっと言ってしまう彼にすぐさま頭を下げて全力で懇願する。冗談なのだろうけど、この人なら本当にやり兼ねないところが恐ろしい。もしそんなことになったら、“幸せになれ”と微笑んでくれた桔梗に合わせる顔がない。

次に桔梗と会って話をしても恥ずかしくないように、もう少し自分の行動を改めよう…思わずそう誓った私であった。



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若干嫉妬気味の殺生丸さまなのでした。
今回もまたリクエストいただいたお話でした。しかも今回とても詳細にリクエストしてくださっていて、もはや私が考えたところはほとんどありません! 一割もあるかどうかです。笑
それくらいすごく考えてくださっているのが伝わってとても嬉しかったです。いっそ私の代わりに書いてくださってもいいんですよ…私が読みたいので…! 笑

ただ私の解釈というか構成に落とし込むためにかなり再編したところはあるので、もしご希望通りになっていなかったらすみません…。私の書き方が悪くて強引に見えるところがあるかもしれませんが、なるべくリクエスト通りになるよう努力はいたしました…! まともに読めるものになっていればと願います…。

ちょっと桔梗と打ち解けるのが早すぎる気もしますが、短編なのでそこはご愛嬌ということで…。どこか放っておけないと思わせるヒロインと面倒見のいい桔梗なので、きっと相性が良かったのだと思います。そうに違いない。うん、きっとそうだ。(強引)

リクエストいただいてから公開に至るまでとてもお時間をいただいてしまってすみませんでした。少しでもお楽しみいただけていたなら幸いでございます…!
それでは改めて、このたびはリクエストをいただきありがとうございました!




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