移ろいは小さく、確かに



かごめちゃんが現代と戦国時代を行き来しているという井戸を試すことになった私は、一度かごめちゃんの知り合いの楓さんの村に寄り、かごめちゃんと犬夜叉くん、私と殺生丸さまの四人で改めて井戸へ向かうことになった。
村の外れ、井戸があるという森の中をかごめちゃんたちに案内される。本当にこんなところに井戸なんてあるんだろうか、と思ってしまうほど鬱蒼とした茂みを歩いて行けば、やがて開けた空間とその中央に鎮座する四角いものが見えた。それはずいぶんと古ぼけた木製のもの。あれが件の井戸なのだと、初めて見る私でもすぐに把握することができた。


「いかにも井戸って感じだね…かごめちゃんはいつもこれで時代を越えてるの?」
「そうよ。ここと現代の枯れ井戸が繋がってるから、いつでも自由に行き来できるの」


井戸まで歩み寄ればかごめちゃんが中を指差しながら教えてくれる。なるほど、と頷きながらなんとなく中を覗き込んでみれば、薄暗い闇の中に見える底が思っていたよりもずっと遠くに感じられた。
井戸なんだから深くて当たり前。そんなことは当然分かっていた。当然ね。分かっていた、はず、なんだけど…

…ちょっと深すぎない?


「えっと…これ、もし通れなかったら…?」
「そのまま井戸の底に着地するだけよ」


七宝ちゃんがそうだったから。そう続けられる言葉に、私はつい黙り込んでしまいながらごくり、と息を飲んだ。

確かにかごめちゃんは問題なく通れるのだからそう言ってのけてしまうのも仕方ないのかもしれない。けど…そんな簡単に言ってしまっていい高さじゃないと思いますよ、これ。もし通れなかったら絶対足にビキッとくるやつじゃないですか。いや、私なら足を挫きかねないし、最悪折る。心も折れる。
なんて考えてしまったらそんな予感しかしなくなって。もはや絶望さえ感じ始めた私は、ただ表情を硬くしながら呆然と井戸の底を見つめることしかできなくなっていた。

するとそんな私の様子に気付いたのか、かごめちゃんが「まあ…初めてだと身構えちゃうのも無理はないわね…」と苦笑を向けてくる。かと思えばなにやら少し思案するような仕草を見せて、次には顔を上げると同時に私へ向かって人差し指を立ててきた。


「志紀ちゃんは殺生丸に抱えてもらって飛び込めばいいのよ! それならもし通れなくても衝撃は少ないと思うし、二人同時に井戸を試せるからちょうどいいでしょ?」
「…え?」


名案だとばかりに向けられた思わぬ策につい目を点にしてしまう。

えーっと…なに? 私が殺生丸さまに抱えられる…? それも、かごめちゃんと犬夜叉くんの目の前で? 二人の前で、密着しろと?
言われたことを何度も反芻するように頭の中でシミュレートしてみる。けれど、どう考えたって間違いなく羞恥プレイだ。気まずいことこの上ない。そう思ってすぐに却下しようとしたものの、それは「ああ、安心して」というかごめちゃんの声に止められた。


「あたしたちが先に行って、向こうで待ってるから」


それなら恥ずかしくないでしょ、と続けられる言葉にぐっと口をつぐんでしまう。読まれた…完全に心を読まれた。それはそれで恥ずかしかったけど、二人が見てる前で抱えられるよりはまだマシだと、そう思うことにしようと思う。

それなら…と私が承諾すると、かごめちゃんは井戸へ足を掛けながら「しばらくして来なかったら戻ってくるわね」と言って、犬夜叉くんと一緒になんとも呆気なく井戸の中へ飛び込んでしまった。そのあとを覗き込んでみれば、二人は不思議な光に包まれるように姿を消す。なんだかよく分からないけど、二人はこれで現代へ行った…ということでいいんだろうか。
なんとも実感の湧かない光景に呆然と井戸の中を覗き続けてしまう。けれど、不意に殺生丸さまが隣へ並んできたことに気が付いては、その姿を見上げるように振り返った。


「行くか」


短く、問うように言う殺生丸さまが私を見つめてくる。殺生丸さまもかごめちゃんの提案には文句がないようで、いつでも私を抱えられるようにと体をこちらへ向けてくれていた。
行くか、と聞いておきながら答えは分かっているんじゃないですか。そう思ってしまいながら「はい」と頷けば、殺生丸さまはほんの小さく笑みをくれた。

殺生丸さまの目線が私と同じくらいまで下がる。それと同時にあてがわれた腕に掬われるよう、私の身体はあっさりと殺生丸さまの腕の中に納まった。
抱えられる恥ずかしさと、これから井戸に飛び込むことへの緊張が一気に湧き上がる。それに身を硬くするまま息を飲んでしまうと、殺生丸さまは足を踏み出すことなくこちらへ顔を向けて私の名前を呼ばれた。


「志紀。私の首に腕を回せ」


唐突に、けれどさも当然のようにそんな指示を出される。あまりに予想外の言葉で不意を突かれた私は思わず「えっ…!?」と声を上げるほど目を丸くしてしまい、慌てるままに両手を左右へぶんぶん振るってみせた。


「い、いやっ、さすがにそれは申し訳ないですっ。ちゃんと掴まっていますから大丈夫で…」
「駄目だ。お前にもしものことがあればどうする」


端的に、けれどどこか厳しさを孕んだ声で私の言葉を遮るようはっきりと言い切られる。金の瞳が真っ直ぐに、言い聞かせるように見つめてくる。

…ああ、これだ。平気でそういうことを言ってしまう、この人の本当にずるいところ。羞恥心から断ろうとしていた私が情けなく感じてくるほど誠実で…絶対に勝てっこないと、いつも思い知らされる。
もちろん今回も言い返せるはずがなく、謎の敗北感に苛まれる私は観念するように小さく返事をした。そして恥ずかしさを押し殺すように殺生丸さまの首に腕を回して、より体を密着させる。
それを確かめた殺生丸さまはようやくその足を踏み出して、ゆっくりと井戸の縁に立った。

陰鬱とした暗さを湛える井戸の中。そこを静かに見つめていた瞳が、やがて再びこちらへと向けられた。


「行くぞ」
「は、はい」


殺生丸さまの声に小さく頷き返せば、ぎゅ…と一層抱き寄せられる。そうして殺生丸さまが井戸の縁を軽く蹴ると、視界はあっという間に薄暗く冷たい石畳に囲まれた。
途端に闇が深まり、底が近付く。もしこのまま通ることができなかったら…そんな思いがよぎって少し強く目を瞑った――直後、瞼の向こうに眩しい光が広がった気がした。


「…わっ…」


ゆっくりと開いた視界、そこに広がる不思議な光景に思わず呆然とするよう目を丸くする。
いつしか私たちを囲んでいたはずの井戸は消え去り、周囲は壁も床も天井もない広大な光の空間。かごめちゃんと犬夜叉くんを包み込んだあの不思議な光が視界いっぱいに広がっていて、私たちは空を飛んでいるかのような形容しがたい感覚に包まれていた。

とても神秘的で、不思議な光景。同等の感覚。それに目も心も奪われるよう感銘を受けるのも束の間、ふと重力を取り戻すようにゆっくりと下っていく感覚を抱くと、辺りの光が次第にその姿を薄め始めた。それに続くように伝わる、トン、という軽い感触。殺生丸さまの足が地面に触れたのだと悟れば、いつしか溶けるように消え去った光の代わりに、先ほどよりもずいぶんと暗く湿った井戸が私たちを囲んでいることに気が付いた。


「…これは…通れた、ってこと…でしょうか…」
「そのようだな」


私の戸惑いにはっきりと言い返す殺生丸さまが天を仰ぐのに釣られて私も同様に顔を上げてみる。するとそこにはこちらを覗き込むかごめちゃんと犬夜叉くんの姿があって、「成功ねっ」と声を上げるかごめちゃんが手を振りながら笑い掛けてくれていた。確かに彼女たちの向こう、空が見えるはずの場所には見慣れない天井のような景色が広がっている。
…ということは、ここがきっとかごめちゃんの家の神社にある祠なのだろう。

それを把握すると同時、軽々と跳び上がった殺生丸さまのおかげで私たちははしごを使うまでもなく井戸を抜け出した。そしてようやく私も地面へ足を着き、なんだか時代を越えたという実感もないまま、確かめるように井戸の中を覗き込んでしまう。


「なんか、すごい体験だったね…いつもあんな感じなの?」
「そうよ。初めてだとびっくりするでしょ」


そう言いながらかごめちゃんは少しだけ眉を下げながら笑う。それに同意するよう私も小さく笑い返したのだけど、「それにしても…」と切り替えるように言い出したかごめちゃんの視線が、ふと柔らかさを帯びて細められた。


「少し不安だったけど…志紀ちゃんが通れることが分かってよかったわ。もしまた帰ってきたくなったら、いつでもこの井戸を使ってね」


優しい微笑みを浮かべながらそう続ける彼女の視線。それはなんとなく、私の首元へ向けられているようだった。

…もしかしたらかごめちゃんは、私がネックレスの力を使えなくなった時のことを思ってこんな提案をしてくれたのかもしれない。生まれ育った本来の時代と、決別しなくてもいいように…と。彼女の気遣うような優しい言葉とその視線でようやくそれに気付くことができた気がしては、彼女の微笑みに釣られるよう私も柔らかく表情を綻ばせていた。

――そんな時ふと気が付いた、かごめちゃんの隣に立つ彼の様子。穏やかな気持ちの私とは対照的に、犬夜叉くんだけはなんだかバツが悪そうな、とても複雑そうな表情を浮かべている。


「…ってことは、この先殺生丸と鉢合わせる時があるかもしれねーってことかよ…」
「まあ、そうなるわね」
「……」


かごめちゃんのあっさりとした返答に犬夜叉くんがものすごく嫌そうな顔をする。かと思えば、彼はそれを殺生丸さまの方へ向けてしまった。


「おい殺生丸。てめー、もし顔合わせてもいちいちちょっかいかけてくんじゃねーぞ」
「ふん。どの口が言っている」


不満そうな表情で釘をさす犬夜叉くんに、殺生丸さまはどこか呆れた様子を含みながらさらっと言い返す。

あれから少しは仲良くなってくれたかと思ってたんだけど、やっぱりそう簡単に上手くいってはくれないらしい。睨むような視線をぶつける犬夜叉くんと、それをあしらうように顔を背けながらも横目で彼を見る殺生丸さまとの間に見えるはずのない火花がバチバチと散っている。

今まで不仲だったのだからこればっかりは仕方がないとは思う。けれど全然進展する様子のない二人につい苦笑を浮かべてしまっては、私とかごめちゃんの二人でそれぞれを宥めるように引き離し、そのまま私たちはようやくといった頃合いで祠をあとにした。



* * *




ややあって、本来の目的である買い出しに行動を移した私たちはショッピングモールへと出向き、かごめちゃんに先導されるがまま日用品コーナー、それもベビー用品売り場を見にきていた。これからの私に必要なものを見ようということらしいのだけど…なんだか当事者である私よりも、付き添いのかごめちゃんの方がずっとずっと張り切っているように見える。


「志紀ちゃんこれはどう? こっちは? あ、これもいいんじゃない?」


かごめちゃんはベビー服やよだれかけ、哺乳瓶などと目に付いたものを片っ端から手にしては私の方へと差し出してくる。あまりに目まぐるしくあれこれと見繕ってくれるものだから、もはや言葉を挟む隙もなくて私は買い物かご状態。
それだけ自分のことのように喜んでくれているのが分かってとてもありがたかったのだけど…さすがにこのままでは本当に買わされかねない。そう思った私はすぐさま「ご、ごめんかごめちゃん」と彼女を止めるように声を上げた。


「実は私、なるべく向こうの環境に合わせようと思ってて…元々多くは買わないつもりだったんだ。色々選んでくれようとしてるのに、ごめんね」


私がこの子を産むと決めた時に同じく決意したこと。それを謝罪と一緒にかごめちゃんへ伝えれば、彼女はきょとんとした顔を見せてきた。


「え、そうなの? でも…向こうに合わせてたら大変じゃない?」
「うん、私もそう思う。けど…この子が生きていくのは向こうの世界だし、あんまり他と違うのも…可哀想かなって」


視線を落とし、膨らみもないお腹を小さく触りながらこぼす。
これからそこで生きていく以上、不便でもその時代に合わせるのが最もだと思うし、第一、私が現代へ帰ることができるのもいつまで続くか分からない。だからこそ私が向こうの生活に慣れて、子供も同じ環境で育ってほしいと思った。それを伝えるようにかごめちゃんへ視線を上げれば、少しばかり驚いたようにこちらを見ていた彼女はやがて「それもそうね」と微笑みをくれる。


「じゃあこの辺はやめて…タオルくらいにしておく?」
「うん。ありがとう」


持っていたベビー服なんかを戻して柔らかいタオルを渡してくれるかごめちゃんに笑い掛ける。
本当に優しい子だ。こんな子と友達になれて、気に掛けてもらえて、私は本当に恵まれているなと少し涙を浮かべてしまいそうになった。

おかしいな、この歳でもう涙もろくなっちゃったか。なんて思いながらぐっと堪えていると突然、


「おい志紀」


と犬夜叉くんに呼び掛けられた。犬夜叉くんに名前を呼ばれることなんてあまりないから、なんだか不思議な感じだ。ついそう感じてしまいながら振り返れば、彼はなんだか真剣な、けれどどこか不慣れで落ち着かないといったぎこちない様子を見せていた。
なんだか改まったようにも見えるその姿に首を傾げてしまったのだけど、「どうかしたの?」と尋ねた私に犬夜叉くんは目を泳がせながら、未だ躊躇いの残る動きでゆっくりとその口を開いた。


「その、なんつーか…は、腹ん中のそいつ。半妖…だろ。もしなんかあったら…あれだ。おれに分かることなら、教えてやる」


頬を赤くしながら顔を背けて、目だけをこちらへ向けたままそう言ってくれる。けれど、その目もすぐに逃げるよう逸らされてしまった。

私はそれを見つめたまま、ただ呆然と立ち尽くしていた。まさか突然犬夜叉くんがそんな優しい…私たちの子供を気に掛けてくれるような言葉を向けてくるとは思ってもみなかったから。だから状況が飲み込めなくて、耳を疑うように立ち尽くすことしかできなかった。

そんな私を怪訝に思ったのか、視線を寄越した犬夜叉くんが「き、聞いてんのかよ」とぼやくように呟いて、ようやくはっと我に返った。途端に少し慌ててしまった私はえっと…と小さく声を漏らして狼狽える。けれど、抱えていたタオルをぎゅっと抱きしめながら、犬夜叉くんへ視線を向け直した。


「あ…ありがとう、犬夜叉くん。頼りにしてるね」


なんだかこっちまで照れてしまいながらぎこちなくお礼を言う。すると横目にこちらを見ていた犬夜叉くんは一層照れくさそうに顔を背けて、「…おう」とだけ小さく呟きを返してくれた。

…言葉遣いこそ粗暴だけど、犬夜叉くんも本当はすごく優しいんだよね。それを実感しては頬が緩むような感じがして、私は一人で締まりのない顔を見せてしまっていた。するとそれが余計に犬夜叉くんの照れくささを煽ったのか、彼は突然大袈裟に腕を組むと空気を切り替えるように大きな声を上げてきた。


「ま…まーあれだっ、どっかのご立派な妖怪さまより、おれの方が分かることも多いだろうからなっ。いつでもこのおれが相談に乗ってやらあっ」


そう言って犬夜叉くんはわざとらしく自分を主張しながら挑戦的に殺生丸さまを見やる。
…うん、気持ちを切り替えたいくらい恥ずかしかったのは分かる、分かるよ犬夜叉くん。でも、だからといってなんで殺生丸さま相手にマウントをとってしまうのかな。別にそんな喧嘩売るようなことしなくたって…ああほら、殺生丸さまの眉間にしわ寄っちゃってるじゃん…!

私がそれに気付いてあたふたすると同時、殺生丸さまは呆れたようにフ…とため息をひとつこぼして。普段通りの表情を見せると、冷静に細めた目で犬夜叉くんを見やった。


「貴様の手を借りるほど志紀は無力でない。貴様はまず己の世話をまともにしたらどうだ」


つまらなそうに、吐き捨てるように口にされる言葉。それに私はついぽかんとしてしまったのだけど、それを向けられた当の犬夜叉くんにはやっぱり気に食わなかったようで、「どういう意味だてめーっ」といまにも殴り掛からんばかりの勢いで食ってかかっていた。

そりゃあんな言い方されたら怒るよね…ついそう感じてしまう光景に乾いた笑みを小さく浮かべてしまった私は、さっさと一人で歩き出してしまう殺生丸さまを慌てて追いかける。その拍子に“あんな言い方はダメですよ”と注意しようとした、そんな時だった。


「志紀。お前の好きにするがいい」


私が口を開くよりも先に向けられる声。突然のことに言葉の意味もよく理解できなくて、思わずえ、と声にならない声が漏れそうになった。そんな戸惑いのまま殺生丸さまの横顔を見上げていれば、彼は歩みを止めることなく、それでいてこちらに振り返ることもなく、


「頼りたいと思った時は、頼ってやれ」


と、小さな声で私に囁いた。それは、犬夜叉くんたちには届かないくらい小さな声。わざとひそめられただろうその声を聞いて、私は確信を得るような気持ちを抱いた。

殺生丸さま…あんな言い方をしていたけど、ちゃんと犬夜叉くんの厚意を認めてくれているんだ。ただ、素直になれない人だから、本人にはそれが伝えられないんだと思う。それを思うと、その不器用さに沸々と愛しさがこみ上げてくるような気がして。
「分かりました」と声を返した私は、つい緩んでしまう表情をそのままに殺生丸さまへ緩やかな微笑みを向けていた。


――そうしてしばらく買い出しを続けていた私たちはようやくといった頃合いで区切りをつけ、たくさんの荷物を抱えながら戦国時代への帰路を辿ったのだった。



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『ご報告です』の続き、井戸へのチャレンジとお買い物編でした。
書きたいものを詰め込んでいたら長くなったうえにまとまりがない感じになってしまったような気がするのですが、まぁいつものことということで大目に見てやってください…すみません…。

なんにせよ、今回一番書きたかったのは犬夜叉くんの心境の変化なのです。きっと彼なら認めてくれる、受け入れてくれるだろうなと思って形にしたかったのです。
すでに子供たちと彼の絡みも思いついていたりするので、それもまたいつか書きたいなぁと思います。

…さて。色々と長くなってしまいましたが、今回リクエストしてくださった方、そして番外編を楽しみにお待ちくださった方々、ありがとうございました!
また別のお話も書いて行きたいと思いますので、これからもお付き合いいただけると嬉しいです。

そして、前回やむを得ずカットしてしまったリクエストの一部、『七宝、邪見、りんに忍者食をあげる』をおまけとして最後に書いております。
邪見は子供扱いしてごめん。いつものことだけどいつにも増して子供扱いしちゃった。ごめんね。

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――そうして現代の井戸からも難なく時代を越えて、私たちはようやく楓さんの家へと戻ってきた。以前にも経験しているからか、りんちゃんも邪見も特に問題なく過ごせていたらしい。それが分かる姿に安心していると、かごめちゃんが七宝くんに「はい、おみやげ」と言って飴を渡しているのが見えた。
そうだ、私も二人に色々買ってきたこと、危うく忘れるところだった。


「はいりんちゃん。邪見にはこれ」
「わあっ、ありがとう志紀お姉ちゃんっ」
「ん〜? わしのこれは一体なんなのだ」


りんちゃんには飴を、邪見にはカップ麺を渡してみたら予想通り邪見に訝しげな顔をされた。ちなみに、カップ麺のチョイスは犬夜叉くんだ。なぜか猛プッシュしてくるから言う通りにしたんだけど、果たして邪見がカップ麺なんて食べるんだろうか。
なんて思っていると、振り返ってきた七宝くんが不思議そうな声を上げてきた。


「なんじゃ邪見。お前、かごめの時代の忍者食を知らんのか」
「忍者食〜?」


平然と知っている様子を見せてくる七宝くんに対して邪見は不思議そうに首を傾げながらカップ麺をくるくると見回す。そういえば犬夜叉くんも言ってたけど、カップ麺ってこっちの人には忍者食って呼ばれてるんだ…。しかも七宝くんたちにはめちゃくちゃ馴染んでるし。

そんなに頻繁に食べてるの? と思ったことをそのままかごめちゃんへ問えば、かごめちゃんは小さく笑いながらリュックの中のカップ麺を見せてくれた。
なんというか、思ったより入ってる…。


「旅のお供にちょうどよくて…特に犬夜叉が気に入っちゃってるの。七宝ちゃんは飴なんかのお菓子の方が好きよね」
「かごめの時代の菓子は美味いからなっ」


呼び掛けるように話すかごめちゃんへ、まさに棒付きキャンディを手にした七宝くんが嬉しそうに弾んだ声を返す。なるほど…だから犬夜叉くんがあんなにカップ麺を推してきたのね。それをようやく理解した私はなんとなく振り返って、訝しげにしながらも透明なビニールの封を開けようとしている邪見を眺めた。どうやらあんなに疑っておきながら食べる気でいるらしい。
犬夜叉くんたちが気に入るなら邪見も食べられるだろうけど…残念ながらそろそろ晩ご飯の時間だ。さすがに今からカップ麺を食べさせるのはやめておこう。


「邪見も今日は飴にしておこうよ。カップ麺はまた今度ね」


そう言ってカップ麺を取り上げる代わりにりんちゃんと同じ棒付きキャンディを渡せば、邪見はそれも少し疑うように眺めていた。そういえば邪見にはまだ飴もあげたことないんだっけ。そう思うけれど邪見は心配なんてなにひとつ不要というようにパクッと口に放り込んでしまう。

途端、邪見の目が輝いた。


「な、なんだこれは…志紀っ。なぜこのようなものがあると今まで教えなんだのだっ」
「え、だって邪見いつもヤモリとか食べてるし…甘いのはそんなに好きじゃないのかと思って…」
「それとこれとは別だわいっ」


意外な反応に少し引いてしまう私とは対照的に邪見はものすごい勢いで食いついてくる。それどころか「もっと寄越さんかっ」と私のリュックを勝手に漁り始めて、それを見たりんちゃんが「ずるいよ邪見さま! りんももっと欲しいっ」と抗議しながら同じようにリュックへ手を伸ばしていた。

あんなに疑っていた奴をここまで豹変させてしまうとは…恐るべし現代の食糧。そんな思いで乾いた笑みを浮かべて、つい殺生丸さまの方へ振り返った。すると殺生丸さまも同じように呆れた様子を見せていて「好きにさせておけ」と言い捨てられる。私はそれに頷きながら、大人げなくりんちゃんと争う邪見の姿を言葉もなく眺めていた。

ああ…しばらくは現代に戻らなくてもいいと思ってたんだけどな。これはまた近いうちに戻ることになりそうだ…。


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