ご報告です



「そうだ、犬夜叉くんたちのところへ行ってもいいですか?」


ふと思い立ったある日、縁側で一緒に座っていた殺生丸さまへそう問いかけてみれば怪訝そうに眉をひそめられた。なんでそんな顔をするんだろう。そう思った時、殺生丸さまから「お前はなるべく安静にしていろと言われたはずだが」と若干威圧するような声色で言われてしまった。
なるほど、怪訝な顔の理由は分かった。確かにここでお世話になると決めた日、殺生丸さまのお母さまからそう言いつけられた覚えはある。だけど…そうだとしても…その眼力で言い聞かせようとするのはやめていただきたい…。


「で、でも今回のことは一応伝えておきたいですし…なにより、みんな私の無事を知らないと思うので…」
「それなら私が伝えておく」
「だ、ダメですよ。殺生丸さまはすぐ犬夜叉くんとケンカするじゃないですか。それに…心配をかけたからには、ちゃんと自分でお礼を言いたいんです」
「……」


説得するように真っ直ぐ見つめてそう話すと、殺生丸さまも同じように私を見つめて黙り込んだ。これでも反対されるかな…そう思ったのも束の間、殺生丸さまはすぐに諦めたようなため息をこぼされた。


「仕方がない。だが、長居はさせんぞ」
「はい、ありがとうございますっ。じゃあすぐに…」


行ってきます、そう続けようとした声は私よりも先に立ち上がる殺生丸さまの姿に止められた。殺生丸さまがどこかへ出掛ける用事なんて聞いていないのだけど…これはもしかして…


「殺生丸さまも一緒に…?」
「当然だ。お前を一人で行かせるなど気が進まぬ」


そう言った殺生丸さまは「阿吽を連れてくる」とだけ言い残し、先に背を向けて歩き出してしまった。どうやら私に拒否権はないらしい。元々拒否するつもりなんてないけれど、少し強引なそれにちょっとだけ呆気に取られてしまう。

以前から気付いてはいたけれど、どうもこのところ…身籠っていることが分かった頃から、殺生丸さまの気遣いが目に見えて分かりやすくなった気がする。より心配性になったような、そんな感じだ。
まるで殺生丸さまがお父さまに近付いているみたい、なんて思ってしまった私は、ついくすりと小さな笑みを浮かべてしまいながら彼の背中を見つめていた。



* * *




それから阿吽に乗せられた私は、殺生丸さまと一緒に清々しいほど晴れ渡った空を飛んで犬夜叉くんたちを捜していた。捜す、と言っても殺生丸さまと阿吽が匂いを辿っているから、その足に迷いはない。おかげでそれほど時間も掛からず、目下の野原に見覚えのある人影が複数見えてきた。

犬夜叉くんたちだ。それを把握した途端、これから話さなければならない内容を思い返して、得も言われぬ緊張感に包まれた。こういう話って、一体どう伝えたらいいんだろう…経験もなければ体験談を聞いたこともなくて、これだという言葉が思いつかない。こんなことでちゃんと話せるのかな…やっぱり、もう少しだけ時間をもらった方が…
そう思ってしまうものの、手綱を握る殺生丸さまはお構いなく阿吽を彼らの元へ降下させ始めてしまった。

するとその時、どうやら私たちの匂いに気付いたらしい犬夜叉くんが振り返ってきて、こちらを見上げるなりとても怪訝そうに眉根を寄せた。もう不機嫌モード炸裂だ。だけど殺生丸さまはなにを言うでもなく平然と彼らの近くへ阿吽を降ろす。それに犬夜叉くんがかごめちゃんたちを守るよう立ちはだかり、殺生丸さまへ警戒の声を向けた。


「なんだよ殺生丸。今度はなんの用で…」
「志紀ちゃん!? 無事だったのねっ!」


犬夜叉くんが喋っているにもかかわらず私の姿に気付いたらしいかごめちゃんが突然そんな声を上げ、目の前に立つ犬夜叉くんをどんっ、と押し退けてまでこちらへ駆け寄ってきた。か、彼氏にそんな雑な扱い…と思ってしまうけれど、かごめちゃんは全然気にしていなくて。殺生丸さまの手を借りて阿吽から降りた私に迫るなり、そのまま私の両手を掴んでぶんぶんと振り回すように握手をしてきた。

なんとも強い握手…だけど、それも仕方ないのかもしれない。なぜなら私は殺生丸さまと犬夜叉くんが叢雲牙と闘っている最中に倒れて死んでしまい、一緒にいたはずのかごめちゃんとはきちんとお別れができていなかったのだから。きっと優しいかごめちゃんのことだ、あの日から今日までずっと私を心配してくれていたのだろう。
…そう、この振り回すような激しい握手が全然止められそうにない様子が物語っているように…。

そう悟った私はなんとかかごめちゃんを宥めるようにしてその手を止めてもらい、改めて小さく笑い掛けながら頭を下げてみせた。


「心配かけてごめんね、かごめちゃん。もう全然平気だから安心して?」
「よかった…急に倒れちゃって驚いたんだから。殺生丸も介抱させてくれず、志紀ちゃんを連れて行っちゃうし…」


そう言いながらかごめちゃんは殺生丸さまをじとーっと見つめる。殺生丸さまを呼び捨てにしながらこうまで言えてしまうのは、相変わらず怖いもの知らずというか…本当に肝が据わってるなと思ってしまう。けれど殺生丸さまは特に気にしていなくて、ふん、と声が聞こえてきそうな表情でかごめちゃんを見下ろしていた。

だけどそれも束の間。突如話に割り込むよう「で?」とわざとらしく声を上げた犬夜叉くんが、なにやら腕を組みながら私と殺生丸さまを交互に見据えてきた。


「今日はなんの用だよ。まさかまだ鉄砕牙を寄越せとか言うんじゃねえだろうな?」
「あ、違うの犬夜叉くん。今日みんなに会いたいって言ったのは私で…その、聞いてほしいことがあって…」


犬夜叉くんの訝しげな問いに私が手を挙げて答えれば、彼は“お前が?”という顔を向けてくる。それは目の前のかごめちゃんも、向こうで私たちを見ている弥勒さんや珊瑚さん、七宝くんも同じで。図らずも視線を集めてしまった私はふと忘れていた緊張を思い出してしまい、う、と声を詰まらせた。

もちろん私がこれから話すのは、殺生丸さまとの子供を身籠ったこと。だけどそれは昔からの知り合いや殺生丸さまの兄弟相手に軽々と話せるものでもなくて、みんなに見られているこの状況に余計言い出しづらさを感じてしまった。
けれど犬夜叉くんはそんな私に構うことなく、もう一度訝しげな顔を見せては“まだか”と言わんばかりに首を傾げてくる。


「なんだよ、聞いてほしいことって。なにかあったのかよ」
「え、えっと…それは…」
「それは?」
「……」


犬夜叉くんの催促にどんどん緊張が高まっていく。私が渋れば渋るほど言いづらくなることは分かってるんだけど……や、やっぱり無理だ!


「か、かごめちゃん、ちょっと来てっ」


耐え兼ねた私は咄嗟にかごめちゃんの手を取って、逃げるようにみんなから距離を取った。とりあえずはかごめちゃん一人に話してからでも大丈夫なはず。そう思った私は目の前できょとんとした顔を見せるかごめちゃんを見つめて。短く深呼吸をして覚悟を決めると、かごめちゃんの耳元にそっと顔を寄せた。


「その、実は私…」


妊娠、しました。
やっぱりまだ気恥ずかしくてほんの小さく囁けば、私に向き直ったかごめちゃんは話が飲み込めていないように目をぱちくりと瞬かせた。そして確かめるように殺生丸さまと私を交互に指差すものだから、私はそれにゆっくり頷いてみせる。
まあ、そうなるよね。私だっていきなりは理解できなかったもん。そう思いながらもこんな時どういう顔をすればいいのかよく分からなくて、私はただ緊張を紛らわすようにあはは…と笑った。その直後、


「志紀ちゃんが殺生丸の子供をっ!?」


と、これでもかというくらい大きな声を上げられて、途端に跳ね上がった私は慌ててかごめちゃんの口を押さえていた。けれどその言葉はすでにはっきりと言い切られたあと。どきどきと鼓動がうるさく鳴る中、そーっとかごめちゃんの背後を見てみれば誰もが目を丸く大きく見開いているのが見て取れた。
うん、ばっちり聞かれてる…しかも犬夜叉くんに至っては、見たこともないようなものすごい顔で私と殺生丸さまを見比べてる…。きっと私以上に戸惑ってるよ、彼。

みんなにもあとで伝える手筈ではあったけど、心の準備が間に合っていない状態でバラされてしまうのはさすがに逃げ出したくなる。けれど私のそんな思いとは裏腹に体は硬直してしまっていて、ただ唖然としたみんなの視線をまた一身に受けるばかりだった。

と、とにかく落ち着いて、少しずつ事情を説明しなきゃ…そう思って頭を整理させようとした、その時。考え込むように俯いた私の目の前に、突然ザ…と足音を鳴らす人影が立ちはだかった。


「み、弥勒さん…?」


顔を上げてみれば、どうしてかすぐ傍に立つ弥勒さんが私を真っ直ぐ見つめてきていた。しかもその顔は真剣そのもので、どうしてそんな顔をしているのか分からない私はただ戸惑うように目を瞬かせる。すると突然、弥勒さんは私の両手を包むようにしっかりと握りしめてきた。


「どうして私はあの時、あなたさまにお願いしなかったのか…今とても悔やんでおります。いえ、後悔してもし切れません…」
「え…えっと? お願いって、なにをですか…?」
「…志紀さま…どうかこの腹の子のあとでいい。私の子も、産んではくださらんか」
「…………はい?」


至極真面目な顔で告げられたとんでもない言葉に頭のねじが数本飛んでいったような衝撃を覚える。なにを言ってるんだこの人。本当になにを言ってるんだこの人は。あまりの衝撃に本気で頭が真っ白になりかけたけれど、不意に弥勒さんの向こうでバキ、と鳴らされた小さな音にはっとして顔を上げた。

お、怒ってらっしゃる…殺生丸さまが明らかに怒っていらっしゃる…!

表情にこそ現れていないけれど、なんだかひどく冷たい目をしてあの鋭い爪を構えている。ただでさえ心配性に拍車がかかった殺生丸さまだ、このままでは本当に弥勒さんを殺しかねない。
そう思った私はすぐさま彼を止めるべく足を踏み出そうとした。けれどそれよりも早くかごめちゃんが私から弥勒さんの手を引っ剥がして、向こうにいたはずの珊瑚さんが目の前で弥勒さんの頭にごす、と武器を叩き込んだ。うわっ、痛そう。咄嗟にそう思ってしまう私に構わず、珊瑚さんは弁明しようとする弥勒さんの腕を引っ掴んで、そのままずるずると引き摺りながら向こうへ戻っていってしまった。

……なんだか分からないけど、助けられたのかな…? そう思った瞬間背後から腕を回されて、私の体は数歩後ろへ強引に引き込まれた。


「わっ…せ、殺生丸さま…?」


振り返るように顔を上げたそこには殺生丸さまがいて、右腕で包み込むように私を抱き寄せられていた。よく見たら、眉間に不機嫌なしわが寄っている。


「やはり、お前を一人で行かせなくて正解だった」


はあ、と微かにため息混じりで呟かれる。どうやら殺生丸さまはやっぱり弥勒さんの行動が気に食わなかったらしく、私の肩をグ、と強く掴みながら一層深く抱き寄せられた。もうそれほど守ってくれなくても、弥勒さんは遠くで珊瑚さんと犬夜叉くんにお説教されているから大丈夫なのに。それでも殺生丸さまは握られた私の手に触れて、まるで上書きするかのようになぞり、握りしめていた。
少しくすぐったい、大きな手。私はそれをきゅ、と握り返しながら、殺生丸さまへ優しく微笑みかけた。


「殺生丸さま…そんなに心配しないでください。さっきは驚いちゃってなにも言えなかったけど、次からはちゃんと拒みますから」
「…当たり前だ」


低くそう言われる、けれど、その声はさっきよりもどこか安堵しているような気がした。分かってくださったのかな、そう思うと同時に殺生丸さまは回していた腕を離してくれて。それにもう一度小さく微笑みかけた私は、気を取り直すように傍のかごめちゃんの方へ向き直った。
その時、かごめちゃんがなんだか驚いたような、それでいて面白そうに笑う不思議な顔をしていることに気が付いた。え、なにその顔。思わずそんな声が出てしまいそうになると、かごめちゃんは半笑いのまま「ごめんね志紀ちゃん」と謝罪してくる。


「驚いたでしょ。弥勒さま、女の人を見るといつもああなのよ」
「い、いつも…?」


信じられない言葉に思わず聞き返してしまう。するとお説教が終わったらしい珊瑚さんが歩み寄ってきて「そうだよ」とため息混じりに言った。


「本当に懲りなくてね…もしあのすけべ法師にまたなにかされそうになったら言ってよ。あたしたちが懲らしめておくからさ」
「は、はあ…」


珊瑚さんの強く呆れた様子に引きつった笑みが浮かぶ。二人の様子といいみんなの手慣れた牽制といい、“いつも”というのが比喩ではなく文字通りの意味なんだと思い知らされてしまった。そうか…あれ、いつものことなのか…。以前会った時は騒動の最中、ということもあって弥勒さんの真面目なところしか見ていなかったからすごく意外だ。やっぱり人は見かけによらないんだな…しっかり学ばせていただきました。

一人で納得するようにうんうんと頷いていた、そんな時。「まあ…」と呟いたかごめちゃんがなぜだかにやけ顔を見せながら、私に寄りかかるように距離を詰めてきた。


「おかげであの殺生丸が志紀ちゃんには甘いってところが見られたし? 弥勒さまの悪い癖も少しは役に立つ時があるみたいねっ」
「…かごめちゃん、なんか面白がってない?」
「そんなことないわよ〜」


私の指摘にかごめちゃんはひらひらと手を振って否定する。かごめちゃんは誤魔化しているつもりかもしれないけど、その隠せていないにやけ顔が全てを物語ってるよ…。きっとさっきの不思議な顔の真意はそういうことだったんだろうな。

それを悟って少し呆れてしまえば、かごめちゃんは「そんなことより志紀ちゃん、」と言ってあっさり話をすり替えてしまった。


「妊娠したってことは、これからなにかと物入りなんじゃない?」
「うん。私も詳しくは分からないんだけど、また現代に帰って必要なものを持ってこようかな…とは考えてるよ」


いつまでこれが使えるかは分からない。だからこそまだ力が残っている間にそれは済ませておきたい。そう考えて首飾りに触れながら言えば、かごめちゃんはなぜか表情を明るくして「ちょうどよかった!」と手を合わせた。


「あたしこれから現代に帰るところだったの。よかったら一緒に帰らない? 買い出しとか付き合うからっ。ね?」
「え、一緒に?」


ぎゅ、と両手を握って告げられた提案に目を瞬かせる。詳細に聞いてみれば、どうやらかごめちゃんは私に井戸が通れるのか試してみたいらしい。それはかごめちゃんが現代とこの時代を行き来している唯一の手段。今までかごめちゃんと犬夜叉くん以外は通れなかったみたいで、かごめちゃんと同じ時代に生まれた私なら通れるんじゃないか、と以前から気になっていて今回こんな誘いを申し出てきたのだという。

確かに私がそれを通れたとしたら、首飾りの力がなくなっても現代に帰ることができる。これからもお母さんたちに顔を見せることだってできる。
こっちで一生を過ごすことを覚悟したけれどそれを思うとやっぱり縋りたくなって、私はすぐに殺生丸さまの方へと振り返っていた。


「殺生丸さま…試してみても、いいですか…?」
「……試したいのだろう。私に聞かずとも、志紀の思うようにすれば良い」


そう言って殺生丸さまはフ、と小さな笑みを浮かべてくれる。やっぱり殺生丸さまにはすべて見抜かれているようで、私は照れくささに小さく笑んでしまいながら「ありがとうございます」と返した。それからかごめちゃんへ向き直って井戸を試す旨を話せば、彼女はとびきりの笑顔で頷いてくれる。すぐにでも行こうと、私の手を取って。

こうして私たちは、森の中にあるという枯れ井戸を目指して歩き出したのだった。




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以前リクエストいただいた内容で書いてみました番外編です。『犬夜叉一行の前でデレを見せる殺生丸さま』と『弥勒に子を産んでほしいと頼まれる』の二つです。後者のリクエストは少し変えさせていただいたうえにまだ続きがあったんですけどね。今回は入りきらないと思って、次に持ち越させていただきました。はい、このお話続きます。

リクエストいただいてからものすごーーーくお待たせしてしまったので、続きの公開も恐らく遅いです。私が遅筆であるばかりにすみません…頑張ります。
他にも番外編で書きたいネタが何個かあるので、気長にお待ちいただけると嬉しいです。




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