共に歩む世界で

06

あれからというもの特に変わった様子もなく、そしてなんの情報も得られないまま数日が経ってしまった。

思えば毎日変わらず歩き続ける殺生丸さまたちに着いて行く私はこれがどこに向かっているものなのかを全く知らない。一緒に同行させてもらいながら一度も聞いたことがないし、なんなら私は自分の世界に帰る方法を探すことで手いっぱいだ。
昨晩りんちゃんにそれとなく聞いてはみたものの、彼女もただ殺生丸さまに着いて行っているだけだから詳しくは知らない、ということらしい。やっぱりそれを知るためには邪見か殺生丸さま本人に聞いてみるしかなさそうだけど…

（きっと“貴様には関係ない”とかなんとか言われて、あっさりスルーされちゃうんだろうなあ…）

そう思うとなんだか気が引けて来た。気にはなるけれど、一緒にいればその内なにかをきっかけに知ることができるかもしれない。そう判断した私は大人しくいつも通り、殺生丸さまの背中を追うように歩き続けた。

*　*　*

――それから小一時間ほど経った頃。
珍しく道らしい道を進んでいたおかげか、前方になにやら村のようなものが見え始めてきた。遠目に見る限りそれなりに賑わっているようだ。
人が多い場所は久しぶりだな、なんて思うとなんだか胸が高鳴り始めるのを感じる。

「ね、あそこ楽しそうじゃないですか？もちろん行きますよね？」
「なにを寝ぼけたことを言っておる。殺生丸さまは村なんぞに興味はないわ」
「えー、邪見のケチー」

期待に胸を踊らせていたのに、それを見事に裏切られて頬を膨らませてしまう。この時代のことを知るには人と話すのが一番だし、もしかしたら私が捜している件の人のことだって知っている可能性があるって言うのに。
邪見へ分からず屋！と愚痴りながら同意を求めるようにりんちゃんを見てみれば、彼女は意外にもどこか戸惑ったような様子を見せていた。

「どうしたの？りんちゃんは行きたくない？」
「あ、あのね…りんも行ってみたいけど…」

そう言いよどむ彼女は怯えているようにも見えた。
天真爛漫なりんちゃんのことだから村にも乗り気で駆け寄って行きそうだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。気まずそうに表情を曇らせる彼女がなんで怯えているのか分からなかったが、その理由はなんとなく想像することができた。今もどこかで無数の戦が起こっているようなこの時代のことだ。もしかしたら過去に、飢饉かなにかでひどい目に遭わされたことがあるのかも知れない。

出会う前のことを知るはずもない私が、つらかったであろう過去をずけずけと聞けるはずがなかった。それに、こんな年端もいかない女の子にわざわざそんなことを思い出させたくもない。

だけど私はどうしても今のりんちゃんをそのままにはしておけなかった。というのも、りんちゃんが見ず知らずの人たちまで怯えて避けてしまうのがなんだか勿体ないような、そんな気がしてしまったからだ。みんながみんな、そんなひどい人たちではないはずだから。優しい人だって絶対にいるはずだから。
彼女にもそれを分かってほしくて、目線を合わせるように目の前へしゃがみ込む。上手く伝えられるかは自身がなかったけれど、大丈夫だよ、と私の思いを話してはそっと小さな頭を撫でてあげた。

「…それにね、私はずっとりんちゃんの傍にいるから。もし悪い人がいても助けてあげるし、守ってあげる。だから安心して？」

そう問いかければりんちゃんはわずかながら目を丸くしていた。
この前殺生丸さまに助けてもらったばかりの人間が言うのもなんだか説得力がないなと後から思うけれど、私の手を握っていたりんちゃんの手にぎゅっと力はこめられる。りんちゃんを見つめてみれば、おずおずといった様子でこちらを見ながら小さく問いかけて来た。

「ほんとに…守ってくれる？」
「もちろん。全力で守ってあげる！」

グッとガッツポーズを見せて言えば、りんちゃんは瞬く間に満面の笑みを浮かべた。かと思えば｢ありがとう！｣と声を上げながら勢いよく抱き着いて来る。ぎゅーっと込められる力が、本当に嬉しいんだということをしっかり伝えて来ていた。
私なんかじゃ頼りないかな、なんて思っていたけれど、りんちゃんがこうして喜んでくれただけでもすごくすごく嬉しかった。

「あの村、志紀お姉ちゃんと行きたい！」
「じゃあ一緒に行こっか！なにか収穫があればいいね～っ」

乗り気になったりんちゃんと笑い合いながら話していれば｢こらこらこら！｣と怒鳴るような邪見の声が響いた。そうだった。こいつ、私が村に行きたいって言っているのをずっと否定して来るんだった。

「なにを勝手に決めておる！さっき行かぬと言ったばかりであろう！」
「少しくらいはいいでしょー？」
「駄目に決まっておろうが！殺生丸さまにそんな暇など…」
「それほど行きたいか」

邪見の声を遮って投げかけられた唐突な問い掛けに驚きながら声の主へ視線を向ける。するとそこには相も変わらず綺麗で冷たさすら感じる瞳をこちらを向ける殺生丸さまの姿があった。
今のは間違いなく殺生丸さまの声だった。ただ…

「な…なんて仰いました？」
「それほど行きたいかと聞いている」

信じられなくて聞き直してみればもう一度はっきりと告げられる。
まさか殺生丸さまが私にそんな確認をしてくれるとは思っても見なくて唖然としてしまった。けれど返事をしないと怒られてしまいそうだから慌てて｢はい｣と答えてみる。

「少しでも情報が欲しいので…って、もしかして行っていいんですかっ？」
「…好きにしろ」

素っ気なく言われたその言葉は確かに望んでいたもの。それを耳にした途端、私は体が勝手にふるふると小さく震え始めるのを感じた。
“嬉しい”。その感情がまるで爆発したかのように、私は無意識の内に殺生丸さまの懐へと飛びついていた。

「ありがとうございます殺生丸さまっ！」
「！」

さっきのりんちゃんのように、ぎゅーっと抱きしめるようにしがみ付く。その瞬間、邪見の｢なﾞあﾞっ！？｣という間抜けな声が強く響き渡った。

「志紀！！殺生丸さまになんと無礼なことを…今すぐ離れんかっ！」
「え？…あﾞっ！？ご、ごごごめんなさい！！嬉しくてつい…！」

邪見の怒声で我に返った私は咄嗟に飛び退いて頭を下げる。
わ、私ってばなんてことを…顔から湯気が出そうなほど熱くなる。しかしその直後、やってしまったという後悔に似た恐怖を感じて一気に血の気が引いて行くのを感じた。
恐る恐る顔を上げてみれば、殺生丸さまは特に変わった様子もなくこちらを見据えている。いや、よく見ればわずかながら片眉が上がっているような…でも恐れていた事態にはなりそうになくてほっと胸を撫で下ろした。
私の息の根を止めないでくださってありがとうございます今後は気をつけます。そう必死に心の中で謝り続けていれば殺生丸さまはフイ、と顔を背けてしまわれた。

「早く行け」
「はっ、はい！行きますっ！りんちゃん、行こっか！」
「うんっ！」

慌てる私とは対照的にりんちゃんは楽しそうに笑いながら返事をしてくれた。どうやらりんちゃんは私と殺生丸さまが仲良くなって嬉しい、と思っているらしい。
…当人たちは全然そんなつもりではないし、なんなら私は命の危機さえ感じたけれど。

そうは思いながらも、殺生丸さまが少しでも私に気をかけてくれたことが嬉しくてつい顔が綻んでしまう。思わずスキップのように駆けて行きながら、小さくなる主とその従者へりんちゃんと一緒に手を振った。

「早くしないと置いてっちゃいますよー！」
「殺生丸さまも邪見さまも、早くーっ」
「貴様らが早いのだろうがー！」

人頭杖をブンブン振り回しながら抗議してくる邪見を尻目に、私たちは再び笑い合いながら駆け出した。
まだ村は少し遠いけれど、このペースならすぐに辿り着くはずだ。好奇心に胸を躍らせながら走る私は、背後の2人の会話なんて聞こえなくなるほど遠ざかって行った。

*　*　*

「殺生丸さま。なぜあの小娘の言うことなど聞かれるのですか？」
「気が向いただけだ」

主に問いかけてみれば視線もくれずたった一言で返されてしまう。
いくらなんでもお戯れが過ぎる…そんな思いを抱えながら、ポツリと声を漏らしてしまった。

「まだあやつの正体はよく分かっていないと言うのに…」

そうだ、あやつは突然目の前に現れて、怪しくないはずがないのだ。
それなのに殺生丸さまはあやつを斬り捨てもしないどころか、我らの仲間にしてしまわれた。あの時のお言葉といい、なにかお考えがあってのことかも知れんが、今のところはりんの駄々に圧されただけのようにさえ思える。
そんなでは、いつ手のひらを返して来るか分からぬ奴に常々警戒しなければならぬではないか。
はあー、と思い切りため息をこぼせば、唐突に殺生丸さまの声が降らされた。

「奴に裏などない」

へ…？なんて声を漏らして殺生丸さまを見上げてみるが、視線は真っ直ぐ前を向いたまま。
その言葉をしかと聞き取れたような取れていないような。もしかしたら信じらぬせいで、そんな風に思ってしもうたのかも知れん。今一度ちゃんと聞くべく、恐れ多くも｢今、なんと…？」と聞き直してみた。

「…黙って歩け」
「はっ、はいっ！」

試みは叶うことなく、厳しいそのお声に背筋を正しては真っ直ぐ前を見つめて足を速めた。殺生丸さまのお考えは、本当に分からんわい。

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