とりっくおあとりーと



「りんちゃん似合ってる〜!」
「ほんとっ?りん可愛い?」
「うん、超絶可愛いよ!」


うりうり〜〜とほっぺたをこねくり回せば、笑いながらきゃーっと声を上げられる。そんなりんちゃんは今、現代の私の家でオレンジと黒を基調とした洋服、いわゆるハロウィン用のドレスを着ていた。なぜそんなものをハロウィンに縁のないりんちゃんが着ているのかというと、少しくらい現代のイベントを楽しんでもらいたいと思った私がちょっくらド○キ・ホーテで買ってきてあげたのだ。

ちょっと慣れない衣装に警戒しちゃうかなあなんて思っていたけどりんちゃんは案外ノリノリで、バッチリ決め込んだ今は姿見の前で楽しげに回っている。喜んでくれたみたいでよかった。
可愛らしいその姿に頬を綻ばせているとりんちゃんは回っていた足を突然ぴたりと止めて、飛び込むようにして私の体に縋り付いてきた。


「ねえねえ、志紀お姉ちゃんはどんな着物を着るの?りんと同じ?」
「うん。りんちゃんとお揃いだよ。でも…」


買って来たはいいが、いざ自分でこれを着ようと思うとなんだか恥ずかしくなってきた。そのおかげで躊躇い続けていて、未だに着られていないままずるずると時間だけが過ぎて行く。私が着るのはやめて、りんちゃんだけ楽しんでくれればそれで満足なんだけど……

りんちゃんの期待の眼差しが痛い。


「……着ます」
「やったー!」


がっくりと項垂れて言えばりんちゃんは両手を上げて飛び跳ねた。そんなに喜ばれるとは…これはもう逃げようがないな。観念した私はりんちゃんに促されるまま、ひょろひょろと着替えを始めた。

――しばらくしてようやく着替えられた私がりんちゃんの前に立てば、りんちゃんは目をきらきらと輝かせて私を眺めてくる。


「志紀お姉ちゃん可愛いー!」
「あ、ありがと」


大きな声で思いっきり放たれた素直な言葉に思わず照れてしまう。君の方が可愛いよ、なんてキザ男のセリフを言いそうになったけれどそこはわざとらしく咳払いをして誤魔化した。

とりあえずりんちゃんにはハロウィンですることを教えてあげなければならない。そしてそれを我らが主に実践する予定だ。
なので私はすぐさま用意していたお菓子を手にしながら、りんちゃんにあのお馴染みの合言葉を教えてあげた。するとりんちゃんは慣れない言葉に難しそうな顔を見せながらも合言葉を口にして、私がお菓子を渡す。実際にこうして流れを経験させてあげたおかげか、りんちゃんはすぐに一連の流れを飲み込んで「早く殺生丸さまにも教えてあげたい!」と笑んで来た。

気合十分だ。私と彼女の目的はどこか違うけれど、それでもやることは同じ。いつしか恥ずかしさも忘れて楽しくなってきた私はすぐに戦国時代へ帰ろうとりんちゃんの手を取った。



* * *




眩い白に解放された私たちが目を開けば、少し離れたところに殺生丸さまが佇んでいた。そのお顔は向こうに向けられていて、まだ私たちの姿には気付いていない様子。チャンスだ。なんて思った私は咄嗟にりんちゃんの手を取ってお目当ての殺生丸さまの元まで駆けていった。


「殺生丸さま、今戻りました」
「見て見てー!」


私に続いたりんちゃんが高らかな声を上げるとようやく殺生丸さまはこちらへ振り返って来る。その瞬間、ものすっごく怪訝な表情を見せられてしまった。
まあそういう反応になりますよね。こんな奇抜な色でドレスだもん、見慣れないにもほどがありますよね。私も殺生丸さまを前にした途端めちゃくちゃ恥ずかしくなってきましたよ。

とてつもなく照れくさくてつい苦笑いで顔を逸らせば、笑顔で衣装をお披露目するりんちゃんを見据えていた目が突然こちらへと向けられる。
あっ痛い。殺生丸さまの視線が痛い。もはや“なんだそのふざけた格好は”という心の声が聞こえてくる。ダメだこれは。もう次の段階へ行こう。


「「殺生丸さま、トリックオアトリート!」」


恥ずかしさに耐えかねた私が勢いに任せてりんちゃんと声を合わせてみせると、眉間のしわをさらに深くされてしまった。


「…どういう意味だ」


聞いたことがない=現代の言葉と即判断したであろう殺生丸さまが問うてくる。するとりんちゃんが殺生丸さまの目の前へ駆け出して行って、満面の笑みを浮かべながら両手を差し出した。


「お菓子くれなきゃイタズラするぞって意味なんだって!殺生丸さま、お菓子くださいっ」
「菓子…?」


唐突な要求について行けない殺生丸さまは眉をひそめて小さく復唱する。けれどそれ以上の動作はなにもなく、ただ静かにりんちゃんを見つめていた。かと思えば、また私の方へジトっとした目を向けてくる。
そりゃそうですよね。殺生丸さまがお菓子なんて持ってるはずないし、そもそもこれを殺生丸さまに仕掛けようと企てたのは私だし。犯人が特定されるのなんて時間の問題ですよね。

でも今日の私はこんなところでくじけない!負けないぞ!たまには殺生丸さまに仕返ししてみせるんだ!


「さあ殺生丸さま、お菓子がないなら悪戯を受けてくださいねっ」
「なにを戯けたことを…」
「えいっ」


殺生丸さまが言いかけたその時、りんちゃんが不意をついて殺生丸さまの頭に飛び付いた。その手が離れたところ――殺生丸さまの頭の上には、犬耳…もとい狼耳がついている。さすがにそれは本物ではなく、この時期よく売っているコスプレグッズのひとつだ。

犬耳がなかったから仕方なく似たような狼耳にしたんだけど、グレーを選んだおかげかさほど違和感がなくて、なんだかちょっと馴染んですらいらっしゃる。思わず感動する私に対して殺生丸さまは最早反応することもなく怪訝な表情のままでいらっしゃるんだけど、“犬夜叉くんみたいな犬耳殺生丸さまを拝んでみたい”という秘かな願望がようやく叶えられたこちらとしてはもう万々歳だ。


「殺生丸さま、すっごく可愛いですよ!」
「…………」
「冗談ですごめんなさいお願いですからその目だけはやめてください」


ちょっとふざけてみただけなのにとんでもなく殺意のこもった目を向けられた。その視線だけで殺されそうなくらい怖い。
私が思わず身震いして即座に謝ったけれど、殺生丸さまはそれを無視してなぜかりんちゃんの方へ向き直った。


「りん。先ほどの言葉を教えろ」
「はーい!」


元気よく返事をしたりんちゃんはすぐさま殺生丸さまに耳打ちで教え始める。それが終わったかと思えば殺生丸さまは静かに立ち上がって、私の目の前まで音もなく一歩一歩歩み寄ってきた。お耳はキュートなのにそれ以外がとてつもなく恐怖を感じさせてくる。そんな姿に見事硬直する私が呆然と見つめていれば、殺生丸さまはすぐ目の前で歩みを止めて大きな影を落としてきた。


「志紀。“とりっくおあとりーと”だ」


慣れない言葉にぎこちなさを湛えながら、それでもはっきりと私に向けられた声。どこかたどたどしい感じがちょっと可愛いように思えたけど、その形相はとても含みがあるというか思いっきり影を落としていてめちゃくちゃに恐い。


「…えっと…私、もうお菓子を持ってないんですが…」


自分の手元が空だということを思い出してはひょろひょろとした声で応える。だって私が持っていたものはりんちゃんにあげる分だけだったし、殺生丸さまは甘いものとかあんまり食べないかもと思ってなにも用意していなかったのだから。
というかこのお方…私がお菓子を持っていないことに気付いてて言ってきたな。絶対その警察犬以上のお鼻で嗅ぎ取っていたはずだ。ひ、卑怯な!

ちょっとビビりながらも手のひらを見せてなにもないことをアピールをしてみせれば、どういうわけか殺生丸さまが意地の悪い笑みを浮かべた気がした。


「菓子を持っていないのなら、悪戯をされるのだろう?」
「えっいや…あの、待ってください殺生丸さま。持ってないって分かってる相手に仕掛けるのはズルいですよっ」
「それはお前が言えることか」
「うぐっ……」


ど正論を返されてつい言葉を失ってしまった。因果応報とはこのことか。せめて飴玉のひとつでも常備しておくんだった。
回避する術を失った私はこちらを見つめて離さない金の瞳を見つめ返しながら、すとん、と弱々しくその場に座り込んでしまう。


「お…お手柔らかに、お願い致します…」


もう大人しく悪戯は受けますから。せめて“悪戯”と呼べるような可愛らしい仕返しであってください。
そんな私の必死の願いはやはり届くこともなく、殺生丸さまは静かに胡乱げな笑みを口元に湛えられた。


「さあ…どうであろうな」


たっぷりと含みのあるその言葉を告げながら伸ばされた腕が私へと迫ってくる。ああ神様仏様。お願いですからお迎えだけはまだお寄こしにならないでください。などと奉げた祈りは、虚しくも私の胸中に掻き消える。

――そして私はこの日以来、もう殺生丸さまに仕返しをしようなどとは金輪際考えないことにした。



end.

- - - - - -

ハロウィン記念でした。
殺生丸さまに悪戯なんてしようものなら朝日を拝めなくされそうですね。




back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -