14



あれから私たちは無事にりんちゃんたちと合流して旅を再開している。

随分長いこと不在にしてしまっていた気がするけど、りんちゃんは特に気にした様子もなく「おかえり」と言ってくれて、邪見には「勝手な行動をするな!」と怒られた。私はごめんごめんと声をかけながらみんなの頭を精一杯撫でてあげる。すると阿吽もりんちゃんも笑顔で許してくれたんだけど、邪見には顔を真っ赤にしてまで怒られてしまった。素直じゃないなあ。


「志紀お姉ちゃん、なにかいいことでもあった?」


数刻前の通り殺生丸さまの後ろを着いて歩いていれば、阿吽に乗ったりんちゃんが不思議そうな顔で問いかけて来る。なんで急にそんなこと聞くのかと問えば、りんちゃんが「なんだか嬉しそう」と続けて来た。
そんなことを言われて初めて気付いたけれど、確かに今の私は気分が高揚している。なんならスキップしたいくらいだ。


「さあ〜?なにがあったかな〜っ」
「えー。志紀お姉ちゃんのいじわるー」


頬っぺたをぷくーっと膨らませるりんちゃんに思わず笑んでしまう。するとりんちゃんまで釣られて笑みを浮かべ、私たちは特に理由もなく賑やかに笑っていた。その様子を見た邪見には呆れたように「なにが面白いのだ」なんて言われてしまったけれど。
でもいいんだ。他愛のないことで笑い合えることは、すごく幸せなことなんだから。


(そもそも…現代だと学校以外で人に会うこともそうそうなかったしね…)


両親が海外にいて、友達とも学校くらいでしか会わない私には、誰かと同じ時間を過ごすということが特別なのだ。だからこそ、この短い時間で殺生丸さまたちと離れたくなくなったのかも知れない。

――それを思うと、ふと思考を遮られた。
そうだ。私にはあっちの世界がある。
私がこっちにいたいなんて言ったとは言え、完全に現代を放っておくわけには行かない。学校もしばらく行っていないし、このままでは成績が下がる一方で単位も落としかねない。


(私…いつまでこっちにいるつもりなんだろう)


首元で揺れる蝶型のチャームに手を触れながら思う。
どうせならずっと一緒にいたい。けれど現代のことが重く伸し掛かるし、なによりも私がここに居続けていいかどうかなんて、私だけが決めていいことじゃないのだ。
もしかしたら邪見は帰れって言うかも知れない。でもりんちゃんはきっと、私と一緒にいることを望んでくれると思う。懐いてくれている阿吽も同じように。

だけど…殺生丸さまは?


(殺生丸さまは私がこっちにいること、どう思ってるんだろ…)


ぼんやりと考えては先を行く殺生丸さまの後ろ姿を見つめてみる。そんな時、揺れる袖の中に垣間見えた右手が先刻の出来事――軽く抱き寄せられたことを思い出させて、頬を目一杯熱くした。
未だに夢だったんじゃないかと思うような体験。それに鼓動を激しくさせていれば、私の視線に感付いたらしい殺生丸さまがこちらへ振り返って来た。


「どうかしたか」
「えっ!?い、いやっなんでもないです!」
「……そうか」
「はい、はいっ…!」


急に振り返って来るもんだからめちゃくちゃ取り乱してしまった。ぶんぶん首を縦に振って見せたけれど、案の定殺生丸さまは訝しげな顔をされるし、もうやらかしてしまった感が否めない。
殺生丸さまが前へ向き直ったのを見計らってはあーっと大きくため息をこぼすと、こっそり胸元を押さえ込んだ。


(なんでこんなに焦ったりしてんだろ…)


信じられないくらい心拍数が上がっている。でもそれは、なんだか嫌なものではなかった。
よく分からない感覚を不思議に思いながら、私は阿吽の手綱を引いて殺生丸さまのあとを辿り続けた。



* * *




それから小一時間ほど経った頃。いつも通りの休息タイムで私はりんちゃんと一緒に食料調達に出ていた。今回は近くに小さな村があるとのことで、りんちゃんが畑から作物を頂戴しようと提案してくる。

たくましいとは思っていたけど、よろしくない方向にまでたくましくなってしまっている…。これはダメだ、りんちゃんの教育によろしくない。そう思った私は慌ててりんちゃんを止めると、しゃがみ込んで目線を合わせてあげた。


「りんちゃん。黙って持って行くのはさすがにダメ。村の人にお願いしてみよう?」
「でも…もらえるか分からないし、村の人たち怒らない?」
「黙って持って行く方が怒られちゃうよ。私がお手本見せてあげるから、着いて来て」


分かった?と聞けば、りんちゃんは渋々頷いて私の手を握り締めて来た。やっぱりまだ村の人が怖い気持ちもあるだろうし仕方ないけど、このままではりんちゃんのためにならない。

ひとまず木陰で殺生丸さまから頂いた着物に着替えると、待ち遠しげなりんちゃんの手を握って村に踏み込んでみた。すんなりもらえるといいけど…ちょっと不安だな。

そんな気持ちを抱えながらも村の人を探してみれば、不意に遠くからとんでもない形相で走って来る人がいた。な、なんであんな顔してるのかは分からないけれど…たぶんあの人はこの村の人だ。


「あの、すみませ…」


声を掛けようとしたその時、ものすごい勢いで隣を走り抜けられてしまった。
…おやおや?私ってそんなに存在感ない?むしろ殺生丸さまのお着物のおかげで存在感アップしてると思うんだけど?
なんて思いながら顔をしかめていれば、また2人3人と真横を走って行く。
なにかがおかしい。そう思えば、続け様に走って来る村人さんたちがひどく怯えた表情をしていることに気が付いた。その様子はまるで、なにかから逃げ惑うような…


「あ゙ー…私たちも逃げた方がいいかも…」
「え?なんで?」


みんなが走って来る方角を見つめたまま言えば、りんちゃんはきょとんとした様子で聞いて来る。その時、突然鈍い足音を響かせる巨大な妖怪が姿を現し、木を薙ぎ倒しながらこちらへ一心不乱に駆けて来るのが遠目に見えた。


「ぎゃああああ!出たあああああっ!!」


思いっきり悲鳴を上げてはりんちゃんの手を握って全力で走り出す。おかしいと思った!妖怪でも出なきゃ私をあんな風にスルーするはずないもん!たぶん!

熊のような見た目をしたそれは、大量の涎を撒き散らしながら血走った目を大きく見開いて獲物を求めていた。これじゃ食料調達に来たはずの私たちが食料にされてしまう。

必死に走って逃げるものの、さすがに図体のでかい妖怪はそもそもの歩幅も大きく、徐々に距離が縮められて行く。りんちゃんには私の速度はつらいかも知れないけど、今はそんなことに構っていられない。とにかくこの手を絶対に離さないようにしなければ。

けれどそんな私の思いとは裏腹にりんちゃんがなにかに躓いてグラリと傾き、その拍子に握っていた手が離れてしまった。


「り、りんちゃん!」
「志紀お姉ちゃ…」


地面に倒れ伏すりんちゃんが私に手を伸ばして来る。咄嗟に引き戻した私がりんちゃんを抱きしめるように起こすと、大きな足音はすぐ近くまで迫っていた。

影が掛かる。なにかがボタリと、傍に落ちる。
ただ震えることすら忘れて音もなく顔を上げれば、妖怪は私たちの目の前に大きく立ちはだかっていた。血走った双眼は、虚ろに私たちを凝視してくる。


「せ、しょうまる…さま…」


――助けてください。
いるはずのない主を求めて生まれた声は胸中に虚しく木霊する。けれどその瞬間、聞き慣れぬ声が妖怪の背後から強く大きく響き渡ってきた。


「散魂鉄爪!!」


その声が私の耳に届くと同時に、目の前の熊のような妖怪が瞬く間に分断される。その光景に思わずりんちゃんを抱きしめながらギュッと目を瞑れば、肉片が地面に落ちる生々しい音がいくつも鳴らされた。


「おい」
「っ!」


突然の呼びかけにビクッと肩を揺らす。ゆっくりと目を開けてみれば、目の前にはボリュームのある銀の髪を揺らす、全身赤い服の少年が立っていた。私とそんなに歳が変わらないであろうその少年の頭には、どういうわけか髪と同じ色をした動物の…というか、犬のような耳が備わっている。


(あの耳…本物…?さっ…触ってみたい…!)


柔らかそうなその耳がぴくりと動く様を輝く目で見つめれば、少年がなんだか訝しげな表情を浮かべ始めてしまう。しまった、気に障ったかも。と思ったけれど、彼は鼻をひくつかせるだけで私の目線なんかは特に気に留めていないようだった。
その代わりになにか違うものが気になったようで、眉根を寄せては顔を私の方へグッと迫らせてくる。


「え゙」
「なんだお前。変わった匂い…」


スンスンと鼻を効かせる少年がそう言いかけると、不意になにかを悟ったように私の背後を見つめだした。今度はなに。なにがどうしたの。

状況についていけない私が困惑していれば、突如背後から風を切るような音が鳴らされて赤い服の少年が大きく飛び退いていった。その直後、目の前には見慣れた銀の髪がフワ…と優雅に広がり、私が待ち望んでいた人が悠然と立ちはだかって来る。


「せ、殺生丸さま!」
「…………」


咄嗟に名前を呼べば、わが主はこちらをほんの一瞬だけ見やってから少年を睨むように見据えた。殺生丸さまがいきなり敵意剥き出しにするからか、少年も同じく身構えて殺生丸さまを睨みつけてくる。
なんだか初対面というようには見えないけど、知り合いなんだろうか。

私とりんちゃんはただただこの状況に戸惑っていて、殺生丸さまの背後からこっそりと少年の様子を窺うことしかできなかった。そんな時、次第に少年の後方が騒がしくなってきたかと思うと、なにやら慌てた様子の男女が数人駆け寄って来る。


「犬夜叉、お前は走るのが早すぎます」
「そうじゃ!さっさとひとりで行きおって。少しはおらたちのことも…げっ。殺生丸っ」
「なんでこんな村なんかに殺生丸が…」
「犬夜叉。なにがあったの」


犬夜叉と呼ばれた少年のお連れさまが口々に文句を言う中、私は唯一見覚えのある人物を目の当たりにして呆然としてしまった。
だって、ここは戦国時代で。私が知ってる人なんて絶対にいるはずがないのだ。それなのに…


「かごめ…ちゃん…?」


人違いじゃないかと思いながらも問いかけるように呟けば、相手も私に気付いて視線を向けてくる。ほんの一瞬顔をしかめた彼女は私の姿をハッキリと見とめた途端、目を真ん丸に見開いてものすごく驚いた顔を見せて来た。


「もしかして、志紀ちゃんっ…!?」
「う、うん!やっぱりかごめちゃんだ…!」


やっぱり間違いじゃなかった!
久しぶりに見るその姿に驚きながらも私は咄嗟に駆け出して、かごめちゃんへ思いっ切り抱き付いていた。


「ほんと久しぶりー!…って、待って。なんでかごめちゃんがこんなところにいるの!?」
「え゙。そ、それは…話せば長くなるんだけど…志紀ちゃんこそ、なんでこっちに?」
「わ、私も話せば長くなる…」


顔をしかめながらそう伝えれば、私たちはお互い見つめ合ってははは…と苦笑した。そして、強く頷き合った。話そう、全て。
それを決意すると私はすぐさま殺生丸さまへ振り返った。そのまま「少しだけお時間をください」と言えば、殺生丸さまは私の様子を見ていたからか潔く了承してくれる。

ありがとうございます、とお礼を言ってかごめちゃんに向き直ると、かごめちゃんが…というより、かごめちゃんのお仲間さんも含めて全員が驚愕の表情を見せてきていた。な、なんでそんな顔するんだ…。

思わず首を傾げてしまう私には、みんなの驚愕の意味をまだ理解することができなかった。


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