一方通行の矢印


「名前ちゃん、前から聞きたかったんだけどさ」


旅の休憩中、私と珊瑚とかごめの三人で並んで川に足を浸けていたら、唐突に珊瑚からそんな声を投げかけられた。改まってはいるけれど今の今まで他愛のない話に笑い合っていたところ。珊瑚の様子からも特に深刻な話ではなさそうに見える。


「なに?珊瑚」
「名前ちゃんって…法師さまのこと、好き?」
「ん゙ん゙っ!?」


今までの本当になんでもなかった話の流れをぶった切る珊瑚の問いかけに思わず変な声が出てしまった。な、なんで急にそんなこと聞くんだろう。そもそもどこからそんなことを思い始めたのかも分からない。かごめちゃんだってちょっとびっくりしてるよ。


「えーっと…な、なんでそんなことを?」
「気付いてないの?どう見ても法師さま、名前ちゃんのこと…」
「名前さま」


突然珊瑚の声を掻き消すように背後から名前を呼ばれた。その声は今しがた話題に上がっていた弥勒のもの。振り返ってみればいつも通り穏やかな表情をした弥勒がかごめのタオルを持って立っていた。


「あまり冷やしすぎるのも良くありませんよ。ほどほどになさい」
「それもそうだね。じゃあ上がろっか」


珊瑚たちにもそう呼びかければ頷いてくれて続々と足を上げた。借りたタオルで足を拭き靴下と靴を履き直す。うん、冷やしたおかげかだいぶ足の疲れもとれたみたい。


「そういえば珊瑚、さっきの聞き取れなかったんだけど…」


あの時“どう見ても法師さま”の辺りまでしか聞こえなかったからと聞き直したのだけど、珊瑚は「え」と小さな声を漏らして一瞬弥勒を見た。かと思えばその視線は向こうに座る犬夜叉に向けられた気がして。
少し首を傾げながら返事を待っていれば、珊瑚は手を左右にひらひらと振って何気ない笑顔を見せた。


「あとで話すよ。二人には聞かれたくないし」
「? はあ」


二人って、犬夜叉と弥勒のこと?なんて思いながらも“今はその話はおしまいにして”という珊瑚の様子から詳しく聞くこともできず、私はまたも少し首を傾げたまま犬夜叉の元へ戻って行った。



* * *




結局その日は詳細を聞けないまま夜を迎えた。といっても私自身気付けばその話のことを忘れていて、みんなが寝静まった今になってやっと思い出したくらい。きっと珊瑚も忘れてるんじゃないかな。

なんて考えながら古びた天井を眺める。
今日は空き家を見つけて野宿よりも落ち着けるはずなのに、どうしてか目が冴えてしまって全然眠れやしない。私以外はみんな寝ちゃってるし、誰かを誘って眠くなるまでの暇潰しもできそうにないや。


(少し夜風にでも当たっていようかな…)


たまたま入口近くに寝ていたこともあってふとそんなことを思い立った。みんなを起こさないようにそっと立ち上がって、忍び足で古屋を出る。

辺りはすごく静まり返っていた。聞こえるのは吹きつけてくる風に揺られる葉の音くらい。それがどこか心地よい気もしたけれど、今はまだ長袖の時期。葉を揺らすほどの風は私の体を簡単に冷やしてしまう。
さすがにセーラー服一枚では少し厳しいものがあるかもしれない。

なんて思ってたら…ああダメ、くしゃみが…


「ふぃ…っくしゅ!」
「なにやってんだ、風邪ひくぞ」
「え、うわっ」


突然声を掛けられたかと思えば頭からなにか温かいものが被せられた。驚きながらも手をやってみれば、それはいつも握り締めている衣の感触。
すぐに把握して振り返ってみると思った通り、衣を脱いだ白小袖姿の犬夜叉が立っていた。


「犬夜叉…もしかして、起こしちゃった…?」
「いや。寝付けねえから散歩でもするかと思ってよ」
「そっか。じゃあ犬夜叉も一緒だね」


衣、ありがと。
そう続ければ犬夜叉はどこか照れくさそうに「おう」とだけ返してくれた。その頬は少しだけ、ほんのりと赤みがかっている。犬夜叉は優しいけど、照れ屋さんなんだよね。


「ねえ、犬夜叉は大丈夫?それだけじゃ薄いし、寒いでしょ?」
「おれは平気だ。気にすんな」
「気にするよ…あ、そうだ。犬夜叉こっち来て」
「あ?なんでだよ」
「いいから。ちょっと来て」


ちょいちょい、と手招きして呼びかければ犬夜叉は渋々傍に来てくれる。
全然理解できず不思議そうにする彼を隣まで呼び寄せることに成功した私はすぐに真っ赤な衣を広げてやると、私共々犬夜叉の体をバサリと包み込んで見せた。


「な゙っ…!?」
「ふふ、これなら温かいでしょ?」
「あ、温かいって、お前なあっ…」


密着したせいか犬夜叉が怒鳴りかけて、目を泳がせて、そのまま黙り込んでしまった。なんだか狼狽えているようにも見えるその様子が不思議で、じーっと犬夜叉を眺めてみる。

けれどもそれに気付いた本人にいきなり顔を掴まれて、否応なく顔の向きを変えられてしまった。


「な、なにすんのっ」
「うるせえっ。こっち見るな!」
「なんで」
「いいから見るなっ」


けっ、と吐き捨てたかと思えば犬夜叉はそのまま顔を背ける。なんで急に怒り出したのか全然分からないけど、また問い詰めたら怒られそうだし…ここは大人しく従ってあげよう。

そう思いながら衣の中の狭さに身を寄せていると、私の手が犬夜叉の手にぴたりと触れた。するとその瞬間犬夜叉が少し驚いた様子で振り返ってきて、その目を私の手へと向けてくる。


「名前の手…めちゃくちゃ冷てえぞ」
「ああ、私すぐ冷えちゃうからね。でも代わりに心は温かいよ?」
「なにバカなこと言ってんだ。ほら、手貸せよ」


そう言うと犬夜叉は私の手をぎゅっと握りしめてくれた。男の子特有の無骨さがある犬夜叉の手はすごく温かくて、包まれた私の手を溶かして行くよう。少し照れくさく思いながら「…ありがと」と呟いては自然と頬が緩んだ気がした。

…犬夜叉、あったかいなあ。

触れている肩も手もどんどん温められていて、傷を癒すいつもの立場が今だけは真逆に感じられた。そのおかげかな、あっという間に眠くなってくる。


「犬夜叉はまだ眠くない?」
「ん?眠くなったのか?」
「ちょっと…」


なんて言っておきながら途端に大きなあくびがこぼれた。おかげで犬夜叉が「アホ面」なんて言ってきて咄嗟に拳を叩きつける。


「じゃあ私はそろそろ戻るけど…犬夜叉はどうする?」
「おれはもう少しその辺でも歩いてらあ」


そう言って犬夜叉は衣から抜け出すように離れる。でもそんな恰好で出歩いていたら風邪を引くこと間違いなしだ。

お構いなしに歩き出そうとする犬夜叉へ衣を返すと、彼は短い返事をしながら衣に袖を通してふらりと歩いて行った。

それを見届けた私は寒さで眠気が覚めない内にとすぐさま古屋へ戻った。中では火をくべた囲炉裏を中心に、思い思いの場所で寝るみんなの姿。誰一人として起こしてしまった様子はない。

それに安堵した私は少しだけ囲炉裏の火をいじってすぐ横になろうとした。
――のだけど、それはなぜだか突然抱き寄せられる形で妨害されてしまった。


「え…み、弥勒?」
「…こんな夜更けに外出ですか」


トスン、と私が後ろ向きに倒れ込んだ先は弥勒の腕の中。いつの間に起きていたのか、彼はその体を起こして私を包み込むように座っていた。
そもそもどうして私はこんな体勢に。傾く私を受け止めている彼はなにやら嬉しそうに見えるけど、寝ぼけてるんだろうか。

離れようとしても全然放してくれそうにない。


「寝ぼけすけべ法師。放してくれないとみんなを起こすよ?」
「生憎、目は覚めていますよ。名前と犬夜叉の逢瀬も見てしまいました」


そう言う弥勒の声は小さくひそめられていながら、どこか楽しそうに弾んでいるような気がした。それもまるで秘密を暴いて掌握しているように。
けれど私は逢瀬なんてした覚えはないのだ。


「バカ。さっきのがそんなんじゃないことくらい分かってるでしょ」
「ええ、もちろん冗談ですよ。ですが…もう少し、このままでいさせてください」


少しだけ甘く、優しく囁きかけてきた弥勒は私の肩にトン、と額を乗せてくる。

こんな弥勒、見たことない。もしかしたら眠くて甘えてるのかな、なんて思ったけれど普段の彼からそれは想像しづらくて。
ほんの少しの間だけ思考を巡らせるも思いつく理由が見つからないまま、結局「少しだけね」と半ば諦めを混じえて呟いていた。

きっと彼も気が済めばすぐに放してくれる。そう思って肩に温もりを感じながらその時を待っていると、


「…犬夜叉とは、なにを話していたんです?」


ふとほんの小さな声で、そんな問いを投げかけられた。

え、と声を漏らしかけながらも、問われたからには犬夜叉との会話を思い返してみる。けれど、特に中身があるような会話なんて全然していないはず。

そもそもなんで弥勒がそんなことを気にするんだろう。
彼の真意もよく分からないまま「いつも通り、何気ない会話だよ」と教えてあげれば、弥勒は相変わらず私の肩に額を乗せたままじっと黙り込んでしまった。


「…ねえ、なんで黙るの」
「いえ…やはり、名前は鈍いなと思いまして」


そう言うと弥勒はようやく顔を上げて、そのまま私の体をさらにぐっと抱き寄せてきた。ちょっとだけ苦しくて息を詰まらせたけど、それよりも私は理解できないさっきの言葉が気がかりで。思わず眉をひそめながら「はあ…?」と声を漏らしていた。


「鈍いって、どういう…」
「て、てめえ弥勒っ!名前になにしてやがる!」


突然、私の声を遮るように犬夜叉の大きな声が響き渡った。その途端私の耳元で「もう戻ってきたか…」なんて恨めしげな声が漏らされた気がしたけれど、その声の主は何事もなかったかのように私をぱっと解放してしまう。

けれど犬夜叉にはバッチリ見られているし、なんならその大声のせいで寝ていたかごめたちが起きて何事かという目を向けてきていた。とは言え、説明をする暇なんてない。
どうしてか犬夜叉は帰ってくるなり弥勒の胸ぐらを掴んで、なにやら脅すように顔を迫らせているのだから。


「おう弥勒…抜け駆けするなんざいい度胸じゃねえか」
「抜け駆けではない。お前こそ名前さまをこっそり追って、抜け駆けしていただろう」
「ばっ、こっそり追ってなんかねえよっ」
「私にはそう見えたぞ。まるで名前さまを尾けているようだった」
「やかましい!んなわけねえだろ!」
「あーもうっ二人ともストップ!いきなりケンカするなーっ!」


今にも殴り合いを始めてしまいそうな雰囲気の二人に慌てた私は、もう夜も更けている頃だということも忘れて必死に制止の声を張り上げていたのだった。




「うるさいのう…名前もあれで気付かんとは、ある意味すごいわい」
「そうね…あ、ところで珊瑚ちゃん。あの時名前になんて言おうとしたの?」
「ああ、あれは…どう見ても法師さまは名前ちゃんに気があるけど、犬夜叉もそうだろう?名前ちゃんはどっちを選ぶのかと思ってさ」
「そういうことだったのね」
「本人は全然決まってなさそうじゃがな」
「「確かに…」」



- - - - - -

ゆっけさまよりリクエスト『終わりない物語のヒロインで犬夜叉vs弥勒』なお話でした!あまりvsになっていない気もしますが…(苦笑)
ちょっとヒロインが天然たらし気味になってしまったかも知れません…(笑)

犬夜叉はヒロインの言動に戸惑い照れながらもたまにしっかりとキメてくれて、弥勒は大人の余裕を見せつつ弱みや甘えも見せてくれたらいいなーと思っています。

一応別世界線のお話として書いたのですがここでの珊瑚は弥勒を狙っているわけではなく、ただヒロインがあの二人のどっちを選ぶのかが気になって聞こうとしただけでした。不安ですが、伝わっていたら幸いです…!

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -