雨宿り


景色が掠れて見えなくなるほど降り注ぐ雨。いわゆる土砂降りに見舞われた私は慌てて近くの洞窟へ駆け込んだのだけど、一人行動の真っ最中だったために殺生丸さまたちと思いっきりはぐれて孤立してしまった。

なんてタイミングの悪い…トイレがてら薬草や食糧捜しに出歩くんじゃなかった。

そんな後悔も今となってはあとの祭りで、若干冷える体を擦りながら成す術なくその場に座り込んだ。殺生丸さまが気付いて捜してくださるといいけど、このとんでもない土砂降りだ。私の匂いもあっという間に消えてしまって、追うに追えない状態になっているかもしれない。

はあ、とため息をこぼしたその時、雨が打ち付ける激しい音の中にバシャ、バシャ、と水の上を跳ねる音が聞こえた気がした。ううん、確かに聞こえる。それどころか近付いて来てる。

もしかしてもう殺生丸さまが?という期待が浮かぶと同時に、月光蝶の匂いに釣られた妖怪だったら…という不安がよぎった。もし後者だとしたらやばい。こんな洞窟で追い詰められれば逃げ場もないし、なにより私には対抗する武器も力もない。

気付けば私は頭いっぱいに鼓動が響く中で、近付いてくるその音の方から目が離せなくなっていた。どうか殺生丸さまであって…どうか…

願うように唇を噛んだ時、薄っすらと見えた人影にビク、と体が震えた。赤い、影。どこか見覚えのある赤にまさか…と思いかけた瞬間、それは雨水のカーテンを突っ切って私の目の前に飛び込んできた。


「おわっ!?」
「ひいっ!?」


ばっちり目が合った瞬間に思いっきり驚かれてこっちまで驚いてしまった。ずぶ濡れになったその人は「先客がいたのかよ…」とぼやいて私の姿を見るなり怪訝そうに眉をひそめてくる。


「…おめー、どっかで見た顔だな」
「お、お久しぶりです…犬夜叉くん」


そう、私の顔をまじまじと見つめてくる赤い装束の男の子は“犬夜叉くん”だった。私が微妙にぎこちない笑みを向ければ犬夜叉くんはようやく思い出してくれたようで、ああ、という顔を見せてくれる。


「殺生丸について行く物好き女か」
「え、覚え方ひどくない?」
「こんなとこでなにしてんだ。置いて行かれたか?」


お、覚え方に関してはスルーなんですね。私への興味のなさがすごく窺えて乾いた笑みが浮かびそうになったよ。


「邪見じゃあるまいし…私は少し出歩いてたら雨に降られてね。はぐれちゃった」
「ふーん…おめーも災難だったな」


そう言いながら犬夜叉くんは水を多く吸った袖を絞り始める。髪もすごく濡れてるし…このままだと風邪引きそう。とりあえず火でも焚けたらいいんだけど…

そう思って辺りを見回してみれば奥になにやら焚火をしたらしい跡があった。もしかしたら以前に誰かがここを寝床かなにかにしてたのかも知れない。ちょうどいいから使わせてもらおう。

火がついてくれるか不安だったけれど、マッチを擦ってそこに入れてみればなんとか使えるようだった。そこに犬夜叉くんを呼びかけて手招けば「わりいな」と素っ気ない返事をして寄って来てくれる。

向かい合うように座った犬夜叉くん。今度は私がまじまじと彼を見つめて、小首を傾げながら問いかけた。


「ところで、犬夜叉くんはなんで一人なの?かごめちゃんたちは?」
「けっ、あんな奴知るかよ」


…………んんん?

かごめちゃんの名前を出した途端すごく無愛想に顔を逸らされたんですが、これはもしや……
ケンカでもしたな?

かごめちゃんと再会した時、彼女は犬夜叉くんとしょっちゅう言い合いをするって言っていたし、今日もまたなにかで言い争ってエスカレートしたのだろう。
口をへの字に曲げてツンとした態度の彼を見る限りそれは間違いないようで、今頃どこかで怒っているかごめちゃんの姿を想像するとついくすっと笑ってしまった。


「……なに笑ってんだ」
「いやあ、仲いいんだなーと思って」
「どこをどう見りゃそう思えんだよっ」
「どっからどう見てもだよ」


可愛いなあ、なんて言えば犬夜叉くんは納得がいかないとばかりに仏頂面を浮かべてまた顔を逸らす。絶対に自分から負けを認めたくないのがひしひしと伝わってくる辺り、なんだか少しだけ殺生丸さまを彷彿とさせた。
あの方もプライドが高いからね。

なんて思っていると、頬杖を突いた犬夜叉くんが半眼で私を見据えながら問いかけてきた。


「そういうおめーは殺生丸とケンカしねえのかよ」
「ケンカ?するわけないよもししようものなら真っ先に私の未来が失われる」


即座にまくし立てるよう力説すれば勢いに圧された犬夜叉くんが「そ、そおか…」と後ずさるように呟いた。
そうです。たまに反発しようとしてこめかみを押さえ込まれるたびにこっちは命の危険を感じているんです。…思い出しただけでこめかみが痛くなってきた…。

きっと今日も怒られるに違いない。それどころかいい加減一人行動できないよう首輪でもつけられるかもしれない。
犬に飼われる人間…絵面がひどいな。その犬の見た目はほぼ人間だけど。

なんてくだらないことを考えていると突然ぶえっきし!と大きなくしゃみをされて跳ね上がってしまった。見れば犬夜叉くんが少し寒そうに鼻を擦っている。まさかもう風邪ひいちゃった?


「犬夜叉くん、ちょっとこっち」
「あ?なんだよ」
「いいから来て」


ちょいちょい、と手招きすれば犬夜叉くんは訝しみながらも私の方に寄ってくれる。なるべく焚火の傍にいてもらいながら、私は持っていたバッグの中から大きめのタオルを取り出した。

あー思った通り…髪の毛がまだ全然濡れてる。元々ボリュームがあるからその分水もたくさん含んでるようで、ギュウ、と握るだけでボタボタ水が滴っていく。


「痛かったら言ってね」
「お、おう」


戸惑う犬夜叉くんの返事を聞くなり私はタオルで犬夜叉くんの髪を包み込んだ。本当はドライヤーが使えたらいいんだけど、この時代には電気もないから使えず家に置きっぱなしだ。今はこのタオルでできる限り拭いてあげることしかできない。

ぽん、ぽん、とタオルで挟んで叩くように拭いて行けばかなりマシになってきたと思う。あとは焚火で乾いてくれるのを待とう。背中を温めた方が体も温まるって言うしね。

お礼を言ってくれる犬夜叉くんにいえいえなんて返しながらタオルを畳もうとすれば、ふとそこに煌めく一本の線が見えた。犬夜叉くんの髪の毛だ。抜いちゃったかな、なんて考えながらそれを手に取れば、馴染みのある銀色の線がゆらりと揺れた。


(殺生丸さま…)


犬夜叉くんと腹違いの兄であるという殺生丸さまの髪も、これと同じ綺麗な銀色だ。でも殺生丸さまの方がさらさらとした髪質で、透き通るような色味だったように思う。それを思い出せば、今は傍にない主の姿を求めるように焚火へ視線を落とした。

今頃は私が戻らないことに気付いてくれているだろうか。怒ってないといいなあ…。

そんな希望を抱いていれば、いつの間にかこちらへ振り返っていた犬夜叉くんが「おい」とぶっきら棒な声を掛けてきた。


「おめーはなんで殺生丸なんかといるんだ?」
「え?なんで?」
「あいつは人間に容赦しねえ妖怪だ…一緒にいるなら分かるだろ。怖くねえのか?」


心底不思議そうに聞いてくるその姿に既視感を覚える。ああそうだ、かごめちゃんと再会した時にも同じことを聞かれたっけ。あの時もすごく驚かれて心配されて、その反応が私にとっては逆に不思議で堪らなかったっけ。

当時を思い出したことに加えて犬夜叉くんとかごめちゃんの仲の良さに気付いた途端、思わずふふ、と笑みがこぼれてしまった。当然犬夜叉くんは「なんだよ」と訝しげな声を向けてくるけれど、私は笑みをそのままに首を小さく振るって見せる。


「殺生丸さまは怖くないよ。いつも守ってもらってるし…犬夜叉くんだって、かごめちゃんのこと守ってるでしょ?きっと、同じだと思うな」
「おれとあいつが同じだあ?んなわけねーだろ。お前見る目がねえんじゃねえか?」


微笑みながら答えた途端、ものすごく不機嫌そうな顔が迫ってきておでこをべちべち叩かれた。
見る目がないって…絶対私と同意見の人いると思うけど。見た目はもちろん、負けず嫌いなところとかこうやってすぐに手を出してくるところとか、すごく似てる気がするし。

でもきっとそれを言ったら余計に不機嫌になるんだろうな。あ、そういうところもそっくりかも。

なんてことを考えていればフワ…と柔らかい風が吹き込んでくるのを感じた。その風に煽られた焚火が大きく揺れ動くのと同時に、私のパーカーのフードがいきなり引っ張られる感覚に襲われて「ゔっ!?」なんて声が出てしまう。


「名前。このような場所でなにをしている」
「せっ…殺生丸さま!?あの雨なのに、ここだって分かったんですか…!?」
「なにを言っている。雨ならもう止んでいるぞ」
「へっ?」


突然現れた主の言葉に驚いて外を見れば、確かにあれだけ降っていた雨はすっかり上がっている。それどころか雲の切れ目から煌びやかな日が射し込んでいるのさえ分かるほどだ。
き、気付かなかった…。


「…なぜ貴様が名前といる」
「あ?雨宿りしようとしたら出くわしただけだろ。文句あんのか」


殺生丸さまが問いかけた途端犬夜叉くんがさっきまでとは打って変わって不機嫌そうに声のトーンを落とした。あー…どうもこの二人は仲良くできないらしい。

殺生丸さまが“本当か?”という視線を向けてくるからすぐに何度も頷いて見せる。けれどやはりどこか信用できないようで、わずかに眉をひそめながら鋭い瞳を犬夜叉くんへ向けていた。


「貴様…名前の匂いに誘われたわけではなかろうな」
「匂いだあ?確かにこいつからは変な匂いがするが…こいつになんかあんのか?」
「知らぬなら良い。行くぞ名前」


え、という声を出す間もなく、殺生丸さまは私のフードを掴まれたまま歩き出してしまった。お願いだからちょっと待って、私まだちゃんと立ててないしそのままだと首が絞まっ…絞ま…ぐるじい…!


「い、犬夜叉くんっ!かごめちゃんと仲良くねー!」


無理矢理引っ張って連れて行かれる私がなんとか最後にそう言えば、犬夜叉くんは少し驚きながらも仕方ねえと言わんばかりに軽く手を掲げて見せてくれた。

これで犬夜叉くんはきっとみんなの元へ帰って仲直りしてくれるはず。そんな希望を抱きながらほっこりした笑みを浮かべたけれど、体は殺生丸さまにずるずると引き摺られている真っ最中である。

さあ、私はこれよりお説教タイムです。



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奈美さまよりリクエスト『『君と〜』のヒロインが犬夜叉と二人きりになったら』でした!
リクエストをいただいた時、思えば犬夜叉とはあまり喋らせたことがなかったと思い出しました(笑)

犬夜叉はヒロインのことを“かごめの友達”という理由で無碍にはしないけど、まだまだ素性とか分からなくてどう接すればいいか…ってところなんでしょうね。きっと。

もちろん殺生丸さまにはこのあとしっかり怒られます。心配をかけたうえに毛嫌いする犬夜叉と二人きりで洞窟…これはもう、当分口を聞いてくれないかも知れません…(笑)

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