夏の匂い、君の匂い


太陽がカッ、と強く照る昼下がり。旅を続けているうちにいつしか夏を迎えていて、快晴の今日はじりじりと焼けるような日差しが容赦なく降り注いでいた。

温暖化が進んだ現代よりはマシなのかもしれないけれど…やっぱり暑いものは暑い…。それに着物を着ているから、余計に暑く感じてしまう気がする。洋服の方に着替えようかな、とも思ったのだけれど…あいにくそちらは冬物。どちらにしてもこの季節に適していなくて、こうして歩いているだけでもすごく汗が溢れてきてしまう。

エアコンも扇風機もなにもないこの時代、ずっと旅をしている殺生丸さまたちはどうやって過ごしていたんだろう。そう思って殺生丸さまの様子を窺ってみたけれど、どういうわけか、殺生丸さまは汗ひとつかいていないみたいだった。
ど、どうしてなんだろう…殺生丸さまは暑くないのかな…それとももしかして、妖怪は汗をかかないとか…? そう気になって邪見を見てみると、どうやら彼はそうでもないようで、すでにぐったりとした顔をしながら汗を拭い拭い歩いていた。

やっぱり妖怪でも夏は暑いんだ…ってことは、殺生丸さまだけが例外なのかな…。
そんな思いを抱きながら涼しげにさえ見える殺生丸さまの横顔を見ていると、不意に目を向けられて視線が絡まった。見すぎちゃったかな…。そう思うのも束の間、殺生丸さまは足を止められてこちらへと振り返ってきた。


「少し顔が赤い。気分でも悪くしたか」
「え? 赤いですか? 体調は特に問題ないんですけれど……でも、今日は暑いので…できるなら少し、休憩したいです」


顔が赤くなっていることには気が付かなかったけれど、これはチャンスかもしれない、と思い切ってお願いしてみる。するとへろへろの邪見が「わたくしめも少々お休みをいただきとうございまする…」と、か弱い声で賛同してきた。

そのおかげなのか殺生丸さまはほんの少しの間私たちを見つめて、静かにその視線をどこかへ投げられた。それに釣られるように同じ場所を見てみると、そこには大きな樹。木陰も十分そうで、それを目にされた殺生丸さまは「あそこで休め」と言いながら足を向けられた。

よかった、お休みがいただける。それに表情を明るくした私と邪見は小走りで殺生丸さまのあとを追って、すぐさま大きな樹の木陰へと向かっていった。




――そうしてようやくの休息に入った頃、私は殺生丸さまたちに伝えてすぐに近くの川へと駆けていた。
休む前にせめて汗を拭くくらいはしたいもの…。そう思って川へ辿り着いた私がハンカチを取り出した時、不意に背後から「名前」と呼び掛けられる。

振り返ってみれば、そこには殺生丸さまがいて。まさかついて来ているなんて思ってもみなかった私は、きょとんとしながら殺生丸さまを見つめた。


「殺生丸さま…? なにかありましたか?」
「来い」


そう短く口にする殺生丸さまは私を傍の木陰へと呼んでいる様子。
なんだろう…要件が分からないのだけれど、こうして呼ばれた時は大体お近くに寄らないと怒られるんだよね…。でも汗だくの私はどうしても近付くことを躊躇ってしまって、控えめに川を指差しながら返事をした。


「あの、今は汗がすごくて…臭うかもしれないので拭いてから…」
「いいから来い」
「ゔ……はい…」


私の抵抗も虚しく、いつものように威圧感を与えられては殺生丸さまの言う通りお傍へとゆっくり歩み寄っていく。それでもどうしても間近には行けなくて。少しだけ距離を置くように立ち止まってしまうと、殺生丸さまは自ら足を踏み出すなり突然私の肩を持ってグイ、と体を引き寄せられた。


「きゃっ! せ、殺生丸さま、なにを…えっ…!?」


“なにをするんですか”、と尋ねようとした声は短い声に変えられてしまう。というのも、どういうわけか殺生丸さまが私の額にぐっ、とお顔を近付けてきたから。
そんな突然の急接近に驚いた私は戸惑いと困惑と羞恥心と、色んな感情が爆発しそうな思いの中で硬直してしまって、すぐにあわあわあわと震えながら殺生丸さまの胸を押し返そうとした。


「あ、あのっ、今は…今は臭うと思うのでっ…そんなに近付かないでくださいっ…!」
「うるさい。大人しくしろ」
「あっ」


必死に押し退けようとするも殺生丸さまは端的に言いながら私の腕をグ、と掴んでしまう。おかげで押し退けることも離れようとすることもできなくて、殺生丸さまとの距離は異様に近いまま。
昂る羞恥心に顔が熱くなって、余計に汗が出てしまうような気がして本当に逃げたかったのだけれど、どういうわけか殺生丸さまは私をそこに留めたまま、肌と肌が触れ合いそうな至近距離でスンスンと微かに鼻を鳴らされていた。

え…ま、待って…これ、におい嗅がれてる…!?


「だ、だめです殺生丸さまっ…! せめて…汗を拭いてからっ…」


慌てた私は懸命に抵抗しようとするけれど、意味をなさず。もはや言葉さえ返してくれない殺生丸さまは、私の思いなんて構わず汗に濡れたこめかみの周辺を静かに嗅がれていた。

ど、どどどどうしてこんなことに…!? 以前臭かったら言ってほしいとは言ったけれど、こんなに嗅がれることになるなんて思いもしなかった。
…ううん、待って。臭かったらどうしてこんなに至近距離で嗅ぐの? 普通は遠ざけるはずなのに。…ということは、臭くないの…? でも、じゃあどうしてこんなに嗅がれてるの? いつ離してくださるの…!?

恥ずかしさのあまり疑問が疑問を呼んで、頭が回らなくて。わけが分からなくなるまま、それでも必死にこの状況を早く終わらせられないかと考えようとした。

すると不意に、殺生丸さまのお顔が少しずつ下がっていく。え、と思う間にも、いつしか殺生丸さまは私の首元――鎖骨の付近を静かに嗅がれていた。


「せっ…せっしょう…まる、さまっ…?」


声を漏らすように小さく声を掛けてみるけれど、やっぱり答えは帰ってこない。殺生丸さまは変わらず私の肌に近付くばかりで、一向に離れてくれないどころか私の意思なんて意に解していないようだった。

どうしよう…においを嗅がれていること、そんなところに顔を埋めるように近付けられていること、全てが恥ずかしくてたまらなくて、その吐息がくすぐったくて…なんだか頭がのぼせてしまうような、ふわふわとした感覚に包まれてしまいそうになってくる。

――そんな時…


「ひゃっ!?」


ざらりとした感触が、鎖骨から首筋を辿るように撫でる。途端にゾクゾクとした痺れが体を迸って、驚いた私はうっすらと涙が浮かぶ目で、殺生丸さまの頭を見つめていた。
するとそこに埋められていた彼の顔が持ち上げられて、


「味で分かるものではないか…」


と不思議そうに呟かれた。

え…あ、味って…もしかして今、あ…汗を舐められた…!?

どうしてそんなことをしたのという疑問と困惑、そしてなによりも大きな羞恥心が溢れんばかりに込み上げてきて、頭が沸騰してしまいそうなほどかあああ、と熱をもって固まってしまう。
けれど殺生丸さまは普段となにひとつ変わらない様子で涼しい顔をしていて、ぐるぐる目を回す私を見下ろしながら平然とした様子で言った。


「お前の匂いがやけに気になったから確かめていた」
「え…え? あの…それはやっぱり…く、臭かった…ってこと、ですか…?」
「いや、不快なものではない。だからこそ気になったのだ」


私の問いにそう答えながら、殺生丸さまはもう一度額に顔を近付けてスン、と小さく鳴らされる。そのたびにきゅ、と体が縮こまってしまうのだけれど、殺生丸さまはそれを最後に静かに離れられた。


「もう良いぞ」


そう短く言いながら、殺生丸さまは掴んでいた私の手を放してくれる。かと思えば静かに踵を返して、邪見がいる大きな樹の方へと歩き出してしまった。

…ということは、殺生丸さまは本当に私の匂いが気になったから確かめたかっただけ…? それも至近距離で嗅いで、原因を確かめるためとはいえ、汗を舐めてまで……

つい先ほどのことを思い出してしまいながら、首筋に手を触れる。すると途端に顔の熱が急上昇していくような気がして、自分でも顔が赤くなっていることが分かるくらいの熱を感じながらその場にへた…と座り込んでしまった。


(…し…刺激が…強すぎる…)


妖怪ってみんなこうなの? それとも殺生丸さまだけなの? なにも分からないこの世の常識と置かれた状況に、私は熱中症のようなくらくらとする感覚を抱きながらその場から動けなくなってしまっていた。



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リクエストの『やけに臭いを嗅いでくる殺生丸さまに恥ずかしがるヒロインちゃん』でした。

犬は汗臭さとか人間が臭いと思うにおいを好む、という情報を見たのでこういう内容にしてみました! 殺生丸さまは妖怪なのでここまで犬と同じなのかは微妙なところですが、番外編(if?)なのでひとまずアリにしようってことに。笑

当サイト、ちょくちょく殺生丸さまを犬と同然の扱いしてますね。でも人間のことが全然分からなくて犬っぽい行動をとってしまう殺生丸さまが可愛くてつい書きたくなってしまうんです…! 許して!
特に『かぜなきし』ではこんな感じで殺生丸さまの犬っぽい無自覚スキンシップにヒロインちゃんが翻弄されることがあるんだろうなぁと思ってまして、今回もついそんな感じに書いちゃいました。
少しでもお気に召していただけましたら幸いです…!!

それでは改めまして、このたびは『90万打突破記念企画』にご参加いただきましてありがとうございました!
これからも当サイトと作品たち、そしてついでに管理人をよろしくお願いいたします〜!

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