終わりと始まり


「犬夜叉。いい加減に告白しなさい」
「ぶっ」


昼休み、弥勒に昼飯を誘われて行ってみれば突然わけの分からねえことを言われて吹き出しちまった。弥勒にはよく相談に乗ってもらっている。だからこんなことを言われるのも初めてじゃねえけど、いくらなんでも突拍子なさすぎんだろ。そう思って「なんなんだよ突然…」と言ってやれば、弥勒は購買のパンを取り出して口にした。
いや、話せよ。そのまま昼飯を始めやがる弥勒にそう言ってやろうとすると、弥勒はその一口を飲み込んでおれを見据えてきた。


「…三高の男子生徒が名前さまに告白しようとしている」
「はあ? 三高って…なんで違う学校の奴が名前を知ってんだよ」


いまいち弥勒の話が理解できず首を捻る。三高と言えば隣の高校だ。隣と言っても距離はあるし、名前とすれ違うことがあったとしても名前まで分かるとは思えねえ。それがなんで名前を知ってるどころか、告白なんざしようとしてやがるんだ。
おれが眉をひそめて言葉を待っていれば、弥勒は「私も会話が聞こえてきた程度だが…」とか言いながらその時の会話を話し始めた。


「隣の高校に名前って可愛い子がいるんだよ」
「隣の? なんでお前があそこの生徒なんて知ってんの?」
「そっちに中学ん時のツレがいてさ。そいつと遊んでたらコンビニで見かけたんだよ。すげえタイプの顔してた。今度見かけたら告ってみようかなー」


「…という具合だ。本気とは思えんが、あのような軽い男なら実行しても不思議ではない」
「おめーに軽いって言われるなんざ、相当だなそいつ」
「…お前は自分の心配をなさい。うかうかしていれば、いずれどこかの誰かに名前さまを取られてしまいますよ」


ため息混じりに、かつ真剣に弥勒は言ってくる。おれはその言葉をジュースと一緒に適当に流し込み、昼飯の弁当を掻き込んで席を立った。


「んな心配したってしょうがねえっつーの。お前も知ってんだろ、名前の鈍感っぷり。あいつはちょっとやそっとじゃ靡かねえよ」
「しかし…」
「うっせーなー。昼飯は終わったんだ。またな」


納得がいっていないらしい弥勒を振り切って教室を出る。そもそも名前の物分かりが良けりゃ、とっくにおれのこの気持ちだって伝わってるはずだ。でもあいつの鈍感っぷりは群を抜いていて、どんなアプローチをしても気付きゃしねえ。そんな奴が知らねえ男に一度告白されたくらいで、簡単に“はいよろしく”なんて言わねえんだよ。

…でも、気に食わねえのは確かだ。
ちょっと見かけたくらいで、顔が好みだったくらいで名前に告白するだ? そいつの近くにはずっと昔から好きだと思ってる奴が、名前の全部が好きだと思ってる奴がいるんだよ。


「…近付けて堪るか」


自分の教室へ続く短い廊下で一人呟く。弥勒の誘導に乗るみてえで癪だが、おれは行動に移すことにした。そろそろ名前にもガツンと言ってやらねえと、と思ってたんだ。ちょうどいい、いい加減決着つけてやる。

自分の教室に入っては自分の席に座る。すると隣の名前はまだ弁当を食っていて、口をもごもごと動かしながらおれの方に振り返ってきた。


「…ん、犬夜叉早いね。もう食べたの?」
「ああ。んなことより名前」
「なに?」
「放課後、残ってくれ」



* * *




赤い夕陽が眩しいくらい差し込んでくる。普段の教室とはまるで別物だ。そんな空間の中、おれと名前は運動部の声を遠くに聞きながら二人、静かな教室に残っていた。理由を聞かれても“いいから残れ”と流したが、名前は文句も言わず残ってくれている。でもおれがなにも言えずにいるせいか、グラウンドを見つめながら「あ、珊瑚ちゃん見つけた」なんて他愛もないことを呟いている。

普通はこんな空間、空気、緊張すると思うんだけどな。当然勝負を仕掛けようと意気込んだおれは、結局うまく声が出せないまま踏み切れずにいる。それでも名前の様子はいつも通りで、なんの緊張も感じられなかった。
そんな姿を見つめていれば、名前はくるりと振り返ってきて小さく首を傾げた。


「それで…結局残らされた理由って? 私そろそろお腹空いてきたなー」


腹を軽く擦りながらいつもの調子で言ってくる。そんな姿に緊張をほぐされるような、それでもやっぱり言葉が詰まるような思いを抱えながら、おれは絞り出した声で「名前」と名前を呼んだ。それだけでも心臓がばくばくうるさいくらい鳴る。でも名前は落ち着いた声色で、


「なに?」


もう一度首を傾げた。名前がおれの言葉を待っている。おかげで静寂は一層強くなって、遠いはずの運動部の声がよく聞こえるような気がした。

なんとなく、言うなら、今だと思った。


「名前…おれは、お前が好きだ」


痛いくらいの静寂の中、おれの想像以上に頼りない声が響いた。もっと普通に、いつも通りの調子で伝えるはずだったのに。そんな思いがよぎって、喉が張り付くほど乾いて、汗が滲んで、一秒が長く感じて。らしくねえって、自分でも思ったくらいだった。

でもおれの前に立つ名前はきょとんとして、


「私も好きだよ?」


なんて、いつもの調子で言いやがった。ストレートに言っても伝わらねえのか。ついそんなことを思って、それでも緊張はほぐれないままに、おれは名前に足を踏み出していた。


「そうじゃねえ。名前、おれが言いてえのは…」
「あっ、えと…ごめん、ま、待ってっ」


分かってねえ名前に全部言い聞かせてやろうと思った矢先、突然名前が焦ったように顔を逸らしておれに手のひらを突き出してきた。予想外の展開に、今度はおれがきょとんとしちまう。急になんだ、どうしたってんだ。そう思って名前の顔を見つめてみるが、顔を逸らされているせいで表情が分からねえ。
ただ、突き出された手のひらの向こう。髪の隙間に見える、名前の耳。それが一目で分かるくらい、夕陽の色に負けねえくらい、真っ赤に染まっていた。


「名前…?」


赤く、なってんのか…?
…てことは、おれが言ってる意味を分かって…

そんな思いがよぎった瞬間、おれの頬にも熱が集まる感覚があった。でもおれの目は名前を捉えたまま。懸命に顔を隠そうとするそいつの姿を、逸らすこともできず真っ直ぐに見つめていた。
すると名前はどうしてか「ごめん…」と小さく謝って、顔だけをゆっくりとおれに向けながら、目だけは気まずそうにそっぽへ逸らした。


「あの、わ、分かってる…そういうこと、だって…だから私も…そのつもりで言ったんだけど…その…思ったより…は、恥ずかしい…」
「……は…」


つい声が漏れた。思いもよらない言葉が並んで、開いた口が塞がらなかった。
“そのつもりで”…? ってことは、おれと同じ意味で言ったってことだよな…? 友達としてでも、幼馴染としてでもない。一人の異性として、好きだってこと…。

それを噛み締めるように実感し始めるが、やっぱり分からない。今まで名前にそんな素振りなんて見えなかった。いつも通りなにも変わらない名前だった。それなのに同じ思いを抱えていたとは信じられず、おれは唖然とするように立ち尽くしたまま、名前に問いかけていた。


「い…いつからだよ、それ…」
「わ、分かんない…でも最近…気付いたら…犬夜叉のこと、そんな風に見てた…」


目を合わせもせず、ただ恥ずかしそうに言う名前の姿にこっちまで恥ずかしくなってくる。
気付かなかった…名前がおれのことを好きになってくれていたなんて。名前は昔から鈍感だったからなにをしても気付かねえって、おれの気持ちも全然分かってくれねえって、知らねえ間に決め付けていた。だけど、それは勘違いだった。

いつからかは分からねえ。けど、とっくに両想いになってたんならさっさと告っちまえばよかった。三高の奴なんかに焦らなくてもよかったんじゃねえか…。いいきっかけにはなったが、やっぱり弥勒の思惑通りな感じがしてどうも癪だ。それを思ってはため息をつきそうになって、さすがに押しとどめたおれは念のためを思って「そういや名前、」とその話を振った。


「なんかおめー、三高の奴に狙われてるらしいぞ」
「えっ? え、なにそれ。三高に知り合いなんていないけど…」
「たまたま見かけて、顔が好みだったんだとよ。…もし告られても、ぜってえ期待させるようなこと言うんじゃねえぞ」
「い、言われなくても分かってるよっ。私はもう、犬夜叉のものだし…」


小さくもさらっと吐かれた言葉にぎょっとする。思わず見開いた目を向けていれば、同じく目を丸くした名前が我に返ったように振り返ってきた。


「あっ、いやその、犬夜叉のものっていうか、えっと…」
「おめー…よくそんな恥ずかしーこと言えるな…」
「う、うるさいっ。こんなに恥ずかしいとは思わなかったの…!」


どうやら思ったままを口にしたらしく、今さら後悔するように顔を隠された。でもおれの反応が気になったのか、様子を窺うように顔を上げてきて。お互いに真っ赤になった顔を向き合わせれば、それぞれの顔の赤さに思わず噴き出しちまって、揃って笑い声を上げた。

長かった幼馴染の関係は終わりだ。これからは恋人として、これまでよりも長く一緒に過ごしてやる。



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『sl』設定で二人が恋人になったお話、でした。恋人になったあとも二人の関係はあまり変わりそうになかったので、恋人になる瞬間のお話にしてみました。本編はぼんやり考えているものがあったので、IFという形で失礼します。
『sl』のヒロインと犬夜叉にはずっと幼馴染の気楽さを持っていてほしいので、恋人になる時も結果的には笑ってすごしてほしいと思ってます。二人を見守るモブ生徒になりたい。

三高のモデル(?)はRINNEの三界高校です。そういう同じ作者の繋がりが好きなので、なんとなく選んでみました(笑)

『sl』の本編は本当に手空きの時に気が向いたら書いている状態なので、めちゃくちゃ進行が遅くて申し訳ないです。学パロっていう特殊設定なので、読んでくれている人もいないと思っていたんですよね…なので今回リクエストいただけて、本当にびっくりしました。ありがとうございます! お望みの形にできたかは分からないのですが、少しでもお気に召していただけると幸いでございます。これからも管理人共々、当サイトを末永くよろしくお願いいたします! この度は企画へのご参加、ありがとうございました!

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