休息前のひと騒ぎ


「あっ。ごめんみんな…ご飯、切らしてたんだった」


旅の合間。昼食にしようと腰を下ろした一行の中で、自身のリュックを覗き込んだかごめが突然そんな声を漏らした。それには一同“ああ…”と、分かり切っていたと言わんばかりの表情を見せる。だが唯一犬夜叉だけは「なにい?」と不満そうに声を上げ、大きく眉を歪めてしまった。


「そんなわけねえだろ。まだ残ってたはずだ」
「…って言うけど…」
「もう忘れたの? 犬夜叉。あんたが昨日、残りのカップ麺を一人でばくばく食べちゃったんでしょ?」


かごめに続くよう名前が指摘をすれば、それを聞いていた弥勒や珊瑚や七宝がうんうんと深く頷いてくれる。

そう、昼食用の食糧がない原因は昨晩の犬夜叉にある。“今日はやけに腹が減っている”と言った彼は勝手に多くのカップ麺を食べ、残しておきたかったそれを全部平らげてしまったのだ。元々明日にはかごめが現代へ帰り食糧を調達してくる予定だったが、彼のおかげで早くも食糧難。今すぐ現代へ戻ろうにもまだ遠く、行って帰ってくる頃には日が暮れてしまうだろうといった状況だった。

それを考えた一行は話し合い、現代へ戻るのは明日の予定のまま、今日一日は川魚や野草を捜して凌ぐことにしようという話で落ち着いた。そうと決まれば、次にやることは組分けだ。森へ行く者、川へ行く者、それぞれの組を決めるため、名前は一同へ右手を差し出して“グー”と“パー”の形を順番に見せつけた。


「私が“せーの”って言ったら、みんなこうしてグーかパーを同時に出してね。いい?」


尋ねるように視線を巡らせれば、一同はそれぞれ短い返事をくれる。それに名前は小さく頷いて、言った。


「行くよー、せーのっ」








――がさがさと音を立てて草木を掻き分ける。森の中で足元に視線を巡らせるのは“パー”を出した名前、犬夜叉、弥勒の三人だった。対する“グー”を出したかごめ、七宝、珊瑚は川へ向かい魚を捕っている頃だろう。それを思いながらこちらも食糧捜しに念を入れて歩き回っていれば、食べられそうな野草やキノコが徐々に腕の中へ集まっていく。

そしてそれが抱えきれなくなってきた頃、ようやく顔を上げた三人は各自抱えた食糧を見せ合うように歩みを寄せていった。


「みんな結構採れたね」
「ええ。もう十分でしょう」
「じゃあさっさと戻ろうぜ」


腹減ってんだ。そう言いながらどこか不満そうな犬夜叉が一足先に踵を返す。その様子を見ていた弥勒は同じく歩き出すと、「昨晩お前が欲張って食べてしまうからでしょう」と呆れたように言いやった。それに続いて「そうだよ。他の人のことも少しくらい気にしてほしいんだけど」と名前。そんな二人の指摘を続々と受けた犬夜叉は、む、と口をへの字に曲げ、ついには足を踏み鳴らすようにしてずんずんと歩き始めた。


「うるせーな。腹が減ってたんだから仕方ねーだろっ。過ぎたことをいつまでもぐちぐち言ってんじゃねーよっ」
「なぜお前が怒る」
「完全に逆ギレじゃん」


ふん、と鼻を鳴らすほど強く言ってしまう犬夜叉に二人は呆れさえ通り越した目を向ける。彼はいつもそうだ。自分に都合が悪くなると、ふて腐れたり怒ったりしてばかり。
それを思った名前はため息を漏らすと、その後ろ姿へ「犬夜叉さー、」と声を投げかけた。


「いつもそうやって怒ってばっかだけど、たまには素直に謝ったら…え゙っ、うわ!?」
「「!?」」


突然ずぼ、という大きな音が響き、同時に名前の短い声が上がる。それに驚いた二人が振り返るが、どうしてか一番後ろをついて歩いていたはずの名前の姿がない。妖怪に襲われたのか――咄嗟にそんな可能性がよぎったものの、周囲にそれらしい気配や妖気は感じられない。
ならば名前はどこに…その思い一つで強く眉根を寄せた二人がすぐさま辺りを見回そうとした――その時、それは足元に垣間見えた姿にピタリと止められた。


「い…ったあー…」


そう小さな声を漏らす名前。それは犬夜叉たちの足元に滑り落ちた跡を残して、目下の小さな穴にすっぽりとはまってしまっていた。
どうやら妖怪に襲われたわけではないらしい。それが分かると二人は途端に表情を緩め、中でも犬夜叉は「なにやってんだ、どんくせー」と呆れ顔を見せながらぼやいた。だが名前はそれに返すこともなく、自身が落ちた穴に「もーっ」と文句の声を上げる。


「誰だっ、こんなところに落とし穴なんか掘った奴ー!」
「まさか一番後ろを歩いていた名前さまが落ちるとは…なんとも運のない。…しかしこの穴、ずいぶんと目立たない場所にありますし、もしかしたら落とし穴ではなく獣の巣穴かなにかではないでしょうか」
「巣穴…?」


弥勒の推測に名前は小さく眉をひそめて辺りを見回してみる。言われてみれば確かに、地面には木の葉なんかが敷き詰められていて簡素な寝床になっているようだった。それに加え、獣のものであろう体毛だってわずかに残されている。
ということはどうやら彼の言う通り、これは誰かが仕掛けた罠ではなく、獣がここで過ごすために掘った巣穴で間違いないようだ。

自分の下の柔らかな感触にそれを実感していた時、ふと犬夜叉がなにかを思い出すようにしてこちらを見下ろしてきた。


「そういやおめー、前にもそんな穴にはまってたな」
「前にも…? あったっけ?」
「お前らが勝手に帰ろうとして、結羅って奴に襲われた時だよ」
「結羅……ああ…あったね、そんなこと…」


懐かしくも思える名前に当時のことを思い出す。あれはまだ犬夜叉とうまくいっていなかった頃のこと。犬夜叉とちょっとした口論になった二人は共に現代へ帰ろうとした。だが四魂の玉の話を嗅ぎ付けた“逆髪の結羅”に襲撃を受け、かごめは井戸へ、残る名前も井戸へ逃げようとするも叶わず、一人で森の中を逃げ惑ううちに獣の巣に落ちてしまったのだ。
その時滑り落ちた穴もまさに今と同じ、目立たない場所にあったなにかの巣。当時はそれのおかげで結羅の目から逃れることができたのだが、なにかから逃げているわけでもない今はただの滑り落ち損だ。
それを思ってついため息をこぼしてしまうと、不思議そうな表情を浮かべた弥勒が呟くように言った。


「はあ。名前さまは過去にもこのようなことが…」
「鬼の小娘に狙われて逃げた挙句落ちてんだ。どんくせーだろ」


意地の悪い笑みを浮かべてバカにするように弥勒へ話す犬夜叉。名前はその姿に口をへの字に曲げると「うっさいなー」と不満げな声を上げた。


「あの時は殺されると思って必死だったんだからね。そんなことより、眺めてないで早く引き上げてよっ」


はまって動けないんだから。抗議するようにそう声を上げれば、弥勒、犬夜叉と続けて手を差し伸べてくれる。それを両の手でそれぞれ握れば、息を合わせるようにしてグイ、と引き上げられた。
それによりようやく穴を抜け出した名前は二人に礼を言い、葉っぱなんかが付いた制服をぱたぱたと叩き払う。

するとその時、落とした食糧を拾い上げた犬夜叉が「…にしても、」と言いながら呆れの表情を寄せてきた。


「おめーはなにかと世話がかかる。もう少し周りを気にした方がいいんじゃねーのか?」
「なにそれ、仕返しのつもり? そもそも食糧捜しをする羽目になった元凶さんには言われたくありませんー」
「てめーまだ言うか」


今にも殴り掛からんばかりに顔を迫らせる犬夜叉に対してつーんと顔を背ける名前。そんな二人の様子に苦笑を浮かべていた弥勒だが、同じく落とした食糧を拾い上げては「とりあえず足を進めましょうか」と言って先を促した。それには犬夜叉も名前も素直に従い、三人は再び元の場所への帰路につく。
と、不意に弥勒から「ところで、」という声を向けられた。


「せっかくお二人が思い出したことですし、この道中、私が出会う以前にあった出来事を聞かせてはもらえませんか?」
「え? 弥勒と会う前の…? もう話してること以外、大したことはなかったと思うけど…」


突然の提案に驚きながら思い返してみるが、名前とかごめが現代の人間であることや巫女のことなど、大事なことはすでに全て話してある。それ以外のこととなると本当に他愛のない出来事ばかりで、特に話すほどでもないだろう。そう思ってしまったのだが、持ち上げた視線で捉えた彼に引く様子はなく、


「どんな些細なことでもいいんです。だって…知りたいじゃないですか」


言いながら、笑みを浮かべられた。まるで名前のことを知りたい、そう言われているように感じてしまう彼の表情。それには思わず目を丸くしてしまったのだが、その弥勒は「どうかしましたか?」と笑顔ではぐらかしてしまう。

…いまの言葉は、そういうことなんだろうか。その真意も分からないままつい戸惑うように言葉を詰まらせていると、そんな二人の様子に気付いてか否か、不意に「そうだな、」と少し強めに声を上げた犬夜叉が意地の悪そうな表情を振り返らせてきた。


「いつも名前が狙われて、攫われて…“おれが”いねえと、どうしようもねえってことばっかりだったな」


わざと強調して自慢げに言い切る犬夜叉。だがそれに強く反応したのは弥勒ではなく、む、と眉根を寄せた名前の方であった。


「ちょっと、なにその言い草。私だってちゃんとやってたでしょ」
「そうかあ? 結羅の時も雷獣兄弟の時も、いつもおれが闘ってたぜ。あ、能面野郎の時もだな」
「ゆ、結羅の時は私がトドメさしたようなもんでしょ! それに真由ちゃんを成仏させたのも私とかごめだし…あっ、蝦蟇! あいつを殿さまから追い出したのだって私だからねっ」


まるで全部自分が解決したかのように語る犬夜叉に名前は懸命に言い返す。これだけ実例を上げれば分かってくれるだろうと思ったのだが、対する犬夜叉は大して取り合ってもくれず、終いには「けっ」と素っ気なく吐き捨てられてしまった。


「んなもん、土壇場でなんとかできただけだろ。いいか、おめーは闘おうとしねえで大人しくしてろ」
「で、でも…」
「犬夜叉の言う通りですよ、名前さま。…私が出会う以前のことはよく分かりました。これからは犬夜叉に闘いを任せ、私たちは安全な場所で犬夜叉を見守りましょう」


名前を諭すように語りながら優しく微笑みかける弥勒。しかしその中に自然と出された一言を聞き逃さなかった犬夜叉はぱちくりと目を瞬かせ、やがてその表情を怪訝なものへと変えて弥勒を睨み始めた。


「おい待てよ弥勒。“私たち”ってどーゆーことだよ」
「言葉の通りですよ。私と名前さまは安全な場所に逃げます。ね、名前さま」
「ね、じゃねーんだよっ。ふざけんな! おめーもちゃんと闘って…」
「おや。そんな話をしていれば…出番ですよ、犬夜叉」


犬夜叉の言葉を遮ってまでそう言った弥勒がなにかを見つけたように犬夜叉の背後を見つめる。それに「あ?」と声を漏らした犬夜叉が振り返ると、向こうから大きな妖怪が一体こちらへ向かってきているのが見えた。しかしその妖怪、図体は大きいものの、さして強くはない妖怪だろう。そう思える相手にため息をこぼした犬夜叉は振り返りながら、


「おい弥勒。あれこそおめーが倒して…」


と言いかけるが、どういうわけか目の前の弥勒は「失礼」と言って名前を抱き上げていた。


「えっ、み、弥勒っ?」
「我々は早いところ逃げましょう。では犬夜叉、頼みましたよ」


そう言い残すと同時に弥勒は名前を連れてさっさと駆け出してしまう。それには犬夜叉も小さな声を漏らすほど愕然とするが、彼はなんの躊躇いもなく素早く逃げていく。思わず咄嗟に「弥勒てめえっ逃げんじゃねえ! おいっ!」と怒鳴り声を上げたが、当然その足が止まるはずはなく。

瞬間、犬夜叉のなにかがぷつーん、と音を立てて切れると彼は持っていた食糧を放り捨て、傍の木を抱き上げるようにして強引に引っこ抜いてしまった。かと思えば、それをまだ遠くにいる妖怪へ思い切り投げつけ、そのまま食糧も拾わずに弥勒を追い始める。
どうやら妖怪など眼中になく、それ以上に弥勒に文句を言いたいらしい。


「待ちやがれ弥勒ーっ!」
「おや、早いですね。ちゃんととどめを刺したんでしょうか」
「木を投げてるのが見えたから、たぶん刺してないと思う…」
「やはり…では、急いで逃げましょう」


そう言って弥勒は一層速く駆けていく。しかし相変わらず背後で怒鳴り続けている犬夜叉も逃がす気はないようで、彼の足に追いつこうと飛ぶように駆けていた。




――その頃、集合場所に戻ったかごめたちは焚き火をこしらえて三人の帰りを待っていた。そこに小さく響いてくる覚えのある声。それに振り返ると、遠くに小さく見慣れた人影が見えてきた。


「あ、名前たちが帰ってきた…って、なんで名前は弥勒さまに抱えられてるの?」
「しかも犬夜叉が二人を追いかけてるみたいだけど…」
「鬼ごっこでもしとるのか? まったく、幼い奴らじゃ」


呆れた様子の七宝にそう言い捨てられてしまう三人は真っ直ぐこちらへ向かってくるが、すぐ傍まで来ても立ち止まることはなく。むしろ過ぎ去ってしまう姿に疑問を抱いた瞬間、同じくこちらへ向かってくる妖怪の姿に気付いたかごめと七宝から甲高い悲鳴が上がった。と同時に、珊瑚が放った飛来骨が妖怪を切り裂いてみせる。

――そうして無事に平穏を取り戻したかごめたちは真っ先に“おすわり”で犬夜叉を沈め、弥勒と犬夜叉を中心にこっぴどく説教をしていたのだった。



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完全にギャグ締めになってしまいました、『終わりない物語』の幕間のお話です。みんなでバカみたいに騒いでほしいですね。

『終わり〜』の番外編は色々書きたいものがあるんですが、今回は食糧集めのお話を書かせていただきました。ほとんど食糧集めてないし、犬夜叉に至っては放り捨てちゃってますけど…食糧集めの話だと言い切ります(笑)
男性陣との絡み多めがご希望とのことでしたので、めちゃくちゃストレートな組分けにさせていただいてます。ただ、せっかく男性陣に囲まれてるのに恋愛成分ほぼゼロで申し訳ないです…。またほかの番外編を書く時にはもうちょっとイチャイチャ(?)させたり、違った組み合わせとか、女性陣だけのやり取りとかも書いてみたいと思います。

私が他愛のないやり取りが好きなのでこのような中身がないお話になってしまってすみません…。ちょっと無理やり感のある仕上がりになってしまった気がするのですが、少しでもお気に召していただければ幸いでございます…! また思いついた際には違った番外編も書こうと思っておりますので、本編と合わせてお付き合いいただけると嬉しいです。
このたびはリクエスト募集企画にご参加いただきましてありがとうございました! 相変わらずのんびりとしたマイペースな管理人ですが、これからもサイト共々見守っていただけると幸いです!

p.s.
修正に伴って、推敲時にカットした微量の恋愛成分なんかを再度入れてみました。修正すると宣言した割に本当に小さな変更ですみません…。少しでも以前よりより良いものになっていると感じていただけましたら幸いでございます…!
もしお気に召さなかった際には修正前のものに戻しますので、遠慮なくおっしゃって下さいね。

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