存在証明


桔梗と会ったあとの犬夜叉は、いつも気がそぞろだった。話しかけても、なにを言っても上の空で、ずっと桔梗のことを考えている。…ううん、桔梗だけじゃない。彼女と犬夜叉に深く関わっていた、巫女さんのことだって思い出している。

それに気付いたのは桔梗と別れた、とある日のことだった。楓さんの村に戻ってきた私たちは、いつものようにそっとしておこうと犬夜叉を一人にさせていた。彼もそれを望んでいたし、こんな時に話してもケンカになるばかりだったから。だから敢えて離れていたのだけど、どうしてか彼がこっちをじっと見つめていたのだ。私とかごめが並ぶ、こっちを。最初こそはまたかごめと桔梗を重ねているのかと思った。だけど、そうじゃない。彼は確かに、私のことも見つめていた。かごめと並ぶ私を。桔梗と並ぶ巫女さんを。
犬夜叉の口から直接そうだ、と聞いたわけではないけど、私の中には確信があった。だって彼の目が、桔梗を見る時と同じ目をしていたから。

私は巫女さんじゃない。今まで犬夜叉には何度も言ってきた。そのたびに“分かってる”と返された。だけど彼の中で私と“その人”が重なっていることは明白で。犬夜叉のその目に気付いた時、胸が締め付けられるような、切ないような感覚があった。苦しささえ覚えた。

せめて、同一視されなければいいのに。願うような思いを抱いてしまった私は、苦しさと同時に苛立ちも覚えていたのかもしれない。特にこの日はそれが強かったのかも。だからか私は平静を装って、楓さんの家に足を運んだ。


「楓さん、ちょっといい?」
「ん? どうした、名前」
「その、用意してほしいものがあって」


笑顔を浮かべたつもりだったけど、上手くできていたのかは分からない。だけど楓さんは私を見つめて、私の要望を優しく聞いてくれた。








しばらくして私は楓さんの家をあとにした。ドクドクと脈打つ心臓が痛い。静かに歩いているはずなのに、砂利を踏む音がやけに大きく感じる。嫌な緊張だった。それでも私は足を止めることなく向かって、やがて遠くに見える犬夜叉の背中を目に留めた。

犬夜叉はいまの私を見て、どう思うのだろう。私だって気付いてくれるのだろうか。もしかしたら同じ体だという巫女さんと、間違うかもしれない。そう思うと、犬夜叉に振り返ってほしくなかった。だけど見てほしい、気付いてほしいという気持ちが大きくて、強くて。私はあえて足音を鳴らすようにして、犬夜叉の傍で立ち止まった。
彼が振り返る。途端、その目は大きく見開かれた。


「な…」


犬夜叉の小さな声が漏れる。それだけで、私は一層強さを増す鼓動に顔を歪めそうになっていた。だけど、冷静なままに。緩やかに口角を上げて、微笑みかけようと努めた。すると犬夜叉は掠れ消えてしまいそうなほど小さな声で、確かに“名前”を呼んだ。


「名前…なんで、それを…」


蒼い巫女装束。かつて巫女さんが愛用していたというそれと同じものを纏う私を見て、彼は驚いていた。だけど、私自身も同じように驚いていた。だって彼が口にしたのは、間違いなく私の名前。詰まることも、言い淀むこともなく、私の名前を口にしてくれた。


「…巫女、って呼ばないんだね。今の犬夜叉ならこの姿、絶対に間違えると思ったのに」


小さく、それでも確かにそう言えば、犬夜叉は微かに眉根を寄せて「どういうことだよ…」と訝しげに呟いた。私はその姿に表情を歪めて、それでも務めて微笑みだけは浮かべようとした。


「桔梗と会ったあと、いつも私とかごめを見てるでしょ。桔梗と…巫女さんを、重ねるみたいに…」


言いながら、自分の言葉がすごく嫌味っぽいと思った。性格が悪いと、面倒くさいと思った。だけど溢れる思いを止めることができなくて、私は静かに犬夜叉の言葉を待った。すると犬夜叉は気まずそうに顔を俯けて、「それは…」と小さく言い淀む。ああ、言わなきゃよかった。彼の口からそんなこと、聞きたくないのに。自分はなんてバカなんだろう。言われようのない後悔に似た感情を抱きながら、もういいよと、ごめんねと声を掛けようとした。その時だった。


「分かる…どんな姿をしていても、例え巫女と同じ姿をしていても、おれはお前が名前だって分かる」
「え…」


弱々しくもはっきりと告げられる言葉に、耳を疑う。呆然と立ち尽くすような思いで言葉を待っていれば、犬夜叉は俯いたままゆっくりと口を開いた。


「確かにおれは…いつもお前らを見て、二人のことを思い出しているかもしれねえ。あいつらのことはどうしても消せねえくらい、おれの中に残ってる…でも…上手く言えねえけど…おれの中で、名前の存在がなによりでかくなってる。その姿は巫女のものだったはずなのに、今じゃ名前が一番に浮かぶ。名前であってほしいって…名前じゃねえとダメだって思うんだ」


こんなの…お前だけだ。
言いながら立ち上がった犬夜叉の瞳が、正面にくる。揺れる金の瞳で、真っ直ぐに見つめられていた。風が私や犬夜叉の髪を攫うように靡かせる。そっと持ち上げられた犬夜叉の手は、私の髪を優しく退けるようにして微かに頬に触れた。


「すまねえ…おれはまだ、これからもお前を不安にさせちまうかもしれねえ…」


申し訳なさそうに落とされたその言葉。それは、犬夜叉がまだ乗り越えられていないということを意味していた。この先も同じような思いをさせてしまうと、繰り返してしまうと。それは決して気分のいいものではなかったけど、それだけこの問題は彼にとって大きく、簡単にどうにかできてしまうものではないことはよく分かっていた。だから私は下ろされた犬夜叉の手に視線を落とし、もう一度彼の瞳へ上げながら、自然と浮かんだ笑みを柔らかく向けた。


「いいよ。犬夜叉は犬夜叉で、ゆっくり折り合いをつけてくれればいい。私はもう大丈夫…自信を持って、犬夜叉を支えていけるよ」


そう言って微笑みかければ、犬夜叉は驚いたような顔をしていた。だけどそれも緩やかに変わって、優しげな笑みを小さく浮かべる。どちらからともなく差し伸べた手は、同じくどちらからともなく握り合う。そして決して離れてしまわないように、強く絡め合った。



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『終わり〜』ヒロインで少し甘く切ないお話、とのことでしたので、ヒロインと巫女についてのお話でした。一度は書いてみたかったネタでして、せっかく『終わり〜』ヒロインでご希望いただいたので存分に使わせていただきました。思った以上に短くまとまってしまいましたが、書けて満足です…! ただ、書いていて「ややこしい設定だなぁ…」と改めて実感いたしました…(笑)

『終わり〜』ヒロインはかつての巫女と体が同じですからね、そりゃ犬夜叉だって重ねちゃいますね。でも犬夜叉は桔梗のことで連想するように巫女のことを思い出しただけで、ヒロインが巫女であってほしい、あってほしかったとは一切思っていないのです。彼にとってはもうヒロインが一番になっていたので。むしろヒロインじゃなきゃダメなんです。軽い依存ですね。
本編ではそのような関係には全然ほど遠いのですが、少しでもこんな風に分かり合える日がくればいいなぁと思っています。どうか見守ってあげてください…。

ヒロインも犬夜叉もちょっと面倒くさい感じになってしまったような気もするのですが、少しでもお気に召していただけていれば幸いです。この度はリクエスト募集企画へのご参加、ありがとうございました! これからも管理人共々、当サイトや作品たちを末永くよろしくお願いいたします!

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