ある日の眠りの隙間にて

まどろみに沈む心地よい感覚が静かに消え去る。それと同時に開いた目は見慣れた天井を捉えていて、意味もなく視線を下へ滑らせた。
目が、覚めた。まだ暗い部屋で時計に目を凝らせば、今がまだ明けも遠い夜更けだと分かる。寝直したいところだけど、どうしてかすっきりと目が覚めてしまったらしい。どうせなら仕事の日の朝にこれを発揮してほしいと思ってしまうけれど、こんな無駄なことを考えてしまうから、頭が冴えて余計に眠れなくなるんだ。

家の前の道を、車が通る。カーテンの隙間からその光が漏れ横切るのを見つめて、布団を被り直すようにしながら体を横へ向けた。すると正面に、すぐ目の前に、気持ちよさそうに眠るセシルの顔が見えた。すぅすぅと本当に小さな寝息を立てて、安心しきった様子で眠っている。

そんな彼の姿に頬が緩むと、セシルは「うぅん…」と小さな声を漏らして微かに身動ぎした。かと思えば、私の方へ身を寄せてくる。頭を押し付けるようにしてぴったりとくっついてくるその姿は、まるで幼い子供のような、はたまた人懐っこい猫のような可愛らしさがあった。簡単に言えば、母性本能をくすぐられる感覚。それが愛おしくて堪らなくて、私は彼の頭を包むように抱きながら、柔らかなその茶色の髪をゆっくりと撫で下ろした。


「ん…名前…?」


ほんの微かに声を漏らしたかと思えば、私の名前を呼びながらその顔が持ち上げられる。真っ暗な闇の中でも、伏せがちであっても、彼のエメラルドグリーンの瞳が私を見つめているのが分かる。


「あ…起こしちゃった? ごめんね」
「どうしました…? 眠れないのですか…?」
「ううん、少し目が覚めただけ。セシルは気にしないで、寝てていいよ」


起こしてごめんね。もう一度謝りながら頭を撫でると、セシルは一層顔を押し付けるように身を寄せてくる。そんな彼がもう一度寝付けるようにと優しく抱きしめようとしたのだけど、それよりも先に、セシルの腕が私の背中に回された。


「名前が眠れないのなら…ワタシも名前が眠れるまで起きています」
「え…いいよ、気にしないで?」
「ダメです。ワタシは名前と二人で眠りたい」


そう言い切りながら、セシルは真っ直ぐ私を見つめてくる。
こういう時のセシルは意外と頑固というか、全然譲歩してくれない。それも相まって幼く見える彼だけど、そういうところも可愛くて好きで、私はいつも簡単に折れてしまうのだ。
おかげで対抗するようにしばらく見つめ合っていた今も私が目を伏せてしまい、諦めたように「分かった」と小さく笑いかけた。


「でも明日もお仕事だから、早く寝なきゃね。…明日は、映画の番宣だっけ」
「Yes. 先日は監督に頼むよと言われました。なので、映画の魅力をしっかりと語ってきます」


布団の中で小さくガッツポーズをしながら意気込むように言うセシルについ笑みがこぼれてしまう。セシルが主演を務めた映画だから、余計に張り切っているのかも。
そう思ったのだけど、そのセシルの表情がどこか浮かないものに見えた気がして、様子を窺うように彼の瞳を覗き込んでみた。


「セシル? なにかあったの?」
「実は…映画の共演者とピクニックに行くロケがあったのですが、共演者の都合が悪いといって急遽街ロケに変わってしまったのです」


どこか不服そうに、そして寂しそうに言うセシルに目を瞬かせる。もしかして映画関係者となにか良くないことでもあったのかと思ったけれど、どうやらかなり平和な話らしい。それに拍子抜けしてしまったのだけど、そのピクニックロケがよほど楽しみだったのか、セシルは思った以上にしゅんと肩を落としているようだった。


「そっか…セシルはピクニックの方がよかった?」
「はい。バーベキューやテント張りなど、みんなで一緒に頑張ろうと話していたのでとても残念です」


言いながらセシルは少しばかり唇を尖らせるようにして眉を下げる。やっぱり、随分と楽しみにしていたらしい。だけどロケ内容の変更はそれなりにあることで、それも共演者の都合となれば文句や意見なんて言えるはずもなく、ましてやセシルのことだから大人しく我慢して了承したのだろう。

なんとなくこれまでの経緯を想像しては、一人納得する。セシル自身こんなことを言っても仕方がないと分かっているようだし、私がこれ以上言うことはないと思う。
ただ代わりに、私にできることを、提案してあげようと思った。


「ねぇセシル。代わりに今度のお休み、私と一緒にピクニック行こう?」
「名前と? 行ってくれるのですか?」
「うん。ロケで企画してたことより、もっとたくさん色んなことしようよ」


私たち二人だけじゃ大変かもしれないけど。加えるようにそう言って笑い掛ければ、セシルは呆気にとられたように目をぱちくりと瞬かせていた。けれどそれも束の間、途端にぱぁっと表情を明るくさせると、満面の笑みで私の手を握ってきた。


「ナイスアイディアです、名前! ロケの時にはなかったこともたくさんやりたい。あっ、お昼はバーベキューだけじゃなく、おにぎりパーティもしましょう! 色んな具を使って、たくさんのおにぎりを作るのです!」
「ふふ、張り切るのはいいけど、おにぎりは食べられる量にしようね」


楽しみが爆発したように勢いよく語り始めるセシルの姿に笑みがこぼれる。さっきの落ち込みはもうすっかりどこかへ行ってしまったようで、今は「ピクニックでなにをしましょう。今度ショッピングにも行かなければいけませんね」と張り切っている様子。
それが可愛くて仕方がないのだけど、ふと我に返っては壁の時計へ目をやった。それほど時間は経っていないけれど、大きく動いた長針が現実へ引き戻すような感覚を伝える。おかげで少しばかりの焦りが戻ってきたけれど、そんな気持ちとは裏腹に、私たちはすっかり目を覚ましてしまっていた。


「…なんだか、余計眠れなくなっちゃったね」
「あ…すみません。名前といられる時のことを考えると、つい興奮して夢中になってしまいました…」
「ううん、私も話を掘り下げるようなこと言っちゃったから」


セシルが謝るのに続いてわたしもごめんね、と言えば、セシルは目を細めながら「では、おあいこですね」と言ってくれた。私も釣られるように微笑みながら頷くと、やがてセシルは私から腕を離して、布団を被り直すように引き上げた。かと思えば私を自分の懐へ招き入れて、包み込むように抱きしめてくれる。


「今度こそ、きちんと寝ましょう。…そうだ、名前がすぐに寝られるよう、子守歌を歌ってあげます」
「子守歌?」
「えぇ。幼い頃によく聴かされていた、アグナの子守歌です」


唐突な提案に顔を上げれば、セシルは優しい笑顔のままそう言う。でもそれじゃセシルが眠れないんじゃ…と思う私の頭にセシルはそっと手を乗せてきて、まるで子供をあやすかのように柔らかく撫でてくれた。
同時に、優しい声が温かなメロディを紡ぎ出す。歌声がそっと私の手を引くように、心地よさに包まれる。すると次第に、冴えていたくらいの頭がふわふわとした感覚を覚え始めた。まるで真綿に優しく包み込まれるような、心地よくて、不思議な感覚。

まるで魔法を掛けられたようだ。私はそれくらい自然に、あっという間に眠気を誘われて。セシルより先に眠ってしまうことへの罪悪感を覚えながら、それでも抵抗すらできずに重い瞼を下げていた。
そうしてあっという間にまどろみへ沈んでいく感覚の中、「グーネ ドーミス、my princess」という優しい声と共に柔らかなキスを降らされて、私は静かに意識を手放してしまった。


――けれどその歌声に熟睡していたおかげか、目を覚ました頃には予定の起床時刻よりしっかり遅れていて、私もセシルも大きな声で叫びながらベッドから飛び起きたのだった。


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