13


山の裾野へ太陽が身を隠していく夕暮れ時、朱色に薄墨を滲ませたような空の下で無骨な山肌に馬を走らせる野盗の集団がいた。今しがたどこかの村でも襲ってきたのだろう、血やそれに塗れた髪の毛をこびり付かせた武器を手にする男たちの後ろには米俵などの収穫物が乗せられている。
そんな恐れ知らずの男たちの中で、一人が少しばかり気の弱い声を上げた。


「急ごうお頭、この辺は日が暮れると妖怪が出るというぞ」
「妖怪だあ?」


子分の忠告らしきその声にお頭と呼ばれた男が小馬鹿にするような声で聞き返す。
するとその時、子分の言葉を肯定するかのように突如前方に何者かの姿が見えてきた。それを見つけた子分の一人が「ん?」と声を漏らし目を凝らした先。そこに立つそれは、白い着物を纏い白銀の長髪を緩やかに揺らす男――殺生丸であった。


「よ、妖怪!?」
「バカかてめえ、ありゃ人間だ」
「おもしれえ鎧着てるぞ!」
「ぶっ殺して身ぐるみ剥いじまえ!」


自分たちと大差ない姿形をしたそれを人間だと思い込んだお頭の声に全員が威勢よく武器を掲げ、静かに立ちはだかる獲物へと一層強く馬を走らせた。対する殺生丸は野盗たちへ音もなく冷ややかな目を向け、まるで迎え討たんばかりに踵を返す。

そうして掲げられるのは、あるはずのない左腕。そこに確かに備わる不気味な鬼の腕をバキバキ、と慣らした――直後、野盗たちの頭上をフワ…と羽毛のように軽く飛び越えると同時に、目にも止まらぬ速さで野盗や馬の首全てを一振りで薙ぎ払ってしまった。

たった一瞬、瞬きする間もないほどの刹那で命を刈り取られたそれらがドシャ、と地面へ沈む時、殺生丸は重力を感じさせない軽やかな足取りで地表へと降り立つ。するとそれに合わせるよう、傍らの茂みからぴしっ、と頭を叩く小さな妖怪が姿を見せてきた。


「よっ、お見事でございます。さすが殺生丸さま」
「邪見か…」
「やはり青鬼を殺してもぎ取った腕だけあって、強うございますなー。あ゙ゔっ!」


懸命に主を持ち上げるよう声を掛けていたというのに突然容赦ない蹴りが顔面へ叩き込まれる。それに驚くまま顔を上げてみれば、殺生丸は顔色ひとつ変えることなく見るも無残に崩れた鬼の腕へ冷めた瞳を向けていた。


「貴様の目は節穴か。これはもう使いものにならん」
「あらら、また駄目でしたか」
「もっとましな腕を持つ妖怪を探してこい。さもないと殺すぞ」


端的に、しかし鋭く言い捨てる殺生丸。その言葉に肝を冷やされた邪見はどきどきとうるさく響く自身の鼓動を聞きながら、向けられたその背中にこっそりと大きなため息を漏らした。


「(はあ〜もう疲れたこんな生活。これも犬夜叉めが、殺生丸さまの腕を斬り落としたせいじゃ)」


嫌でも思い出される、当時の光景。錆び刀であった鉄砕牙を本来の牙の刀へと変化させることに成功した犬夜叉により、殺生丸の左腕が断ち切られてしまったあの光景だ。あんなことがなければ、こうして主が納得する腕を捜し回るような生活を送ることはなかったというのに。

そう恨むように当時の記憶を思い返していた――その時。


「お困りのようでございますな」


突如邪見の背後から記憶にない男の声が掛けられる。それに振り返った二人が見たものは、白い狒狒の皮を目深に被り佇む怪しげな男の姿であった。
突如不意をつくように現れたそれ。邪見が思わず「ひっ」と声を上げて殺生丸の陰に隠れてしまうと、男は静かに見据えてくる殺生丸へ腰を低くして囁きかけた。


「犬夜叉めの兄…殺生丸さまでございましょう?」
「…なんだ貴様?」
「あなたさま同様、犬夜叉を憎む者…」


表情を変えず端的に問う殺生丸に対して男は恐れることなくただ落ち着いた様子のまま答えてみせる。顔の窺えないその男は次いで懐から一本の白い腕を取り出し、それを殺生丸へ捧げるように差し出した。


「この腕、お使いくだされ」
「……」
「ん〜!? ふざけるな貴様。それは人間の腕ではないかっ」


差し出される腕を見た途端、怯えていたはずの邪見が吠え掛かるように声を上げる。
そう、「いかにも…」と返す男が差し出したそれは、妖怪のものでなく人間の腕であったのだ。しかし人間を卑下している妖怪の殺生丸と邪見からしてみれば、人間の腕を使うなど言語道断。邪見がそのように怒りを露わにするのも当然であった。
だが男はそれをなにひとつ気にする様子もなく、手にした腕を見つめるようにその顔をわずかに下向けた。


「これは人間の腕に、四魂のかけらを仕込んだもの」
「四魂のかけらを?」
「人間の腕を用いれば…犬夜叉の持つ妖刀鉄砕牙を掴むこともできましょう」
「!」


男の言葉に、殺生丸が初めて明確な反応を見せる。
これまで握ることすら許されなかった鉄砕牙を掴むことができるというのだ。鉄砕牙を狙う殺生丸にとって、それはなによりも望ましいことだろう。


「鉄砕牙は人間を守る刀と聞き及びます。本来、あなたさまのような完璧な妖怪には扱えぬ刀だと…」
「ふっ、貴様。犬夜叉が憎いと抜かしおったな。犬夜叉を殺すために、この私を使おうというのか」


殺生丸が挑発的な笑みを浮かべながら男へ問えば、それは怯むことなく「御意」と返し頭を下げる。隠せないことを分かっているのか、それともなにか、男は不気味さを感じさせるほど殺生丸に素直であった。
だがその言葉がやはり気に食わなかったのだろう、傍で聞いていた邪見が途端に耐え兼ねた様子で強く吠え掛かった。


「きっ、貴様、なんと恐れ多い…」
「面白い、その腕もらってやろう」
「せっ、殺生丸さまっ」


こちらの声を遮るようにして男の提案を飲もうとする殺生丸に堪らず声を上げる。だがそんな邪見には目もくれず、殺生丸は薄い笑みを浮かべたまま男から左腕を受け取っていた。
どうやら彼は本気らしい。それが分かる姿に押し黙るよう言葉を失くしていれば、男は「それともう一つ…」と呟き、空いた手を再び懐へ潜り込ませた。


「この巣を…必ず役に立つはずでございます」


そう言いながら男が差し出してきたのは、片手に収まる程度の丸い蜂の巣であった。それをも躊躇いなく受け取る殺生丸は再び男へ視線をやり、問うた。


「貴様の名を聞いておこうか」
「奈落……と申します」


“奈落”――そう名乗った男は、狒狒の皮の下に微かに覗く口に小さな笑みを浮かべる。そして巣を手にしながらそれを見下ろす殺生丸もまた、含みのある胡乱げな笑みを小さく浮かべた。


「奈落か。覚えておこう」

bookmark

prev |1/5| next


back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -