12


「妖しい絵師…ですと?」
「その人…妖怪なんかじゃなかったわ。でも…鬼を操っていた」


弥勒の知り合いだと伝えた一行は屋敷へ上がらせてもらい、そこでこれまでの経緯を弥勒へ伝えていた。すると彩音がかごめに続くよう「ほら、」と話を切り出す。


「私たちが合流した時に懲らしめられてた人だよ。私あの時…あの人の竹筒を拾ったんだけど、すごく嫌な気配がしたんだよね。それにほんの少しだけ…薄っすらとだけどかけらの気配というか…残り香みたいなものが感じられた気がしたし…」
「なるほどその絵師が…四魂のかけらの力を借りているかもしれぬと…」


確信はないながらそれでも告げられる彩音の言葉に弥勒が鋭く目を細める。これにより弥勒も紅達の素性を暴くことに手を貸してくれるだろう。
そんな喜ばしい状況だが、話し合う三人に背を向けて縁側に座り込む人物が一人いた。そしてその膝に座る七宝がまんじゅうを口にしながら彼へ不思議そうな声を投げかける。


「犬夜叉、話し合いに参加せんのか」
「けっ」


そう、一人そっぽを向くのは犬夜叉であった。彼は弥勒を頼られたことがどうしても気に食わないらしく、あれ以来ずっとこうして背を向けている。


「も〜いつまでヒネクレてんの?」
「意地張っちゃってさ」
「どうしました犬夜叉」
「うるせえっ」


三人から立て続けに声を掛けられるが、腕を組む彼はそれらを突っぱねるように言い捨ててしまう。どうやら頑として弥勒と協力をする気はないようだ。それが分かるあからさまな態度に彩音が大きなため息をひとつこぼすと、細めた目でじとー、と犬夜叉を見やりながら言った。


「弥勒だってあんたと闘えるくらい強いんだし、少しくらい頼ってもいいと思うんだけど。それともなに、ヤキモチ? 弥勒にヤキモチ妬いてるの?」
「ばっ、妬いてなんかねえっっ!」
「そうですか彩音さま、そんなに必死に私のことを捜して…」


彩音の言葉に吠え掛かる犬夜叉と、同時に彩音の手を握って真剣に見つめ始める弥勒。それを目の当たりにした犬夜叉がさらにぶちぶちぶちと血管を浮かび上がらせていくのだが、弥勒の手をつねり上げて放させたのはかごめであった。


「いえ偶然、この家の前通りかかったら、四魂のかけらの気配を感じたから」
「え」
「な゙っ」


笑みを浮かべたまま薄っすらと冷や汗を浮かべる弥勒にそれを知らなかった犬夜叉が目を丸くする。するとかごめは弥勒の懐を見定めるようにじ〜、と注視し始めた。


「二つ…いえ三つは持ってるわね」
「…彩音さまだけでなく、かごめさまも見えたのですね…お二人ともいい目をお持ちで」


あくまで表情を崩すことはなく、それでも弥勒は簡単に見透かされてしまう懐のかけらを隠すようにそっと手を添える。そんな時、突然犬夜叉が指を強く鳴らしながらどすどすと歩み寄ってきた。しかし彼の思惑に気が付いた彩音がすかさず「犬夜叉、おすわり」と唱えると、彼は途端に畳へ叩き付けられてしまう。
だがそれでも必死に顔を上げた犬夜叉は吠え立てるように二人へ声を荒げた。


「てめえらっ、なんで今まで黙って…」
「これは私が集めたもの。それを取るのは盗っ人ですよ」
「てめーが言うなっ」


言い聞かせるように厳しく告げる弥勒へ犬夜叉が吠える。それもそのはずだ、先に一行からかけらを盗もうとしたのは弥勒なのだから。それを思い返した彩音がつい苦笑を浮かべてしまったその時、ふと縁側の方からどこか不安げな主人が現れ、「あのう〜法師殿…」と弥勒を呼びつけた。


「姫を救ってくださるという話の方は…覚えておいでで?」
「あ、ご安心ください。救います救います」


心配そうに尋ねる主人に対し、弥勒はなんとも軽薄な笑顔で軽く言いのけてしまう。そんな適当な物言いでいいのかと隣で聞いていた彩音は心配そうにしていたのだが、案の定主人や姫も“大丈夫なのか?”と一層の不安を隠せないでいるようであった。








「毎夜、使いの妖怪が現れ、姫を見知らぬ屋敷に連れ去るという…と、なれば…倒すべき妖怪の親玉はその屋敷にいる。そのために、今宵も姫にはその場に行ってもらわねばなりません」


一層夜も更け、満月が高く昇る頃。普段通り屏風の前に佇ませた姫へ、弥勒は片膝を突きながら真剣な表情でそう伝える。すると弥勒、彩音、かごめの三人は姫を勇気づけるよう続けざまに声を掛けた。


「必ずお助け申す。ご辛抱を」
「すぐに行くから」
「頑張ってね姫〜」
「あい…」


そう弱々しく返事をしながら儚げな表情を見せる姫だが、彼女はそんな状況でありながらしっかりとまんじゅうを口にする。

その様子を見届けた一同は揃って縁側から部屋を出ていき、庭の茂みに身を隠すよう息をひそめた。ここで使いの妖怪を待ち伏せ、そのあとを追おうという算段だ。そのためにも姫を見守らんと顔を覗かせたのだが、どうしてかその中にあれほど関わろうともしなかった犬夜叉の姿があった。


「…ん? 犬夜叉…お前も私の仕事を手伝ってくれるのですか?」
「けっ、そんなんじゃねーよっ。ただ…」


不思議そうに問うてくる弥勒へすぐさま否定の言葉を突きつけ黙り込む。気が付いたのだ、嗅ぎ覚えのある臭いが微かに漂ってきていることに。


「(近付いてくる…またあの臭い! 血と胆と墨の…あの絵師と同じ臭いがする!!)」


確信を抱くと同時に睨むよう顔を上げれば、そこには牛車を引く多くの鬼や妖怪たちの姿があった。それらは手慣れた様子で姫の元へ行き、「姫…」「ささ、今宵も…」と声を掛けながらそっと彼女の手を引いて牛車に乗せてしまう。
そうして月へ昇るように帰路を辿る様子を見上げていた弥勒が突如「よしっ、」と声を上げると、傍に停めていたかごめの自転車へ勢いよく乗り込んだ。


「かごめさま、車拝借いたします!」
「あ゙。待って!」
「ちょっ、二人とも…」


途端に先走ってしまう二人に戸惑いながらも追いかけようとしたその時、突然強引に体を引き込むようグッ、と首根を掴まれた。かと思えば、瞬く間に犬夜叉の背の上に放り込まれる。


「おめーはおれに掴まってろっ」
「あ、ありがと…」


犬夜叉の不躾ながらも気遣ってくれる様子に少しばかり戸惑いつつお礼の声を向ける。そして様子を窺うように顔を上げてみれば、前方ではなんとかかごめの呼び掛けに応じた弥勒が彼女を荷台に乗せる姿が見えた。
これで全員の足並みが揃うだろう。彩音がそう安堵すれば、不意に「間違いねえ、」と声を上げた犬夜叉が一層強く地面を蹴った。


「こっちの件にもあの絵師が絡んでるぜ!」
「じゃあ、姫を攫う妖怪の親玉は…」
「ああ、あの絵師だ!」


使いの妖怪から嗅ぎ取った匂いが決定的であったのだろう、犬夜叉は彩音の言葉に続くようはっきりと言い切ってみせる。そしてまだ周囲に漂うそれを嗅ぎながら強い確信を抱いていた。


「(絵師(やつ)は四魂のかけらを使ってやがる。大体のからくりは読めた!)」



* * *




不気味に吹き荒ぶ風が細い音を響かせる夜更け。枯れた大木の傍らに建つ小屋には姫の姿が描かれる大きな紙が広げられていた。しかし、それも描きかけ。顔だけは描かずに残している紅達は、閉め切られた襖の前をうろうろと忙しなく歩き回っていた。


「姫…まだか…」


よほど待ち遠しいのだろう。紅達は声に出してしまうほど焦がれながら落ち着かない様子を見せる。
その時、不意に聞こえ始めた牛車の車輪の音に「お」と声を漏らした紅達はすぐさま襖に張り付いた。そして高揚感を隠し切れない様子のまま、薄く開いた襖の間から隣の部屋を覗き込む。


「さあ、姫…」
「旦那さまがお待ちかねじゃ」


襖の向こうに見えるのは様々な鬼や妖怪たちに部屋へと連れ込まれる姫の姿。深く俯いた彼女は袖で顔を隠し、ガタガタガタとひどく震えているようであった。


「(ああ、姫…早く美しいお顔をお見せくだされ…)」


待ちわびた姿に息を飲むほど集中した様子でじー、と姫を見つめる紅達。しかし次の瞬間、


「ぷはっ。もう限界じゃっ!」


突然そんな声が上がったその時、姫がポン、という軽快な音を響かせてあられもない間抜けな顔を露わにしてしまった。

――そう、今宵攫われた姫は七宝が化けた偽物であったのだ。そうとは露ほども知らずに見つめていた紅達は、思わず脱力するように襖に添えていた手を床へ突いてしまう。だが七宝が変化を解いて普段の姿へ戻ると同時、彼は怒りに任せるように強く襖を開け放った。


「姫はどうした…」
「あ゙」


気迫ある表情で睨み付けてくる紅達の姿に七宝の顔が強張る。まさかすぐ傍にいるとは思わなかったのだろう。額に汗を滲ませた七宝はすぐさま警戒するように紅達を見たが、対する紅達は「ん〜?」と声を漏らしながら七宝の姿を見定めるように眺め始めた。


「貴様確か…あの時、あの妖怪小僧と一緒にいた…」


そう呟く紅達が思い返すのは犬夜叉の姿。それほど長い接触ではなかったが、紅達はあの時のことをはっきりと覚えていたようだ。そのため紅達が間違いないとばかりに睨視してくるのに七宝は冷や汗を増やし、それでもあくまで余裕を装うように不敵な笑みを浮かべてみせた。


「ふっ、ばれてしまったらしょうがないのう。おらは…」
「殺せ」
「は」


言葉の途中で容赦なく下された命令によって妖怪たちから武器を振り下ろされる七宝は「わーん!」と悲鳴に近い泣き声を上げながら飛び跳ねる。

相手が子供であるからか、紅達はそれ以上彼に構うことなく部屋の奥へ戻り、様々なところから引っ張り出してきた巻物をドサドサと床へ積み上げ始めた。そして床へ腰を落としてはそれらを選別するように手に取り、込み上げる怒りをぶつぶつと声に出していく。


「許さぬ…邪魔立てする者は皆…」




――その頃、攫われた七宝のあとを追っていた一行が紅達の家へと辿り着こうとしていた。しかしその小屋が見えたと同時に感じた、禍々しい妖気。それに気が付いた一行が途端に足を止めると、突如小屋の辺りから地響きのような音が轟き始めた。


「(来る!)」


充満する妖気と気配に犬夜叉がそう確信した直後、小屋の中から墨で描かれた巨大な煙のような物体が凄まじい勢いでバッ、と溢れ出した。その中から姿を現したのは、群を成す無数の妖怪たち。それらは一行の視界を埋め尽くさんばかりに広がりを見せていく。


「なっ…」
「こ、これは…」
「絵だ!」
「絵…!?」


堪らず目を見張った各々が声を上げると、犬夜叉の言葉に弥勒が目を疑うよう眉根を寄せる。それもそのはずだ、弥勒が紅達の妖怪を目にするのは初めてのことなのだから。そして絵が実体を持ち動き出すなど、にわかに信じられるはずがない。

だがすでに対峙した経験のある犬夜叉は堂々と言い切り、続々と現れ続けるそれらへ身構えた。


「“奴”は絵に描いた鬼を操る術を持っているんだ。だが、この鬼どもこけおどしじゃねえ。弥勒、怖かったら帰ってもいいんだぜ!」
「なんの、これは私の仕事です!」


犬夜叉が言い捨てるのに対し弥勒が反論の声を上げる。そうして彩音を背負ったまま駆け出し鉄砕牙を引き抜く犬夜叉に続き、錫杖を握り締める弥勒やかごめも強く地面を蹴り、四人は揃って妖怪の軍勢へと立ち向かった。

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