05


「だから四魂の玉のかけらだよ。知らねえか?」


薄暗い湿地でそう問いかける犬夜叉。彼はいま一刻も早く四魂の玉のかけらを集めようとこうして冥加と共に様々な地へ赴き、聞き込みをして回っているところであった。そしていま目の前にいるのは間抜け面の河童たち。彼らは犬夜叉の問いを聞くや否や、その間抜け面相応ののんびりとした声で言った。


「四魂の玉いうたら」
「手に入れたら妖力が高まるいう噂の」


どうやら四魂の玉のことは知っているらしい。これは手掛かりを得られるかもしれない、そう踏んだ犬夜叉が「知ってんのか?」と改めて問いかけると、河童たちは立ち上がりながら表情の変わらない間抜け面を互いに見合わせた。


「知ってるかやて」
「なにを?」
「四魂の玉」
「あー妖力が高まるいう噂のな」
「へーそら便利やねえ」
「それで四魂の玉がどないしたんや」
「……行きましょう犬夜叉さま。こいつらアホじゃ」


全く話の進まない姿に苛立ちを募らせる犬夜叉へ呆れ顔を浮かべる冥加が提言する。彼の言う通り目の前の河童たちはアホもアホ、話の通じない者ばかりであった。これでは待ち続けたところで状況が変わることもないだろう。
結局その場にいた複数の河童の誰からも情報を得られないまま、犬夜叉は躊躇いもなくさっさとその場をあとにした。そして二人きりで残している彩音とかごめの元へ戻るよう、木々の上を大きく跳躍していく。

そんな時、念珠にしがみつく冥加が困り果てた様子で言い出した。


「しかし犬夜叉さま、村を出てから早三日…全く手掛かりがございませんな」
「ああ、この武蔵の国にはねえってことかもな」


そう、あれからずっと四魂の玉のかけらを探し情報を聞き回り続けているが、その苦労も虚しく手に入ったかけらの数はゼロ。それどころか目撃情報すら得られず、いい加減行動範囲を広げなければならないかと思い知らされている頃だった。
戻ったら早速二人にそれを伝えよう、その思いを胸にして木を蹴ったその時、犬夜叉は眼下の光景に「ん?」と小さな声を漏らした。


「うーん、気持ちいー」
「さっぱりした〜」


思い思いにそんな声を上げるのはかごめと彩音。二人はかごめが現代から持ち込んだ水着に着替えて風呂替わりの水浴びをしていた。また見慣れない着物だ、そう思ってしまう犬夜叉が川辺に降り立った――直後、二人が突然こちらを見てとてつもない悲鳴を上げてきた。その形相に驚いた犬夜叉はついびくっ、と後ずさってしまうが、すぐさま身を乗り出すように反論の声を上げた。


「なっなんだよっ、てめえらが勝手に脱いでたんじゃねえかっ」
「ばかっ違うっ」
「後ろっ、私たちの服が盗られた!」
「ん!? 猿!?」


二人に言われた通り振り返ってみれば、シャンプーボトルなどを入れた桶の傍から跳んで逃げていく小さな白い猿が垣間見える。それは確かに二人の制服を抱えていて、どこかへ持ち去っているではないか。慌てた彩音たちは着の身着のまま走り出し、犬夜叉と共にその猿を追いかけていった。



* * *




――ピィー…

のどかな青空に指笛が響く。それを鳴らすのは一人の男で、花びらを舞わす桜の下でなにかを待っているようだった。するとそこへ飛んできたのはあの小さな白い猿。それは男の目の前まで来たかと思えば彩音たちの制服を男に差し出した。


「よしよしご苦労であったな、日吉丸」


どうやらその猿は男が飼い慣らしているもののようでなにも疑うことなく制服を受け取ってしまう。そして無造作に漁るよう二人の制服へ手を突っ込んでは、中から一枚のブラジャーを取り出した。この時代にはないそれ、男はまじまじと見つめては愕然と目を見張った。


「こっ…これは食いものではないっ…」
「くおらっ」
「この泥棒っ」
「服返してくださいっ」


ようやく追いついた犬夜叉たちが茂みから身を乗り出し思い思いの声を上げる。それどころか犬夜叉だけは容赦なく歩み寄ってしまい、驚いた男は慌てた様子で刀を抜いてきた。


「な、何者! 怪しい奴らじゃ」
「こっちのセリフだそれは」


鋭利な刀を向けられるが犬夜叉が臆するはずもなく、微塵の躊躇いもなく男の顔をみし…と蹴りつける。その間に制服を取り返した彩音とかごめはすぐさま茂みへ戻り、急いで着替えを始めていた。

しかし、なぜこの男は猿に二人の制服を盗ませたのだろう。着替えながらそれを考えていた彩音がふと小さな可能性をよぎらせて問いかけようとした時、突然男の腹から情けない音が大きく響いてきた。


「…お腹、空いてたんだね」
「……」


予想通りの結果に苦笑を浮かべてしまう彩音。そんな彼女の前で男はただ情けないと言わんばかりに頬を赤らめながら押し黙ってしまっていた。




――その後男から粗方の事情を聞きだし、ひとまず食糧を与えようということでかごめのリュックからポテチが取り出された。最初こそは見慣れないものに警戒していた男だが、それが食糧だと分かるや否やばりばりばりと激しく音を立てるほど勢いよく貪っていく。


「お茶飲む?」
「うん」


ついでと言わんばかりにかごめが缶のお茶を差し出せば、呆気なく素直になった男は先ほどまでの警戒心もすっかり忘れてそれを受け取ってしまう。
“怪しい奴ら”と呼んだ相手にそれでいいのか、そう思ってしまう彩音はさらに苦笑を深めてしまうが、彼の隣に座るかごめはまたもリュックを漁っていて。ふとそちらを見やれば、かごめはそこからドッグフードを一袋取り出してみせた。


「犬夜叉もなにか食べるー?」
「いらねーよ」


どうやらそれは犬夜叉のために持ってきたらしいが、木の幹に寝転がる彼は素っ気なく一蹴してしまう。するとかごめはほんの少しばかり残念そうに「食べれば荷物軽くなるのに」と言いながらもう一度リュックを覗き込んだ。


「彩音はなにか…あっ」
「ん? どうしたの?」
「やだ、あたし塩なんて持ってきてたみたい」


見てよ、そう言いながらリュックを覗き込むかごめに続いて首を傾げながらそこを覗いてみる。するとかごめの言う通り、そこには様々なものに紛れる真っ白な塩が確かに入っていた。それも未開封の一キログラム。
まさか塩が、それも袋で入っているとは思いもせず彩音が目をぱちくりと瞬かせていると、それを持ってきてしまった張本人は落胆するように大きなため息をこぼした。


「なにかと間違えて入れちゃったのかも。もー、ただでさえ荷物重いのに」
「塩だと使いどころにも困るしねー」


言いながら彩音はまさかの状況にくすくすと小さく笑ってしまう。それにかごめは恥ずかしがるよう口を曲げてしまう中、そんな二人のやり取りを眺めていた犬夜叉がどこか不満そうに「だから…」と呆れを含んだ声で言い出した。


「なんで井戸の中に戻るたびにこんなでかい荷を持ってくるんだよっ」
「着替えとか宿題とか…」


吠え掛かる犬夜叉とは対照的に、かごめは当たり前だと言わんばかりにさらりと答えてしまう。その言葉通り、差し出されるリュックの中には着替えや宿題、そして食糧などの生活に必要なものがいくつも詰め込まれている。

かごめは井戸が通じることが分かって以来、時折一人で現代へ帰ってはそのたびにこうしてリュックを大きく膨らませてくるのだ。しかし犬夜叉にとってそんな大きなリュックは文字通りお荷物にしか感じられず。
気に食わないという様子をありありと見せつけては、巻き込むように彩音へ声を向けてきた。


「彩音もなんか言ってやれよ」
「んー…そんなこと言われても…」


腕を組んでまで不満げに言う犬夜叉へ難しい表情を返す。確かに犬夜叉の言う通りあまり大きな荷物は邪魔になるだろう。だがかごめはそれを自転車で自ら運んでいるし、なにより、彩音自身彼女のその大きな荷物になにかと助けられているのだ。それを思えば文句など言えるはずもないどころか、むしろ感謝しているくらいで。へら、と笑ってみせては、手を左右に小さく振るった。


「いいんじゃない? 今回もこうやって役に立ったし…それにかごめのリュック、四次元ポケットみたいでちょっと面白いから」
「よじげ…なんだって?」
「やだ、そこまでじゃないわよっ」


聞き慣れない言葉に犬夜叉が怪訝な顔をするのに続いてかごめは少し恥ずかしそうに反論してくる。それにあはは、と笑っていれば、ふと一人で黙々と貪っていた男が満足げにポテチの袋をパン、と叩き潰した。


「うまい干し芋であった。礼を言うぞ、娘」
「あの…あたし、かごめっていうの。こっちは犬夜叉」
「私は彩音。あとここにいるのが…」


紹介するかごめに続くよう彩音も振り返るが、指し示そうとしていた人物の姿が消えていることに気が付いた。今の今までここにいたはずなのに、一体どこへ行ったのか。そう思って辺りを見回そうとした時、それは男の頬へ飛びついてぢゅ〜、と血を吸い始めていた。その相変わらずな姿に「あ」と小さな声を漏らすが早いか、それは躊躇いなく叩き付けられた男の手によってあっさり潰されてしまう。


「ごめん…それがノミの冥加じーちゃん…」
「(こやつら何者…?)」


自身の手の中でぺら…と薄っぺらく舞う冥加と目の前の人物たちに男は困惑の様子を露わにする。奇妙な着物を着た少女に見慣れない食糧、そのうえおかしな妖怪というわけの分からない組み合わせだ。戸惑っても仕方がないだろう。

しかし不思議そうな顔をするのは男だけではない。男の身なりを見回していたかごめも同様の表情を見せ、その男へ問いかけていた。


「供の者とはぐれて難儀していたって言ってたよね。あんたいいとこのお坊っちゃん?」
「身分は明かせぬが…わしは信長と申す者」


男――信長がそう名乗ると、途端、彩音とかごめは目を丸くして顔を見合わせた。戦国時代に存在する“信長”といえば、あの“信長”だ。それを思った二人にはいま目の前に座る彼の姿が突如神々しく見えた気がして、あわあわと言葉も纏まらないままに詰め寄っていた。


「あっあのっ、握手してくださいっ」
「えっじ、じゃあ私もっ」


真っ先に両手で握った信長の手をぶんぶんと振り回すようにするかごめに続いて、かごめ同様に目を輝かせる彩音がその後ろへ並ぶ。突然そんな様子を見せられては信長も不思議そうに「ん?」と声を漏らすが、二人はそんな彼の戸惑いも気にならないほど落ち着かない様子を露わにしていた。


「おめーらイキナリ目の色変わったぞ」
「織田信長よっ知らないの!? 超有名人よっ」
「そうだよっ。かごめ、日本史の本!」


全く分かっていないらしい犬夜叉の前で彩音がそんな声を上げると、二人は揃って慌ただしくリュックを漁り始める。そして『受験生のおもしろ日本史』という本を取り出すと、すぐさま織田信長のページを大きく開いた。


「若い頃は尾張の大うつけ(大馬鹿者)と言われてたけど、一五六〇年、桶狭間の戦いで今川義元を倒して大ブレイク…」
「あのーすまんが、わしは織田の者ではない」
「「え…?」」


突如かごめの声を遮るようにして告げられた言葉に二人はきょとんとした顔を見せる。信長といえば“織田”だろう、そう勝手に勘違いをしていた二人が呆気にとられるよう彼を見つめていれば、それは立ち上がって自身の着物から砂埃を叩き落とした。


「馳走になったな。もう行かねば。わしは武田の者。あのような尾張のうつけと一緒にされては困る。さらばじゃ。わしには重大な使命があるのでな」


爽やかな風に吹かれる彼は微笑みながら彩音たちに背を向けて歩き出してしまう。失礼なことをしてしまったか、そう思いかけるもはたとなにかに気付いた彩音が「あ、ねえ、」と彼に声を掛けようとした――その時、


「そっちガケだけど」


そう言うが遅いか、信長は小高い崖であるこの場から真っ逆さまに転落してしまっていた。しかも日吉丸だけは岩に飛び移って回避しており、なんとも無様な姿を晒したのは信長ただ一人。そんな彼の姿にかごめはただひっそりと思ってしまったのだった。


「(織田信長じゃないのか…こんなにうつけなのに…)」

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