24


晴れ渡る空に薄い雲が流れていくのどかな昼下がり。先日の奈落との戦闘で負傷した珊瑚を休ませるべく、近くに見つけた古い空家へ身を移した一行はそこでしばらくの休息をとっていた。
珊瑚の外傷は彩音の治癒によっておおよそ回復したのだが、容体が芳しくないのはその傍にうずくまる雲母の方だ。小さな子猫の姿で丸くなる雲母はぐに〜、と小さな声を漏らすほど弱っており、未だ少し苦しげな様子を見せている。

それもそのはずだ。雲母は先の闘いで奈落の体に噛みついているのだから。
奈落の体は当人曰く瘴気の塊。その体に牙を剥いたことで強い毒を受けてしまい、それが未だに抜けていないのだろう。

最初こそは珊瑚同様に彩音の治癒の力で治そうとした。だがすでに外傷のひどい珊瑚にかなり力を使っており、幸い雲母の症状はそれほどひどいものではないことを見て、犬夜叉が彩音自身の疲労回復と体力温存のために治癒をやめさせたのだ。

しかし、このまま放っておくわけにもいかない。そう考えた彩音たちは空き家の外で腰をおろすと、なにか対処法はないかと物知りな冥加へ問うた。

そこで冥加から聞かされたのは――


「毒消しの薬草!?」
「それで雲母を治せるの?」
「うむ」


冥加の返答に驚くかごめとそれに続く彩音の問いに、冥加は犬夜叉の肩で跳ね上がりながら確かに頷いてみせる。

どうやらここから少し進んだ場所に村があり、そこに毒消しの薬草を育てている畑が存在するようだ。それを聞いては顔を明るくさせた彩音とかごめが顔を見合わせ、“すぐにでも行こう”と訴えるように冥加の方へ向き直る。
だが、その冥加は二人とは対照的にどこか躊躇いを垣間見せるよう眉間に小さな汗を滲ませていた。


「ただ、その薬草の畑は妖怪が守っているらしくてな…簡単に手に入るかどうか…」








――がたた、と自転車が鳴く。朗らかな空気と柔らかい陽気に包まれるでこぼこ道を、自転車に乗ったかごめと彩音と犬夜叉が地面の凹凸に揺られながら進んでいた。
弥勒は珊瑚の護衛のために、そしてその弥勒が妙なマネをしないように見張るため七宝にも小屋に残ってもらっている。それにより小屋の方は心配いらないのだが、彩音は現状の自分たちに対してわずかな心配をしていた。


「ねえ、やっぱり重くない? 代わるよ?」
「重くねーよ。第一、おめーじゃおれを抱えられねーだろ」
「ばか。あんたじゃなくてかごめに言ってんの」
「平気よ彩音」


言葉を返してくる犬夜叉へ言い返せば、そこへかごめが平然とした様子で声を向けてくる。しかしそれでも彩音は困ったような表情をしていた。

…というのも、かごめが漕ぐ自転車の後部に彩音を抱えた犬夜叉が乗る、という無茶なことをしているからだ。おかげでかごめは二人分の体重を背負って自転車を漕がなければならなくなっているのだが、彩音の心配とは裏腹に彼女は案外平気そうに漕ぎ進めている。

――始めは犬夜叉が二人を背負って走ると言っていたのだが、彼も疲れている身。それを案じた二人が却下して自転車に乗ることになったはいいものの、いくらなんでも三人乗りは難しいだろうと頭を悩ませていた。すると早くも考えることに飽いた犬夜叉が「おれが彩音を抱えたら乗れるだろ」と言い、半ば強引にその手段へと持ち込まれたためにこうして自転車三人乗りという危険行為になっていた。

犬夜叉は放してくれず、かごめに交代を提案しても“平気”と拒否されるばかり。それに困った彩音は観念したように小さなため息をこぼし、がたた、と揺れる衝撃に犬夜叉の衣を握り締めた。


「犬夜叉。あんたが強引に乗せたんだから絶対落とさないでよ。落としたら本気で怒るからね」
「あー。分かってらー」


念のため釘を刺してみるが、犬夜叉はどこかぼんやりとした表情を浮かべて返してくる。
どうやらこののどかな空気と心地よい陽気に眠気を誘われているようだ。それが分かるほど目が据わった彼を見ていると“本当に大丈夫か…?”と不安を抱いてしまう。だが、


「ふあ…」


つい釣られるように大きなあくびが込み上げる。眠そうな犬夜叉を見ているうちにこちらまで眠気を誘われてしまったようだ。それくらい犬夜叉が眠そうで、彼の腕の中が温かくて、陽気が心地よくて。

いつしか彩音も不安定な状況であることを忘れ、うとうとと舟をこぎ始めていた。


「なんだ彩音、ねみーのか」
「ん…犬夜叉こそ…」
「……なあ、おれ一人で行った方が早いんじゃねーかな」


彩音の返事を聞くなり、犬夜叉はかごめへそんな声を向ける。自身もぼんやりし、彩音まで眠そうにしている姿を見てはそう思ったようだ。
だがそのかごめからは「なによ今さら」とだけを返され、変わらず自転車を進められていく。

普段ならばもう少し食い下がるところだがよほど眠いのだろう、犬夜叉は反論の声を口にすることなく、ただぼーー、と流れゆく景色を眺めていた。

――やがて、かごめは気が付く。いつしか周囲が穏やかな静寂に包まれていることに。もはや自転車が揺られる音しか聞こえないほどの静けさに訝しみを抱いては、懸命に漕ぎ続けながらも不思議そうな顔を振り返らせた。


「ねー、なに黙ってんのよ」


たまらず声を掛けるも、振り返った先の光景に目を丸くして黙り込んでしまう。なぜなら視線に捉えた犬夜叉がいつの間にかくー、と寝息を立てるほどに寝入っていて、さらにはその腕の中の彩音まで同様に安らかな寝顔を見せていたのだから。

まさか自転車の荷台で、それも強引な乗り方のまま寝ているとは。予想外の状況に驚かされたかごめは自分だけほったらかしにされたような現状に呆れながら、「もーっ」とため息交じりにこぼした。

だが、がたた、と揺られながら思う。こんな状況でも寝てしまうほど、“疲れてるんだ…”と。


「(そりゃそうよね。奈落との闘いの間、ずっと緊張しっ放しだったもんね。彩音も美琴さんのこととか色々考えてたみたいだし、力だって使ってるし…)」


思い返されるのは先日の奈落との戦闘。犬夜叉は今度こそ仕留めなければという思いだけでなく、仲間を瘴気の海から守らなければと気を張り詰め続けていた。そして彩音は美琴が鬼蜘蛛の義妹であったことを知らされるなど、心的衝撃の大きい出来事があったうえに珊瑚の傷を直すため治癒の力を使っているのだ。

それらを思うと、二人がこうして寝入ってしまうのも頷ける。そう感じたかごめは“寝かせといてあげよう”と考え、二人を気遣うように静かにペダルを踏み込んだ。

と同時に、がたっ、と自転車が大きく跳ね上がる。


「コラ」


途端、犬夜叉の不機嫌そうな声が飛び出した。どうやら先ほどの跳ねによって自転車から落とされてしまったようで、彼は彩音を抱えたまま真っ逆さまにみし…と頭を打ちつけていた。
対して彩音は犬夜叉がしかと抱いてくれているおかげで頭を打つことはなかったのだが、彼同様に真っ逆さまになっているために「あ、頭に血がのぼる…」とか細い声を漏らしてしまう。

しかしそんな二人のことなど露知らず、気遣いに集中するかごめはひたすら“そ〜っとそ〜っと…”と頭の中で念じながらゆっくりと自転車を漕ぎ続けていたのであった。








「も〜〜まだ怒ってんのー? 謝ってんのに」
「うるせーな、怒ってねーっつってんだろ」


眉を下げるかごめの声に犬夜叉は不機嫌な態度を見せながら、もう落とされるのはこりごりだと言わんばかりに自転車を担いで歩いていく。

あのあと、二人を落としたことに遅れて気が付いたかごめが慌てて戻ってきて謝ったのだが、犬夜叉は一向に機嫌を直すことなくずっとこうしてむくれているのだ。そんな彼の様子につい呆れのため息をこぼしてしまう彩音は大きく足を踏み出すと、犬夜叉の隣に並んで諭すように話しかけた。


「犬夜叉。かごめはわざとやったわけじゃないんだから、もう怒らないの」
「だから怒ってねーって…」
「よしよし」


しつこいとばかりに吠え掛かろうとした犬夜叉の声を遮り、彩音は彼の頭にできたたんこぶを宥めるように優しく撫でる。そんな突然の行動に思わず「な゙っ」と声を上げるほど驚く犬夜叉であったが、すぐに押し黙っては照れたようにそっぽを向いてしまった。

どうやら大人しくなってくれたらしい。それが分かる様子に彩音が満足そうに微笑むと、その二人を見ていたかごめが不意にじーっ、と犬夜叉を見つめ始めた。


「なんだよ?」
「あたしといても…楽しくない?」
「え゙? …なに言ってんだお前」


唐突なかごめの問いかけに犬夜叉は顔をしかめるほど訝しげな様子を見せる。それにかごめは少しばかり唇を尖らせるようにして「だーって…」と言いながら背を向けてしまう。


「(あたしにだけ…) なんかムスっとしちゃって」


どこか寂しげに、不満そうにこぼされる言葉。それに彩音が小さく首を傾げてしまうと同時、彼女の言葉に不服そうな表情を浮かべた犬夜叉がふんぞり返るようにして言い返した。


「ばかやろー、この顔は元々でいっ」
「(そりゃそーだけど)」
「多分そーいうことじゃないよ犬夜叉」


かごめの意図が分からないながら、これだけは確かだろう。そう感じざるを得ないやりとりに彩音は呆れた様子を見せながら犬夜叉へ告げたのだった。

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