21


かごめの手当てや彩音の治癒により珊瑚の傷の癒えた頃。一行は退治屋の里に別れを告げ、奈落が乗っ取ったであろう城を捜し歩いていた。

とはいえ、珊瑚が奈落に関する情報をなにも思い出せない以上手掛かりなどない。そのため手当たり次第に城を探るしかないであろうと考えた一行は、辺りを見渡せる高台を目指して山道へと足を踏み入れた。

そうしてまばらに並ぶ木々を縫うように歩いていく最中、不意にかごめが彩音の腕を引いたかと思えば他に気付かれないようこそこそと足を遅らせてしまう。おかげで犬夜叉たちから距離を離された彩音は突然のことに驚きながら、戸惑うように傍のかごめへ振り返った。


「な、なに? どうかしたの…?」
「ねえ彩音、最近の犬夜叉…ちょっとかっこいいと思わない?」
「……はい?」


顔を寄せてこっそりと耳打ちされた言葉に呆気に取られてしまう。
どうして突然そんな話をしてきたのか。それもみんなと距離をとってまで。そんな疑問を抱いてしまう彩音はぱちくりと瞬きを繰り返してかごめを見つめていたが、ふとよぎった可能性にその目を据わらせた。


「かごめ…またなにか企んでる?」


じとー、と怪しむようにかごめを見つめてやる。
そう、かごめはこれまで彩音と犬夜叉をいい感じにしようと仕向けていたことがあるのだ。そのため今回もまたなにかを企て、こんな問いかけをしてきたのだろうと勘繰ってしまう。

だが当のかごめは慌てた様子で「違うわよっ」とすぐに否定の声を向けてきた。


「ほら、最近特に頼もしくなってきたでしょ? その理由に桔梗が絡んでることがあるのは、ちょっと複雑だけど…でも、なんか男らしくなってきたというか…そういうの、彩音は感じない?」
「えー? んー…どうだろ」


かごめのどこか真剣な様子からまたからかおうとしているわけではないということは分かったが、それでも彼女がなにを伝えようとしているのか分からず、彩音は曖昧な返事をしてしまう。

――確かにかごめの言う通り、最近の犬夜叉はどんどん頼もしくなっているような気はする。だが改まって格好いいなどとは考えたことがなくて、なんとも腑に落ちないような、判然としない様子を見せながら小さく首を傾げるしかなかった。
するとそんな彩音の反応が意外だったのか、かごめは目をぱちくりと瞬かせながら微かに俯き「あたしだけかしら…」と呟いてしまう。

そんな時、不意に前方から「おい彩音ー」という声が投げかけられた。


「なにやってんだおめー。ちんたらしてっと置いてくぞー」
「はいはい、今行くー」


こちらの遅れに気が付いたらしい犬夜叉に言われては、すぐに言い聞かせるような声を返す。
早く追いついてやらないと、このままではさらに小言を言われるだろう。そう思った彩音は「行こっか」と言いながらかごめへ振り返ろうとしたのだが、その刹那にかごめがはあ、と大きなため息をついた気がした。だが彼女へ振り返った時には顔を上げられ、「そうね」と普段通りの様子で返事をされる。

目の前にはいつもと変わらないかごめ。今のため息は気のせいだったのだろうか。少し不思議に思いつつも、彼女がいつもの調子で歩き出してしまう姿にそう感じてしまって。彩音はかごめの後ろ姿を見ながら、ともに犬夜叉たちの元へと歩を寄せていった。




そうして変わらぬ景色の中を歩くこと数分、一行はようやく見晴らしのいい高台へと辿り着く。目論見通り、木などの障害物もないここなら辺りを一望できそうだ。

そう考えながら一行は足を止め、犬夜叉と珊瑚が休憩がてらその場に腰下ろす。それに続くようかごめが大きなリュックを下ろすと、彩音と揃って麓の景色をぐるりと見渡した――が…


「ふー、お城みたいな大きいものでも、捜してみるとないものねえ」
「当てがあればよかったんだけどねえ」
「手がかりなしですからなあ」


一切の収穫の無さにぼやくかごめと彩音に、同じく辺りを眺めていた弥勒が続く。
ずいぶんと広い景色を眺められる場所であったが、いくら目を凝らしても目に映る景色は山、森、川のなんの変哲もないのどかな自然だけ。彼方の山のさらに向こうまで見つめてみようとも、やはりそれらしいものはなにひとつ見当たらなかった。


「珊瑚、ちょっとくらい覚えてねーのか。おめーが奈落の罠にかけられた城…」
「だから、覚えてりゃ、今頃とって返して奈落の首取ってるって」
「…ですなー。城捜しは諦めますか」
「諦めてどーすんだよ」


珊瑚の言葉にすんなりと納得したよう言い捨てる弥勒に対し、犬夜叉は変わらず不機嫌そうな声で問い質す。しかし弥勒はその声に振り返ることもなく、雄大な景色を望むまま変わらず真剣に提言した。


「四魂のかけらを集めましょう。集めてさえいれば、いずれ奈落の方から私たちのかけらを狙ってやってきます」


言いながら振り返ってくる弥勒の瞳が、その言葉の合理性を一層増幅させるよう見つめてくる。
どうやら犬夜叉もその正当な理由に納得したのか否定する気はないようだ。それが分かる姿を横目にした弥勒は珊瑚の前へ歩み寄ると、彼女と目線を合わせるように低く身を屈ませた。


「珊瑚も…それでいいですか? 一刻も早く仇を討ちたいだろうが…」
「うん。悔しいけど…」
「分かります、お前の気持ち」


眉をひそめる珊瑚を覗き込むようにじっ、と見つめて言う弥勒。その姿に悟るものがあったか、彩音とかごめと犬夜叉は静かに身を寄せ合い、揃って弥勒の背後から彼の動向を見つめ始めた。

するとわずかに顔を俯かせるよう弥勒を見ていた珊瑚が神妙な面持ちのまま「法師さま…」と口にする。


「なんで話しながら撫でまわす?」
「セクハラ禁止」


当然のように珊瑚の脚へ触れる弥勒は珊瑚から手をぎう〜、とつねり上げられ、いつしか背後に立っていた彩音に頭をごす、と小突かれてしまう。

どうやら真剣な表情は見せかけで、珊瑚に近付いた本当の目的はセクハラであったらしい。それを悟っていた犬夜叉は「あのスケベ野郎、やっぱり狙ってやがったのか」と白い目を向け、かごめは「珊瑚ちゃんのケガが治るまで我慢してたのよ」と呆れを通り越した普段通りの様子で言い捨てたのであった。



* * *




家屋や大木などが土砂に飲まれたように潰され、一面が土に埋もれる荒れた土地。そこに集まる人々が片付けに手を尽くす中、その近くに列を成す男たちがカーン、と鐘を鳴らしながら足並みを揃えるように歩く姿が見受けられた。
それらは細長い白旗を掲げ、人ひとりが収まる程度の小さくシンプルな輿を担いでどこかへ向かっている様子。


「ああ…生贄の輿が通る」
「今度の大水はひどかったからなあ」


鐘の音に気が付いた周囲の男たちが顔を上げ、弱々しく言葉を交わす。その大水にやられた景色を見返しながら、気の毒そうな面持ちで再び輿へと視線を向けた。


「今度はどこの子だ?」
「なんでもとうとう名主さまのとこに、水神さまの白羽の矢が立ったそうだ」
「…そうだべなー」
「村で十歳の子供は、あらかた生贄に差し出されてしまっとる」


口々にか弱く漏らされる村人たちの声。それを背後で聞いていたのは犬夜叉たち一行であった。

たまたま近くを通り掛かれば土地がひどく荒れており、話を聞こうと近付けば聞こえたのは不穏な話。なにやらただごとではない様子を悟り訝しげな表情で輿の列を見ていれば、列の中の男が顔を上げて目の前の眉毛が逞しい名主らしき男へ慈悲の言葉を向けた。


「名主さまおいたわしい…」
「なにを言う。村を水神さまの祟りから守るため…我が子を差し出すのは当然のことじゃ」
「水神とか言ってよー、実はヘンな妖怪じゃねえのか?」


怪しむようわずかに眉を寄せた犬夜叉が不躾に名主の男へ問う。それがあまりに突然のことで驚いた名主たちが「な゙っ…!?」「なんじゃこいつ…」と口々に声を漏らすほどざわつき、途端に犬夜叉へ警戒の色を見せ始めた。
すると途端に弥勒がずいっ、と犬夜叉の前に立ちはだかり、その警戒を解消するよう真剣な表情で語り掛ける。


「妖しい者ではございません。お話は伺いました。よろしければお祓いをいたしましょう」
「えっ、そんなことできるだかね法師さま」


弥勒の提案を聞いた村人たちが少し驚いた様子で縋るような目を向けてくる。願ってもみない好機の訪れと感じたのだろう。今すぐにでも、という声がどこからともなく上がりそうになった――その時であった。


「皆の衆惑わされるな、インチキに決まっとる!」
「で、でも名主さま、話だけでも…」
「ふん。こんな胡散臭い連中に頼って、水神さまの怒りに触れでもしたら…それこそ村は滅ぼされてしまうぞ。そうでなくともわしの子の番に限って、お祓いにすがるなど…今まで生贄になった村の子供たちに合わす顔がないわっ!」


名主は声を荒げるほどそう語っては、ぐぬっ、と大袈裟に涙をこぼし始めてしまう。どこか芝居がかって見えるほどのそれに犬夜叉が不愛想な顔を向けると同時、その後ろで同様に様子を窺おうとしたかごめと彩音が顔を覗かせては、ふと目に入った小さな輿に不思議そうな表情を見せた。


「(あら…? 生贄の子供…)」
(あの子が…えっな、なに、あの顔…!?)


輿から微かに外を覗き込む子供の姿を目にしてはドキ…と嫌な震えを走らせる。
どういうわけか、その子供の顔はとても人のものとは思えない硬い質感をしており、目と口であろう丸い穴が三つ開いているだけの奇妙なものであったのだ。そんな異質なものを目の当たりにした彩音たちは少しばかり怯えるように顔を強張らせてしまう。

するとその様子に気が付いたのだろう、顔を振り返らせた名主が突然慌てた様子で村人たちへ強く声を張り上げた。


「行くぞ皆の衆! 日暮れ前に湖のお堂にお届けするんじゃ!」


有無を言わせない様子の名主の気迫に負けたか、村人たちは言われるがまま輿を担いで歩みを再開させる。それが夕空へ向かうように遠ざかっていく姿を、彩音たちはただ訝しげに黙り込むまま見つめていることしかできなかった。








輿の列が見えなくなったのち、一行は村の傍で野営すべく焚き火を囲んで座っていた。そこで考えるのは、やはり先ほどの名主のこと。明らかな違和感が残る名主を不審に思う彩音が先ほどのことを思い返していれば、その気持ちを代弁するように珊瑚から話が切り出された。


「おかしいよあの名主のおやじ。まるで自分の子生贄にしたがってるみたいな…」
「思いっきり迷惑そうでしたなー」


せっかくお祓いを提言したというのに怒鳴り散らすよう断られたことを思い返しながら弥勒が言う。普通ならばぜひと願うところを、あの名主は関わるなと言わんばかりに声を荒げたのだ。こうして一行に疑念が残るのも無理はない。

おかげで珊瑚たちが訝しげな表情を見せる中、ふとかごめと彩音がどこかおずおずとした様子で口を開いた。


「あの…変なこと言うようだけど…あの輿の中…」
「ん?」
「その、ちらっと見えてさ…生贄の子供の顔が…なんかヘン、だったんだよね…」
「ああ、あれ…お面でしょ」
「「へ…お面!?」」


不安そうな二人とは対照的にあっさりと言い切ってしまう珊瑚の言葉に二人は目を丸くする。それには弥勒も「生贄の儀式のひとつでしょう」と続けてきて、どうやら考えすぎていたのは自分たちだけなのだと思い知らされてしまった。

確かに思い返してみれば、あの人間の肌とは思えない質感はどう考えても作りものだ。冷静に考えてみればすぐに分かったはずなのに、なにか悪いものではないかと勘繰ってしまったことが少し恥ずかしくなる。それと同時に、悪いものではなくてよかったという安堵のため息を漏らした。


「で、どうするよ。放っとくか?」


手近な小石を拾って弄ぶように投げながら犬夜叉が言う。かと思えば、彼は突然近くの木陰へ向かってその小石をシャッ、と投げつけてみせた。
それがなにかに当たったような音を立てると同時、「あ゙っ!」という短い声が上げられる。それに彩音が目を丸くしながら覗き込むよう身を乗り出せば、ほの暗い草陰から蓑を被ったなにかが顔を覗かせてきた。


「えっ、なに…!?」


暗くてよく見えないその影に彩音がたまらず声を上げる。つい後ずさりそうになるほど不気味に見えたのだが、隣の犬夜叉は一切動じることなくそれに厳しい視線を向けて問うた。


「なんだてめえ、さっきからおれたちの跡つけてたろ」
「……とう!」


蓑を被ったそれは突然そんな声を上げるとともに手にしていた大きな風呂敷を投げ出すように広げてしまう。すると包まれていたらしい数々の品物や銭が宙を舞い、一行の目の前に派手に撒き散らされた。


「拾え! くれてやる!!」
「ガキ…?」


声を張りながら蓑をずらして姿を露わにした者に犬夜叉が呆気にとられたような声を漏らす。
そう、彼の言葉通り姿を現したのは少年であった。歳は草太と同じくらいだろうか。体中薄汚れ、小汚い着物を纏った少年は逞しい眉毛を強気に吊り上げている。

そんな子供が一体なにを投げてきたのか、そんな思いで散らばる品々へ視線を落とせば、それらは漆塗りの文箱や綺麗な反物、香炉などとどれもしっかりとした美しい品物ばかりであった。


「ほお、これは中々高級な」
「この反物も値が張るよ」
「これ全部いいお値段しそうだね」
「拾ったな。よし」


反物や香炉などを手にしながら話す彩音たちを見ては少年が大きく頷く。すると次の瞬間、少年は突然耳を疑うような言葉を向けてきた。


「貴様らを雇ってやる。おれと一緒に水神を退治するんだ」


傲慢な態度で言い放たれるその言葉にかごめと彩音が思わず「え…」と小さな声を漏らす。
なぜ少年は初めて見る自分たちを雇おうと言うのか、なぜ水神を倒そうとしているのか…様々な疑問がよぎる中、彩音はふとその少年の顔に見覚えがあるような感覚を抱いていた。

その既視感は恐らくあの人。それを思った彩音であったが、言及しようとした途端に犬夜叉が少年の目の前へ近付き、じー、とその顔を見つめ始めた。犬夜叉も気が付いたのだろうか、そう思ったのだが、彼は突然少年の頭をばきょ、と容赦なく殴りつけてしまった。


「えっ、ちょっと犬夜叉! なにいきなり手出してんのっ」
「相手は子供でしょー」
「どっちが偉いかハッキリさせねえと」


注意する彩音とかごめに対し、犬夜叉は平然とした様子で少年の胸ぐらを掴みながらぐきぐきと頭を押さえつける。それには少年も涙目でじたばたと手足を振り回していたのだが、犬夜叉の容赦ない力には敵うはずもなく全く意味を成していなかった。


「お前ウソでも謝っとけ。犬夜叉は性格がコドモなんじゃ」


なんとも可哀想な状況の少年を見兼ねたのか、彼に近付いた七宝は言い聞かせるようにそんな助言をしていたのであった。

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