20


かごめが戦国時代へ戻ってきた頃、一行は新たなかけらを捜して今日も旅路に就いていた。
しかし闇雲に捜しても見つからないであろう。それを思っては付近で暴れている妖怪の情報を聞き出し、それの退治へと向かうことにした。
するとどうやらその戦法が功を成したようで、遥か向こうに微かながらかけらの気配を感じ取り、一行は彩音とかごめの感覚を頼りに気配の元へと駆け出した。

――だが、彩音たちはいつしかその気配を見失っていた。元々遠くで感じていたものだから仕方がないのかもしれないが、それはまるで離れていくかのように消えたのだ。

妖怪がまだうろついているのだろう。そう考えていた一行であったが、やがて小さくのどかな村が見えてきたかと思えば、そこに大ムカデの死骸が無造作に転がされている光景に気が付いた。
先ほど暴れている妖怪の情報を聞き出した時、聞かされたのは大ムカデの妖怪だ。恐らくこれのことなのだろう。だがそれはすでに倒されており、確かにこちらから感じていた四魂のかけらの気配もここにはない様子。

それに訝しんだ一行は顔を見合わせ、村人に話を聞くことにしたのだが――


「なにい! 女が四魂のかけら持ってったあ!? いつだ!?」


大ムカデの処理をしていた村人の口からまさかの事実を聞かされ、犬夜叉は納得がいかないとばかりに村人の胸ぐらを掴み込んで問い質す。その姿に慌てた彩音がすぐさまその手を放させるが、驚いた村人たちは犬夜叉だけでなく、見慣れない一行全員に怯えたような訝しげな視線を向けてきた。


「なんじゃこいつら」
「また変なのが…」
「大ムカデを退治したばかりだっちゅーに」
「答えろコラ!」


口々に疑心の声を漏らすばかりで問いに答える様子のない村人たちへ犬夜叉が吠えかかる。だがそんな気性の荒い様を見せつけられる村人たちは一層身を寄せて「妖怪かの?」「妖怪じゃ」とひそひそ囁き合っていた。

どうやら完全に警戒されてしまったらしい。それを悟った弥勒が真剣な表情を浮かべると、犬夜叉を背後へ追いやるように村人たちの前へ立ちはだかった。


「ご安心ください。この者は私の仏弟子です」
「仏弟子ってなんじゃ?」
「お坊さまの家来ちゅーことかな」


聞き慣れない言葉に首を傾げながら話し合う村人たちの声に犬夜叉が微かな反応を見せる。恐らくは彼も言葉の意味が分からなかったのだろうが、村人たちの言葉で理解した途端眉間にしわを寄せながら弥勒へ顔を迫らせた。


「誰が家来だコラ」
「引っ込んでいなさい。お前が話すとややこしくなる」
「そうだよ犬夜叉。あんたすぐ突っかかるんだから…ほら、“待て”っ」
「な゙っ。てめえ…犬扱いするんじゃねえっ」


突然“命令”をしてしまう彩音に目を丸くした犬夜叉は食い掛かるように吠え立てる。おかげで犬夜叉の注意が彩音へ向いた隙を見計らい、弥勒は事情を知る村人たちから詳しい話を聞き出そうとした。

そうして語られたのは、とある人物の話――


「妖怪退治屋?」
「へい」


問い返した弥勒に村の男が頷く。
村人曰く、どうやら妖怪退治屋と名乗る女がこの村へ赴き、周辺を荒らしていた大ムカデをあっという間に退治してくれたのだという。その時に大ムカデの体の中から四魂のかけららしきガラス片が出たが、村人たちにはそれがよく分からず、そのまま退治屋の女が礼代わりに持ち帰ったのだとか。

どういう意図でそれを回収したのかは分からないが、その女に会ってみる他ないだろう。そう踏んだ弥勒はすぐに村人へ向き直って問いかけた。


「どこです? その退治屋の村は…」
「さあ〜向こうから御用聞きに来るだけだから…」


そう言いながら本当に知らないという様子を見せるのは目の前の男だけではなかった。その背後の二人も同様にうんうんと頷いており、誰一人として退治屋の村の場所を知らないのであろうことが一目瞭然だ。

そんな様子を横目に見ていたかごめは倒木に腰掛け、飴を口にする七宝の隣でお茶の缶を開けながら意外そうに彩音と言葉を交わしていた。


「へー、商売にしてる人もいるんだ」
「ねー。妖怪を退治してるくらいだし、たぶん人間なんだろうけど…強そう、だね」


彩音は言いながら視界の端に覗く大ムカデの死骸を見て小さく呟く。
村人たちの話によれば、その女は大ムカデをたった一撃で仕留めたというのだ。やはり生業にしているだけあって相当の手練れなのだろう。それはすぐに悟れたのだが、同時に、もしそれが敵に回るなんてことがあればかなり厄介だろう…と最悪の可能性を頭の片隅によぎらせてしまっていた。

そんな時、弥勒がどこか様子を窺うように村人へ問いかける。


「その…退治屋が四魂の玉のかけらを集めて…?」
「ああ…そのなんたらいう玉は…元々自分らの里から出たものだと…言ってたな」
(えっ…!?)


思い返すように何気なく発せられた村人の言葉に思わず振り返ってしまう。それは彩音だけではないようで、隣のかごめも、視線の先に立つ犬夜叉も驚いたように小さく眉をひそめていた。


「犬夜叉…知っていましたか?」
「いや…」


一行の中で唯一五十年前から四魂の玉のことを知る犬夜叉へ弥勒が問いかけるが、どうやら彼もそんな話は知らないようで微かに半信半疑の様子を見せていた。

その視線はやがて地面へ落とされ、記憶はずっと昔へ遡る。


「(おれが玉の存在を知った時はもう…四魂の玉は桔梗が守っていた。玉がどうして生まれて、どこから来たのかなんて…考えたこともなかった…)」








やがて一行は村をあとにし、退治屋の村を捜すべく情報を集めながら山の中を歩き続けていた。
しかし、それを始めてどれくらいの時間が経っただろう。いつしか日はとっぷりと暮れてしまい、黒漆の空には頼りない月明かりと星々の輝きが灯っている。

それでも歩みを止めることはなく、犬夜叉を筆頭とする一行は茂みを掻き分けながら獣道を進んでいくが、終わりの見えない捜索に弥勒が困った様子で言いだした。


「参りましたな。誰一人退治屋の村の場所を知らぬとは」
「手がかりが山の中ってだけじゃねー」
「どの辺の山なのかも曖昧だし…」
「うるせえ捜すんだ」


当てがなく、途方もない現状についぼやいてしまう三人へ犬夜叉が厳しく言いつける。そんな彼は誰よりも足を緩める気がない様子で突き進んでおり、その肩にしがみつくよう乗っている七宝がわずかに眉をひそめながら彼の顔を覗き込んで問うた。


「犬夜叉、退治屋の村から四魂のかけらを奪う気か?」
「ったりめーだろ」
「逆に退治されないといいですけどね」
「そーねー向こうはプロみたいだし」


相も変わらず強引な思想の犬夜叉に呆れた弥勒が言い、かごめが続く。
かごめの言う通り、妖怪退治屋はそれを生業としている人間だ。あの大ムカデを一撃で倒してしまうような実力ある者。それの村となれば同様の者たちも多くいるであろうから、かけらを奪おうとするのはいささか危険な予感がしてしまう。

できれば関わりたくはないが、向こうがかけらを持っていること、四魂の玉の生まれを知っている様子から接触を避けることはできないだろう。そう考えるかごめと彩音は同様の思いを抱えながらその足を進め続けていた。


「(あたしも知りたい…四魂の玉がどうして生まれたのか)」
(きっと犬夜叉も…それが知りたくてあんな懸命に…)


真剣な表情で退治屋の村を捜す犬夜叉の横顔を見つめながら思い耽る。
四魂の玉は自分たちの旅の起源であり、犬夜叉と桔梗の出会いの起源。そして二人が――否、美琴を含めた三人が奈落に襲われる起源となったものだ。それの生まれを、犬夜叉が知りたがらないはずがない。

それを彼の横顔から静かに悟っては自分の胸に手を当てる。それにまつわる“夢”を見ないことから、きっと自分たち同様に知らないであろう美琴も犬夜叉と同じ気持ちでいるはずだ、と。

それを思った次の瞬間、突如辺りの空気がざわつき始め不穏な風が一行を撫でつけた。


「なんでしょう…嫌な風だ」
「……」
「なに、この気配…ものすごい数のなにかが…こっちに…」


淀む空の彼方から感じられる異様な気配に気が付いた彩音が呟くように言う。禍々しさすら感じるその数多の気配は一行の鼓動を速め、呼吸をすることすら忘れさせそうなほどの緊迫感を与えた。

そうしてその気配の正体を暴こうと空を見つめていたその時、突如なにかが月に重なって大きな影を現した。


「! なっ…」
「きゃ…」
「妖怪の群れ…!」


堪らず口々に声を漏らしてしまうほど絶句する一同。
その彼らが見たものとは、勢いよく空を駆ける数え切れないほど多くの妖怪たちの群れであった。それらは無我夢中でどこかへ向かっており、地上のこちらへ気が付く様子もないほどの集中振りを窺わせる。


「なにこれ…ただの妖気じゃないわ…」
「確かに…禍禍しさに気分が悪くなる」
「なんか、怨み…みたいな…」
「……」


とてつもなくおぞましい妖気を醸し出す妖怪たちに彩音たちが顔をしかめ、強張らせて呟くように言う。それらの言葉を耳にしながら、犬夜叉はなにかに気が付いたよう小さく眉をひそめた。


「殺気だ…奴らなにかを襲う気だぜ」
「追いましょう!」


犬夜叉の言葉の直後、焦燥感に駆られるよう上げられた弥勒の声を皮切りに一行は妖怪の群れが向かう方角へと走り出した。
あれほどの禍々しい殺意に満ちた無数の妖怪に襲われてはひとたまりもないだろう。そんな嫌な予感は一同の胸のうちへ大きく広がり、彼らの足を一層速くさせた。








「あれは…」
「砦…」


空が明るさを取り戻し始めた頃、ようやく森を抜けた一行が目の当たりにしたのは砦柵(さいさく)の向こうで黒い煙を濛々と上げる砦であった。そこは風が虚しく吹き抜ける音がはっきりと聞き取れるほど静まり返っていたが、霞のように広がる黒煙、歪んで外れかけた砦の門から到底無事と言える状況ではなかった。


「ねえ…あの妖怪たちが狙ってたのって…」
「ここだ。新しい血の臭いがぷんぷんしやがる!」


嫌な予感から滲む汗を伝わせながら呟けば、犬夜叉が肯定するように強く声を上げて駆け出してしまう。彩音たちもすぐさまそれに続くよう砦の中へ足を踏み入れれば、途端に酸鼻を極めた光景が視界全体に広がった。


「!」
「な…なに、これっ…」


堪らず絶句の声を漏らして息を詰まらせる。
眼前には大量の血が海のように広がり、様々な武器を突き立てられた妖怪たちや噛み千切られた人間などが惨たらしく転がっていた。それも、足の踏み場もないほどに。


「妖怪と…戦ったのか…」
「ほとんど相討ちじゃねえか」


彩音とかごめだけでなく弥勒や犬夜叉までもがその光景に絶句し、ひどく強張らせた顔に嫌な汗を伝わせる。しかし犬夜叉はそれらから目を逸らすことなく見つめ、信じたくはないながらにはっきりとした確信を得ていた。


「間違いねえ、この砦は…」


――おれたちが捜していた妖怪退治屋の里だ。

声に出すこともはばかれるほど衝撃的で絶望的な現実に愕然と立ち尽くしてしまう。

妖怪退治に長ける手練れが集まるはずのその里が、いましがた襲い掛かってきた妖怪たちによってこうも救いようもないほどに滅ぼされてしまった。
恐らくは、全滅。それを悟った時、不意にどこからともなくシュー…という微かな音が鳴らされていることに気が付いた。


「! なに…!?」
「な、なんかいるっ!」


なにかの気配に怯えた彩音とかごめが咄嗟に身を寄せ合えば、犬夜叉がそれを背後へ隠すように前へ立ち鉄砕牙へ手を掛ける。そうして向けた視線の先にいたのは、一頭の獣。噛み千切ったのであろう妖怪の首を咥え、二つに分かれた尾を高く上げるその姿は計り知れない獰猛さを醸し出していた。


「妖怪の生き残りか!」


犬夜叉はそう声を上げると同時に険しい表情を見せる獣へすぐさま引き抜いた鉄砕牙を構える。すると黄色がかったクリーム色の被毛に覆われるその獣は真っ赤な瞳でこちらを睨みつけながら、突如驚いた様子の声を向けてきた。


「そ、その声は…犬夜叉さまっ」
「ん゙…!?」
「え゙っ、しゃ、喋った…!?」


思いもよらない状況に犬夜叉たちは呆気にとられるよう目を丸くする。しかし獣は口を動かしていないうえ、その声はなにやらとても聞き覚えのあるもの。それらに違和感を抱きながら呆然と獣を見つめていれば、それはまるでなにかを窺うように自身の体へ頭を振り返らせた。


「鎮まれ雲母。この方たちは敵ではない」


獣の名前は雲母というのだろう、その宥めるような声に応じる様子を見せたそれは大きな炎を纏い、獰猛な獣姿から小さく愛らしい子猫のような姿へと変化する。その唐突さ、変貌振りに理解が遅れる犬夜叉が「な…」と顔をしかめると、その背後では彩音とかごめが「かわいー」と呑気な声を揃えてた。

すると雲母が後ろ足で自身の首元をガリガリ掻いた途端、そこからなにかとても小さな影が高々と跳び上がった。


「犬夜叉さまっ。お懐かしゅうございます」


涙目でそんな声を上げながら目の前に飛び出してきたかと思えば、それは当然のように犬夜叉の鼻の頭に止まって血を吸い始める。それによってむくむくむくと膨れていくその体は、犬夜叉の手のひらに容赦なくバチ、と叩き潰されてしまった。
おかげで薄っぺらくなった体が離された犬夜叉の手のひらに舞い落ちていく姿を、犬夜叉たちは驚くこともなくただ平然とした様子で見やる。


「冥加じじい…」
「なんでこんなとこに」
「逃げててもおかしくない状況なのにね」


そう、姿を現したのは冥加。思いもよらない場所に見つけたいつもと変わらないその姿に彩音たちが意外そうな顔を向けるが、そんな三人の背後では弥勒が不思議そうな表情を浮かべていた。
というのも、弥勒は冥加を目にするのが初めてなのだ。そのため呆然とするように「お知り合いで…?」と問いかければ、弥勒の肩に乗る七宝が「犬夜叉の家来じゃ。一応…」と少し釈然としない言葉で返していた。




――そうして、一同は冥加に頼まれて里の人たちを弔うための作業に勤しんでいた。無残に転がる妖怪を押し退け、犬夜叉が里の人たちの亡骸を並べていき、弥勒と彩音が埋葬のための穴を掘っていく。

それぞれが弔いに手を尽くす中、犬夜叉の肩の上に佇む冥加は一行に尋ねられるまま話をしてくれた。


「左様、ここは妖怪退治屋の隠れ里…この里の者たちは先祖代々、妖怪退治を生業としてきたようですじゃ」
「そりゃーさぞ、妖怪どもから怨まれてただろーな」


冥加の話を聞き、亡骸を持ち上げる犬夜叉が当然のようにそう返す。すると冥加はなにやら深刻そうに腕を組み、ため息をつかんばかりの様子で俯きながら呟いた。


「しかし…よりによって今襲ってくるとは…」
「ん?」
「数名の手練れがさる城に呼ばれ、里の守りが手薄な時じゃった。なにやら胸騒ぎがする。城に向かった者たちは無事であろうか」


犬夜叉の肩に手を突きながら足元の亡骸を見つめる冥加が神妙な面持ちでそう話す。その額には微かな汗が滲み、彼が感じている不安をありありと示していた。

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