鞄を捜せ!


「そういえば私の鞄ってどこに行ったんだろ」


かごめが現代に戻っていて不在である中、楓の家で夕食を口にしながらそう呟いたのは彩音だった。不意に思い出したのだろうか。唐突すぎるほど突拍子もなくそんな言葉をこぼされては犬夜叉もぱちくりと目を瞬かせ、一人寝転んだまま訝しげな顔を見せてきた。


「かばんってなんだ」
「荷物入れるものだよ。この時代でいう、籠みたいな?」
「ふーん。でもおめー、そもそもなにか持ってたことなんてあったか?」
「んー…たぶん犬夜叉と会った時にはもうなかったと思う」


手にした箸を小さく咥えながら、彩音は思い出すように語る。しかしそれも箸を置いては深まり、腕を組んで視線を上向けるほど試案に耽りだした。


「確か私が初めてこっちに来た時…あの直前、私は登校中だったはずなんだよね」
「とーこー? なんだそれ」
「学校に行くってこと。だからあの時は絶対鞄を持ってたはずなんだけど…いま思えば、井戸を出た時にはもう持ってなかった気がする。井戸に忘れてきたのかなあ…」


お財布とか色々入れてたんだけど…そう呟くように言いながら残念そうに肩を落とす彩音。

どうやらかごめは彩音と違い、自宅で飼っている猫のブヨを捜すため、祠へ入る前に意図的に鞄を置いてきていたという。それに引き換え彩音はというと登校中に突然怪奇現象に見舞われ、鞄を抱えたまま電車の外の井戸へと落とされたのだ。
かごめが現代から救急箱やリュックを持ち込めていることを考えると、あの時彩音の鞄も彩音と共に時を越えてこちらに来ているはず。そう思ったのだが…


「井戸の中にはなにもなかったぞ」
「そうなんだよねえ…」


彩音の希望に等しい予想は呆気なく否定されてしまい、つい難しい顔をしてしまう。自身の目でも見たように、骨喰いの井戸には鞄の影も形も見当たらなかったのだ。可能性があるとするならばそこだけだったというのに。


「もう、見つからないのかな…」
「……」


堪らずため息交じりに呟いてしまう彩音をじっと見つめ、深く黙り込む。そんな犬夜叉が不意に体を起こしたかと思えば腕を組み、暗い空気を断ち切るように「なんにせよ、」と口を開いた。


「今日はもう暗くて見えねえ。捜すのは日が昇ってからでいいだろ」
「え…い、犬夜叉、捜してくれるの?」


憮然と言う犬夜叉の姿に思わず目を丸くする。意外だったのだ。彼ならいつものように“そんなもん放っておいて、さっさと旅を再開するぞ”と反発してくると思っていたから。
しかし視線の先の彼は腕を組んで強気に見せながら、それでもこちらを気遣ってくれる素振りがある。

それがあまりに予想外で、不思議で。ただ呆然とするように犬夜叉を見つめていれば、犬夜叉にはその反応が予想外だったのか途端に大きく眉をひそめられた。


「なんだよ。別にいらねーならいいんだぜ。明日には村を出るからな」
「え゙っ。だ、ダメ! 捜す、捜します! 一緒に捜して下さい犬夜叉さまっ!」


犬夜叉の言葉に慌てた彩音はすぐさまぱんっ、と手を合わせてまで彼に詰め寄る。その勢いに犬夜叉は少しばかり驚いた様子だったが、それもすぐに変わってしまうと小さく頬を掻き、「お、おう」とどこか照れくさそうな返事をしてくれたのであった。



* * *




翌日。日が昇り彩音たちが目を覚ました頃、二人は軽く朝食を済ませるなりすぐさま骨喰いの井戸がある森の中へ足を運んでいた。鞄がどこにあるかは分からないが、可能性はやはり井戸の周辺にあるだろうと考えたからだ。そして二人は井戸を前にし、悠然と立ちはだかるように足を止めた。


「ここからは犬夜叉の出番だね」
「匂いを辿れば一発だからな」
「そう。というわけで、よろしくっ」


びしっ、そんな音が聞こえてきそうなほどしっかりと敬礼をして見せれば、それを知らない犬夜叉はなんだそりゃと言わんばかりに首を傾げてくる。しかしそれもほどほどに、犬夜叉は早速周辺に残った匂いを嗅ぐべく彩音に背を向けた。と同時に、彩音の「あっ」という声が上がる。


「なんだよ」
「いや、匂い嗅がなくて大丈夫かなーって。犬ってこういう時、持ち主の匂いを覚えてから捜すでしょ? だからほら、嗅ぐ?」


彩音はそう言いながら、犬夜叉へ差し出すようにセーラー服の裾を引っ張ってみせる。するとその下に、彼女の素肌が垣間見えて。途端にかあっ、と赤くなった犬夜叉は、すぐさま吠え掛かるように強く声を荒げてきた。


「な、なに考えてんだばかやろうっ。第一、おれを犬扱いすんじゃねえっ!」
「って言っても…」
「やかましいっ。うだうだ言ってねえで、さっさと捜すぞっ」


粗暴に言い切ってはすぐさま地面を這うようにして匂いを嗅ぎ始める犬夜叉。なぜ彼がそんなに怒ったのか理解できずにいた彩音だったが、目の前で四つん這いになるその姿に“どう見ても犬じゃん”という思いだけはしっかりと抱いてしまっていた。しかしそれを口にすれば、彼がより一層怒るのは明確なこと。大人しく口をつぐんで彼のあとをついて歩くことにした。

そんな中、犬夜叉はスンスンと辺りの匂いを嗅ぎながら「ここじゃねえ」「あっちか」「もっと向こうだな…」などと呟きながらその足を進めてくれる。
もうこちらの時代に来て随分と日が経っているため、すでに匂いも薄れてしまっているだろうと思っていたのだが、さすがは犬の妖怪。わずかにでも残っているらしい匂いを辿り、その足は迷うことなく的確に進め続けられていた。

その後ろ姿に彩音が「頑張れ〜」と小さく応援をしながらついて歩いていた時、ふと動きを止めた犬夜叉が顔を上げて呟いた。


「…近いな」
「ほんとっ?」
「ああ。多分この中だろうぜ」


そう告げながら立ち上がる犬夜叉が親指で指し示した場所。そこはかつて、彩音とかごめが現代に逃げ帰ろうとした際に誘拐され、強引に連れ込まれた古いお堂だった。
見覚えのある建物に当時の出来事を思い出してしまっては、大きく顔を引きつらせる。ここは野盗が住処にしていた場所で、いい思い出などなにひとつない。それにもし、あの野盗たちが残っていたとしたら…そんな思いがよぎって、彩音は犬夜叉へ確かめるような視線を向けていた。


「…入らなきゃダメ?」
「はあ? 入らねーでどうやって捜すんだよ。嫌なら諦めな」
「あ、諦めたくはないっ」


素っ気なく言いながら踵を返そうとする犬夜叉の腕を掴んで引き止める。そうしてひどく呆れた目を向けられながら、彩音はギクシャクとした動きで建物に歩み寄っていった。

ゆっくりと近付き目の前まできたが、中からは物音ひとつ聞こえない。それどころか人の気配すらなく、あの野盗たちは去ったのだということが中を見ずとも分かるほどだった。ならばここはもうもぬけの殻。それに安堵のため息をこぼすと、先ほどよりも少しばかり落ち着いて中に足を踏み入れた。

そこは、なにも変わっていなかった。あの時殺された野盗の血の跡が床にべったりと残っているくらい、変わらない。それにはつい顔を強張らせてしまうがなんとか自分を律し、大きく軋みを上げる床の上をそおっと歩き進めた。


「…あっ!」


ふと目に付いたものに思わず声を上げると、恐れも忘れてすぐさま部屋の隅へ駆けていく。彩音が手を伸ばした先、そこにはわずかに埃を被ったスクールバッグが無造作に投げ捨てられていた。
ようやく見つけた。そんな思いで埃を叩き払い、すぐに中を確認すべく漁り始める。するとそこへ歩み寄ってきた犬夜叉が不思議そうな表情を浮かべ、彩音の背後から手元を覗き込むようにして見つめてきた。


「捜してたのはそれか?」
「うん! よかったー、中身も無事みたい」


犬夜叉の問いに対し、彩音はさっきまで怯えていたとは思えないほど声を弾ませる。教科書の類や財布、スマホのバッテリーなど、入れていたもの全てが無事だ。それを確認しては、堪らず安堵のため息が漏れた。

恐らく彩音がこの世界にきて井戸に鞄を忘れた頃、入れ替わるように野盗たちが現れ、見たこともない鞄というアイテムに興味を持ち拾って帰ったのだろう。だが中身はこの時代にはないものばかりで、使い方さえ分からない。そんなものがなにかに役立つとも考えられず興味をなくし、隅の方に放り捨てていたのだろうと考えられる。
しかし彩音にとって鞄が無事であれば経緯などどうでもよく。気分が高揚したまま鞄を閉じようとしたが、背後からじっと覗き込んでくる犬夜叉に気付いてはその手を止めた。


「なに?」
「わけ分かんねーもんばっかりだな、かばんってやつは。そんなもんが必要なのか?」
「犬夜叉には分かんなくても、私にはすっごく必要なものなんですー」


つまらなそうに言う犬夜叉に彩音は鞄を抱きしめてまで言い返す。それに犬夜叉は「ふーん」と興味のなさそうな返事をしてきたが、どうしてか突然彩音の鞄をむんず、と掴んで取り上げてしまった。


「えっちょ、なにすんのっ」
「捜してやったんだ。なんか言うことねーのかよ」
「え?」


どこか不貞腐れるように、不愛想な顔で告げられた言葉にきょとんとしてしまう。突然なにを言い出すのだろう。ふとそう思ったが、思い返してみれば鞄が見つかったことに喜ぶばかりで、まだお礼の一言も言っていなかった気がする。彩音は思い出すようにそれに気付くと、すぐさまぱん、と音が響くほどの勢いで両手を合わせてみせた。


「ごめんっ、言ってない私が悪かった! 捜してくれてありがとうございますっ」
「けっ。それでいいんだよそれで」


そう言いながら粗暴に鞄を突き返してくる犬夜叉はつーん、と顔を逸らしてしまう。不愛想で不躾で、一方的に見えてしまう彼の姿。彩音はそれを見つめながら鞄を受け取り、ぱちくりと目を瞬かせていた。
というのも、彼はこれほどガラの悪い態度をとっておきながら率先して鞄を捜してくれるし、お礼はちゃんと言えと律儀なところを見せてくるから、どこか意外だと感じたのだ。それはあの時――殺生丸と闘っていた際に“おれがお前らを守る”と言い放たれた、あの時と同様に。

犬夜叉は意地悪なのか、優しいのか。彼の優しさに触れるたび、よく分からなくなる。
やっぱり彼のことはまだまだ知らないことばかりだ。そんなことを考えながらその姿を見つめていれば、犬夜叉は一人踵を返して先に歩きだしてしまう。


「さっさと帰るぞ。ぼんやり突っ立って、また野盗に攫われても知らねえからなー」
「え゙っい、いるの!? やだ、ちょっと待ってよ! 犬夜叉ーっ」


不穏な言葉を残しながらさっさと一人歩いて行ってしまう犬夜叉の背中を慌てて追いかける。そうして絶対に置いて行かれないように彼の隣、すぐ傍に並ぶと、「ウソに決まってんだろ」とバカにするような意地の悪い笑みを浮かべられて。そんな犬夜叉をぼかぼかと殴りながら、彩音は楓の村への帰路を辿っていったのだった。

――彼女が彼を深く知り、互いに知り合うのは、まだまだ先のこと。



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こうして日用品の類を取り戻しましたとさ、というお話でした。本編には盛り込めなかったけど、それでもどこかで明示しておきたかったというだけなので特に中身はないです。こういう幕間のお話はいつも中身がスッカスカになりそうですが、色んなお話をどんどん書いていきたいですね。

今回修正に当たって、若干絡みというかやり取りも増やしてみました。日常的なお話の時は幼馴染みのような、わいわいした関係でいてほしいなーと思う自分がいます。からかい合うような感じでね。私はモブや景色になって、そんな二人を末永く見守っていたいです。



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