『あ、雨…』
突然の雨に心がだんだんと沈んでいくのがわかった。せっかくの晃牙くんとのデートなのに。今日ぐらい晴れて欲しかったな…。
今日は晃牙くんと愛犬レオンさんとピクニックに行く予定だった。生憎の雨じゃピクニックも無理そうだ…お弁当も作ったのに。朝起きてからいつもより暗くて気にはしなかったけど、まさか雨が降るだなんて。昨日は晴れって言ってたのに。天気予報を恨んでいると、携帯が鳴った。
【「9時に駅喫茶店。」】
簡潔に並べられている文字に、返事をして私はお弁当を一応持って指定された場所へ向かった。
私は内心安心をしていた。よかった…とりあえず今日のことは無かったことにはならないらしい。雨だから今日は会わない方向もあるんじゃないかと、ビクビクしていたのだけれど約束は果たされるらしい。
晃牙くんとお付き合いをして日が浅いから友人以上の距離感がどうも分からずにいた。これが嫌だとか悩みとかじゃないのだけれど、ただ慣れないだけなんだと思うし…?晃牙くんは普段クールで口が少し悪いけど、凄く優しくて私よりしっかりしてる。同じ同年代からしても、羨ましいなぁと思ったり、晃牙くんが私の彼氏だと思うと、緊張するというか…
そんなことを考えていると待ち合わせの場所に着いて喫茶店の中に入る。休日の朝だからそんなにお客さんはおらず、すぐに晃牙くんを見つけることが出来た。
『ごめんね!待った?』
「今来たばっかだから気にすんな。」
ほっと一息着いて椅子に座る。湯気がないコーヒーを見る限り、少し前から待っていたんだと気づく。それでもちゃっかり気を使う晃牙くんに少し苦笑しながらメニューを覗いた。
『今日、残念だったね。雨で。すごく楽しみにしてたのに。』
「ピクニックなんかいつでもできんだろ。」
冷めたコーヒーを飲む晃牙くんに、私は少し雨で濡れたお弁当を横目で見た。飲み物を何にするか葛藤しながら、今日するはずだった予定が頭の中でチラつく。その思考を消すように店員さんを呼んで、キャラメルマキアートを頼んだ。その時の晃牙くんは引きつった顔をしていたけど、気にしない方向で。
『今日は…どうしよっか。晃牙くん行きたいところある?』
「テメェはどっか行きたいとこねぇのかよ」
『私は…』
晃牙くんと一緒ならどこでも。という言葉を飲み込んで、暫く悩んだ。晃牙くんと行きたいところなんて、初めての所が確実に多い…。行きたいところ…行きたいところ…うーん
『雨の公園を、散歩…とか?』
何を言ってるんだろうと思ったに違いない。雨降ってるんだから嫌に決まってるよね…だって雨だし…なんで雨なんだろ。運ばれてきたキャラメルマキアートを啜り、自分の発言に後悔していた。
「んじゃあそれ飲んだら行くぞ。早くしねぇと置いてくぞ。」
『えっ。』
こくこくと頷きながらキャラメルマキアートを飲み干す。思いがけない展開に胸を躍らせて外に出た。雨は未だに止む気配はない。お互い傘をさしながら公園へと向かった。
雨の中公園に足を運ぶ物好きはいなく、ほぼ無人に等しいくらい。そんな所を私達は無言で歩き続ける。春になったばかりなので、桜が地面に散りばめられていた。もうお花見はできないかなと桜並木を歩いた。
「お米、花見は来年すんぞ」
『う、うん!約束ね!』
小指を差し出せば、晃牙くんは誰がするかそんなもん。とそっぽを向いた。あ、少し照れてる。と後ろ姿から伺える理由は頭を掻くのは大抵そうだからという単純な推理。
暫く歩けば小さな休憩場所があり、雨を凌ぐには最適な場所だった。中に入って腰をかければ雨音がドームの中で響いて不思議な空間を生み出した。たまにはこんな日もあってもいいかも、と思わず微笑む。
『…くしゅっ』
少し寒いせいか、くしゃみが出る。春だから少し暖かいとはいえ雨だから冷えるのは当たり前。この季節の服装は特に難しい。温度調節をどうしようか毎度悩む。
すると頭に何かが覆いかぶさった。思わず慌ててそれを取ると先ほどまで晃牙くんが着ていた黒の革ジャンだった。
『こ、晃牙くん??』
「黙って着とけタコス。俺様のせいで風邪引いたら許さねぇ〜からな。」
ありがと。と一言添えて晃牙くんの上着を羽織った。少し大きめのせいで私の格好と全然マッチングもしてなければむしろ浮いているのだけど、それでも晃牙くんの香りが密着したというか、これ以上にない恥ずかしさが全身を駆け巡った。
「んで、その弁当いつくれんだよ。」
『えっ』
恥ずかしさで下がっていた頭を上げて晃牙くんを見るとお弁当が入った鞄を指さした。
バレてたんだ…だからここに座って…。2度目の恥ずかしさと共に渋々とお弁当を差し出した。
蓋を開けて取り皿とお箸を差し出す。2人分だからとはいえ晃牙くんはよく沢山食べているのを知ってる。それは同じユニットのアドニスくんと同じくらいよく食べる。それも特にお肉類を。なのでお弁当のおかずの大半はお肉類。野菜もちょこちょこ入って工夫はしてるけど、口に合うか…ドキドキしながら身構えていると、うめぇ。と小さく一言呟いてから、晃牙くんは箸を止めずひたすら食べていた。放心状態のようにその行動を眺めていると、「食わねぇのか?俺様が全部食っちまうぞ。」と睨みつけた。
慌てて私もおにぎりを食べる。よかった…気に入ってくれたみたいで。頬の緩みが止まらず隠すようにおにぎりを頬張った。
『晃牙くん全部食べちゃったね…』
「ああん?テメェが食うの遅いからだろ。」
あっという間に晃牙くんはお弁当を平らげてしまったので、お茶を飲んで一息つく。少し油断してしまうとつい頬が緩んでしまうのをいい加減やめたい。美味しかったとは直接言葉にしなくとも、空になったお弁当箱を見る限りきっとそれが晃牙くんなりの応えなんだろう。時計をふと見れば午後の3時。楽しい時間もあっという間で。公園だけでこんなに歩いていたなんて驚きと共にもうそろそろでお開きになってしまうという現実がほんの少しだけ受け入れたくはなかった。
「そろそろ行くぞ。」
『あ、うん。』
立ち上がって傘を開いた瞬間、突然傘を持った手が軽くなる。思わず隣にいる晃牙くんを見ると、ピンクの花柄の傘には不格好な様で。思わず、『晃牙くん?』と驚きのあまりか消え入りそうな声で私は愛しい人の名を呼んでいた。
「俺様のボロ傘が壊れやがったんだよ!しょーがねぇから入ってやる。」
急に接近した距離に驚いて、縮こまりながら傘に潜っていると「もっと近くに寄れ!濡れんだろうが!」と身を引き寄せられた。晃牙くん…見る限り傘は確か壊れてなかったと思うのだけど…。それに近すぎじゃありませんか???晃牙くんの上着だけでも緊張していたのに、これは私もたない!!
『こ、晃牙くん…!やっぱり、ちか』
言い終わる前に、唇を塞がれて今日の私は何回死にかけてしまうのだろうと冥想する。唇が離れれば顔が暑くて倒れそうな私とそっぽを向いて並ぶ晃牙くんがいて。『晃牙くんってズルイ。』と一言呟けば、「うるせぇ」と手をつかまれた。
君と過ごす土曜日について
2017.04.17